上 下
21 / 32
第五章 判明! シャイナーの正体

第五章 判明! シャイナーの正体 4

しおりを挟む

        * 4 *

 昼休み、寝不足でのろのろとした足取りで部室に入ると、すでに竜騎と英彦が待っていた。
 それからもうひとり。
「とりあえずこれを」
 雑多なものを詰め込んである棚からキツネのお面を選び出して、僕は一番奥に無表情で立っているその子に渡す。
 マリエちゃんの姿をしているけど、それは昨日急いで生成した樹里だった。
 英彦の発案で生成したマリエちゃんの替え玉は、限定的に彼女の記憶を共有するようにしてあるから、すぐにバレることはないだろう。それにもうすぐ始まる期末試験も、マリエちゃんに記憶がフィードバックされるから、治療が終わった後も問題は少ないはずだ。
 キツネのお面を付けた樹里は、ひと言もしゃべらずにいつもよりさらに存在感なく、彫像のように微動だにせず立っていた。
 僕に目配せをしただけで、何も言わずに購買で勝ってきたらしいコロッケパンを食べてる竜騎の前に座る。
 いつもだったら樹里がお弁当を造ってくれたりするけど、彼女とはほとんど話していなかったし、あの後は一回しか会っていなかった。
 マリエちゃんの容態は、朝方に安定した。
 まだ決して大丈夫と言い切れる状態じゃなかったけど、あとはよほどのことがない限り、時間はかかるけど傷の回復をしていけば大丈夫だと、樹里が言っていた。
 そのことはすでに竜騎と英彦には連絡済みだったから、いまはもうあまり話すことがない。
 昨日竜騎と英彦に言われたことについては、まだ考える時間がなくって、口にできるほどの答えがない。
「ほれ」
 椅子に座ってただうつむいてる僕に、竜騎がビニール袋を差し出してきた。
 受け取って中を見てみると、プラスチックパッケージのあんみつが入っていた。
「賞味期限が今日までの奴だからな、いまここで食べていけよ。どうせ夜も朝も食べてないんだろ?」
「うん」
 父子家庭の竜騎の家は、蕎麦屋兼甘味屋を営んでる。店のおみやげ用のを持ってきただろうあんみつを、僕はのろのろを開けて口にする。
 シロップとこしあんの柔らかい甘みが、萎縮していた胃に染み渡っていく。
 お腹が空いてることすらわからなかった僕は、あっという間に平らげていた。
「遼平。この先はどうするの?」
 自分でつくったものなのか、食べ終えた弁当箱を片付けて英彦が訊いてくる。
「まだ、考えてる」
 マリエちゃんがあんなことになって、容態が安定したとは言え、この先のことのことなんてまだ考えることができなかった。
「あと一ヶ月もないんだろ。時間ねぇぞ」
「うん、わかってる」
 竜騎の鋭い視線を受け止められずに、僕は目を伏せる。そんな僕の様子に、竜騎は不満そうに鼻を鳴らしていた。
「まぁいいや。アジトに行くのは別に構わないか? 身体動かしてねぇと鈍る」
「……うん。僕の家に行けば樹里はいると思うし、端末で連絡を取れば大丈夫だと、思うよ」
 あんなことがあったのに、まだアジトに来ようとする竜騎が何を考えてるのか、よくわからない。
「僕も行くよ。まとめておきたいことがあるからね。でも遼平、樹里さんとあんまり話してないの?」
「まぁ、ちょっとあってね」
 何故か竜騎と英彦が顔を見合わせていた。
 どうしてなのかは、よくわからなかったけど。
 重く苦しい空気が漂うまま、昼休みの終わりのチャイムと同時に、その場は解散となった。

         *

 五時間目六時間目連続のホームルームでは、今日は年明けにやる予定の社会科見学に関する議題が話しあわれていた。
 話しあう、と言いながら、実際にはあまりやることがあるわけじゃない。
 生徒の自主性をなんて言いながら、決められた場所のうちいくつかを選ぶだけだったし、中学のときにも行ったことがある地域だから、とくに見たい場所があるわけでもない。
 ――探研部の活動の方がよっぽどおもしろいな。
 あんまり遠くに行けるわけじゃなかったけど、興味を持ったことをひと月くらいかけてひたすら調べてまとめる探研部の活動の方が、社会科見学よりもよっぽどおもしろかった。
 その上文化祭が中止になったことに続いて、社会科見学も中止になる可能性が高いと言われていたから、教室の中で真面目に参加してる人は皆無に近い。
 唯一月宮さんだけは、クラス委員として教壇の前に立って次々と議題を進めていた。
 ――相変わらず月宮さんは、真面目だな。
 行く場所も順路も、誰も意見は出していなかったけど、月宮さんがほぼひとりで決めてしまっていた。
 一応六時間目まで時間は取られてるけど、五時間目の内にすべて決まってしまいそうだった。
 落ちてきた髪を押さえながら、端末に目を落として必要事項を読み上げている月宮さん。
 遠視らしくこういうときには眼鏡をかけている彼女は、別にそんな表情をしてるわけじゃないのに、どこか楽しげに、輝いて見えていた。
「誰かありませんか?」
 そう言って静まりかえる教室を見回す彼女。
 いつの間にか今日の最後の議題に移っていて、月宮さんの後ろのボードには見たこともない種類の白と黒のヤギが表示されていた。
 手元の端末で議題を確認してみると、近くの動物園から譲ってもらうことになった珍しい種類のヤギの名前を、学校全体で募集してると言うことだった。
 主に飼育委員が世話をしていて、たまに情操教育とか言って授業で飼育小屋の大掃除につきあわせられる程度だから、僕は学校で飼われてる動物たちの名前をひとつも知らない。
 譲ってもらう動物園への建前もあるんだろう。できれば立派な名前を付けてやりたいらしかった。
 いつまで経っても誰も手を挙げないことにため息を吐いた月宮さんが、ペンを取った。
 ――いや、それはいくら何でも。
 口には出さずに、僕は書かれた文字に文句を言う。
 シロとクロ。
 月宮さんらしい綺麗な文字で、大きく書かれたヤギの名前。
 見たままの何の捻りもないその名前は、僕だけじゃなく教室の他のクラスメイトも微妙な空気を漂わせていた。
 もちろん、文句はあっても他にいい名前が出てくるわけじゃなかったけど。
「いくら何でもあれは安易だよなぁ」
 聞こえないくらい小さくつぶやいて、僕はふと思いつく。
 ――安易で、センスのない名前?
 思いついた瞬間、それは確信に変わっていた。
 ――もう少し確認をしないと。
 五時間目の授業が終わって、僕は取るものもとりあえず月宮さんの机に向かっていく。
「あの、ちょっといい? 月宮さん」
「なにかしら?」
 振り向いた彼女はいつもと変わらないようでいて、どこか疲れているようにも見えた。
「えぇっと、あのね」
 声をかけたはいいけど、なんて訊いていいか思いつかない。こんなところで直球勝負を挑むわけにもいかない。
「動物って飼ったことある?」
 不審そうに目を細めていく彼女に、ヤギで思いついたことを訊いてみる。
「えぇ。あるけど、それが?」
「名前を教えてもらってもいい?」
 さらに訝しむように目を細める月宮さんだけど、質問には答えてくれた。
「幼い頃に飼っていた犬がワン太。その後に飼ったのが猫のニャー子。それから……、ハツカネズミのネズミー。それがどうかしたの?」
 いつの間にかクラスの全員が注目していたらしい。月宮さんは不快そうに教室の中を見回していた。
「――いや、ゴメン。教えてくれてありがとう。わかりやすくていい名前だね」
「いえ」
 いい名前だと言われたからか、月宮さんが微かに笑む。
 急いで自分の机に戻った僕は、両肘を突いて手を握り合わせる。
 ――なんでいままで一度も、想像しなかったんだ。
 同じくらいの年頃だろうということは、最初の頃にわかっていたことだった。
 剣道の技術。
 高い運動神経。
 真面目で全力を尽くす性格。
 女の子にしては少し細すぎる体型。
 どれを取っても符号する。
 それから、彼女の名前。
 ――シャイナーは、光の戦士だからシャイナーじゃなかったんだ。
 もちろん、いま得た要素はたぶん他にも該当する人物は見つけることができると思う。
 それでも僕は、その答えに確信とも言える揺るぎない自信を持っていた。
 ――シャイナーの正体は、月宮さんなんだ。
 六時間目をどうするか訊きに行くためだろう、綺麗な黒髪を揺らしながら教室を出て行った月宮さん。
 彼女こそがシャイナーの正体で間違いないと、僕はもう確信していた。
 ――でもなんでだろう?
 勉強も運動もできて、愛想がなくて友達づきあいは下手らしいけど、人気もある彼女。
 不足する要素は見あたらないのに、シャイナーのときに見せるあの必死さは、いったい何があってのことなのか。
 ――僕は、彼女のことが知りたい。
 方法が思いついたわけじゃない。それでも僕はもう、彼女のことが知りたくて溜まらなくなっていた。


しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

今更気付いてももう遅い。

ユウキ
恋愛
ある晴れた日、卒業の季節に集まる面々は、一様に暗く。 今更真相に気付いても、後悔してももう遅い。何もかも、取り戻せないのです。

【取り下げ予定】愛されない妃ですので。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。 国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。 「僕はきみを愛していない」 はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。 『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。 (ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?) そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。 しかも、別の人間になっている? なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。 *年齢制限を18→15に変更しました。

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

【完結】側妃は愛されるのをやめました

なか
恋愛
「君ではなく、彼女を正妃とする」  私は、貴方のためにこの国へと貢献してきた自負がある。  なのに……彼は。 「だが僕は、ラテシアを見捨てはしない。これから君には側妃になってもらうよ」  私のため。  そんな建前で……側妃へと下げる宣言をするのだ。    このような侮辱、恥を受けてなお……正妃を求めて抗議するか?  否。  そのような恥を晒す気は無い。 「承知いたしました。セリム陛下……私は側妃を受け入れます」  側妃を受けいれた私は、呼吸を挟まずに言葉を続ける。  今しがた決めた、たった一つの決意を込めて。 「ですが陛下。私はもう貴方を支える気はありません」  これから私は、『捨てられた妃』という汚名でなく、彼を『捨てた妃』となるために。  華々しく、私の人生を謳歌しよう。  全ては、廃妃となるために。    ◇◇◇  設定はゆるめです。  読んでくださると嬉しいです!

〈完結〉この女を家に入れたことが父にとっての致命傷でした。

江戸川ばた散歩
ファンタジー
「私」アリサは父の後妻の言葉により、家を追い出されることとなる。 だがそれは待ち望んでいた日がやってきたでもあった。横領の罪で連座蟄居されられていた祖父の復活する日だった。 十年前、八歳の時からアリサは父と後妻により使用人として扱われてきた。 ところが自分の代わりに可愛がられてきたはずの異母妹ミュゼットまでもが、義母によって使用人に落とされてしまった。義母は自分の周囲に年頃の女が居ること自体が気に食わなかったのだ。 元々それぞれ自体は仲が悪い訳ではなかった二人は、お互い使用人の立場で二年間共に過ごすが、ミュゼットへの義母の仕打ちの酷さに、アリサは彼女を乳母のもとへ逃がす。 そして更に二年、とうとうその日が来た…… 

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

処理中です...