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序章 さぁ、僕たちの世界征服を始めよう
序章 さぁ、僕たちの世界征服を始めよう
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序章 さぁ、僕たちの世界征服を始めよう
秋の盛りと言えど、いまみたいな深夜の時間帯ともなると、夜空には冬の天の川が昇り、澄んだ空気にそよぐ風には晩秋の匂いがあった。
『転移反応確認。シャイナーです』
僕の耳に、というより頭の中に、アジトにいる樹里の涼やかな声が響いた。
その声に後ろで控えるフードで頭まで覆ったマント姿の三人が、微かに肩を震わせる。
緊張しているのだろう三人と違って、僕はここ二ヶ月で慣れ親しんだ通信の声に、それまであった緊張がほぐれていくのを感じていた。
前触れもなく、少し離れた場所に現れた白い影。
白を基本色とし、赤や黒で彩られたレオタードのような身体の線がくっきり出る軟質スーツを身につけ、転移の際の浮遊感をやり過ごすためだろう、しゃがんだ姿で現れた人影。
胸から肩、腕や脚を硬質プロテクターで覆っているのは正義の味方「光の戦士シャイナー」。
スカートのような腰のプロテクターの左右に大小の剣を佩いたその姿は、まるでテレビの戦隊特撮ヒーロー番組から飛び出してきたかのようだった。
彼女の姿がコスプレなんかじゃないことを、僕は知っている。
一見男の子と間違えそうになるほど胸に膨らみのない――、スレンダーな身体には強靱な意志と驚異的な技を秘め、過ぎるほど細く見える手足には強大な力があることを、僕は身を以て知っていた。
たぶん飾りなんだろうけど、ヘルメットから伸びる黒髪は、立ち上がるシャイナーの肩から背中へ、音もなくさらさらと流れていった。
シャイナーの力を十二分に引き出すその変身スーツは、凶器であると同時に、まるで彫像か何かのような、芸術すら感じる美しさを醸し出していた。
ヘルメットのバイザーの奥の赤い光が、闇の中にあってなお黒い、シャイナーとは対象的な色をした変身スーツを着、同色のマントを羽織る僕に投げかけられる。目ではないけど、目のように思えるそこから掛けられた視線に、強い警戒心と戦意を読み取って、僕は背筋に悪寒とも言えないものが走るのを感じていた。
強力にして強烈。
――相変わらずシャイナーは――。
「おもしろい」
「なにか?」
思わず口に上ってしまった僕の声に反応したのか、シャイナーは腰から長剣の方、シャイナーソードを抜きながら僕の後ろに控える三人を値踏みするように見ている。
「今日はどうしたの? 戦闘員は配置済みみたいだけど、作戦の方はいいのかしら? 破壊対象はあれでしょう? コルヴス」
顎でしゃくって自分の後ろにある建物を、コルヴス――僕に示すシャイナー。僕が知る中でも五本の指に入る澄んだ声には、強い警戒の色が含まれていた。
そこにそびえているのは、つい四年ほど前に閉店になった大型ショッピングモール。
親会社の倒産によって閉店となる前はすぐ前の国道が渋滞するほどの人気があった場所だけど、倒産後の精算が完了しないとか、土地や建物の次の利用目的が決まらないとかで、放置されて徐々に風化しつつあった。
零時を過ぎた夜空の下にそびえるショッピングモールの廃墟は、巨大な墓石にも見えていた。
その建物こそが、僕たち悪の秘密結社「ステラート」の今回の破壊対象。
僕たちが建物の前の広大な駐車場で待っていたのは、破壊作戦以外に目的があったからだった。
「今日はちょっと紹介したい人がいてね」
「人?」
シャイナーの訝しむような声。
僕は彼女の疑問に行動で答えることにした。
「行け」
マント姿のひとりが進み出て、強く地を蹴った。
「第二幹部アクイラだっ。よろしく!」
自己紹介の言葉を叫びつつ、アクイラはマントを脱ぎ捨てた。
現れたのは深い青と緑の色をしたゲームか何かに出てきそうな全身鎧の変身スーツ。獣の毛を思わせる刺々しいデザインのアクイラは、剣と盾を手にし、三歩で十メートルほどの距離を詰め、無造作に剣を横に振るった。
シャイナーははっきり言って強い。
喧嘩程度ならともかく、武道の類は学校の授業でしかやったことがない僕ではまったく太刀打ちできないほどに。
だからアクイラの攻撃も、半歩退いて重心の移動させたシャイナーはソードで受け止めてしまう。
剣と剣がぶつかり合い、澄んだ音が辺りに響き渡る。
即座に切り返しの攻撃を行うと思われたシャイナーは、次の瞬間宙を舞っていた。
「くっ」
かろうじて受け身を取って立ち上がるものの、彼女は脇腹を押さえて苦悶の声を上げる。
位置的にぎりぎりでしか見えなかったけど、アクイラは剣と剣がぶつかり合う瞬間、膝蹴りをシャイナーの脇腹に見舞っていた。
間髪を入れず、シャイナーに接近したアクイラは天を指すように振り上げた剣を叩きつける。
どうにか構えを取り直したシャイナーは、頭の上でわずかに斜めに構えたソードでアクイラの剣を受け流してた。
すれ違いざまの胴凪ぎ。
得意とする攻撃を仕掛けようとしたシャイナーが前に出た瞬間、彼女に迫ってきたのはアクイラの盾だった。
パンチのように突き出された盾に突っ込む形となったシャイナーは、吹き飛ばされて駐車場のアスファルトに身体をこすりつけながら転がっていった。
型もセオリーもあったもんじゃない。
勘と即座の判断でやっているのだろうアクイラの戦法は、剣と盾を持ちながら、それはむしろ体術というべきものだった。
剣道を基本とし、他にいくつかの武術や戦闘法を組み合わせているシャイナーは、僕には予測不能な動きを見せるアクイラに軽くあしらわれていた。
戦っていてすら見惚れそうになる美しさを持つ彼女はいま、寝そべるように背を地に付けたアクイラの蹴りを顎に食らってよろめき、投げつけられた盾の影から突き出された剣を避けられずに吹き飛んでいた。
――でもやっぱりシャイナーは強い。
戦いが始まって五分。
盾の影から繰り出された地を擦るようなアクイラの斬撃を、シャイナーが受け止めた。
体勢が悪くて身体ごと浮き上がった彼女は数メートルも飛ばされていたが、もしかしたらそれも彼女の狙いかも知れない。
その少し前から、アクイラの攻撃はシャイナーにクリーンヒットしなくなってきていた。
――あの強さは、どこから来るんだろう。
いまなお優勢なのはアクイラだ。でもあと五分後には、優劣は逆転しているかも知れない。
シャイナーはすでに、アクイラの剣と盾を使った体術に慣れ始めていた。
肩で息をしていたシャイナーが、最後に深呼吸をして、アクイラに向けてソードを中段に構える。
――華麗で強い。シャイナーはやっぱりおもしろい。
ヘルメットの下で笑みがこぼれてくるのを感じる。
でも今日でアクイラのすべてを見せるわけにもいかない。
僕は残った長身と小柄のマントのうち、小柄な方に声をかける。
「次、行け」
「うん」
前に出てマントの下から姿を見せたのは、シャイナーに似た純白色の変身スーツ。
ピンクや黄色のアクセントを配色し、動きやすさを重視して硬質プロテクターをできるだけ少なくしつつ、本人は恥ずかしがっていたけど女の子らしさを強調したそのスーツは、シャイナーとは方向こそ違えど魅力的な姿に仕上がっていた。
「第一幹部ルプスよ。シャイナー、覚悟!」
言いながら両手の短剣を逆手に構え、大きく跳んで距離を取ったアクイラに代わって、ルプスがジグザグにステップを踏みながらシャイナーに近づいていく。
慎重にソードを構えたシャイナーは、ルプスの動きを見切って上段からの斬撃を加える。
「なっ! これ!!」
叫び声を上げたのはシャイナー。
地を這うほどに低い体勢で斬撃をかいくぐったルプスは、立ち止まらずにシャイナーの脇をすり抜けた。
身体を通り越した場所で反転し、ルプスは自分の身体をこすりつけるようにして短剣をシャイナーの脇腹に押し当てる。
すぐさま振り返ったシャイナーだったけど、ソードを振るった場所にはすでにルプスはいない。再び背後を取る形となったルプスは、太ももに短剣を滑らせていた。
悪の秘密結社のナビゲーターである樹里の言葉を信じるなら、変身スーツは一部の例外を除き、裂くことも破壊することもできない。それでも瞬間的に強い衝撃を受ければ骨折なんかをすることはあるし、剣で切られれば痛みもある。
短剣をかすらせるルプスの攻撃は一撃一撃は軽く、痛みもさほどでもないはずだ。
筋力強化はもちろん、センサーや通信にもエネルギーを消費する変身スーツは、防御にこそ一番エネルギーを使う。一撃が軽くても、その蓄積はいつかスーツのエネルギーをゼロにし、解除に追い込むことも可能だった。
「どうしたの? シャイナー。ちっとも反撃してこないじゃないっ」
「くっ、この!」
ルプスの軽い徴発にもシャイナーは反論することができない。
身体を密着させるようなルプスの機敏な動きに、シャイナーは対応し切ることができないでいた。
変身スーツの機能により前後左右すべての方向が見えているはずだけど、視界に見え、反応したときにはすでにルプスはその場所にはいない。
反撃することすらできず、シャイナーはルプスの攻撃を一方的に受け続けていた。
――あぁ、でも、やっぱり難しいな。
少しずつ、少しずつだけど、シャイナーはルプスの動きに間に合い始めていた。
どうしてシャイナーはここまで強いのだろう。
最初からここまで強かったわけじゃない。
出くわす度に強くなっていくシャイナーは、僕にとって最大の敵でありながら、いま現在最大の興味の対象でもあった。
悪の秘密結社ステラート。
僕が結成することになったそれは、いまのところたいした活動をやってるわけじゃない。
いやむしろ、これといった悪がないと言ってもいい。
でもシャイナーは、シャイナーと戦っているときだけは、僕が僕の悪を為している気がするのは、何故なんだろうか。
――僕は知りたい。君のことを、もっと知りたい。
シャイナーソードから短剣、シャイナーエッジに持ち替え、かろうじてルプスの攻撃を受け流すようになってきたシャイナーを、僕は誰にも見られることのない笑みを漏らしながら見ていた。
「そろそろ時間切れね」
シャイナーから大きく距離を取ったルプスが、頭の上のウサギの耳のようなセンサーをピンと立てて言った。
『機動隊車両の接近を確認。あと三分でそちらに到着予定です』
樹里からの通信を入ったところでやっと、僕のスーツのセンサーも近づいてくるサイレンの音をキャッチした。誰かがこの場所を通報したんだろう。
「目的を、達成できてないわよ。ワタシの、勝ちね」
ルプスのことを警戒しながらソードを拾ったシャイナーが、息を荒くしながら言う。
その言葉に僕は最後に残った幹部に場所を譲った。
「ぼくは第三幹部ピクシス。心配いただきありがとう、シャイナー。けど作戦はすでに終わっているよ」
マントを脱ぎ去って進み出たピクシスの姿は、他のふたりに比べても異様だった。
銀や黄土色や黒の、機械の部品を寄り集めたような変身スーツを身につけた長身のピクシスが、掲げるように右手を挙げる。
パチンと指を鳴らした瞬間、シャイナーの背後にそびえるショッピングモールの廃墟が、音を立てて崩れ始めた。
背面視界でも見えるはずなのに、ガレキと化していく建物の様子を、シャイナーは振り返って見ていた。
そんな彼女を尻目に、僕は三人の幹部、それから崩壊前に集結させた十体の戦闘員を連れ、踵を返す。
「コ、ル、ヴ、スーーーッ!」
本当に悔しそうな声を上げたシャイナーは、それでも我慢ならないのか、シャイナーソードをアスファルトに叩きつけていた。
ステラートの活動をするに当たって、最大の驚異であるシャイナーを倒しうる戦力を、僕は手に入れた。
僕しかいなかったときと違って、今後のステラートはシャイナーが現れても作戦を遂行していけるだろう。
僕はステラートを使って、よりよく僕の悪を示していくことができるはずだ。
でも僕は、背面視界で見える、肩を細かく震わせながら僕の背中を睨み付けてきているシャイナーに注意を向けていた。
「さぁ、僕たちの世界征服を始めよう」
並んで歩く三人の視線に気づいて、彼らに視線を返しながら僕は言った。
『樹里、転移を』
『はい。お疲れさまです』
気がつかない間にずいぶん緊張していたらしい。樹里の言葉に僕は深く息をついていた。
――僕の世界征服って、いったいどんなのだろう?
転移のときに起こる浮遊感に身を任せる一瞬、僕たちに背を向けたシャイナーのことを見ながら、僕はそんなことを考えていた。
秋の盛りと言えど、いまみたいな深夜の時間帯ともなると、夜空には冬の天の川が昇り、澄んだ空気にそよぐ風には晩秋の匂いがあった。
『転移反応確認。シャイナーです』
僕の耳に、というより頭の中に、アジトにいる樹里の涼やかな声が響いた。
その声に後ろで控えるフードで頭まで覆ったマント姿の三人が、微かに肩を震わせる。
緊張しているのだろう三人と違って、僕はここ二ヶ月で慣れ親しんだ通信の声に、それまであった緊張がほぐれていくのを感じていた。
前触れもなく、少し離れた場所に現れた白い影。
白を基本色とし、赤や黒で彩られたレオタードのような身体の線がくっきり出る軟質スーツを身につけ、転移の際の浮遊感をやり過ごすためだろう、しゃがんだ姿で現れた人影。
胸から肩、腕や脚を硬質プロテクターで覆っているのは正義の味方「光の戦士シャイナー」。
スカートのような腰のプロテクターの左右に大小の剣を佩いたその姿は、まるでテレビの戦隊特撮ヒーロー番組から飛び出してきたかのようだった。
彼女の姿がコスプレなんかじゃないことを、僕は知っている。
一見男の子と間違えそうになるほど胸に膨らみのない――、スレンダーな身体には強靱な意志と驚異的な技を秘め、過ぎるほど細く見える手足には強大な力があることを、僕は身を以て知っていた。
たぶん飾りなんだろうけど、ヘルメットから伸びる黒髪は、立ち上がるシャイナーの肩から背中へ、音もなくさらさらと流れていった。
シャイナーの力を十二分に引き出すその変身スーツは、凶器であると同時に、まるで彫像か何かのような、芸術すら感じる美しさを醸し出していた。
ヘルメットのバイザーの奥の赤い光が、闇の中にあってなお黒い、シャイナーとは対象的な色をした変身スーツを着、同色のマントを羽織る僕に投げかけられる。目ではないけど、目のように思えるそこから掛けられた視線に、強い警戒心と戦意を読み取って、僕は背筋に悪寒とも言えないものが走るのを感じていた。
強力にして強烈。
――相変わらずシャイナーは――。
「おもしろい」
「なにか?」
思わず口に上ってしまった僕の声に反応したのか、シャイナーは腰から長剣の方、シャイナーソードを抜きながら僕の後ろに控える三人を値踏みするように見ている。
「今日はどうしたの? 戦闘員は配置済みみたいだけど、作戦の方はいいのかしら? 破壊対象はあれでしょう? コルヴス」
顎でしゃくって自分の後ろにある建物を、コルヴス――僕に示すシャイナー。僕が知る中でも五本の指に入る澄んだ声には、強い警戒の色が含まれていた。
そこにそびえているのは、つい四年ほど前に閉店になった大型ショッピングモール。
親会社の倒産によって閉店となる前はすぐ前の国道が渋滞するほどの人気があった場所だけど、倒産後の精算が完了しないとか、土地や建物の次の利用目的が決まらないとかで、放置されて徐々に風化しつつあった。
零時を過ぎた夜空の下にそびえるショッピングモールの廃墟は、巨大な墓石にも見えていた。
その建物こそが、僕たち悪の秘密結社「ステラート」の今回の破壊対象。
僕たちが建物の前の広大な駐車場で待っていたのは、破壊作戦以外に目的があったからだった。
「今日はちょっと紹介したい人がいてね」
「人?」
シャイナーの訝しむような声。
僕は彼女の疑問に行動で答えることにした。
「行け」
マント姿のひとりが進み出て、強く地を蹴った。
「第二幹部アクイラだっ。よろしく!」
自己紹介の言葉を叫びつつ、アクイラはマントを脱ぎ捨てた。
現れたのは深い青と緑の色をしたゲームか何かに出てきそうな全身鎧の変身スーツ。獣の毛を思わせる刺々しいデザインのアクイラは、剣と盾を手にし、三歩で十メートルほどの距離を詰め、無造作に剣を横に振るった。
シャイナーははっきり言って強い。
喧嘩程度ならともかく、武道の類は学校の授業でしかやったことがない僕ではまったく太刀打ちできないほどに。
だからアクイラの攻撃も、半歩退いて重心の移動させたシャイナーはソードで受け止めてしまう。
剣と剣がぶつかり合い、澄んだ音が辺りに響き渡る。
即座に切り返しの攻撃を行うと思われたシャイナーは、次の瞬間宙を舞っていた。
「くっ」
かろうじて受け身を取って立ち上がるものの、彼女は脇腹を押さえて苦悶の声を上げる。
位置的にぎりぎりでしか見えなかったけど、アクイラは剣と剣がぶつかり合う瞬間、膝蹴りをシャイナーの脇腹に見舞っていた。
間髪を入れず、シャイナーに接近したアクイラは天を指すように振り上げた剣を叩きつける。
どうにか構えを取り直したシャイナーは、頭の上でわずかに斜めに構えたソードでアクイラの剣を受け流してた。
すれ違いざまの胴凪ぎ。
得意とする攻撃を仕掛けようとしたシャイナーが前に出た瞬間、彼女に迫ってきたのはアクイラの盾だった。
パンチのように突き出された盾に突っ込む形となったシャイナーは、吹き飛ばされて駐車場のアスファルトに身体をこすりつけながら転がっていった。
型もセオリーもあったもんじゃない。
勘と即座の判断でやっているのだろうアクイラの戦法は、剣と盾を持ちながら、それはむしろ体術というべきものだった。
剣道を基本とし、他にいくつかの武術や戦闘法を組み合わせているシャイナーは、僕には予測不能な動きを見せるアクイラに軽くあしらわれていた。
戦っていてすら見惚れそうになる美しさを持つ彼女はいま、寝そべるように背を地に付けたアクイラの蹴りを顎に食らってよろめき、投げつけられた盾の影から突き出された剣を避けられずに吹き飛んでいた。
――でもやっぱりシャイナーは強い。
戦いが始まって五分。
盾の影から繰り出された地を擦るようなアクイラの斬撃を、シャイナーが受け止めた。
体勢が悪くて身体ごと浮き上がった彼女は数メートルも飛ばされていたが、もしかしたらそれも彼女の狙いかも知れない。
その少し前から、アクイラの攻撃はシャイナーにクリーンヒットしなくなってきていた。
――あの強さは、どこから来るんだろう。
いまなお優勢なのはアクイラだ。でもあと五分後には、優劣は逆転しているかも知れない。
シャイナーはすでに、アクイラの剣と盾を使った体術に慣れ始めていた。
肩で息をしていたシャイナーが、最後に深呼吸をして、アクイラに向けてソードを中段に構える。
――華麗で強い。シャイナーはやっぱりおもしろい。
ヘルメットの下で笑みがこぼれてくるのを感じる。
でも今日でアクイラのすべてを見せるわけにもいかない。
僕は残った長身と小柄のマントのうち、小柄な方に声をかける。
「次、行け」
「うん」
前に出てマントの下から姿を見せたのは、シャイナーに似た純白色の変身スーツ。
ピンクや黄色のアクセントを配色し、動きやすさを重視して硬質プロテクターをできるだけ少なくしつつ、本人は恥ずかしがっていたけど女の子らしさを強調したそのスーツは、シャイナーとは方向こそ違えど魅力的な姿に仕上がっていた。
「第一幹部ルプスよ。シャイナー、覚悟!」
言いながら両手の短剣を逆手に構え、大きく跳んで距離を取ったアクイラに代わって、ルプスがジグザグにステップを踏みながらシャイナーに近づいていく。
慎重にソードを構えたシャイナーは、ルプスの動きを見切って上段からの斬撃を加える。
「なっ! これ!!」
叫び声を上げたのはシャイナー。
地を這うほどに低い体勢で斬撃をかいくぐったルプスは、立ち止まらずにシャイナーの脇をすり抜けた。
身体を通り越した場所で反転し、ルプスは自分の身体をこすりつけるようにして短剣をシャイナーの脇腹に押し当てる。
すぐさま振り返ったシャイナーだったけど、ソードを振るった場所にはすでにルプスはいない。再び背後を取る形となったルプスは、太ももに短剣を滑らせていた。
悪の秘密結社のナビゲーターである樹里の言葉を信じるなら、変身スーツは一部の例外を除き、裂くことも破壊することもできない。それでも瞬間的に強い衝撃を受ければ骨折なんかをすることはあるし、剣で切られれば痛みもある。
短剣をかすらせるルプスの攻撃は一撃一撃は軽く、痛みもさほどでもないはずだ。
筋力強化はもちろん、センサーや通信にもエネルギーを消費する変身スーツは、防御にこそ一番エネルギーを使う。一撃が軽くても、その蓄積はいつかスーツのエネルギーをゼロにし、解除に追い込むことも可能だった。
「どうしたの? シャイナー。ちっとも反撃してこないじゃないっ」
「くっ、この!」
ルプスの軽い徴発にもシャイナーは反論することができない。
身体を密着させるようなルプスの機敏な動きに、シャイナーは対応し切ることができないでいた。
変身スーツの機能により前後左右すべての方向が見えているはずだけど、視界に見え、反応したときにはすでにルプスはその場所にはいない。
反撃することすらできず、シャイナーはルプスの攻撃を一方的に受け続けていた。
――あぁ、でも、やっぱり難しいな。
少しずつ、少しずつだけど、シャイナーはルプスの動きに間に合い始めていた。
どうしてシャイナーはここまで強いのだろう。
最初からここまで強かったわけじゃない。
出くわす度に強くなっていくシャイナーは、僕にとって最大の敵でありながら、いま現在最大の興味の対象でもあった。
悪の秘密結社ステラート。
僕が結成することになったそれは、いまのところたいした活動をやってるわけじゃない。
いやむしろ、これといった悪がないと言ってもいい。
でもシャイナーは、シャイナーと戦っているときだけは、僕が僕の悪を為している気がするのは、何故なんだろうか。
――僕は知りたい。君のことを、もっと知りたい。
シャイナーソードから短剣、シャイナーエッジに持ち替え、かろうじてルプスの攻撃を受け流すようになってきたシャイナーを、僕は誰にも見られることのない笑みを漏らしながら見ていた。
「そろそろ時間切れね」
シャイナーから大きく距離を取ったルプスが、頭の上のウサギの耳のようなセンサーをピンと立てて言った。
『機動隊車両の接近を確認。あと三分でそちらに到着予定です』
樹里からの通信を入ったところでやっと、僕のスーツのセンサーも近づいてくるサイレンの音をキャッチした。誰かがこの場所を通報したんだろう。
「目的を、達成できてないわよ。ワタシの、勝ちね」
ルプスのことを警戒しながらソードを拾ったシャイナーが、息を荒くしながら言う。
その言葉に僕は最後に残った幹部に場所を譲った。
「ぼくは第三幹部ピクシス。心配いただきありがとう、シャイナー。けど作戦はすでに終わっているよ」
マントを脱ぎ去って進み出たピクシスの姿は、他のふたりに比べても異様だった。
銀や黄土色や黒の、機械の部品を寄り集めたような変身スーツを身につけた長身のピクシスが、掲げるように右手を挙げる。
パチンと指を鳴らした瞬間、シャイナーの背後にそびえるショッピングモールの廃墟が、音を立てて崩れ始めた。
背面視界でも見えるはずなのに、ガレキと化していく建物の様子を、シャイナーは振り返って見ていた。
そんな彼女を尻目に、僕は三人の幹部、それから崩壊前に集結させた十体の戦闘員を連れ、踵を返す。
「コ、ル、ヴ、スーーーッ!」
本当に悔しそうな声を上げたシャイナーは、それでも我慢ならないのか、シャイナーソードをアスファルトに叩きつけていた。
ステラートの活動をするに当たって、最大の驚異であるシャイナーを倒しうる戦力を、僕は手に入れた。
僕しかいなかったときと違って、今後のステラートはシャイナーが現れても作戦を遂行していけるだろう。
僕はステラートを使って、よりよく僕の悪を示していくことができるはずだ。
でも僕は、背面視界で見える、肩を細かく震わせながら僕の背中を睨み付けてきているシャイナーに注意を向けていた。
「さぁ、僕たちの世界征服を始めよう」
並んで歩く三人の視線に気づいて、彼らに視線を返しながら僕は言った。
『樹里、転移を』
『はい。お疲れさまです』
気がつかない間にずいぶん緊張していたらしい。樹里の言葉に僕は深く息をついていた。
――僕の世界征服って、いったいどんなのだろう?
転移のときに起こる浮遊感に身を任せる一瞬、僕たちに背を向けたシャイナーのことを見ながら、僕はそんなことを考えていた。
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どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。
そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。
想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。
どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。
一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・
ですが、ここで問題が。
スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・
より良いスキルは早い者勝ち。
我も我もと群がる人々。
そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。
僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。
気が付けば2人だけになっていて・・・・
スキルも2つしか残っていない。
一つは鑑定。
もう一つは家事全般。
両方とも微妙だ・・・・
彼女の名は才村 友郁
さいむら ゆか。 23歳。
今年社会人になりたて。
取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。
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