74 / 150
サイドストーリー2 海人(アクアマリン)の祈り
サイドストーリー2 海人(アクアマリン)の祈り2
しおりを挟む* 2 *
「さぁさぁどうぞ。汚いところですみませんが」
「……そうだな」
薄汚い廊下から事務スペースとなっている部屋に通された俺は、若い男の言葉に同意の返事をしていた。
確か十数人が所属しているというスフィアロボティクスの伊豆南支所の事務部屋には、人数分の机が一般的な中学高校の教室程度の広さにひしめいてるだけじゃない。
いまどき電子化が進んでいないのか、書類の束がうずたかく積まれていたり、酸素ボンベやなんだかよくわからない機材が床と言わず机の上と言わずひしめいていて、掃除も行き届いてないらしく、汚いという言葉が控えめなほどの荒れようだった。
「いやぁ、まさかあの槙島猛臣(まきしまたけおみ)さんがこんなところにいらっしゃるなんて、本当に嬉しいですよ」
「仕事だからな」
高校は夏休みだというのに、俺が伊豆半島の南端もそう遠くないこんな場末の支所に来ているのは、ちょっとした仕事をこなすためだった。
俺が会社でやってる開発の仕事はそんなに縛りが厳しいものじゃないが、ある程度の期間で成果や結果を出さなければ、予算が削られたり給料が減ったりする。
学校が夏休みに入って動きやすくなったのもあって、エリキシルバトル関係のことにばかりかまけていた俺は、ここのところ研究所にすら顔を出していなかった。学生アルバイト扱いとは言え、さすがに少しくらい仕事に関係した結果を出さないとならなくなって、わざわざ伊豆くんだりまで足を伸ばしていた。
「それで、所長は?」
「いやぁ、それがですねぇ……」
済まなそうに頭を掻きながらも、永瀬(ながせ)と名乗った若い男はにこやかな笑みを浮かべていた。
事務所には俺とこの永瀬の他に、誰の人影はなかった。通ってきた廊下でも、人の気配は感じなかった。
「僕は止めたんですがね? でもなんか、急ぎの仕事だって言ってましてね」
「俺は一昨日、所長のアポイントを取ってここに来たんだが?」
「いやぁ、あの人たち、予定とかには本当ルーズでしてねぇ……」
乾いた笑い声を立てている永瀬に、俺は盛大なため息を吐いていた。
元々伊豆南支所は古くから海洋関係の調査機械の開発や販売、メンテナンスをやっていた会社だった。
それをスフィアロボティクスが海洋関係の開発成果を入手するために買い取ったわけだが、技術を手に入れた後も独立採算でやっていけるということで、社内では珍しい独立性の高い支所として残されている。
大学院を出て一昨年本社からこの支所への配属を言い渡されたと本人がぺらぺら喋っていた永瀬の他は、昔からの所員が残っている状態だから、放っておいても害はないが、社内の連携もまともに取れやしない。
俺の仕事はこの伊豆南支所から、しばらく上がってきていない開発成果の情報を直接もらってくること。扱いづらいという話は聞いていたが、いままさにそれを実感しているところだった。
「他の所員もいまは出払っていまして。所長は予定では明日には戻るかと……。ま、まぁ、アイスコーヒーでも飲んでてください」
「――わかった」
アイスコーヒーを飲んでいても所長が帰ってくるわけでも明日が来るわけでもないが、疲れを感じた俺は、永瀬に勧められた事務スペースの片隅に設けられた応接セットの、くたびれたソファに座った。
「それで、貴方はなんで残ってるんだ?」
「いやぁ、僕はここでは新人ですし、海洋調査機材は専門外なもんで、留守番を言い渡されてしまいました」
お盆にアイスコーヒーが注がれたグラスを乗せてきた永瀬は、それでもにこやかに笑っていた。
「じゃあ貴方は、ここでどんなことをしてるんだ?」
年上なのはわかっているが、スフィアロボティクス内での立場は俺の方が上だし、どうも敬意を払うには軽薄さを感じる笑みに少し荒っぽい口調になりながら問うてみる。
「よくぞ訊いてくれました。僕もスフィアドール関係の仕事がしたくて入ったんですがね、開発職になれたのは希望通りなんですが、所長が予算を回してくれなくて。予算がほしければ成果を出せと言われてまして。でも開発のための予算もないんじゃ成果も出ないわけで。参りましたね。はっはっはっ」
「……そりゃあたいへんだな」
楽しそうに笑ってはいるが、永瀬の置かれた状況はどう考えても手詰まりだ。
伊豆南支所の開発予算の配分は、他の研究所と違って所長の裁量に任されているとは聞いていたが、思っていたよりも酷いらしい。
「僕もせっかくここにいるんだからスフィアドールで海洋調査に関係する開発をやろうと思っているんですが、少ない予算と申請して手に入ったドールやパーツだけではなんとも。船も所長や他の人が使って乗せてもらえませんし」
たぶんそんなつもりではないだろうが、笑顔で所内の暴露話を始める永瀬。予算もないためたいしたことはできず、留守番で暇なのだろう、雑談を仕掛けてくる彼の口は止まらない。
表情や仕草や、性格からか、話の内容に呆れはするが、嫌な感じはしなかった。
「機械いじりは好きなんで、趣味ではこんなものも造ってるんですよ」
そう言って永瀬が一度ソファから立ち上がって自分の机から持ってきたのは、一体のピクシードール。
「なんだ? こりゃ」
ドール自体は極々一般的なバランスタイプのバトルピクシーに見えるが、違うのは背中に背負っているもの。
アニメに出てくるなら推進剤でも噴き出して空を飛びそうなランドセルは、おそらく外部接続の追加バッテリだ。ランドセルの左右には、ケーブルで接続された武器がラッチに固定されていた。
「ピクシーバトルでもやるのか?」
「いえー。弄るのは好きなんですが、ソーサラーの才能は欠片もなくて。開発が進まない原因はそっちの理由もあるんですがね」
「そうかい」
「まぁまぁ。これはですね――」
楽しそうに自分がつくったオモチャの解説を始める永瀬に、俺はこっそりため息を漏らす。
――こりゃもうひとつの用事を先にやっちまった方がよさそうだな。
伊豆半島まで出張ってきたのは、伊豆南支所の用事もあるが、もうひとつ用事があった。
本当は社の仕事を終えてから落ち着いてやるつもりだった用事を先に済まそうと、俺は永瀬の話を打ち切るタイミングを計り始めた。
*
なんだかんだで永瀬の話につき合って一時間近くが経ち、どうにか支所を出ることに成功した俺は、外に出て十分で後悔していた。
「暑い……。こんなとこ二度と来るかよ、くそっ」
夏真っ盛りの南伊豆の陽射しは、昼時を過ぎたくらいのいまの時間、海水浴にはちょうど良いくらいだろうが、俺には暑くて仕方ない。
車は支所に置いてきたし、荷物も最低限にしているが、地図上ではそう遠くないはずの港町まで、右には海が、左には山が迫ってる、家すらない県道を歩くにはこの陽射しだけで充分に苦行だ。
信号もなければ車通りもなく、店どころか民家すらない焼けたアスファルトの上を、俺はとぼとぼと歩くしかなかった。
「クソ熱い……。しかし、情報がこれだけとはな」
手にした携帯端末に表示してるのは、調査会社から送られてきた情報。
伊豆半島にいるスフィアカップ静岡県大会の準優勝者のものであるそれは、住所と名前の他にほんの少しだけで、現在の写真すらなかった。
伊豆の南端で調査をしてくれる信頼の置ける調査会社が見つからなかったのだから仕方ないが、割といい金額取られたにしては情報不足甚だしかった。
「まぁ現住所さえわかればどうにかなるがな。こいつは……、青葉、よしたか、か?」
漁師をやっている父親の名前は青葉貴成(あおばたかなり)だから、その子供の青葉由貴(よしたか)だろう。
最新の写真や、ローカルバトルにも参加してないらしく最近のバトルに関する情報もないが、スフィアカップのときの記録から中学に上がったばかりの顔は押さえてあった。
「まぁ、行って会ってみりゃどうにかなるだろ。……ん?」
歩いていて見えてきたのは、路肩に止まった黒い普通車(セダン)。
釣りができそうなポイントも近くには見えず、一台だけ路肩に寄せて駐まっている愛知ナンバーの車に近づいてみる。
「家族で水遊びってわけでもなさそうだな。それにこいつは……」
トランクルームの中までは確認できないが、スモークガラス越しに見える車内は後部座席が狭いスポーツ仕様で、家族で乗ってきたものには見えない。
そして後部座席に無造作に放り出されているセミハードケースは、ヘルメット型スマートギア用のものだったはずだ。
「こりゃ都合がいいかもな」
車と一緒にイシュタルも置いてきたから、もしこの車の持ち主がエリキシルソーサラーだったとしても、俺の存在がバレる可能性はない。
近くにいるとしたらどこかと辺りを見回して、見つける。
海側のガードレールの向こうの、そそり立った岩と岩の間に進んで行けそうなところがあった。
「さて、どうかな」
岩の隙間のような場所に入っていくと、下まで降りて行けそうな崖よりマシな坂になっている。もう少し進んで岩の上から下を覗き込むと、小さな砂浜に人がふたり、立っているのが見えた。
「よし、ちょうどいい。フェアリーリングも張ってないのは幸運だったな。あっちは青葉だが、もうひとりは……、後で調べておく必要があるな」
フェアリーリングを張られていたら、レーダーでないと居場所が特定できなかったところだ。
県道からはもちろん、海側からも岩に阻まれて見えない場所だからか、砂浜に立つふたりが周囲を警戒している様子はない。
スフィアカップのときよりも成長してるが、面影はそのままの青葉は、暑いのにビジネススーツを着た男と対峙していた。
音を立てないように担いできた鞄から愛用の黒いヘルメット型スマートギアを取り出した俺は、それを被ってこれから始まる戦闘の様子を記録し始めた。
「さて、どんな戦いを見せてくれるかな」
自分が戦うことはあっても、克樹の野郎のように仲間を集めてるならともかく、他のエリキシルソーサラー同士のバトルを見学するのは初めてだ。
バトルを見られること、そしてまだ未調査のエリキシルソーサラーに遭遇できた幸運を噛みしめながら、岩陰に身を隠した俺は、これから始まるバトルを眺めることにした。
0
お気に入りに追加
6
あなたにおすすめの小説
GAME CHANGER 日本帝国1945からの逆襲
俊也
歴史・時代
時は1945年3月、敗色濃厚の日本軍。
今まさに沖縄に侵攻せんとする圧倒的戦力のアメリカ陸海軍を前に、日本の指導者達は若者達による航空機の自爆攻撃…特攻 で事態を打開しようとしていた。
「バカかお前ら、本当に戦争に勝つ気があるのか!?」
その男はただの学徒兵にも関わらず、平然とそう言い放ち特攻出撃を拒否した。
当初は困惑し怒り狂う日本海軍上層部であったが…!?
姉妹作「新訳 零戦戦記」共々宜しくお願い致します。
共に
第8回歴史時代小説参加しました!
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
モニターに応募したら、系外惑星に来てしまった。~どうせ地球には帰れないし、ロボ娘と猫耳魔法少女を連れて、惑星侵略を企む帝国軍と戦います。
津嶋朋靖(つしまともやす)
SF
近未来、物体の原子レベルまでの三次元構造を読みとるスキャナーが開発された。
とある企業で、そのスキャナーを使って人間の三次元データを集めるプロジェクトがスタートする。
主人公、北村海斗は、高額の報酬につられてデータを取るモニターに応募した。
スキャナーの中に入れられた海斗は、いつの間にか眠ってしまう。
そして、目が覚めた時、彼は見知らぬ世界にいたのだ。
いったい、寝ている間に何が起きたのか?
彼の前に現れたメイド姿のアンドロイドから、驚愕の事実を聞かされる。
ここは、二百年後の太陽系外の地球類似惑星。
そして、海斗は海斗であって海斗ではない。
二百年前にスキャナーで読み取られたデータを元に、三次元プリンターで作られたコピー人間だったのだ。
この惑星で生きていかざるを得なくなった海斗は、次第にこの惑星での争いに巻き込まれていく。
(この作品は小説家になろうとマグネットにも投稿してます)
魔法刑事たちの事件簿R(リターンズ)
アンジェロ岩井
SF
魔法という概念が、一般的に使われるようになって何年が経過したのだろうか。
まず、魔法という概念が発見されたのは、西暦2199年の十二月一日の事だった。たまたま、古よりの魔術の本を解読していたヤン・ウィルソンが、ふと本に書いてある本に載っている魔法をつぶやいてみたところ、何と目の前の自分の机が燃え始めのだ。
慌てて火を消すうちにウィルソンは近くに載っていた火消しの魔法を唱えると、その炎は消化器を吹きかけられた時のように消したんだのだ。
ウィルソンはすぐに魔法の事を学会に発表し、魔法は現実のものだという事を発表したのだった。
ただに魔法の解読が進められ、様々な魔法を人は体に秘めている事が発見された。
その後の論文では、人は誰しも必ず空を飛ぶ魔法は使え、あとはその人個人の魔法を使えるのだと。
だが、稀に三つも四つも使える特異な魔法を使える人も出るらしい。
魔法を人の体から取り出す魔法検出器(マジック・ディセイター)が開発され、その後は誰しも魔法を使えるようになった。
だが、いつの世にも悪人は出る。例え法律が完全に施行された後でも……。
西暦2332年の日本共和国。
その首都のビッグ・トーキョーの一角に存在する白籠市。
この街は今や、修羅の混じる『魑魅魍魎の都市』と化していた。
その理由は世界有数の警備会社トマホーク・コープと東海林会の癒着が原因であった。
警察や他の行政組織とも手を組んでおり、街の人々は不安と恐怖に苛まれ、暮らしていた。
そんな彼らの不安を拭い去るべく、彼らに立ち向かったのは4人の勇気ある警官たちであった。
彼らはかつてこの白籠市が一つのヤクザ組織に支配されていた時に街を救った警官たちであり、その彼らの活躍を街の人々は忘れてはいなかった。
ここに始まるのは新たな『魔法刑事たち』の『物語』
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる