神水戦姫の妖精譚

小峰史乃

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サイドストーリー1 藤色(ウィステリア)の妬み

サイドストーリー1 藤色(ウィステリア)の妬み4

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       * 4 *


「うぅーん。どうしよう」
『おにぃちゃんは本当、優柔不断だよねー』
「そうですね。スパッと決めてしまえばいいですのに」
 悩んでうつむき加減の克樹に、リーリエと灯理は容赦のない言葉を浴びせかけてきていた。
 ショッピングモールから出て駅前広場に出た克樹が上げると、道路を挟んだ向こう側の広場に人集りができているのが見えた。
 買う物をある程度絞ったものの、どれにするか決めきれず、モールの中にいても聞こえてくる歓声が気になって、気分転換も兼ねて克樹は灯理とともに外に足を伸ばした。
「ローカルバトル?」
「そのようですね」
『え? そうなの? 見たい、見たーいっ』
「いや、何かもう終わったところみたいだぞ」
『えーっ』
 リーリエのブーイングも気にせず、克樹はなんとなく気になって横断歩道を渡り、広場に近づいていく。
 集まっている観客の向こうに見えるのは、SR社のロゴが入った大型トラックと、バトル終了のアナウンスが流れつつもまだ展開したままの超大型モニターなど。
 トーナメントバトルではなく、バトルロイヤル用らしい大きなリングの向こうでは、いままさに賞品の贈呈が行われているようだった。
 駅に向かって歩いていく人の流れに逆らって、灯理にも注意を向けずに、克樹はまだ舞台の上にいる優勝者が見える位置まで近づいていく。
 何となく、遠目にも優勝者の姿に見覚えがあるような気がしていた。
 舞台の上からまだ残っている人に手を振り、左右からかけられる声に顔を向けている女の子のポニーテールにまとめられた髪は、よく知ったもののような気がしていた。
「……夏姫」
 リングの前まで来て、克樹はいままさに舞台の端に向かって行ってる女の子が夏姫であることを確認した。
 よく見ると、少し離れたところには近藤までいる。
 振り向いてゆっくりと近づいてきた灯理に、克樹は問う。
「なんでここに夏姫がいるんだ?」
「さぁ? 偶然ではないでしょうか」
 わからないかのように肩を竦めた後、灯理はわざとらしく顔をそっぽに向けた。
 ――灯理の仕込みか。
 そうだとは言われていないが、彼女の芝居がかっても見える仕草に、克樹はそれを確信した。
 トラックの裏に設営されたテントから出てきた夏姫。
 バツが悪そうな表情を浮かべる近藤をひと睨みしつつ、克樹は夏姫に近づいていった。



「つ、次のときは憶えてろよーっ」
 走り書きのメールアドレスを準優勝の賞品である商品券が入った封筒に走り書きして、ゼウスは捨て台詞とともにテントから走り去っていった。
「これで克樹に何かプレゼントでも買えるかなぁ。ここんとこお世話になってばっかだし」
 旅行券の引換券なんかが入った封筒と一緒に鞄に収め、そんなことを呟く夏姫もテントの出口に向かう。
 ――って、言うか、今日は克樹、灯理とデートだったんだっけ……。
 今日中野に来た目的を思い出して、バトルで優勝して舞い上がってた気持ちが一気に地に落ちる。
「克樹たち、探し直さないとな。もう帰っちゃったりしてないかなぁ」
 ローカルバトルでけっこう時間が経っちゃったから、早ければ中野から撤退をしてるかも知れない、と思いつつ、アタシはポケットから携帯端末を取り出してエリキシルバトルアプリのレーダーを確認する。
「……え」
 捉えられてるエリキシルスフィアの反応は三つ。
 全部もう見えるくらいの距離にあった。
 テントを出て顔を上げると、探そうと思ってた人物と目があった。
 それだけじゃなく、げっそりした顔の近藤と、何でかニコニコ笑ってる灯理も、克樹の少し後ろに立っている。
「えぇっと、偶然だね、克樹」
「何言ってんだ。どうせ灯理から今日のこと聞いて尾けてたんだろ」
「うっ……」
 ズバリと言い当てられて、アタシは言葉に詰まる。
 克樹に睨まれた灯理は、口元に笑みを浮かべたまま、明後日の方に顔を向けていた。
 ――もしかして、尾けてくるの予想してたの? 灯理は。
 芝居がかった感じがある灯理の仕草に、アタシは何となくそんなことを思う。
「そんなことよりも克樹さん。決めきれないならば本人に選んでもらうというのはどうでしょう?」
「うっ……。いや、でもそれは……」
「これだけ時間を使って決めきれないのですから、それ以外に良い方法が思いつきますか?」
「それはそうだけど……」
 苦々しい顔をしてる克樹と、口元に薄く笑みを浮かべてる灯理のやりとりの意味が、アタシにはわからない。
 ちらりと見た近藤は、何なのかわかったらしいけど、アタシたちから視線を逸らして空を仰ぎ、何も言ってくれなかった。
「えっと、ねぇ、克樹。克樹は今日、灯理とデートだったんじゃないの?」
「デート?」
 アタシの言葉に目を丸くする克樹。
 はっと何かに気づいたように驚きの表情をした彼は、灯理のことを睨んだ。
「あぁーかぁーりぃーっ!」
「さぁ、何かありましたか?」
 悪びれる様子もなく笑む灯理に、アタシも、そしてたぶん克樹も、彼女の企みに填められたんだと、今更ながらに気づいた。
『あははっ。たぁのし! ちょっと意地悪が過ぎると思うけどねー』
「さすがにちょっとやり過ぎだ。心臓に悪い。ってかリーリエは、わかってたのか」
『うんー。灯理と通話したときに全部聞いてたよー。それよりもさ、おにぃちゃん。今更でしょ? もう』
「……そうだな」
 リーリエまで参戦したやりとりにどういう意味があるのかはいまひとつわからないけど、克樹と灯理がデートしてたわけじゃないことはわかった。
 ――じゃあ今日は、何してたんだろ?
 疑問を口にするよりも先に、克樹がアタシの前まで近づいてきた。
「夏姫。ちょっとこの後つき合ってほしいんだけど、いいか?」
 視線で道路を渡ったところにある最初にいたショッピングモールを示す克樹の意図は、わからない。
「もう候補は絞っていますし、ワタシはいなくても大丈夫ですね」
「うん。今日は助かった。ありがとう」
「はいっ。今度はちゃんとワタシともデートしてくださいね」
「……考えとく」
「じゃあな、克樹」
 そんなことを言い残して、灯理は近藤と一緒に駅に向かっていってしまった。
 取り残されたアタシは、ちょっと苦々しさを残しつつも笑ってる克樹に問う。
「えっと、用事って何なの? 手伝ってもらったって、何を?」
「それは、その……」
 言葉を濁し、頭を掻いていた克樹は、アタシの目を正面から見つめて、言った。
「夏姫、もうすぐ誕生日だろ」
「あ……、うん」
「前に服が少なくて着回しが大変って言ってたからさ、何か服でも、と思ったんだけど、僕じゃ女の子の服はよくわかんないから、灯理に手伝ってもらったんだ」
「そういうこと、だったんだ……」
 恥ずかしそうに顔を赤くしてる克樹に、アタシも恥ずかしくなってきちゃう。
 灯理の意地悪だったんだろうけど、昨日から克樹に感じてた気持ちが莫迦らしく思えた。結局、本人に直接確認せずにアタシが先走って、妬んでただけだったんだ。
 ――あぁもう、アタシって嫌な女だなぁ。
 悪態を吐きたくなるのを克樹の前だから抑えて、アタシはショッピングモールに向かって歩き始めた彼に並んで歩く。
「もういくつか候補は見つけてあるから、そんなに時間はかからないと思う。……たぶん」
「そっか。でも克樹がアタシのために選んでくれるなら、何でも良いかなぁ」
「僕は服のセンスなんてないんだから、一番気に入ったのを選んでくれよ。ちなみに何着も買ってる余裕は、いまの僕にはない」
「えーっ。どうせなら克樹が選んでくれたの、全部ほしかったな」
「勘弁してくれ。なんで女の服ってあんな高いんだ……」
 顔を歪ませてる克樹の様子からすると、中学生にも手頃な値段のものから揃ってる中野で、灯理はけっこういい店を選んで克樹に選ばせたっぽい。
 値段なんかより、克樹がアタシの誕生日に、アタシのために服を選んでくれたことが嬉しい。とっても嬉しい。幸せすら感じる。
「でも何で、ランジェリーショップまで行ってたの? あのとき見てたけど、克樹、嬉しそうな顔してた気がするんだけど」
「んなわけあるかっ。僕は中身の入ってない布きれのは興味ないんだ」
「ほぉーっ。へぇーっ」
「うっ……」
 克樹と一緒に歩きながら、アタシは笑む。
 もう妬む気持ちなんてひと欠片もなくて、いまという時間が楽しくて、幸せだった。
「まっ、早くいこ。もし迷って時間かかっちゃったら、夕食つくり始めるの遅くなっちゃうよ」
「そうだな」
 アタシに笑みを返してくれる克樹の手を取って、アタシは駆け出す。
 すれ違う人を避けながら小走りに走って、克樹がアタシを好きであること、アタシが克樹を好きであることの幸せを、噛みしめていた。
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