上 下
3 / 32
第一章 結成! 悪の秘密結社

第一章 結成! 悪の秘密結社 2

しおりを挟む

       * 2 *

「ん?」
 あり合わせの材料でつくったチャーハンをスプーンで口に運んで、僕は思わず疑問符を浮かべていた。
 おいしくないわけじゃない。
 むしろ出来としてはかなりいいし、味も適当な材料の割にはかなりおいしい。
 でも綾子さんや僕自身でつくるものと違って、――家の味じゃなくて、何となく違和感を感じた。
「おいしくありませんでしたか?」
 ダイニングの椅子に座る僕のすぐ側で、女性は顔を覗き込んでくるように首を傾げた。
「いや、おいしいよ」
 家の食器で食べるから違和感を感じるだけで、中華料理店で食べるのと同じと思えばこれほどおいしいチャーハンも珍しい。
 自分がつくると言うので女性に頼んでつくってもらったチャーハンを、朝から何も食べていなくて空いていたお腹に、僕はかき込むように詰め込んだ。
「それで、いったいどういうことなの?」
 驚くのはもう辞めていた。
 悪の秘密結社キットというのが届いて、その種を植えたら樹里と名乗る女性が生まれた。
 アニメやマンガにありそうな展開で、現実味は薄いけれど、確かにいま僕の目の前には、柔らかく微笑む女性がいるんだ。
 そのことを疑っても仕方がない。
「ひとつ確認したいのですが、取扱説明書は熟読されていますか?」
「えっと、それは……」
 いまさっきと変わっていないはずなのに、凄みを感じる女性の笑顔に、僕は思わずたじろいでしまう。
「荷物が届いたのが合宿の直前で、その……」
 僕の言葉に、女性の背後に炎が噴き出したような気がした。
 現実にはないのに、まるで仁王像が背負う炎の存在を感じさせる女性が言う。
「種を植える前に取扱説明書を熟読しておくよう、何度も書かれていたはずです。基本的なことはすべて取扱説明書に書かれています。書かれていない内容についてはわたしが補足させていただきますが、まずは取扱説明書を読んでいただかなければ始まりません」
「――今度ちゃんと読んでおくよ」
「そのように願います」
 不満そうな表情を浮かべた女性は、諦めたようにため息を吐いた後、僕に向き直った。
「先ほども申し上げました通り、悪の秘密結社キットを芽吹かせた貴方は、悪の秘密結社の首領となられました。これよりキットは首領の悪を世に示すための力となります」
「いきなり悪の秘密結社の首領とか言われても――」
 取扱説明書を読んでないのが悪いんだろう、再び炎を燃え上がらせようとした女性に、僕は口をつぐむ。
「それで貴女は、いったいなんなの?」
 顔を若干引きつらせつつも、女性は僕の質問に答えてくれる。
「わたしは悪の秘密結社キットの付属物であり、神の欠片であり、キットをより良く扱うためのナビゲーターです。首領ひとりでは手が足りない場合などには、結社の運営を補佐させていたくこともありますが」
「その悪の秘密結社キットでは、どんなことができるの?」
「首領が望むならば、世界征服でも、人類滅亡でも、望むことはほとんどのことが可能です」
「世界征服に、人類滅亡?」
 いくら何でも現実味がなさ過ぎる。
 本当に現実離れした展開に、僕は言葉だけでは理解することができない。
「ただし現在はトライアルピリオド、試用期間であり、四ヶ月の間は隣接市までの活動に制限され、他にもいくつかの制限が存在します。トライアルピリオド終了後、首領が行った活動内容に応じて裁定が下され、結社が継続されるか否かが決まります。これくらいのことは取扱説明書に書いてある内容なのですが……」
「えぇっと――」
 恨めしそうに僕のことを見る女性の顔に、僕は別の話題を振ってみる。
「首領と呼ばれるのも、ちょっとねぇ」
「それでは、マスター」
「それもなんかな」
「でしたら、マイロード?」
「いやいやいや」
 キットの付属品で、生まれ方からして人間じゃないからか、それともそれが彼女の性格だからなのか、突拍子でもない呼び方にとくに疑問を抱いている様子のない女性。
 考え込むように僕から視線を外した彼女は、ピンク色の唇に人差し指を添えて難しい顔をする。
「普段の……、そう、普段の時の呼び方だからね。普通に名前とかでいいよ」
「……そうですか」
 まだ不満そうな顔をしつつも、彼女は僕に向き直る。下ろした両手を軽く組んで、真正面から僕を見つめてくる。
「それでは」
 彼女の深緑の瞳に、小さく僕が映っているのが見えた。
 ただ僕だけを映した瞳が、柔らかく笑む。
「遼平さん、と普段は呼ばせていただきますね」
 ドクン、と、音がしそうなほど心臓が脈打った。
 僕は深緑の瞳の中の自分と見つめ合う。
 小さく映る僕は、瞳の奥のどこまでもどこまでも奥底にいるように、小さく映っていた。
「わたしのことは、そうですね――。樹里と呼びください」
「わかった」
 応えながら、僕はまだ瞳の中の自分と見つめ合っていた。
「どうかされましたか?」
 深緑が近づいてきたと思ったら、ほつれそうになる髪を片手で押さえた樹里の顔が、息が掛かるほど近くにあった。ほのかな甘い香りが僕の嗅覚を刺激する。
「うっ、うぅん、なんでもない。大丈夫だよ、樹里」
「はい。遼平さん」
 仲のいい友達であれば名前で呼び捨てにすることはあるけど、僕はあんまり人を呼び捨てにするのは好きな方じゃない。
 でも僕の前で柔らかに笑む樹里については、呼び捨ての方がしっくりくるのは何故だろうか?
「それで僕は、まずは何をすればいいんだろう?」
 言ってから悪い予感がした。
 今度は柔らかい笑顔のまま、樹里が言った。
「キットの木を鉢から地面に植え替える必要があります。それから遼平さんの変身スーツのデザインし、スーツの機能に慣れていただくことが最初にやるべきことでしょうか。他にも戦闘員や怪人の管制できるようにならなければなりませんし、キットの木も生長させないとエネルギーが充分に確保できませんから……」
 とがらせた唇に人差し指を当てて、樹里は考え込んでしまう。
 僕が取扱説明書を読んでさえいればなかった悩みに、少し罪悪感を感じ始めたとき、何かを思いついたらしい樹里が笑んだ。
「わからないのでしたら、実践で身につけるというのはどうでしょうか?」
 これまでで一番楽しそうな笑みを浮かべている樹里に、僕は悪い予感が的中するのを感じていた。

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

今更気付いてももう遅い。

ユウキ
恋愛
ある晴れた日、卒業の季節に集まる面々は、一様に暗く。 今更真相に気付いても、後悔してももう遅い。何もかも、取り戻せないのです。

【取り下げ予定】愛されない妃ですので。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。 国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。 「僕はきみを愛していない」 はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。 『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。 (ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?) そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。 しかも、別の人間になっている? なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。 *年齢制限を18→15に変更しました。

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

【完結】側妃は愛されるのをやめました

なか
恋愛
「君ではなく、彼女を正妃とする」  私は、貴方のためにこの国へと貢献してきた自負がある。  なのに……彼は。 「だが僕は、ラテシアを見捨てはしない。これから君には側妃になってもらうよ」  私のため。  そんな建前で……側妃へと下げる宣言をするのだ。    このような侮辱、恥を受けてなお……正妃を求めて抗議するか?  否。  そのような恥を晒す気は無い。 「承知いたしました。セリム陛下……私は側妃を受け入れます」  側妃を受けいれた私は、呼吸を挟まずに言葉を続ける。  今しがた決めた、たった一つの決意を込めて。 「ですが陛下。私はもう貴方を支える気はありません」  これから私は、『捨てられた妃』という汚名でなく、彼を『捨てた妃』となるために。  華々しく、私の人生を謳歌しよう。  全ては、廃妃となるために。    ◇◇◇  設定はゆるめです。  読んでくださると嬉しいです!

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!

よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です! 僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。 つねやま  じゅんぺいと読む。 何処にでもいる普通のサラリーマン。 仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・ 突然気分が悪くなり、倒れそうになる。 周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。 何が起こったか分からないまま、気を失う。 気が付けば電車ではなく、どこかの建物。 周りにも人が倒れている。 僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。 気が付けば誰かがしゃべってる。 どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。 そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。 想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。 どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。 一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・ ですが、ここで問題が。 スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・ より良いスキルは早い者勝ち。 我も我もと群がる人々。 そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。 僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。 気が付けば2人だけになっていて・・・・ スキルも2つしか残っていない。 一つは鑑定。 もう一つは家事全般。 両方とも微妙だ・・・・ 彼女の名は才村 友郁 さいむら ゆか。 23歳。 今年社会人になりたて。 取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。

処理中です...