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第五章 判明! シャイナーの正体
第五章 判明! シャイナーの正体 4
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昼休み、寝不足でのろのろとした足取りで部室に入ると、すでに竜騎と英彦が待っていた。
それからもうひとり。
「とりあえずこれを」
雑多なものを詰め込んである棚からキツネのお面を選び出して、僕は一番奥に無表情で立っているその子に渡す。
マリエちゃんの姿をしているけど、それは昨日急いで生成した樹里だった。
英彦の発案で生成したマリエちゃんの替え玉は、限定的に彼女の記憶を共有するようにしてあるから、すぐにバレることはないだろう。それにもうすぐ始まる期末試験も、マリエちゃんに記憶がフィードバックされるから、治療が終わった後も問題は少ないはずだ。
キツネのお面を付けた樹里は、ひと言もしゃべらずにいつもよりさらに存在感なく、彫像のように微動だにせず立っていた。
僕に目配せをしただけで、何も言わずに購買で勝ってきたらしいコロッケパンを食べてる竜騎の前に座る。
いつもだったら樹里がお弁当を造ってくれたりするけど、彼女とはほとんど話していなかったし、あの後は一回しか会っていなかった。
マリエちゃんの容態は、朝方に安定した。
まだ決して大丈夫と言い切れる状態じゃなかったけど、あとはよほどのことがない限り、時間はかかるけど傷の回復をしていけば大丈夫だと、樹里が言っていた。
そのことはすでに竜騎と英彦には連絡済みだったから、いまはもうあまり話すことがない。
昨日竜騎と英彦に言われたことについては、まだ考える時間がなくって、口にできるほどの答えがない。
「ほれ」
椅子に座ってただうつむいてる僕に、竜騎がビニール袋を差し出してきた。
受け取って中を見てみると、プラスチックパッケージのあんみつが入っていた。
「賞味期限が今日までの奴だからな、いまここで食べていけよ。どうせ夜も朝も食べてないんだろ?」
「うん」
父子家庭の竜騎の家は、蕎麦屋兼甘味屋を営んでる。店のおみやげ用のを持ってきただろうあんみつを、僕はのろのろを開けて口にする。
シロップとこしあんの柔らかい甘みが、萎縮していた胃に染み渡っていく。
お腹が空いてることすらわからなかった僕は、あっという間に平らげていた。
「遼平。この先はどうするの?」
自分でつくったものなのか、食べ終えた弁当箱を片付けて英彦が訊いてくる。
「まだ、考えてる」
マリエちゃんがあんなことになって、容態が安定したとは言え、この先のことのことなんてまだ考えることができなかった。
「あと一ヶ月もないんだろ。時間ねぇぞ」
「うん、わかってる」
竜騎の鋭い視線を受け止められずに、僕は目を伏せる。そんな僕の様子に、竜騎は不満そうに鼻を鳴らしていた。
「まぁいいや。アジトに行くのは別に構わないか? 身体動かしてねぇと鈍る」
「……うん。僕の家に行けば樹里はいると思うし、端末で連絡を取れば大丈夫だと、思うよ」
あんなことがあったのに、まだアジトに来ようとする竜騎が何を考えてるのか、よくわからない。
「僕も行くよ。まとめておきたいことがあるからね。でも遼平、樹里さんとあんまり話してないの?」
「まぁ、ちょっとあってね」
何故か竜騎と英彦が顔を見合わせていた。
どうしてなのかは、よくわからなかったけど。
重く苦しい空気が漂うまま、昼休みの終わりのチャイムと同時に、その場は解散となった。
*
五時間目六時間目連続のホームルームでは、今日は年明けにやる予定の社会科見学に関する議題が話しあわれていた。
話しあう、と言いながら、実際にはあまりやることがあるわけじゃない。
生徒の自主性をなんて言いながら、決められた場所のうちいくつかを選ぶだけだったし、中学のときにも行ったことがある地域だから、とくに見たい場所があるわけでもない。
――探研部の活動の方がよっぽどおもしろいな。
あんまり遠くに行けるわけじゃなかったけど、興味を持ったことをひと月くらいかけてひたすら調べてまとめる探研部の活動の方が、社会科見学よりもよっぽどおもしろかった。
その上文化祭が中止になったことに続いて、社会科見学も中止になる可能性が高いと言われていたから、教室の中で真面目に参加してる人は皆無に近い。
唯一月宮さんだけは、クラス委員として教壇の前に立って次々と議題を進めていた。
――相変わらず月宮さんは、真面目だな。
行く場所も順路も、誰も意見は出していなかったけど、月宮さんがほぼひとりで決めてしまっていた。
一応六時間目まで時間は取られてるけど、五時間目の内にすべて決まってしまいそうだった。
落ちてきた髪を押さえながら、端末に目を落として必要事項を読み上げている月宮さん。
遠視らしくこういうときには眼鏡をかけている彼女は、別にそんな表情をしてるわけじゃないのに、どこか楽しげに、輝いて見えていた。
「誰かありませんか?」
そう言って静まりかえる教室を見回す彼女。
いつの間にか今日の最後の議題に移っていて、月宮さんの後ろのボードには見たこともない種類の白と黒のヤギが表示されていた。
手元の端末で議題を確認してみると、近くの動物園から譲ってもらうことになった珍しい種類のヤギの名前を、学校全体で募集してると言うことだった。
主に飼育委員が世話をしていて、たまに情操教育とか言って授業で飼育小屋の大掃除につきあわせられる程度だから、僕は学校で飼われてる動物たちの名前をひとつも知らない。
譲ってもらう動物園への建前もあるんだろう。できれば立派な名前を付けてやりたいらしかった。
いつまで経っても誰も手を挙げないことにため息を吐いた月宮さんが、ペンを取った。
――いや、それはいくら何でも。
口には出さずに、僕は書かれた文字に文句を言う。
シロとクロ。
月宮さんらしい綺麗な文字で、大きく書かれたヤギの名前。
見たままの何の捻りもないその名前は、僕だけじゃなく教室の他のクラスメイトも微妙な空気を漂わせていた。
もちろん、文句はあっても他にいい名前が出てくるわけじゃなかったけど。
「いくら何でもあれは安易だよなぁ」
聞こえないくらい小さくつぶやいて、僕はふと思いつく。
――安易で、センスのない名前?
思いついた瞬間、それは確信に変わっていた。
――もう少し確認をしないと。
五時間目の授業が終わって、僕は取るものもとりあえず月宮さんの机に向かっていく。
「あの、ちょっといい? 月宮さん」
「なにかしら?」
振り向いた彼女はいつもと変わらないようでいて、どこか疲れているようにも見えた。
「えぇっと、あのね」
声をかけたはいいけど、なんて訊いていいか思いつかない。こんなところで直球勝負を挑むわけにもいかない。
「動物って飼ったことある?」
不審そうに目を細めていく彼女に、ヤギで思いついたことを訊いてみる。
「えぇ。あるけど、それが?」
「名前を教えてもらってもいい?」
さらに訝しむように目を細める月宮さんだけど、質問には答えてくれた。
「幼い頃に飼っていた犬がワン太。その後に飼ったのが猫のニャー子。それから……、ハツカネズミのネズミー。それがどうかしたの?」
いつの間にかクラスの全員が注目していたらしい。月宮さんは不快そうに教室の中を見回していた。
「――いや、ゴメン。教えてくれてありがとう。わかりやすくていい名前だね」
「いえ」
いい名前だと言われたからか、月宮さんが微かに笑む。
急いで自分の机に戻った僕は、両肘を突いて手を握り合わせる。
――なんでいままで一度も、想像しなかったんだ。
同じくらいの年頃だろうということは、最初の頃にわかっていたことだった。
剣道の技術。
高い運動神経。
真面目で全力を尽くす性格。
女の子にしては少し細すぎる体型。
どれを取っても符号する。
それから、彼女の名前。
――シャイナーは、光の戦士だからシャイナーじゃなかったんだ。
もちろん、いま得た要素はたぶん他にも該当する人物は見つけることができると思う。
それでも僕は、その答えに確信とも言える揺るぎない自信を持っていた。
――シャイナーの正体は、月宮さんなんだ。
六時間目をどうするか訊きに行くためだろう、綺麗な黒髪を揺らしながら教室を出て行った月宮さん。
彼女こそがシャイナーの正体で間違いないと、僕はもう確信していた。
――でもなんでだろう?
勉強も運動もできて、愛想がなくて友達づきあいは下手らしいけど、人気もある彼女。
不足する要素は見あたらないのに、シャイナーのときに見せるあの必死さは、いったい何があってのことなのか。
――僕は、彼女のことが知りたい。
方法が思いついたわけじゃない。それでも僕はもう、彼女のことが知りたくて溜まらなくなっていた。
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