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第五部 第一章 リップルエフェクト
第五部 撫子(ラバーズピンク)の憂い 第一章 1
しおりを挟む第一章 リップルエフェクト
* 1 *
テーブルの上に立っているアリシアは、考え込むように腕を組み、片手で顎を支える姿勢のまま、ほとんど身動きもしていなかった。
もちろんアライズはしていない。
身長二〇センチの、ピクシードールのままだ。
時折こちらにカメラアイを向ける動作を見せてるから、リーリエがアリシアとのリンクを保っていることはわかる。アリシアのコントロールは片手間にやって、裏で何かをやってるみたいだった。
――そもそも、アリシアのカメラアイは広視野なんだけどね。
人間の目と同じ位置に搭載されてるアリシアのカメラアイは、左右合わせることにより一八〇度の視界を確保していて、スフィアのハードウェア制御とリーリエのソフト補正を使えば、目も顔も動かさずに全視野に焦点を合わせることができる。
というかそもそも、このLDKはもちろん、家の主要な場所にはリーリエにリンクしたホームオートメーションシステムのカメラが設置されてるんだ、アリシアで僕の方を見る必要すらない。
リーリエなりに、僕に気を遣ってくれての行動なんだろう。
「はぁ……」
小さくため息を吐き、僕は手元のタブレット端末で、先日行われた中間テストの問題を復習する。
十月も後半になり、早くも日が落ちるのを早く感じるようになった。LDKの掃き出し窓の向こうでは、日が陰ってきているのが見える。
平日のこれくらいの時間だったら、早いときはもうすぐ夏姫のバイトが終わる時間で、夕食目当てなのか勉強目当てなのか近藤も来ることがあったり、特に用事がなくても学校のこととかドールのことを話しに灯理が来ていたりもする。
でもいま、この場所は静かだった。
もう二週間近く、こんな静けさが毎日続いている。
勉強なんて自分の部屋ですりゃいいのわかってるのに、僕はなんとなく今日もダイニングで、スマートギアも被らずに勉強していた。誰かが来ることなんて、ないのに。
――そう思えば……。
二週間前からの変化というと、もうひとつ思いつくことがあった。
――最近、アライズ使わないな。
そう思ってアリシアに視線を向けると、ちょうど目が合って微笑まれた。
みんなが来ていたときは、リーリエはよくアリシアをアライズさせて、家のことをせっせと手伝ったりしていた。でもいまは、一日に一回かそこらしかアライズを使ってないし、時間も短い。
アライズを使っていたのはみんなが来るからか、と思う。リーリエに理由を聞いてみたことはなかったけれど。
「ま、いいか」
考えを中断して、タブレット端末をテーブルに投げ出した僕は、椅子から立ち上がりマグカップを手にキッチンへと向かう。
「あー」
一瞬忘れてしまったフィルターの場所をすぐ思いだし、レギュラーコーヒーを探り出してコーヒーメーカーをセットする。
淹れ終わるまでの間、抽出されたコーヒーがジャグに溜まっていく音を聞きながら、僕はキッチンにただ立っていた。
みんなが僕の家に来なくなった理由は明かだ。
願いはひとつ、ひとりだけ。
それが二週間前、エリキシルバトルアプリに届いたメッセージで、終盤戦突入と同時にはっきり書かれていた。
そのメッセージを見て以来、僕は夏姫たちと上手く話せなくなった。
別に険悪な関係になったとか、敵対的になったとかじゃなく、何となくだった。
他のみんなもそんな感じみたいで、学校では同じクラスの夏姫や近藤とも、この二週間ばかり必要最低限のことしか話してない。それ以上話が続かない。
まともに話しかけることも、話しかけられることもなくなっていた。
「これが普通だったんだけどな」
コーヒーメーカーのタンクの残りの水量を見ながら、僕はつぶやく。
エリキシルバトルが始まるまで、僕はいつもひとりで過ごしていた。
リーリエとは話していたけど、アリシアを勝手に使わせるようになったのはバトルが始まってからだし、リーリエともいまほど話していなかった。
「……もう一年になるんだな」
抽出が終わったコーヒーメーカーの電源が自動的にオフになるのを確認し、僕は保温ジャグからコーヒーをカップに注ぎ、冷蔵庫から取り出した牛乳をたっぷり投入する。
入れすぎて零れそうになったコーヒーをすすりながらダイニングに戻るけど、時間が経って液晶が消灯してるタブレットに、もう一度電源を入れる気にはなれなかった。
エイナが現れ、エリキシルバトルに誘われたのは、ちょうど一年くらい前のこと。
夏姫にバトルを申し込まれ、ブリュンヒルデを倒し、あいつと一緒に行動するようになってからも、一年近くになる。
通り魔事件の件で食らった停学が明けた近藤が加わってからも半年くらいになるし、灯理と戦ったのももう五ヶ月以上前のことだ。
エリキシルバトルに参加してから、僕の生活環境は大きく変わった。
ひとりで過ごすことも、リーリエとふたりで生活することも、寂しいだなんて感じたことはなかった。それが当たり前で、そんな生活に慣れていたから。
他人と関係を持つなんて面倒臭いとしか思えなかったし、仲のいい人以外と話すのは苦手だったから。
そんな僕はいま、コーヒーをすする音しか聞こえない家に寂しさを感じている。
変わってしまったのは、僕自身もだった。
「まぁ、元々仲間になってたわけじゃなかったし、仕方ないんだけどさ」
僕がエリキシルスフィアを回収しないことで、かろうじて繋いできた夏姫たちとの関係。
その関係は、敵対していたわけではなかったけれど、仲間になったわけでもなかった。
あくまで決着を先延ばしにしていただけの関係だった。
願いがひとりしか叶えられないとわかったいまは、その関係も続けられないのは当然のこと。
頭ではもちろんそうだとわかっていた。
頭の理解と、僕の気持ちとは、すっかり分離してしまっていた。
「はぁ……」
天井を仰ぎながらため息を吐いたときだった。
『はーい。いま開けるねっ』
鳴り響いた玄関チャイムに応えて、リーリエが来訪者に声をかけるのが聞こえて来た。
――誰だ?
当然のことながら、来客の予定なんてない。
リーリエが応答したからには知り合いで、アポなしでやってくる人物ですぐ思いつくのは、夏姫とショージさんのふたり。
ショージさんはいま、クリーブとかっていう、スフィア互換のクリスタルコアを発表してからなんだかごたついてるらしいし、可能性として高いのは夏姫しかいない。
タブレットでも確認できる玄関カメラを見るより先に、僕はすぐにLDKを出る。
鍵が解除されると音と同時に開かれた玄関扉。
現れたのは、確かに見知った人物。
そいつの顔を見て、僕はあんぐりと口を開けてしまっていた。
「思ってた通り、シケた面してるじゃないか、克樹」
そんなことを言ってイヤな笑みを浮かべているのは、槙島猛臣(まきしまたけおみ)だった。
*
淹れたばかりだったコーヒーをカップに注いで差し出すと、いいとも言ってないのにダイニングチェアのひとつに座った猛臣は、ニヤけた笑みを口元に貼りつかせたままブラックでひと口飲んだ。
「やっぱり空中分解したか。協定を結んでるわけでもなく、ちゃんと味方ってわけでもなく、中途半端な関係だったわけだから、当然ちゃ当然だな」
「……」
正面に座った僕を、さも楽しそうな笑みで見つめる猛臣。
反論の言葉もない僕は、視線を逸らすことしかできない。
「今日はなんのために僕の家に? バトルの決着をつけるため、とか?」
もう後は知ってる相手同士ででも戦って、スフィアを奪い合うしか願いを叶える道はないんだ。猛臣が僕の家に来た理由がバトルであっても不思議には思わない。
アリシアは万全だし、そのアリシアで猛臣に不適な笑みを向けてるリーリエも、戦う準備は整っているようだ。
ただ、イシュタルと戦うなら高速機動戦になるのはほぼ確実で、そこそこ広いといっても僕の家は一般家屋。ここでバトルになるのは勘弁してもらいたかった。
「てめぇたちとの決着をつけたいのも山々なんだがな、イシュタルはいま全面改修中で持ってきてねぇんだ」
肩を竦めてみせる猛臣に、スマートギアを被ってなくて確認できない僕はアリシアに視線を飛ばしてみると、小さく肯定の頷きが返ってきた。
レーダーにエリキシルスフィアの反応は確かにないらしい。
「じゃあいったい何しに来たんだよ」
「そうカリカリするなよ」
いつも怒ってる気がする猛臣にそう言われて、それまでわき起こっていた苛立ちが急速に萎えた。思わずテーブルに突っ伏してしまいそうになる。
「今日はてめぇに、いや、俺様たちにとって重要な情報を持ってきてやったんだよ」
言いながら猛臣は、隣の椅子に置いていた書類鞄から紙の束を取り出し差し出してきた。
「んっ?!」
ひと目見ただけで、僕はそれが何なのかを理解した。
アリシアで覗き込んでくるリーリエにも見えるよう、テーブルの上に置いて何枚かに分かれてる紙を広げる。
印刷されたその紙の内容は、リスト。
最初の二枚にはスフィアカップの地方大会の、フルコントロール、セミコントロール、フルオート部門で優勝と準優勝した人たちの名前が一覧になっている。
そしてエリキシルバトルの参加者かどうかのチェックが、一覧の項目に入っていた。
つまりこれは、バトルの参加者リスト。
三枚目以降の紙には、そこから抽出された参加者に関する情報。
灯理や天堂翔機を含めた既知の参加者が一覧にされ、バトルスタイルやわかっているドールの名前、参加大会と現在の大雑把な所在地、わかっている場合はその願い、それから敗者に関しては誰に負けたかが書かれていた。
『すごいねっ、猛臣。全部調べたんだ?』
「あぁ、苦労したぜ。レーダーでチェックして確認も取らなくちゃならなかったから、ほぼ全員のとこに足を運んだしな。スフィアカップからもう三年以上経つし、転居してる奴も少なくなかったから、結局一年もかかっちまったぜ」
アリシアの身振りで賞賛を表現するリーリエの言葉に、得意げな猛臣はまんざらでもないような笑みを浮かべる。
一年がかりで、たぶん調査会社とかの人も使い、一部のスフィアを買い取ったりしている猛臣が、いったいどれくらいの金をかけたのかは想像もできない。このリストをつくるのにかかった金額は数百万なんてレベルではなく、もうひと桁は上であることだけは確かだ。
それだけじゃなく、全国に散り散りになってる参加候補者を訪ね歩くのにかかった時間も合わせれば、その熱意は飛んでもないものだとやってない僕でもわかる。
敵である僕でも、猛臣のことを賞賛したくなるほどのリストだった。
「……これ、足りないよな」
「……あぁ、そうなんだ」
眉を顰めて紙から顔を上げた僕に、同じように厳しい表情を浮かべる猛臣が答えた。
リストの中で、現在も参加資格を保持しているのは僕と猛臣、夏姫と近藤と灯理、そして天堂翔機の六人。
天堂翔機の言っていた、一〇人を切った段階で終盤戦に入るというのが本当だとしたら、あと三人足りなかった。
すべてのリストを見直しても、誰に負けたのかが不明な参加者はいても、まだ参加資格を保持している可能性のある人物が見当たらない。
残り三人の参加者は、灯理や天堂翔機と同じように、スフィアカップに参加していない、特殊なルートでエリキシルスフィアを入手した人物だということだ。
「あと三人か……」
「いや、たぶんあとふたりだ」
僕が口にした未知の敵の人数を、猛臣は訂正する。
「ここを見ろ」
猛臣が指さしたのは、中国地方の県でスフィアカップに出場した参加者。ひとりではなく、ふたり。
つい二週間ほど前にエリキシルバトルを脱落したふたりの敗退日は同じで、その苗字も同じ。双子のソーサラーだ。
「このふたりって……」
僕でも名前を知ってる双子は、全国大会でも片方がフルコントロール部門三位、もうひとりがセミコントロール部門で四位を収めた強者だけど、その強さの真価はタッグ戦にある。
ピクシーバトルでタッグ戦が行われる機会は少ない。けど以前テレビ番組の企画で行われたタッグマッチでは、この双子は全国大会に出場した他のソーサラータッグチームを寄せつけない、圧倒的な強さを見せつけた。双子だからこそ可能な息の合い方だった。
「天堂翔機の言葉が本当なら、あの屋敷に乗り込んだ時点で残りのエリキシルソーサラーは一〇人。最後にこいつらふたりが脱落したんだとしたら、残りは八人だ。探すのに苦労したぜ。親が離婚した関係で母親の旧姓に戻ってた上に、母方の実家に引っ込んでたからな」
悪態を吐く猛臣の言葉にふたりのいまの所在地を見てみると、東北地方になっていた。
姓が変わった上に中国地方から東北地方に引っ越していたとなれば、確かに探すのに苦労しただろう。
「このふたりは誰に負けたんだ? もしかしてこのふたりで戦って、とか?」
「ふたりで戦って、ってのはない。このふたりの願いは同じだからな。まぁ、負けててくれてちょっとホッとしたぜ。ひとりずつならともかく、ふたり同時に相手するんなら、俺様でもヤバいじゃ済まないからな、この双子は」
「じゃあ誰が倒したんだ……」
ふたりが戦った相手の項目は空欄になってる。
猛臣が強さを認めるほどのふたりだ。他にも負けた相手が空欄になってる人は何人かいるけど、このふたりを破った相手を猛臣が追求しないわけがない。
「誰と戦ったのかわからなかったの?」
リストから顔を上げて、僕は難しい表情を浮かべてる猛臣を顔を見る。
連絡があって、入院したという天堂翔機ではあり得ず、猛臣でもなく、僕や夏姫たちでもない双子を倒した相手。
僕自身を含めて既知のエリキシルソーサラーは六人。
まだ正体不明な参加者は、ふたり。
ふたりの内の片方、もしくは両方の正体に関する情報は、僕たちにとって何にも代えがたい価値がある。
「ふたりの願いは身体の弱い母親を健康にすることだ。父親がずいぶん酷い奴だったみたいでな、離婚して一年以上経ったいまも母親は入退院を繰り返してる。ふたりに勝った奴は、正体を他の誰にもバラさない代わりに、かなりかかってるはずの医療費を出すことを条件にしたらしい。はっきりとそうだとは、双子は言わなかったがな」
「でも猛臣なら――」
「あぁ、もちろん。こっちで肩代わりするって話はしたさ。だがどうやらそれだけじゃないらしいんだ。ひとりは弁護士、もうひとりは医者を目指してるってふたりの諸費用も融通してる様子がある。その上奴らは義理堅くてな、どうやっても負けた相手の名前を口にしなかった」
「そっか……」
苦々しげに顔を顰める猛臣。
そんな彼から視線を逸らして、僕は考える。
母親を健康にしたいという願いは、お金で買えるものではないだろう。けれどお金があれば充分な治療は受けられるし、生活に余裕を持つことができる。
不完全ながらも願いを叶えたふたりにとって、それを実現してくれた相手に口止めされれば、そう簡単に口を割ったりしないだろう。
スフィアカップに出場してなく、追跡もできないあとふたりの敵は、僕たちにとって最大の脅威だ。
「これもはっきりとは言わなかったが、どうやら双子を倒した敵はひとりだったらしい」
「ひとり?」
「あぁ。俺様でも双子を同時に相手にしたら勝つのはかなり厳しい。敵がひとりだったってのが本当なら、そいつの強さは俺様やお前どころじゃない可能性がある。もしかしたら平泉夫人クラスかも知れねぇってことだ」
言い捨てた猛臣は、温くなったブラックコーヒーをひと息で飲み干した。
バトルも終わりに近づくに連れ、強い敵が出てくるだろうとは思っていた。でも平泉夫人クラスとなると、厳しいどころの話じゃない。
全員で一斉に挑みかかっても勝てるかどうかかも知れない。
「リーリエ。双子を倒した敵について、どう思う?」
『……え? あぁ、うん。すごく強そうだね』
アリシアでリストに目を向けたまま黙っていたリーリエに声をかけると、まるで他のことに気を取られていたみたいに反応が鈍かった。
――ん?
それだけじゃなく、リーリエの様子に微かな違和感を覚える。
リーリエは若干ジャンキーが入ってるレベルで、ピクシーバトルでもエリキシルバトルでも、どんなものでもバトルを好んでる。平泉夫人に匹敵するかも知れない敵がいるなんて話を聞いたら、むしろのめり込んできて質問でも飛ばしてきそうなのに、ずっと黙ったままだった。
――どうかしたのか?
とくに思い当たることはなかったけど、リーリエの様子がおかしいように思えていた。
ただ、身体を持たない人工個性の彼女は、アリシアを通してでもないと細かい様子がわからない。アライズもさせていないいまは、裏で何かやっててもすぐにはわからなかった。
「まぁ、充分に気をつけろ」
言って猛臣は広げていた紙をまとめて僕に渡してくる。
「願いを叶えたいなら、いつかは誰かが戦わなくちゃいけないんだから、あんまり気にしてても仕方ないだろ」
「そうなんだがな。できればてめぇらの誰かが倒してくれれば、と思うよ」
いつにも増して弱気な発言をする猛臣から紙束を受け取る。
「弱気だね」
「一年近くエリキシルソーサラーのことを調べてきて、影も形も見えなかったところで、やっと尻尾をつかみかけた相手だ。強い上に正体不明となりゃ、慎重にもなるさ」
苦々しげなものと、慎重さとは違う恐れているようにも思える色を瞳に浮かべている猛臣。
どこからともなく強敵が現れたんだ、そんな反応も仕方ないのかも知れない。
「ともあれ、他の奴らにはお前から知らせておいてくれ。データは後でお前に送っておく」
「え?」
席を立って鞄を手にした猛臣は、そのまま玄関に向かう。
「みんなの連絡先は知ってるんだから、直接送ればいいだろ」
「あ?」
LDKを出るところで振り返った猛臣は、ガラの悪い声を出す。
「てめぇらの仲良しごっこを認める気はないが、いまの状況じゃあ空中分解されても困るんだよ」
「なんでだよ」
「おそらく双子を倒した敵は、過去最強のエリキシルソーサラーだ。一対一じゃ俺様でもキツいだろう。てめぇらを相手にするならどうにでもなるが、この状況で各個撃破でもされたら、俺様がきっついことになりかねねぇ」
厳しい表情のまま詰め寄ってきた猛臣は、僕に言い聞かせるようにそう話す。
「せめて残りふたりの敵の情報だけでもつかまなけりゃならないんだ、俺様にとってはいまんとこてめぇらがつるんでてくれた方が都合がいい」
ふと笑みを浮かべた彼は、らしくないことを言う。
「仲良しに戻るための機会を与えてやってるんだ、感謝しやがれ」
「痛っ」
強めに頭をはたかれて、僕は顔を歪める。
「それにモルガーナの奴がいまになってもまだ具体的な動きを見せないのが気持ち悪い。エリキシルソーサラーでないようだが、奴が何か企んでるならもう動き出してもいいはずだ。弱い奴らばっかりだったとしても、正体不明の敵より把握できてる奴らと構える方がマシなんだよ」
「まぁ、そうかも知れないけどね」
夏姫に対する態度を見てると、猛臣はそう悪い奴じゃないのかも知れないとも思えるが、優しげにも見える笑みを浮かべてるいまの彼は、微妙に気色が悪い。
玄関に出て靴を履いてる猛臣の後を追って、僕もLDKを出る。
「これまでは情報交換のために協力してただけなんだ、残りふたりの敵がはっきりわかったら、改めて決着つけるからな、克樹」
「わかってる」
『楽しみにしてるよー、猛臣っ』
「はっ。今度はてめぇをぶっ飛ばしてやるからな、リーリエ」
『負けないよっ』
なんだか爽やかな笑みでリーリエとも言葉を交わした猛臣は、玄関の扉を開ける。
「俺様との決着をつけるまでは、誰にも負けるんじゃねぇぞ、克樹」
「わかってる」
応援してくれてるようにも感じる言葉に頷いて、僕は不適な笑みを残して玄関の向こうに姿を消した彼を見送った。
「……はぁ」
手元に持ったままの紙束に目を落として、僕はちょっと呆れを含んだ息を吐いていた。
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