神水戦姫の妖精譚

小峰史乃

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サイドストーリー1 藤色(ウィステリア)の妬み

サイドストーリー1 藤色(ウィステリア)の妬み3

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       * 3 *


 駅前ロータリーの側にある広場には、もうすでにかなりの人数の観客が集まっていた。
 スフィアロボティクスが協賛しているらしく、広場には会社のロゴが入った大きなトラックが乗り入れられていて、何面かの巨大モニターを高く掲げている。トラックの前には以前やってたときよりかなり広いピクシーバトル用のリングが設置されていて、観客たちの静かな熱気に炙られている。
 ――久しぶりだな、こういう空気。
 受付を済ませたアタシは、トラックの後ろに設営されたソーサラー用のテントに向かいながら、一度振り向いて会場の空気を大きく吸い込んだ。
 賞品目当てでヒルデと一緒にローカルバトルに出ていたのが、もうずいぶん前のことのように思える。
 最後に参加してからまだ一年と経っていないのに、エリキシルバトルに参加するようになったからなのか、何年も前のことのように感じられていた。
 観客から見えないようにちょっと回り込むような感じになってる入り口を通ってテントの中に入ると、けっこう広いスペースの中に、椅子や机、ご自由にお飲みくださいと書かれた紙が貼られたポットなんかがあった。
 それから、二十人くらいのソーサラーの視線が、一斉にアタシに向けられた。
 好意的な視線もあれば、敵意剥き出しのもある。無関心のようにちらりと見るだけの人もいれば、じっくりとなめ回すように見てくる人もいた。
 ――本当、こういうのも久しぶりだ。
 ローカルバトルによく参加してたときは、控え室とかこういうテントで、いまみたいに緊張感のある視線を向けられていた。
 いまのところエリキシルバトルで現れているのは毎回ひとりで、その戦いには願いを賭けたものであるのと一緒に、命懸けだったりもするものだ。
 そんな必死なエリキシルバトルに比べて、ローカルバトルは真剣ではあるけど、お祭りであり、遊びだ。
 外に向かって置かれた空いてる机まで歩いていって、肩に担いでた鞄からヒルデを納めてあるアタッシェケースを取り出しながら、アタシは徐々に自分の中に熱いものがこみ上げてくるのがわかった。
 いまはもう賞品を狙ってローカルバトルをする必要なんてないけど、今回の優勝賞品は家族四人分の豪華旅行券と、地元の商店街で行われてたのに比べてランクが違う。
 こういうのは苦手だって言って近藤は観客席に行っちゃったけど、アタシはこういう勝っても負けても楽しく、でも真剣なバトルへの高揚感に少し酔ってきていた。
「よぉ、サマープリンセス。準備はもういいのか?」
 そう声をかけていたのは、さっきの男の人。
 参加者登録したときの名前はゼウス。
 その名前にも憶えはなかったけど、彼が登録したピクシードール、ユピテルオーネの名前には憶えがあった。
 これまでに何度か戦ったことがあるし、最後に参加したローカルバトルでリングアウトにして負かしたドールだ。ソーサラーとは話したことがなかったから、ドールばっかりでゼウスのことは欠片も憶えてなかったけど。
「まぁ、たいして準備もないしね」
 参加者登録するときにバッテリ残量やレギュレーションチェックは終えていて、武器とかも含めて控え室に入るときには変更することはできない。控え室にいるのは、会場の準備が終わるまでの待ち時間のためだ。
「久しぶりにお前とやれて、俺は嬉しいぜ」
「……はぁ。そう」
 なんか当たり前のように話しかけてきてるけど、ゼウスと話すのは今日が初めてで、別に知り合いってほどじゃない。
 バトル前で緊張してるからなのか、久しぶりにアタシと会って興奮してるのか、ずいぶん彼は饒舌だ。
 ゼウスほど熱は籠もってないけど、中学生っぽいのから社会人らしい人まで、何人かはアタシにゼウスと似たような視線を向けてきていた。
 ――一時期ローカルバトル、荒らし回ってたからなぁ。
 高校に入ってすぐの頃は、バイトもまだやってなくて、生活の苦しさをどうにかしようと毎週末ごとに行ける場所で開催されるローカルバトルに参加しまくってた時期もあるから、たぶんアタシのことを知ってる人はけっこういるんだろう。
「も、もし!」
「ん?」
 なんだか顔を赤く染めて、ゼウスが身体をちょっと震わせながら言ってくる。
「もし今日、俺がお前よりも順位が上になったら……」
「なったら?」
「れ、連絡先を交換してくれ!」
「……」
 たぶん何歳か年上のゼウスが、勇気を振り絞るようにして言わないといけないことなのかとちょっと呆れる。
 仲良くなったソーサラー仲間とはけっこう気軽に連絡先交換してたし、普通に言ってくれれば考えないことはない。
 ――なんか微妙に克樹に似てるしなぁ。
 克樹も人付き合いがヘタで、言いたいことを言わないクセがあるみたいだけど、彼の場合は知り合いをあんまり増やしていない様子がある。
 ゼウスは克樹とはちょっと違うけど、友達つくるのが下手そうなところは似ているように思えた。
 ――でも、あんまり仲良くなりたくはないかな。
 人付き合いが下手そうなのは克樹と似てると言っても、年下だろうとは言え話したこともないアタシに尊大さを感じる口調で話しかけてきて、連絡先の交換って話になると勇気を振り絞らないといけないようなゼウスとは、あんまり仲良くできそうな気がしなかった。
 それにエリキシルバトルが終わるまでは、ソーサラーの知り合いを増やすのも危険な可能性がある。
「ぎゃ、逆にお前が俺より上位になったら、俺はもう二度とお前に声はかけないし、探したり付きまとったりしない!」
「いや、知り合いでもない人を探したり付きまとったりしないっていうのは普通だよね。その申し出、あんまりアタシにメリットない気がするんだけど」
「うっ……。だ、だったら! 賞品が手には入ったら、そのときはお前にそれを譲る」
「んー」
 ゼウスのことは憶えてないけど、ユピテルオーネの憶えてる限りの戦歴は、ローカルバトル上位に常にいたし、優勝経験があるのも知ってた。
 どれくらい強敵がいるかがわからないから、アタシだって優勝できるとは思ってないけど、うまく行けば優勝と準優勝の賞品が手に入る可能性もある。
 ゼウスに押されて勢いで登録しちゃったから、バトルの内容とかは見てなかったけど、優勝は旅行券に対して、準優勝がいい金額の商品券だったのは確認してあった。
 優勝できるかどうかわからない状況だけど、連絡先の交換が代償なら、そんなに深く考える必要はないと思った。
「ん、そういうことだったらいいよ」
「よしっ。首を洗って待ってろよ!」
 全身で嬉しさを表現した後、それまでの年上らしくない怯えた様子を消し去り、アタシを指さして捨て台詞を吐いたゼウスは自分の荷物のところに向かっていった。
「なんだったんだろ、あいつ」
 小さく呟いてゼウスを見送ったアタシは、机に向き直る。
 外からは段々と大きくなってる歓声と、開会を告げるアナウンスが流れていた。
 もうまもなく、選手が呼ばれる。
 アタッシェケースを開き、ブリュンヒルデを取り出す。
 ポケットから取り出した携帯端末とリンクしたヒルデの各種パラメーターは正常。バッテリも充分。問題のある箇所は一切ない。
 机の上に立った身長二五センチのヒルデが装備してるのは、使い慣れた長剣と、比較的最近使うようになった短剣、それからローカルバトルで使うことはないと思うけど、腰から伸びるアーマーに納められたナイフたち。
 紺色、と言うより深い青色をしたアーマーを纏うヒルデは、その名前の由来通り戦乙女のような凛々しい姿をしていた。
「今日は思いっきり楽しむよ、ヒルデ」
 緊張で高鳴っていく鼓動に、アタシは中野に来た理由も忘れて、決意を口に出してヒルデに微笑みかけていた。


          *


 ――填められたっ。
 リングの後ろにあるソーサラー用の舞台に立って、ヒルデをリングの上に立たせる段になったところで、アタシは今回のバトル形式に気がついた。
 ゼウスに填められたとかじゃなくて、確認しなかったアタシが悪いんだけど、填められたような気分だった。
 よくローカルバトルで使われてるのよりかなり広大なリングだったのは、今回はトーナメントバトルじゃないから。
 今回のバトルは、バトルロイヤル。
 トーナメントと同様にローカルバトルではメジャーな形式だけど、ヒルデに不調を感じるようになってからはバトルロイヤルはきつくなって避けてたし、それに一対一のときとはセオリーが違う。
 ――仕方ないかぁ。
 いまさら参加を辞退するのもなんだと思って、アタシは覚悟を決めた。
 リングの中に立つ二一体のドールが思い思いの場所に散り、アタシの左右に並ぶソーサラーたちはスマートギアを被ったり携帯端末を構えたりして、準備は整った。
「それでは、バトルスタート!!」
 司会者の声と同時に、ゴングが鳴らされた。
 アタシは素早く携帯端末にコマンドを打ち込んで、元々端の方にいたヒルデを四角いリングのコーナーに移動させる。
「やっぱり、そう来るよね」
 バトルロイヤルのセオリーのひとつは、強者潰し。
 普通のピクシーバトルでは、ドールが破損などで行動不能になるか、敵に攻撃を命中させることでスフィアを通して判定され加算されるポイントによって勝敗が決まる。
 たくさんのドールが一度に戦うバトルロイヤルでは、ポイントを稼ぎそうな相手を真っ先に行動不能にするのは、よく使われる戦法だ。だから番狂わせな展開もあり得るし、それが強いソーサラーとドールが順当に勝ち上がっていくトーナメントバトルとは違う楽しみともなってる。
 コーナーを背にするヒルデの前に立つのは、一〇体のピクシードール。
 今回参加したソーサラーの半分が、真っ先にアタシを脱落させようと迫ってきていた。
 サマープリンセスとヒルデの名は、アタシが思ってる以上に有名になってたみたいだ。
「でもね、ヒルデはいま完調なんだよ」
 リングより少し高くなってる舞台の上に立つアタシは、携帯端末に表示されてるヒルデの視界を確認しつつ、自分の目でも戦場を俯瞰する。
 第五世代パーツが当たり前になって、以前は見なかったタイプのドールも出てきてるみたいだけど、エリキシルバトルを戦い続けてきたアタシにはそんなのは些細なことだ。
「いくよっ」
 小さく声をかけて、アタシはセミコントロールアプリを立ち上げてある携帯端末で、ヒルデにバトルコマンドを飛ばした。
 一度に多数の敵を相手にするときは、壁とかを背にして囲まれないようにして、相手の攻撃に耐えながら反撃で倒していくのが基本だと思う。以前の、不調だったときのヒルデならそうしたと思うけど、アタシは逆に打って出ることにした。
 フルコントロールらしい剣を持ったドールが、突っ込んできたヒルデに一瞬怯んだように上体をのけぞらせた隙を逃さず、抜き放って上段に構えた長剣を全身を使って叩きつける。
 本当に感じてるわけじゃないけど、鎖骨に当たる部分のサブフレームを砕いたような感触があって、リングの手前に並んだソーサラー向けのモニターの参加者一覧のひとつが、赤く染まった。
 隅に追いつめたことで自分たちの優位を確信してたんだろう奴らに、アタシはヒルデを操り次々と襲いかかる。
 対応が遅れて胴ががら空きになってる短剣を二本持った奴を長剣で薙ぎ払って吹き飛ばし、別の奴から突き出された槍の穂先を左手で抜いた短剣で受け流しつつ、反撃の長剣で首筋を狙う。
 アタシの身長に近くなるアライズしたヒルデを操るのとは違う感覚だし、バトルロイヤルってことでリングが広くてちょっと距離が離れてるけど、完調のヒルデは強い。アタシも克樹たちと訓練を重ねて、以前よりもさらに強くなってる。
 けっこう熟練のソーサラーらしい奴と数回に渡って斬り合った後、懐に入り込んで膝蹴りから回し蹴りに繋いでリングアウトを決め、背後を狙って近づいてきた斧使いのドールを首を振って長い黒髪を揺らし相手の視界を幻惑し、振り向き様に長剣で斬りつける。
 ローカルバトルは久しぶりだし、バトルロイヤルはさらに久々だけど、勝ちも負けもなく、ただ戦っていられるいまを、アタシは本当に楽しんでいた。
 ――リーリエとか猛臣はバトル好きだけど、アタシもやっぱり好きなんだろうな。
 そんなことを思いながら近くにいた最後の敵を三連突きで行動不能に追い込んだとき、リングの上に残っていたのはヒルデと、もう一体のドールだけになっていた。
 行動不能になって横たわってるドールを蹴飛ばして広場をつくり、ヒルデの前に立ったのは、魔法少女か何かみたいな、ハードアーマーと衣装を組み合わせた可愛らしいドール。
 ユピテルオーネ。
 ちらりとモニターに目を走らせてみると、七体のドールに止めを差したヒルデのポイントと、五体を倒してるユピテルオーネのポイントは大きくなかった。最後に残った場合に得られるポイントで逆転できるくらいに。
 騒がしかった広場が、シンと静まり返った。
 少し離れた場所に立ってるゼウスに視線を向けると、赤いヘルメット型のスマートギアを被る彼は、口元に笑みを浮かべている。
 図らずも一対一の勝負となり、アタシは声なく発せられる観客からの熱気と、久しぶりのバトルの楽しさに、半分無意識に声を張り上げていた。
「さぁ、決着をつけるよ、ゼウス!」
 一斉に、集まった人たちから歓声が上がった。



 リングの上には破損によって行動不能になったドールが何体か転がってるけど、中央部には障害になるものはほぼなかった。
 アタシはヒルデをリングの中央近くまで歩かせ、同じようにゆっくりと歩いてきたユピテルオーネと対峙させる。
 去年、最後に戦ったときは身長一八センチのちょっと小柄で、パワータイプのずんぐりした感じのボディだったユピテルオーネ。
 でもいまは、たぶん新しく出た第五世代パーツでリニューアルしたんだろう、身長は二〇センチ、スリムな体型になっていた。
 市販品では見ないから、自作か特注品じゃないかと思う魔法少女っぽい衣装は相変わらずで、丸顔なフェイスは可愛らしく微笑んでる。
 武器は右手に剣と、左手に身長程度の槍と、ちょっと変則的。
 ――さて、どんなドールなのかな。
 再び静まり返った会場で、アタシはユピテルオーネのことをじっくりと観察する。
 前回はあっちの油断と不意を突いたことであっさりと倒せたけど、今回はたぶん油断なんてしてくれない。全力で戦わないと厳しいと思う。
 さっきまではヒルデの周囲にいる敵に集中してたから、ユピテルオーネの戦い方は見ていない。
 短剣を水平にして突き出し、長剣を弓をつがえるように肩の上で引いて、油断なく構える。
 先に仕掛けてきたのはユピテルオーネ。
 思った以上に素早い動きで接近してきて、天を突くように掲げた剣を振り下ろしてくる。
 そんな見え見えの攻撃が当たるわけもなく、剣による連撃や左手の槍の追撃を警戒しつつ、アタシはヒルデを剣の切っ先が届かない一歩分下がらせる。
「ん?!」
 届かない切っ先がさっきまでヒルデの頭があった場所に到達する瞬間、背筋に悪寒を感じたアタシは、新たなコマンドを発して短剣を最短の動きで振り、ユピテルオーネの剣を弾いていた。
「何? いまの」
 ヒルデを大きく後退させて、アタシは思わず呟いていた。
 背筋に悪寒が走っただけで、目で何かが見えてたわけじゃない。
 でも何故か、ユピテルオーネの剣に危険なものを感じて、ヒルデに防御を命じていた。
 ――わからないけど、何か仕掛けがある。
 そう感じたアタシは、攻撃態勢を取らせていたヒルデに、防御重視のモードを入力する。
 逆手にした短剣を胸のすぐ前に持ち、右手の長剣を緩く前に構えたヒルデ。
 近くを行き交う車や電車の音は、どこか遠くに聞こえていた。
 観客の息を飲む音すら聞こえる。
 リングの上で隙なく構えたヒルデと、ヒルデにじりじりと近づいてくるユピテルオーネを、アタシは舞台の上から俯瞰して見ていた。
 不意に突き出されたユピテルオーネの槍。
 下がらせて回避するよう指示するけど、穂先は思った以上に伸びてきて、ヒルデは発動した自動防御により長剣で穂先を薙ぎ払った。
 さらに接近してきたユピテルオーネの斜め下からの剣を短剣で受け止め、再度突き出された槍は身体を捻って回避する。
「見えてるよ!」
 ヒルデの背後まで伸びた槍の穂先に現れた変化。
 大きめだけどシンプルな形状だった穂先は、左右に割れて十字槍となった。
 スマートギアでドールの視界を自分の視界としてる人なら気づかないかも知れないけど、生憎アタシは自分の目で戦場を眺める人。
 身体とともに槍を大きく引いてヒルデの身体を引き倒そうとする槍を、アタシは長剣で弾き飛ばしていた。
 めげずに連続攻撃を仕掛けてくるユピテルオーネの攻撃を、新たなコマンドを追加しつつアタシはヒルデにすべて防御させる。
「もうだいたいわかったよ、ゼウス」
 攻撃を防ぎきり、アタシはヒルデを大きく後退させる。
 ヒルデの目を通してデータを取ってみてわかった。
 ユピテルオーネの剣は二センチ、槍は三センチ、通常状態よりも一瞬だけ伸びる機能がある。
 平泉夫人が使ってたコントロールウィップとはちょっと違うけど、十字槍になった機構も含めて、手の平の接続ポイントを使って操作する、外部機器だ。
 直線的に突き出される槍はその長さを捉えにくいし、大きく振るわれる剣も切っ先を直視するわけじゃなく、身体を含めた全体の動きを見て防御するものだから、気づきにくい。
 リングを俯瞰してなかったら、一撃目か二撃目までは食らってたかも知れない。
「そろそろ、反撃させてもらうね」
 ゼウスにも聞こえるように言って、アタシは防御だったモードを攻撃に切り替え、ヒルデを前に出させた。
 仕掛けがわかってしまえばたいしたことはない。
 武器が伸びる機構を活かそうと一定の距離を保っていたユピテルオーネに大きく接近して、ヒルデは得意の三連突きを放つ。
 剣と槍で二撃を凌ぎ、最後の突きを後退して避けたユピテルオーネ。
 さらにヒルデを接近させたアタシは、短剣を上段から振り下ろす。
 かろうじて剣と槍を頭上でクロスさせ、ユピテルオーネは短剣を防いだ。
 でもおろそかになった胴に、アタシは鋭い長剣の一撃を食らわせた。
 ――勝った。
 剣速から考えれば必殺となるはずだった一撃。
 なのにモニターを見ると、ダメージによるポイントは入ってるのに、ユピテルオーネは健在と表示されていた。
 ――なんで?
 片手による斬撃だけど、ヒルデに使ってる人工筋のパワーから考えれば、ハードアーマーでなくソフトアーマーと衣装の布地しかない胴体への攻撃は、一発退場レベルのダメージになったはずだ。
 それなのに判定では、あと二回同じくらいのダメージを与えないと退場にはならないとなってる。
「……うわ、わかった」
 ゼウスの余裕の鼻息が聞こえてきたとき、アタシはダメージが少なかった理由に気づいた。
 ――あの衣装、もしかしたら全部アクティブアーマーだ。
 ついこの前克樹たちが戦ったという猛臣のドール、ウカノミタマノカミ。
 そいつのマントに使われていて、通常はただの布地なのに、電圧をかけると硬質化するっていう特殊な人工筋を編み込んだ素材。
 克樹の話だと、最近出荷が開始されたばっかりで、十インチのタブレット端末くらいのサイズでドールとの接続部分を含め、何万かするってことだった。
 ふわっとした可愛らしいユピテルオーネの衣装から考えると、タブレット端末の二枚か三枚分ぐらい使ってそうだ。もしあれが全部アクティブアーマーだとしたら、バトル用のピクシードールが一体買えるくらいかかってる。
 ――お金かかってるなぁ、このやろっ。
 ヒルデを修理するためにオリジナルのパーツのほとんどを手放し、少し楽になったとは言え生活が厳しいアタシじゃ考えられないお金の使い方だ。
 ――そんなことよりっ。
 いらない方向に飛んでいた思考をバトルに切り替えて、アタシはヒルデとユピテルオーネが睨み合ってるリングを注視する。
 たぶん近藤と同じか、それよりも強いくらいのゼウスは、そう何度も隙を見せてはくれないだろう。
 一応ある制限時間にはまだまだ余裕があって、ポイントはアタシの方が上だから、このまま逃げ切っても勝てはする。
 でもどうせならきっちりと勝敗をつけたかった。
「よしっ」
 戦法を決め、アタシは新たなコマンドを携帯端末に入力した。
 無造作に両腕を下ろしたヒルデは、そのままユピテルオーネに歩み寄る。
 一瞬怯んだように両手の武器を構え直したユピテルオーネが突き出した槍を長剣で弾き、剣を短剣で受け流す。
 さらに一歩近づくと、あっちは大きく脚を引きながら剣を振り下ろしてきた。
 その瞬間、ヒルデは長剣と短剣を手放し、もう一歩踏み込んで左手で振り下ろされてくる右手首をつかんだ。
 つかんだ手を軸に素早く身体を反転させ、腰を落としながら背中を相手のお腹にくっつける。
「あっ」
 とゼウスの声が聞こえたときには、ヒルデはユピテルオーネに背負い投げを決めていた。
「ふぅ。勝った」
 うっすらとかいた額の汗を拭いながら携帯端末から顔を上げたとき、リング端に来ていたのが幸いして、思いっきり投げ飛ばしたユピテルオーネがリングの外の地面に叩きつけられるカシャンという音が聞こえた。
 アタシの勝利を告げるゴングと同時に、勝利をたたえる声に包まれる。
「楽しかったー」
 片手を上げて観客の応えるアタシは、いつの間にか克樹に向けていた鬱屈した気持ちが消えて、すっきりした気分になってることに気づいていた。
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