神水戦姫の妖精譚

小峰史乃

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サイドストーリー1 藤色(ウィステリア)の妬み

サイドストーリー1 藤色(ウィステリア)の妬み5

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       * 5 *


 克樹がプレゼントを用意してくれてるのはバレてるってことで、アタシの誕生日にはパーティを開くことになった。
 みんなの都合の問題で、中野に行った五日後、アタシの誕生日の翌日の今日、アタシたちは克樹の家に集まった。
 灯理は「克樹さんより豪華なものにするわけにはいかない」と言って、落ち着いた色合いの、でも可愛いバレッタをくれた。
 近藤は「プレゼントとか用意できない」と言って、結局まともに料理できるのがアタシだけだったので、アタシがやることになった準備の手伝いを積極的にやってくれた。
『もういいよ、夏姫』
「うん、わかった」
 灯理と戦ってたときに寝泊まりしてた寝室のベッドに座ってたアタシに、リーリエから声がかかった。
 一階の準備が終わったらしい。
 着替えを終えて声がかかるのを待っていたアタシは、着慣れない服の感触に、しずしずと部屋を出て、ゆっくりと一階へ向かう階段を下りる。
 中野で試着はしてたけど、克樹にもまだ着て見せてなかった誕生日プレゼントの服。
 それを身につけたアタシは、LDKの扉の前で、緊張で強張る気持ちを落ち着けようと、胸元に手を当てて深呼吸をする。
 それから扉を開け、みんなが待っている場所に入っていった。
「お似合いですよ、夏姫さん」
「あぁ。いつもと違う感じだけど、いいな」
 部屋に入って早速声をかけてくれたのは、灯理と近藤。
 ふたりの間には大きな姿見があって、アタシの姿が映っていた。
 いつもはミニスカートが多いアタシだけど、克樹が買ってくれたのは、膝下丈のワンピース。
 カントリー調の色合いと造作で、でも可愛らしさもある服。服の感じにあわせて、高めに結ってる髪も、灯理にもらったバレッタでいつもより低い位置でまとめていた。
 いままで持ってなかったタイプのその服は、これまでアタシが気にしてなかった方向性だけど、よい感じだと思えた。何より克樹がイメージするアタシに、こんな感じもあるんだと知ることができた。
「克樹も何か言ってよ」
「え、あぁ」
 料理が並んだダイニングテーブルのところで、何でかボォッとしてる感じの克樹に声をかける。
 気怠そうだったり面倒臭そうだったりしない、緊張しているらしい克樹が、微妙に離れてる距離に立って、アタシの姿を上から下まで眺めた。
「えぇっと、昨日だったけど、誕生日おめでとう、夏姫」
「克樹さん、そういうことではないでしょう?」
 スマートギアに覆われてるのに突き刺さるような灯理の視線を受けて、克樹は苦々しそうな表情を見せた後、言ってくれた。
「似合ってるよ、夏姫。そういうのも、可愛いと、思うよ」
「うん。ありがとう、克樹」
 真正面から言われて恥ずかしくて、でもそれ以上に嬉しくて、アタシは思わず笑みを零していた。
『うんうんっ。凄くいいよ、夏姫ー。いつもの可愛いと思うけど、そういうのも可愛いねっ』
「ありがと、リーリエ」
 声は天井の方から聞こえるけど、すぐ横のローテーブルの上に立ってるアリシアに向かって、アタシは微笑みかける。
『服かぁ。いいなぁ、可愛いよねぇ……』
 小さな、呟くような声でリーリエが言う。
 その言葉を聞いて、アタシは灯理に目配せをする。それに応えて笑む彼女は、部屋の隅に置いてあった自分の鞄に向かった。
「実はね、リーリエ。いつもお世話になってるリーリエにも、プレゼントがあるんだ」
「リーリエに?」
『プレゼント?』
 それは灯理が以前から考えてて、準備してたもの。
 中野に行った日の夜に灯理から連絡があって、パーティの日までに、ってことでアタシとふたりで急いで仕上げたプレゼント。
 灯理が鞄から取り出して持ってきたのは、ピクシードールの武器なんかを入れる用の小型ケース。
 ロックを解除してローテーブルに置くと、リーリエがアリシアを操ってケースを開いた。
『わっ……。これって』
「うん、そうだよ」
 中に入っていたのは空色のサマードレス。
 灯理がすでにデザインや型紙をつくってくれてたから間に合った、アリシア用の服。
 アリシアでケースに収められた服と、アタシたちの顔を交互に見て嬉しさを表現してるリーリエは、たった二〇センチのピクシードールなのに、幼い子供のようだった。
「克樹。ハードアーマー外して着るようにつくってあるから、手伝ってあげて」
「わかった」
 センサーとかを組み込んであってアタシじたちじゃ外せないハードアーマーを外し、白いソフトアーマーだけになったアリシアに、サマードレスを着せてあげる。
『うわーっ、うわーっ。すごいっ。可愛いよっ』
 テーブルの上で、空色のサマードレスを着たアリシアが、くるくると踊るように回る。
『ねぇ、おにぃちゃんっ。おにぃちゃん!』
「いいよ、リーリエ」
『うんっ』
 何かを求めるようなリーリエの声に克樹が応えると、アリシアはテーブルを飛び降りてアタシたちから少し離れた場所に立った。
『あっ、らぁーいずっ』
 舌っ足らずな声でそう唱えると、アリシアが光を放った。
 光が収まったとき、そこにいたのは、空色のツインテールを揺らし、空色のサマードレスを着た、一二〇センチのエリキシルドールだった。
『本当にあたし、こんな可愛い服、着てるんだ……』
 まるでアリシアが自分の身体かのように言って、リーリエはヒューマニティフェイスに本当な嬉しそうな笑みを浮かべさせた。
『ありがとう! 夏姫っ』
「企画と製作は灯理。アタシは手伝っただけだけどね」
 子供のようにアタシに抱きついてきたアリシアに向かってそう言うと、灯理に抱きついていった。
『そうなんだ。灯理、ありがとう。本当に嬉しいよっ』
「はい。どういたしまして」
『おにぃちゃん! どう? どう?!』
「可愛いよ、リーリエ」
『やったー!!』
 アリシアを通して本当に嬉しそうに、本当に子供のように、克樹の、妹のようにも思えるリーリエの様子に、アタシは笑みが零れてくるのを止められなかった。
 灯理も、近藤も笑っていた。
 ――こんな時間がずっと続けばいいな。
 いままでやった誕生日のパーティの中でも一番くらいに思える楽しい時間に、アタシはそんなことを考えていた。
 でも、アライズができるのは、克樹が、そしてアタシたちがエリキシルバトルに参加してるから。
 エリキシルバトルが終われば、たぶんこの力は失われる。バトルを途中で離脱することは、たぶんできないし、しない。
 アタシは、アタシの願いを叶えるために、戦うしかない。
 そうは思っていても、こんな嬉しい時間がずっと続いてくれることを、アタシは願わずにはいられなかった。
 ――もし、リーリエがエリキシルバトルの参加者だったら、何を願うんだろう。
 ふと、そんなことを考える。
 エリキシルスフィアは克樹のもので、人間ではなく人工個性のリーリエにはたぶんバトルに参加する資格はない。
 考えても仕方のないことだろうけど、アタシは少しそんなことを考えて、ちらりと克樹の顔を見てみた。
 克樹は、笑っていた。
 でもその笑みは、どこか悲しげで、どこか懐かしげで、嬉しさもあるように見えて、複雑な笑みだった。
「ね、克樹……」
「さっ、冷める前に食事しよう」
 アタシが声をかけるのと同時に克樹がそう言って、ダイニングテーブルに向かっていってしまった。
 いままで考えてたことを口にできなくなって、アタシは立ち尽くす。
『行こ、夏姫。今日は夏姫のためのパーティなんだから!』
「うん……。そうだね」
 手を繋いで引っ張るアリシアの、リーリエの笑みに、アタシも笑みを浮かべて、克樹たちが待つテーブルに向かって歩き出した。



             「藤色(ウィステリア)の妬み」 了
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