神水戦姫の妖精譚

小峰史乃

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第五部 序章 ウィークアタック

第五部 撫子(ラバーズピンク)の憂い 序章

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   序章 ウィークアタック


「――つまり、このクリスタルオーブこと、我がヒューマニティパートナーテックが開発した『クリーブ』は、スフィアロボティクスの第五世代スフィアに完全互換するクリスタルコンピュータを搭載した、スフィアドール用コアです」
 演壇に立った彰次(あきつぐ)は、自分に視線を向けてくる人々に、そう言葉を放った。
 彼の後ろでは、プロジェクターで大写しになった、クリーブとスフィアの互換性を示す説明が表示されている。
 スライドが新しいものに切り替わり、正面から脇に引いた彰次は、レーザーポインタを使って説明を続ける。
「現在のところ、クリーブの性能はスフィアに対し約五〇パーセント、消費電力もスフィアに比べて大きくなっております。しかしこれまでスフィアはスフィアロボティクス社製のものと、ライセンスを受けた企業からのほぼ同一品しかありませんでしたが、我が社が世界で初めて、完全オリジナルにて互換する製品の製造に成功しました」
 大きく映されたスフィアとの比較では、消費電力こそ第五世代スフィアとの対比であったが、性能についてはよく見ると第一世代スフィアとの比較であることが、小さく注釈で書かれている。
 スクリーンから集まった人々の方に向き直った彰次は、漏れ出そうになるため息を、ツバとともに飲み込んだ。
 クリスタルオーブこと、『クリーブ』は、彰次が趣味の延長線上としてHPT(ヒューマニティパートナーテック)社で開発を行い、平泉夫人の申し出により出資を受けて製品化にこぎ着けた、スフィア互換のクリスタルコンピュータコア。
 SR(スフィアロボティクス)社と、SR社からライセンスを受けた会社からしか販売されていなかったスフィアには様々な制限があり、互換するクリスタルコンピュータコアの発売は業界で熱望され続けてきた。
 ついに熱望されていたものの製品発表会だったのだが、会見に集まった人々を見、彰次はため息を吐き出したい気分だった。
 会場はHPT本社の会議室。
 集まっているのはスフィアドール業界、それ以外のロボット業界関係者と、報道機関などの記者たち。
 いま彰次がいる第三会議室は、会見に使う場合の収容人数が一〇〇人だったが、半分どころか七割が空席。
 まだスフィアドールの新作パーツ発表会のときの方が集まりがいいくらいだった。
「クリーブの開発は現在も進められており、半年以内に性能の約二割の向上、消費電力の四割の低減が見込まれています」
 説明を続ける彰次だが、場内の人々からの反応は、悲しいほどにない。もう早めに切り上げて退場してしまいたくなるほどに。
 せめて性能の向上と消費電力の低減が実現できた半年後、そこまでではなくても三ヶ月後であれば、もう少しインパクトのある発表ができたはずだが、それは一番の出資者の意向により無理だった。
 早くも冬の足音が聞こえ始めている十月の発表となったクリーブへの反応は、咳払いと少ないシャッター音くらいしかなく、注目度はないに等しいほどであることが、ありありと感じられていた。
 しかしまだ発表には続きがあり、これからが本番だった。
 場内を見回しつつ左手の拳を握りしめ、彰次は気合いを入れ直す。
「クリーブは安価であることが利点のひとつとなっていますが、それよりも大きな、何よりの利点があります」
 手元のスイッチでスクリーンの表示を切り替え、スフィアの制限を映し出す。
「現在スフィアロボティクスから出荷されているスフィアには様々な制限があります。人型、ないし動物型のドールへの搭載に限定されていること。ドールに組み込むパーツは事前の申請を必要とし、第五世代では外部機器には制限がなくなりましたが、内蔵パーツについては相変わらず認可済みのパーツでなければスフィアに認識させることができません」
 続いてクリーブの利点を表示する。
 その途端、微かなざわめきがあった。
 配布した書類やデータを表示した端末に目を落としているばかりだった人々が、顔を上げてスクリーンに注目する。
「クリーブでは、申請こそ事前に行う必要がありますが、仮登録の段階から使用が可能であり、また組み込むパーツにもとくに制限は設けてありません」
 空気の変化を感じ取って、彰次は会場内に大きく響く声を出す。
「そして何より、クリーブには制御機械の形状に制限がありません。つまり、人型や動物型に限らず、あらゆる動作機械の制御用コントローラとしてお使いいただけます」
 会場にいる多くの人がスクリーンを見ていた。
 互換であるとか、安価であるかとかとは比べものにならない、クリーブの最大の利点。
 それがスフィアにある制限の撤廃だった。
 集まった人々のほとんどがスクリーンに注目している。
 けれど、それだけだった。
 感嘆の声ひとつ上がることはなく、拍手のひとつもない。
 クリーブの注目度はつまり、その程度だった。
「最後に、質問などがありましたら、どうぞ手を上げてください」
 ひと通りの説明を終え、質問を求めた彰次。
 愛想笑いを浮かべて会場内を見渡すが、ひとつとして手が上がることはなく、質疑応答の時間をほぼすべて残したまま、発表の終了を宣言した。
「まもなくサンプル生産のクリーブは、出荷が可能となります。お渡しした資料の他のデータなどについては、そちらの連絡先までご連絡いただきたいと思います。ご静聴ありがとうございました」
 ご静聴、という部分に皮肉を込めつつ、深く礼をした彰次は演壇から降り、扉を開けて会議室を後にした。
 ――明らかに早すぎだ。
 クリーブの発表は、タイミングとしては早すぎた。
 それはいまの会見会場の人々の様子を見るまでもなく、現在の開発状況を見ても明らかだった。
 しかし何故か、平泉夫人はいまこのタイミングでの発表を強く要請してきた。
 その理由を、説明しないまま。
 ――どうにか軌道に乗せられればいいんだがな。
 深くため息を吐きながら、彰次はすれ違う同僚の悲しそうなものや、生暖かい視線に見送られつつ、廊下を歩いていた。


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