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第六部 序章 ナーバスブレイクダウン
第六部 暗黒色(ダークブラック)の嘆き 序章
しおりを挟む序章 ナーバスブレイクダウン
差し込む朝日が目に染みて、夏姫(なつき)はまぶたを開いた。
もうすっかり冬の空気になっている部屋は、低い陽射しでは暖かくならない。古く断熱性の低いアパートでは、冬用の布団でも寒さを感じるほどだった。
けれどいまは、去年よりも少し暖かい。
夏姫の視線の先にある、寝顔。
ひとり用の布団で、夏姫に身体を寄せて眠っているのは、眉間にシワを寄せている男の子、音山克樹(おとやまかつき)。
彼が誰かと戦い、平泉(ひらいずみ)夫人が凶弾に倒れたあの日から、もう一週間。
克樹は一度も家に帰らず、ずっと夏姫が住むアパートの部屋で寝起きしていた。
学校にも行かずに昼間は夫人が収容されている病院に毎日通っているようだが、それ以外は日がな一日横になって何もせずにいるか、部屋の隅で考え事をして過ごしている。
頬杖をついて身体を起こし彼の寝顔を見下ろす夏姫は、そっとクセのついた髪を撫でる。
音山克樹は、芯の強い男の子。
何度も助けられて、支えてくれた頼り甲斐のある彼は、いまは何もできない甘えん坊の子供になってしまっていた。
頼ってくれるのは嬉しい。その相手が自分であることに、幸せすら感じる。
けれど同時に、夏姫は心配でもあった。
「誰なのかな? 最後のエリキシルソーサラーは」
一週間の間、克樹は一度もあの日のバトルに関することを話してくれていない。あのとき最後のエリキシルソーサラーがふたりともわかったと言っていたのに、それが誰なのかは教えてくれていなかった。
近藤と灯理(あかり)には随時、克樹の様子は話してあったし、猛臣(たけおみ)にもメッセージは飛ばしてあった。学校のことは、何か事情を知っているらしい彰次(あきつぐ)から話を通してある様子だった。
リーリエからも一度連絡があったが、詳しいことは話してくれず、克樹のことをお願いされて、それっきり。
何が起こったのかは、予測はできる。けれど確信はない。
克樹が話してくれること以外を信じるつもりはなかった。
悪夢でも見ているように、彼は強く目をつむっている。
そんな彼の髪を撫でながら、夏姫はそっとささやく。
「これからどうするの? 克樹」
呼びかけても起きる様子のない彼。
エリキシルバトルはまだ終わっていない。
残りふたりの敵を確認し、倒して、灯理たちとも決着をつけなければ終わることはない。
終わらせるためには、事情を知っている克樹から話を聞いて、今後のことを考えなくてはならなかった。
部屋の隅に置いてある机の方を見る。
そこにいるのは、眠るようにメンテナンスベッドに斜めに横たわっている、ブリュンヒルデ。
「ママ。アタシは、どうしたらいいのかな? 何ができるのかな?」
ピクシードールであるヒルデが答えることはなく、静かな朝の空気に、声だけが消えていく。
それでも夏姫は、不安をヒルデに零さずにはいられないくらい、胸が苦しかった。
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