神水戦姫の妖精譚

小峰史乃

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第四部 第四章 鋼灰色(スティールグレイ)の嘲り

第四部 鋼灰色(スティールグレイ)の嘲り 第四章 3

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       * 3 *


 稼働不能となったスクルドのアライズは解け、メイドドールが回収して天堂翔機の元へと持っていった。
 何かを手に戻ってきたメイドドールが持っていたのは、ピンポン球よりも小さいくらいの金属部品を組み立ててつくられた球体、スフィア。
「持っていけ」
 天堂翔機の言葉に、僕はひとつため息を吐く。
 受け取らず、僕は差し出されたメイドドールの手を軽く払い、ベッドに向かって踏み出す。
「いらない。僕はこれを受け取る気はない」
「てめぇ、俺様のときと違って完全に勝ったってのに、なんで受け取らねぇんだ」
 驚きに目を大きく開き、何かを言おうと口を開いた天堂翔機よりも先に突っ込みを入れてきたのは、猛臣だった。
「たぶん、ここにいる全員が、モルガーナのことについて知る必要があると思う。勝ったのは僕とリーリエだ。好きにさせてもらう。エリキシルスフィアがほしいなら、このあと彼に挑めばいい」
「……ちっ」
 振り返らずにそう言うと、後ろから舌打ちの音だけが聞こえてきた。
 何も言わず、僕のことを心配そうに見つめてきている夏姫たちの様子をスマートギアの後方視界でちらりと見てから、ディスプレイを跳ね上げて僕はベッドへと近づく。
「自分の願いよりも魔女のことを知りたがるか。まぁ、お前の願いならば、さもありなんと言うところだな」
「……僕の願いを、知っているのか?」
「知っているわけではない。だが推測はできる。これまでのお前の行動と、お前の性格を考えればな。妹を復活させることではあるまい?」
 僕がエリキシルスフィアを受け取らなかったから願いを叶える望みは失われていないとは言え、負けたというのになんだか楽しそうにも見える笑みを口元に浮かべている天堂翔機。
 招待の前に僕のことを調べていたことについては気にかかるが、それを無視して言う。
「モルガーナの目的次第では、僕たちの願いは叶わない。もしくは、叶える意味がなくなる。違いますか?」
「さてな。ワシもアレがバトルを開催した目的までは聞いておらん。バトルの開催には、関係してるがな。ただし、アレの目的は推測はできる」
「それを聞かせてほしい」
「エリキシルバトルで賭けているのはエリキシルスフィアと己の願いだ。バトルに勝ったからと言って、話を聞かせてやると約束をした憶えはないが?」
 ベッドの上で上半身を起こした状態で、僕のことを嘲るように見つめてくる天堂翔機。
 確かに話を聞かせてもらう約束なんてしてないが、そんなことを言うなら僕だって考えがある。
「話す気がないというなら仕方ない。ここを出た後、僕はもう一度ダブルアライズを使って屋敷を完膚無きまで破壊尽くすことにするよ。僕たちのことを罠を仕掛けて待ち構えていたんだ、それくらいのオレはしても罰は当たらないと思うけど?」
「……クソガキめ。目上に対する礼儀も知らんのかっ」
「僕だって礼儀には礼儀で返すよ。もてなされた内容に応じて、それと同等のお礼をするってだけの話だ」
 天堂翔機にとって、この生活感のない屋敷は自分の楽しみを中断するに足るほど大切なものらしい。
 ならば僕の交渉のタネに不足はなく、そして僕たちはそれを実行するだけのことを彼からされている。エリキシルスフィアの代わりに話が聞けないというなら、僕は言った通りに屋敷を破壊し尽くすだけだ。
 苦々しく顔を歪めて僕のことを睨みつけてきている天堂翔機は、諦めたように息を吐き、そして表情を緩めて笑った。
「槙島の小僧も相当なクソガキだが、お前はそれ以上だな、音山克樹。仕方あるまい。話してやろう」
 これは僕の推測だけど、天堂翔機は僕がモルガーナについて問うことを予測していたんだと思う。
 僕のことを事前にかなり調べている様子があることからもそれがわかる。
 話す気がなかったわけじゃないが、素直に話をするほど真っ直ぐな性格をしていないんだろう。彼はそれだけの年齢だから。
 小さく、深く息を吐き出し、下半身を覆う賭け布を頬張った手で握りしめながら、天堂翔機は話し始める。
「何から話したものか。おそらくお前たちももう知っているだろうが、ワシは孤児だった。肉親のことは知らん。調べればわかっただろうが、調べたいと思うことはなかった。ワシを拾ったのはモルガーナだ。まだ目も開かない頃にワシを引き取り、この屋敷で育て始めた」
 懐かしいことなのか、天堂翔機は視線を落とし、過去を見つめるように遠い目をしている。
 ただ、良い記憶なのか、悪い記憶なのかまではわからない。
 歪められた複雑な表情からは、どんな感情を抱いて語っているのかは推測できない。
「アレは出かけていることが多く、無愛想な家政婦や家庭教師と過ごすことの方が多かったが、確かにワシは、アレと一緒にこの家で暮らしていたよ」
「いったい何のために、モルガーナは貴方を拾って育てたんだ?」
「簡単なことさ。自分の手駒にするためだ」
「手駒って……、赤ん坊を拾って手駒にするために育てるなんて、そんな気長なことを?」
「無駄なことにも思えるが、アレの生きてきた時間を考えれば意味あることなのだろうよ。アレは人の持っている能力を見抜く力がある。それがアレの魔法なのか、それとも長く生きる間に身につけた観察眼なのかはわからんが、たとえ赤子であろうと、奴はひと目でその者の持つ才能を知ることができる。ワシはアレの目に叶ったというわけだ。ちなみにアレは言うことはないが、アレが目をかけていた者はワシの他にも多くいる。赤子から拾って育てるのは珍しいようだが、幼い頃から才能ある者に接触して、何らかの形で援助をしたりして、自分の手駒になるよう誘導したり、逆に敵対させて潰すといったことをアレは繰り返してきた。そうしたことの手伝いをしたこともある。長い時間をかけて、アレは世界に自分を染み込ませていっているのだ」
 僕の質問に応える天堂翔機の向けてきた笑みは、どこか悲しげだった。
 養母とは言え、母親に才能を認められることは嬉しいことなのではないか、と思う。
 同時に才能だけを見て育てるということは、道具として見ているのではないだろうかとも思う。
 モルガーナがどんなことを考えていたのかも、天堂翔機がどんな想いを抱いているのかも、僕にはわからない。
「成長してからのワシの道筋は、お前たちも知っての通りだ。中学まで日本で過ごし、そこから海外に渡り、日本に帰ってきてスフィアロボティクスを立ち上げ、スフィアドールを広めてきた。アレが言う通りに。あれが望んだ通りに。ワシがアレの手駒だということに気づいたのは、ずいぶん大きくなってからだったよ。わかっても、ワタシはアレのために生きてきた」
 そう語った天堂翔機は、口元に深い笑みを刻んだ。
 それはまるで、自分自身を嘲っているような、皮肉が込められた笑みに見えた。
「……モルガーナの駒だった貴方が、なんでエリキシルバトルに参加したんだ? さっきも言ってたけど、望めばエリクサーは手に入る立場だったんだろ?」
「なに、たいした理由ではないさ」
 優しげに、でもどこか悲しげな笑みを浮かべた彼は、僕の顔を見つめて言う。
「自由に生きてみたかったのだ」
 その言葉に、どれほどの重みがあるのだろうか。
 自分の人生を嘲笑い、それでもモルガーナのために生きてきた彼。
 優しげで、悲しげで、瞳に光を宿しながら、でも駄々をこねる子供のように泣きそうな彼の表情を見た僕は、返す言葉が何も見つからない。
「手駒であることに気づいて、それでもアレのために生きてきて、だがワシは老いて身体を壊し、役に立たなくなった。ワシが築いてきた多くのものは手元に残ったが、アレは役に立たなくなったワシにやるべきことを言いつけることはなくなった。ワシはアレに捨てられたのだ。だから、好きに生きてみようと思った。アレから解放されて、初めて自分の足で歩いていこうと思えた。そう思った途端にガンだ。生きていられる時間は残り少なかった。ワシはあと十年、誰のためでもなく、自分のために生きてみたい」
「僕は貴方のエリキシルスフィアを受け取らない。エリキシルバトルに参加し続けられるし、もし勝ち残って、望みを叶えられるなら、若さでも不死の身体でも得られるんじゃないか?」
「言っただろうに。ワシは永遠の命などいらん。アレのように強い信念や想いがあるならばともかく、普通の人間が永遠の命など手に入れても、百年か二百年で死にたくなるだろうさ」
「――じゃあやっぱり、モルガーナは不死の願いを叶えているんだな」
 ここまでの話から、僕はそうなのだと思った。
 天堂翔機を赤ん坊の頃から育て、いまなお二十台中頃からせいぜい後半くらいに見えるモルガーナ。
 不死の身体でも手に入れていなければ、老いないなんてことはないだろう。
「少し、違うな」
 顎に手を当てて考え込み始めてしまった僕に、天堂翔機は否定の言葉を投げかけてきた。
「違う?」
「あぁ。おそらくだが、アレが手に入れたのは不死ではない。無限の寿命だろう」
「……どう違う?」
「不死は死ぬこと自体ができん。たとえどんな状況に遭っても、身体を失ったとしても死にはしない。条件が整えば復活する。あれは無限の寿命を手に入れたことにより、老いることはなく、普通の方法では殺すことも困難だが、頭か、心臓を完全に破壊すれば死ぬ。生存不可能な環境に、たとえば地球を破壊するか溶岩に投げ込みでもすれば、死ぬんだよ。アレは決して不死ではない」
「なんでそんなことを知ってるんだ?」
「アレとのつき合いは長いんだ。直接聞いていなくても、それくらいのことはわかるさ」
 無限の寿命と不死の違いはわかったけど、僕としては手に入れたのが無限の寿命だったとしても、わからないことがある。
 いまの話だと無限の寿命でもかなり死ににくくなるみたいだし、そんなものが手に入っているのに、モルガーナが何を望んでエリキシルバトルを開催したのかわからない。
 モルガーナが欲しているものが、僕には見えない。
 僕の問いを待つように見つめてきている天堂翔機に問う。
「いったい、モルガーナは何を望んでエリキシルバトルを開催したんだ? あいつは表に出てくるようなタイプじゃない。でもバトルなんて主催すればいつかは、エリクサーを勝者に渡すタイミングか何かで、出てこなくちゃならない。たぶん、僕みたいにあいつを恨んでる奴は少なくない。エリキシルソーサラーの中に僕みたいなのがいるかどうかはわからないけど、リスクを負ってでもモルガーナがバトルを開催して、手に入れたいものはなんなんだ?」
 天堂翔機の話の通りなら、たくさんの人を操り、世界を動かしてきたモルガーナ。
 世界を彼女の望み通りに動かすなら、それがたとえ予想通りの結果だったとしても、恨まれることだってある。
 表に出てこなくちゃならない可能性まであるバトルを開催しなければならない理由は、僕にはわからない。そうまでして手に入れた何か、目的は僕には理解できない。
「これもやはり推測だがな」
 髭はなく、深いシワが幾重にも刻まれている顎を撫でながら、天堂翔機は言った。
「アレが求めているものは、不滅だよ」




『やっぱり……』
「リーリエ?」
『うぅん、なんでもないよ』
 スマートギアのスピーカーから小さく漏れ出た声に克樹が反応するが、リーリエはそれを誤魔化し、天堂翔機に問う。
『それより、不滅ってどういうことなの? 不死とは違うの?』
「不死と不滅では違うさ。いまアレが得ているだろう永遠の寿命もまた相当に生命力が高められているようでな、普通の人間が死ぬような怪我では死なんし、病気の類いも怖いものではない。生命中枢が破壊されなければ死にはしない。不死ともなればそれすらも克服し、一度生命活動が停止しても、生命活動が再開できるようになれば復活するほどだろう。それでも、不死ですら永久不変ではないのだよ」
「……どういうことなのでしょう。さすがに、話が大きすぎてわからないのですが」
 克樹の後ろから声をかけてきたのは、灯理。
 まだアライズしたままのアリシアを振り返らせて見てみると、質問をした灯理はもちろん、克樹も、夏姫も、近藤や猛臣も困惑した顔をしていた。
 永遠の寿命、不死、不滅と、似ているが異なる事柄は、わかりやすいものではなかった。
「不死であろうと、死ぬのだよ。普通の状態では死なないだけで、生命活動が行えない場所では生きることはできない。宇宙にでも放り出されれば生きてはいけない。そしてもし、たと生き続けられる環境があり続けるとしても、不死者ですら消滅し得るのだ。そのためには何億年、何兆年という時間が必要であろうがな。物質で構成されている限りはそれを回避することはできん」
「永遠の寿命を持ってて、それだけ凄い不死じゃなくて、不滅を求めるって、不滅の方が凄いんだと思うけど、どうしてモルガーナさんは不滅を求めてるの? それに、不滅になるとどうなるの?」
「さてな。理由まではわからん。アレはそうしたことは話さないからな。不滅になるというのは、そうさな。原子ですら形を保つことができないほど遠い未来、そのときですら不変であるものは、なんだと思う?」
 ポニーテールの髪と一緒に首を傾げていた夏姫の問いに、天堂翔機は問いで答える。
 夏姫はさらに首を傾げ、克樹たちもそれぞれ考え込んでしまう。
 原子は日常的に、極々低い確率ながら崩壊をしていると言う。短い時間で見ればそれは無視できるほどの現象であるが、遠く、桁数の名前すら定義されていないほどの永遠に近いほどの遠い時間、星々すらもなくなり、すべての原子は崩壊して宇宙は均質に近い状況になるという説が存在する。
 克樹たちは問いの答えを見いだせず、首を傾げたりうなり声を上げているばかりだったが、リーリエはその答えを知っていた。
『宇宙、だよね。宇宙そのものは、それくらい時間が経っても、いまと同じままだよね』
「その通りだ。あれは不滅の存在、宇宙との一体化を目論んでいる。もう少し正確には、神との一体化、であるがな」
「神なんてものがいるって言うのかよ!」
 その言葉に即座に突っ込みを淹れたのは猛臣。
 不快そうに眉を顰め、彼は怒りにも近い感情をベッドに座る老人に向けている。
「生命の奇跡を起こせる神の水が存在しているというのだ、神そのものが存在していても何ら不思議ではなかろう。ワシ自身は神なんぞ信じておらぬが、アレは神か、神に近いものに触れ、それを求めるようになった。少なくともワシはそう見ているよ」
 奇跡を起こしうるエリクサーと言う神秘の水が存在しているならば、同じ神秘の存在である神が存在していても不思議はない。
 それはエリキシルバトルに参加している者の誰もが想像していたことであったろうが、そのことをはっきりと聞いた克樹たちは、重苦しい表情を浮かべて沈黙した。
『あの人が神様になったとして、何か問題があるの?』
 沈黙を打ち破り、いつもと変わらぬ調子の声で、アリシアを操り小首を傾げたリーリエが問うた。
「さすがにそこまではワシにもわからん。ただ、アレが人間を憎んでいるのは確かだ。特定の誰かというわけではない。人間のすべてをアレは嫌っている。不滅を、神を求めるのは、それが理由かも知れん」
『うん、そっか。そうなんだ。うん、ありがとう』
 何かに納得したような声を発した後、アリシアを微笑ませ、天堂翔機に深く頭を下げて礼をした。
「アレとは長く供に過ごしてきたが、ワシでも知らぬことが多い」
「だったら知ってることを聞かせろ」
 そう言って克樹の横に並んだ猛臣が問う。
「エリキシルバトルの参加者はあと何人で、誰だ」
「それは言えんな。参加するに当たって、言わないようアレに約束させられてる。言おうとしようものなら、ひとり目の名前を口にする前にワシの命がなくなるよ。エリキシルバトルはおそらくアレが神を目指すための方策のひとつに過ぎないが、いまのワシの命よりも重いものだ。ただな、残ってる者の名前は言えんが、この屋敷に招いてスフィアを奪ってきた者の名前は教えることができる。それからもうひとつ――」
 天堂翔機はそこで言葉を切り、ニヤリと口元に笑みを浮かべた。
「エリキシルバトルの参加者は四三名。うち五人は途中で参加辞退、ないし参加資格剥奪者だ。槙島の坊主。お前はいくつエリキシルスフィアを集めた?」
「……十三個だ。直接本人から手に入れたものだけじゃなく、戦った奴が持ってた分もあるがな」
「ワシは八個だ。そしてここには、ワシの分も含めて六個のエリキシルスフィアが揃ってる」
「僕たちの把握してない参加者は、あと十一人か」
「全員がまだ参加者ってわけじゃあないだろ。だが、数がわかればだいたい目星はつく」
 克樹より少し背の高い猛臣は、見下ろすようにして視線を送る。
 彼は克樹たちを見つけたときのように、いまもエリキシルソーサラーを探し続けている。自分の願いを叶えるために。
 一応敵ではあるものの、積極的な敵対関係にはない猛臣からは、克樹宛にある程度情報が送られてきている。
 人数がわかれば、猛臣はアッという間に残りのエリキシルソーサラーを見つけ出すだろう。
「どうでもいいことかも知れないがな、ワシの把握しているエリキシルバトルでの死亡者は三人。ふたりは道ばたでフェアリーリングを張って戦い、気づかなかったトラックに轢かれて死んだ。ひとりは対戦の準備をしてるときに撲殺された」
「……その、撲殺した奴は?」
「運が良ければそのうち目が醒めるだろう。それまでは病院のベッドの上だな。他は概ね行儀良く戦っておるよ。命懸けのバトルだというのにな」
 唇のつり上げ方から、その撲殺犯を病院送りにしたのは、天堂翔機なのだろうとリーリエは考えていた。
「ちなみに、半数を割って中盤戦、一〇人を割った段階で終盤戦が宣言されることになっているはずだ。おそらくワシのスフィアをお前が受け取っていれば、早晩終盤戦に入った連絡があったはずだがな。いまからでも受け取る気はないのか? 音山克樹。参加資格の消失は、敗者のスフィアを勝者が受け取りの意志を持って手に取った段階で行われる。お前が受け取る気になりさえすれば、ワシの参加資格は失われる」
 笑みを消し、真っ直ぐな目で克樹のことを見つめている天堂翔機。
 リーリエがアリシアの視線で克樹を見ると、彼は少しだけうつむいて、微かな笑みを浮かべていた。
『どうするの? おにぃちゃん』
「同じだよ。僕の答えはいつでも」
『ん』
 顔を上げ、天堂翔機の視線を受け止めた克樹は言う。
「僕は受け取る気はない。他の奴に渡すって言うならそれでも構わない。でも、僕は受け取らない」
「それに、何の意味がある? ワシは敗者だ。お前に敗れ、参加資格を失うことで、ワシは願いを諦めることができる」
「僕は貴方に願いを諦めさせる気はない。僕も、たとえ負けたとしても諦める気はない。エリクサーがなくたって願いを叶えてみせるつもりだ。あと半年だか一年しか生きられなくても、死にたいわけじゃないんだろう? 残った時間くらい、好きに生きてみればいいんじゃないのか?」
「……これでも、エリキシルバトルをかなり楽しませてもらったし、そこそこ満足してたところだったんだがな。お前はそれでも生きろと言うのか」
『それがおにぃちゃんだよ。そういうのが、おにぃちゃんなんだよ』
 克樹の代わりに、リーリエは笑い出しそうになりながら言った。
 片腕を切り離され、バランスの悪いアリシアで精一杯の笑みを天堂翔機に向けた。
「どうしても貴方のエリキシルスフィアが必要になったら、今度はちゃんと戦って奪い取りに来るよ」
「それまでにワシが負けていなければいいがな。――来るときは連絡を入れろ。戦うより先にワシがくたばってるかも知れんからな」
 楽しそうに笑い合い、克樹は天堂翔機に背を向けた。
 夏姫や近藤、灯理は、自分の荷物を取り、撤収の準備を始める。
 苦々しそうに顔を歪めながらも、猛臣もまた鞄を担ぎ直す。
「そうだ、この屋敷がヘンになってるのは、やっぱり魔法なの?」
「フェアリーリング自体が魔法だよ。詳しい原理なんぞわからん。スフィアを通して使えるようにした単純化したもの、らしい。理屈はわからんでも、アレと一緒にいれば最低限の魔法くらいは覚える。フェアリーランドはフェアリーリングを少し拡張しただけのものだよ。それももうお前たちがこの部屋に入ったときに解除した」
 敷地内に入ったときに感じた違和感がないことに、リーリエは言われて気づいた。
 アリシアに備わっているセンサーで確認してみると、距離や大きさが曖昧だった屋敷内は、普通に測定可能な空間となっていた。
 帰る準備を終え、克樹たちは扉へと向かう。リーリエも「カーム」と小さく唱え、アライズを解いたアリシアで左腕を取り克樹に拾い上げてもらう。
「最後に聞きたいんだけど」
「なんだ?」
 開いた扉に手をかけ、振り返った克樹は天堂翔機に問うた。
「貴方にとって、モルガーナはいったいどんな存在だったんだ?」
 少しの間、その答えは返ってこなかった。
 スマートギアのカメラで確認してみると、懐かしさ、嬉しさ、悲しみ、喜び、そして嘲り。彼は様々な表情をシワだらけの顔に浮かべていた。
 ひとつため息を吐いた後、天堂翔機は克樹の問いに答えた。
「ワシを拾ってくれた恩人で、育ててくれた母親で、……そして、妻だった女だよ、アレは」
 泣きそうな顔で言う天堂翔機のそのときの想いは、リーリエには想像することができなかった。


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