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サイドストーリー1 藤色(ウィステリア)の妬み
サイドストーリー1 藤色(ウィステリア)の妬み1
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「藤色(ウィステリア)の妬み」
* 1 *
――いったい何考えてんのよ! 克樹は!!
アタシの視線の先、行き交う人々の中に見えなくなってしまいそうな距離にいるのは、克樹。
見失いそうになりながらも、アタシは一定の距離を保ってあいつの背中を追いかける。
夏休みに入った中野のショッピングモールは、人を避けないと歩けないくらいの雑踏となってる。
アタシが子供の頃はアニメとかゲームとかのオタク系ショップがたくさんあったというこのモールは、いまは少しそっち方面の店は減って、普通のからちょっと趣味性が強い服を扱ったブティックやアクセサリショップ、いろんな種類の中古屋さん古着屋さん、本屋古本屋とか、方向性も雑多な小規模店舗が配置も入り乱れてたくさん入ってる。ブランドとか高級品じゃなくて、アタシみたいな高校生中学生くらいに向けたちょっと安い商品が多いから、今日は友達連れや恋人を連れ立ってる人たちが、そんなに広くない通路をひっきりなしに行き交っていた。
「もうちょい目立たないようにできない? 近藤」
「無理言うなよ」
微妙な表情を浮かべながらアタシの後ろに着いてきてるのは、近藤。
身長が一八〇くらいある近藤は、凄く背が高いってほどじゃないけど、がたいの良さもあって目立ちやすいことには変わりない。
せっかく克樹をこっそり尾けてるんだから、もう少し見つからない努力をしてほしいと思ってしまう。
バイトがなかった今日、昼間の時間を潰して克樹のことを尾行してるのは、あいつがアタシに何も言わずに出かけるからじゃなくって、中野に来るのにひとりじゃなかったから。
いまあいつの隣に立っているのは、白地に赤い横線が入った医療用スマートギアを被った女の子。灯理。
お尻まで届く長くて繊細な髪を揺らし、ちょっとゴスロリの入った白系の可愛いサマードレスを着た灯理は、自然に克樹の腕に自分の腕を絡ませながら、彼と視線を交わしつつ口元に笑みを浮かべている。
――そりゃあまぁ、あいつが灯理と歩いててもアタシは文句言えないんだけどさっ。
槙島猛臣を倒して、お互いの気持ちを確認し、キスまでしたアタシと克樹だけど、つき合うのはエリキシルバトルが終わってからにしようってことになった。
もしアタシたちの誰かがエリクサーを手に入れて願いを叶えたり、叶えられずに敗れたりしたとき、お互いの関係がどうなるかわからないから、ってことで。
ちょっと寂しいってのは、ある。
でも一度つき合ってから、アタシか克樹のどっちかが願いを叶えて関係が微妙になって、それで別れちゃうのもイヤだ。
それにエリキシルバトルのことがアタシたちにとっていま一番大きなことなのは確かで、それが終わらないと落ち着くこともできない。
だからいろいろと話しあった上で、アタシと克樹が出した結論は、いまはつき合わない、だった。
――だからって灯理とこっそりデートしていい、ってことでもないでしょ!
つき合ってないとは言え、アタシは克樹のことが好きで、克樹もアタシのことを好きって言ってくれたんだ。今日は用事があるとしか言ってくれなくて、実は灯理とデートしてるなんてのは、許せることじゃない。
それがアタシの独占欲だってのはわかってる。
ウザったがれるかもしれないとも思ってる。
言ってくれればそんなに気にしなかったと思う。でも今日はアタシに秘密で、灯理とふたりきりで出かけるなんてのを何もしないで放っておけるほど、アタシは心が広くない。
――アタシって、イヤな女の子だな。
話し合ってつき合わないってことにしたんだから、ふたりで出かけることくらい気にしなければいい。それだけのこと。
そうも思うのに、それができない。
克樹にこだわって、灯理との関係が気になって、こうやって尾けてきちゃってる。
心が狭くて、たぶん克樹から見てもイヤな女の子なんだろう、って思うけど、やっぱりアタシはふたりのことが気になって仕方がなかった。
――それより、灯理は何考えてんだろ。
今日のことを知ったのは、灯理から昨日話を聞いたからだ。
克樹が秘密にしてるのに、灯理がバラしたら意味ないじゃん、と思うけど、聞いちゃったものは仕方がない。
人混みに紛れながら、少し離れたところから見る灯理は、やっぱり可愛いと思う。
医療用のスマートギアを被ってるのもあるだろうけど、すれ違う人たちが時折振り返って見るくらいに、小柄で、顔立ちも、口元に左手の指を添えて笑う仕草も、どれひとつ取っても彼女は綺麗だ。
ここんところはアタシも気を遣って、髪とか服もちゃんとするようにした克樹が不釣り合いに見えるくらいに。
多少不釣り合いな感じはあっても、腕を組んで歩くふたりは仲の良い恋人同士に、アタシの目には見えていた。
「ほら行くよ」
「へいへい」
人の波に押されて離れてしまったふたりとの距離をもう少し詰めるために、やる気のなさそうな返事をする近藤とともに、アタシは人の間を縫って歩いていく。
*
「よしっ、終わり」
可愛いのを買って克樹の家に置いてある自分用のカップを洗い終えたアタシは、脱いだエプロンを畳みながらダイニングの方に向かった。
ダイニングテーブルでは近藤がタブレット端末を置いて頭を抱えてる。夏休みの宿題の進み具合がいまひとつらしい。
近藤の隣には灯理が、正面には克樹が座って、彼に数学の問題を教えていた。
医療用のスマートギアを被ってる灯理はともかく、克樹もスマートギアを被っていて、勉強を教える合間に何かやってるらしい。
「じゃあ克樹、また明日」
エプロンをさっきまで座ってた椅子に引っかけたアタシは、勉強道具とかヒルデを入れた鞄を担いで克樹に声をかける。いつもなら夕食時間までいるけど、今日はこの後バイトがある。
「ゴメン、夏姫。明日は……、ちょっと出かける用事があるんだ」
「あ、そうなんだ」
スマートギアのディスプレイを跳ね上げた克樹が、微妙な感じに顔を顰めつつ、そう言ってくる。
明日予定があるなんて話は聞いてなかったけど、仕方ない。
夏休みに入って八月上旬の今日まで、特別用事があるってわけじゃないけど、毎日のように克樹の家に来ていた。つき合ってるわけじゃないにしても気持ちは確かめ合ってるんだし、美味しいと言って食事を食べてくれる克樹の顔が嬉しい。それに食材の費用は克樹が出してくれるから、助かってもいる。
今日みたいに灯理や近藤だってちょくちょく来てるんだ、泊まりまではさすがにしないにしても、夕食をつくりに来るくらいはアタシと克樹の関係にあって、普通のことだと思った。
「遅くなるの?」
「うぅーん。そんなに遅くはならないと思うけど……、わかんないから……」
「そっか。じゃあ明日は夕食いらないんだね」
「うん、そうだね……」
今日の分の夕食は、アタシはバイト先のまかないがあるから、克樹の分は暖めればいいだけにしたのを冷蔵庫の中に入れてある。
明日は何が良いだろう、なんて考えてたけど、必要ないみたいだ。
何となく歯切れの悪い言葉と微妙な表情が気になるけど、詮索しても仕方ない。残念とは思うけど。
「じゃあまた明後日、来るね」
「わかった。ありがとう」
『じゃあねー、夏姫ぃ』
「リーリエもまたね」
克樹と、カメラで見てるだろうリーリエに手を振って、アタシは玄関に向かい、靴を履いて外に出た。
「ふぅ」
道路に出たアタシは、ひとつため息を漏らしていた。
まだおやつの時間を少し過ぎたくらいの時間、夏休み前半の陽射しはかなり厳しい。半袖のシャツとミニスカートから出ている肌が、日焼け止めを塗ってても焼けそうなほどの熱気だ。
「まぁ、バイト行くしかないか」
用事があるときはいつもたいてい突然だし、どこに行くのか教えてくれないことも多い克樹だけど、今日のはちょっと挙動不審なのが気になった。
と言ってもどういう用事なのかわかるわけじゃないんだから、アタシは諦めて駅の向こうにあるバイト先の喫茶店を目指して歩き始める。
「夏姫さん。駅まで一緒に行きましょう」
後ろからそんな声をかけてきたのは、灯理。
今日は近藤が夏休みの宿題をやるってことで、アタシもやっておこうと思ったし、ついでに灯理も呼んでいた。
アタシはそこそこ進んだけど、近藤がいまひとつなのにいいのかな、と思うけど、口元ににっこり笑みを浮かべてる灯理は駅に向かって歩き始めてる。
まぁいいか、と思って気にしないことにして、アタシも灯理に合わせて歩き出した。
「暑いですね……」
「そうだね。さすがに夏だしね」
さすがに半袖だけど、ブラウスに黒のビスチェスカートを合わせてる灯理は、言葉の割に汗をかいてる様子はない。お尻近くまでの髪もあるし、スマートギアも被ってるから暑いと思うんだけど、体質なんだろうか。
「せっかくなのですから、どこか夏らしいところにも出かけたいですね」
「アタシもそう思ったんだけど、克樹が出不精だからねぇ……。プールとか遊園地とかは人が多いからイヤだって。まぁエリキシルバトルのこともあるし、警戒してた方がいいのも確かなんだけどさ」
来年はたぶん大学に向けた勉強で忙しいだろうから、この夏休みにどこかでかけようと提案はしてみたけど、克樹から却下されていた。人が多くなくて、暑くないところならいいらしいけど、夏休みにそんな場所があるとは思えなくて、実現しそうにない。
連絡先は聞いてあるから、克樹の叔父さんにでも相談してみようか、なんてことも考えてる。
槙島猛臣とのことが終わってからまだ二週間しか経ってないけど、平穏と言えば平穏、代わり映えがないと言えばそんな感じの日々となっていた。
「そうなのですか。夏姫さんは克樹さんとまだどこにも出かけていないのですね」
「まぁ、ちょっとそこら辺に買い物とかは行ってるけど、暑いの苦手だしね、あいつ」
「そうなのですねぇ」
フレイとフレイヤが入ってる白いトートバッグを担いでない右手を口元に寄せ、思わせぶりな笑みを浮かべてる灯理。
スマートギアに覆われて目は見えないけど、意地悪そうな視線を向けてきてる気がした。
「なんなの?」
「いえ、たいしたことではないのですが。ときに、克樹さんの明日の用事はご存じですか?」
「知らない。さっき初めて言われたんだし」
「そうですよね、やっぱり」
どんな意味を持ってるのかわからない灯理の笑みに、アタシは眉を顰めるしかなかった。
「いったい何なの? 灯理」
「明日はですね、ワタシは克樹さんと出かけるのです。中野まで、買い物です」
「何で?!」
そろそろ駅が近くなって、人通りがある道で、アタシは思わず立ち止まってしまう。
「先ほど克樹さんの方から誘っていただいたのです。ふたりきりで行きたいということで」
「克樹ーっ」
思わず携帯端末を取り出したアタシを手で制して、灯理は言う。
「おふたりはつき合っているわけではないのですよね? だったらワタシと克樹さんがデートをしても、何の問題もないですよね?」
「デートって……」
挑発的にも見える灯理の笑みに、アタシは何も言えなくなってしまう。
確かに灯理にも近藤にも、アタシと克樹がエリキシルバトルが終わるまでつき合うのは保留にするって話はしてあった。
だからって、キスまでしたあいつが灯理とデートするなんてのは許せない。
「克樹さんの方から誘っていただいたのですから、野暮なことはしないでくださいね。それではワタシはバスに乗りますので、この辺で」
言って灯理は楽しそうな笑みを浮かべながら歩いて行ってしまう。
克樹に電話をかけて確認しようと思ったけど、携帯端末に表示された時間は、そろそろお店に行かないといけないくらいになってる。
――どういうつもりなのか、確認してやるんだから!
幸い明日はバイトは休み。
中野だったら服とか小物を見にちょくちょく行くから、一度ふたりのことを見つけられれば見失うこともたぶんない。
克樹の真意を確かめるために、アタシは明日ふたりのことを尾けることを、空を仰いで心に決めていた。
* 1 *
――いったい何考えてんのよ! 克樹は!!
アタシの視線の先、行き交う人々の中に見えなくなってしまいそうな距離にいるのは、克樹。
見失いそうになりながらも、アタシは一定の距離を保ってあいつの背中を追いかける。
夏休みに入った中野のショッピングモールは、人を避けないと歩けないくらいの雑踏となってる。
アタシが子供の頃はアニメとかゲームとかのオタク系ショップがたくさんあったというこのモールは、いまは少しそっち方面の店は減って、普通のからちょっと趣味性が強い服を扱ったブティックやアクセサリショップ、いろんな種類の中古屋さん古着屋さん、本屋古本屋とか、方向性も雑多な小規模店舗が配置も入り乱れてたくさん入ってる。ブランドとか高級品じゃなくて、アタシみたいな高校生中学生くらいに向けたちょっと安い商品が多いから、今日は友達連れや恋人を連れ立ってる人たちが、そんなに広くない通路をひっきりなしに行き交っていた。
「もうちょい目立たないようにできない? 近藤」
「無理言うなよ」
微妙な表情を浮かべながらアタシの後ろに着いてきてるのは、近藤。
身長が一八〇くらいある近藤は、凄く背が高いってほどじゃないけど、がたいの良さもあって目立ちやすいことには変わりない。
せっかく克樹をこっそり尾けてるんだから、もう少し見つからない努力をしてほしいと思ってしまう。
バイトがなかった今日、昼間の時間を潰して克樹のことを尾行してるのは、あいつがアタシに何も言わずに出かけるからじゃなくって、中野に来るのにひとりじゃなかったから。
いまあいつの隣に立っているのは、白地に赤い横線が入った医療用スマートギアを被った女の子。灯理。
お尻まで届く長くて繊細な髪を揺らし、ちょっとゴスロリの入った白系の可愛いサマードレスを着た灯理は、自然に克樹の腕に自分の腕を絡ませながら、彼と視線を交わしつつ口元に笑みを浮かべている。
――そりゃあまぁ、あいつが灯理と歩いててもアタシは文句言えないんだけどさっ。
槙島猛臣を倒して、お互いの気持ちを確認し、キスまでしたアタシと克樹だけど、つき合うのはエリキシルバトルが終わってからにしようってことになった。
もしアタシたちの誰かがエリクサーを手に入れて願いを叶えたり、叶えられずに敗れたりしたとき、お互いの関係がどうなるかわからないから、ってことで。
ちょっと寂しいってのは、ある。
でも一度つき合ってから、アタシか克樹のどっちかが願いを叶えて関係が微妙になって、それで別れちゃうのもイヤだ。
それにエリキシルバトルのことがアタシたちにとっていま一番大きなことなのは確かで、それが終わらないと落ち着くこともできない。
だからいろいろと話しあった上で、アタシと克樹が出した結論は、いまはつき合わない、だった。
――だからって灯理とこっそりデートしていい、ってことでもないでしょ!
つき合ってないとは言え、アタシは克樹のことが好きで、克樹もアタシのことを好きって言ってくれたんだ。今日は用事があるとしか言ってくれなくて、実は灯理とデートしてるなんてのは、許せることじゃない。
それがアタシの独占欲だってのはわかってる。
ウザったがれるかもしれないとも思ってる。
言ってくれればそんなに気にしなかったと思う。でも今日はアタシに秘密で、灯理とふたりきりで出かけるなんてのを何もしないで放っておけるほど、アタシは心が広くない。
――アタシって、イヤな女の子だな。
話し合ってつき合わないってことにしたんだから、ふたりで出かけることくらい気にしなければいい。それだけのこと。
そうも思うのに、それができない。
克樹にこだわって、灯理との関係が気になって、こうやって尾けてきちゃってる。
心が狭くて、たぶん克樹から見てもイヤな女の子なんだろう、って思うけど、やっぱりアタシはふたりのことが気になって仕方がなかった。
――それより、灯理は何考えてんだろ。
今日のことを知ったのは、灯理から昨日話を聞いたからだ。
克樹が秘密にしてるのに、灯理がバラしたら意味ないじゃん、と思うけど、聞いちゃったものは仕方がない。
人混みに紛れながら、少し離れたところから見る灯理は、やっぱり可愛いと思う。
医療用のスマートギアを被ってるのもあるだろうけど、すれ違う人たちが時折振り返って見るくらいに、小柄で、顔立ちも、口元に左手の指を添えて笑う仕草も、どれひとつ取っても彼女は綺麗だ。
ここんところはアタシも気を遣って、髪とか服もちゃんとするようにした克樹が不釣り合いに見えるくらいに。
多少不釣り合いな感じはあっても、腕を組んで歩くふたりは仲の良い恋人同士に、アタシの目には見えていた。
「ほら行くよ」
「へいへい」
人の波に押されて離れてしまったふたりとの距離をもう少し詰めるために、やる気のなさそうな返事をする近藤とともに、アタシは人の間を縫って歩いていく。
*
「よしっ、終わり」
可愛いのを買って克樹の家に置いてある自分用のカップを洗い終えたアタシは、脱いだエプロンを畳みながらダイニングの方に向かった。
ダイニングテーブルでは近藤がタブレット端末を置いて頭を抱えてる。夏休みの宿題の進み具合がいまひとつらしい。
近藤の隣には灯理が、正面には克樹が座って、彼に数学の問題を教えていた。
医療用のスマートギアを被ってる灯理はともかく、克樹もスマートギアを被っていて、勉強を教える合間に何かやってるらしい。
「じゃあ克樹、また明日」
エプロンをさっきまで座ってた椅子に引っかけたアタシは、勉強道具とかヒルデを入れた鞄を担いで克樹に声をかける。いつもなら夕食時間までいるけど、今日はこの後バイトがある。
「ゴメン、夏姫。明日は……、ちょっと出かける用事があるんだ」
「あ、そうなんだ」
スマートギアのディスプレイを跳ね上げた克樹が、微妙な感じに顔を顰めつつ、そう言ってくる。
明日予定があるなんて話は聞いてなかったけど、仕方ない。
夏休みに入って八月上旬の今日まで、特別用事があるってわけじゃないけど、毎日のように克樹の家に来ていた。つき合ってるわけじゃないにしても気持ちは確かめ合ってるんだし、美味しいと言って食事を食べてくれる克樹の顔が嬉しい。それに食材の費用は克樹が出してくれるから、助かってもいる。
今日みたいに灯理や近藤だってちょくちょく来てるんだ、泊まりまではさすがにしないにしても、夕食をつくりに来るくらいはアタシと克樹の関係にあって、普通のことだと思った。
「遅くなるの?」
「うぅーん。そんなに遅くはならないと思うけど……、わかんないから……」
「そっか。じゃあ明日は夕食いらないんだね」
「うん、そうだね……」
今日の分の夕食は、アタシはバイト先のまかないがあるから、克樹の分は暖めればいいだけにしたのを冷蔵庫の中に入れてある。
明日は何が良いだろう、なんて考えてたけど、必要ないみたいだ。
何となく歯切れの悪い言葉と微妙な表情が気になるけど、詮索しても仕方ない。残念とは思うけど。
「じゃあまた明後日、来るね」
「わかった。ありがとう」
『じゃあねー、夏姫ぃ』
「リーリエもまたね」
克樹と、カメラで見てるだろうリーリエに手を振って、アタシは玄関に向かい、靴を履いて外に出た。
「ふぅ」
道路に出たアタシは、ひとつため息を漏らしていた。
まだおやつの時間を少し過ぎたくらいの時間、夏休み前半の陽射しはかなり厳しい。半袖のシャツとミニスカートから出ている肌が、日焼け止めを塗ってても焼けそうなほどの熱気だ。
「まぁ、バイト行くしかないか」
用事があるときはいつもたいてい突然だし、どこに行くのか教えてくれないことも多い克樹だけど、今日のはちょっと挙動不審なのが気になった。
と言ってもどういう用事なのかわかるわけじゃないんだから、アタシは諦めて駅の向こうにあるバイト先の喫茶店を目指して歩き始める。
「夏姫さん。駅まで一緒に行きましょう」
後ろからそんな声をかけてきたのは、灯理。
今日は近藤が夏休みの宿題をやるってことで、アタシもやっておこうと思ったし、ついでに灯理も呼んでいた。
アタシはそこそこ進んだけど、近藤がいまひとつなのにいいのかな、と思うけど、口元ににっこり笑みを浮かべてる灯理は駅に向かって歩き始めてる。
まぁいいか、と思って気にしないことにして、アタシも灯理に合わせて歩き出した。
「暑いですね……」
「そうだね。さすがに夏だしね」
さすがに半袖だけど、ブラウスに黒のビスチェスカートを合わせてる灯理は、言葉の割に汗をかいてる様子はない。お尻近くまでの髪もあるし、スマートギアも被ってるから暑いと思うんだけど、体質なんだろうか。
「せっかくなのですから、どこか夏らしいところにも出かけたいですね」
「アタシもそう思ったんだけど、克樹が出不精だからねぇ……。プールとか遊園地とかは人が多いからイヤだって。まぁエリキシルバトルのこともあるし、警戒してた方がいいのも確かなんだけどさ」
来年はたぶん大学に向けた勉強で忙しいだろうから、この夏休みにどこかでかけようと提案はしてみたけど、克樹から却下されていた。人が多くなくて、暑くないところならいいらしいけど、夏休みにそんな場所があるとは思えなくて、実現しそうにない。
連絡先は聞いてあるから、克樹の叔父さんにでも相談してみようか、なんてことも考えてる。
槙島猛臣とのことが終わってからまだ二週間しか経ってないけど、平穏と言えば平穏、代わり映えがないと言えばそんな感じの日々となっていた。
「そうなのですか。夏姫さんは克樹さんとまだどこにも出かけていないのですね」
「まぁ、ちょっとそこら辺に買い物とかは行ってるけど、暑いの苦手だしね、あいつ」
「そうなのですねぇ」
フレイとフレイヤが入ってる白いトートバッグを担いでない右手を口元に寄せ、思わせぶりな笑みを浮かべてる灯理。
スマートギアに覆われて目は見えないけど、意地悪そうな視線を向けてきてる気がした。
「なんなの?」
「いえ、たいしたことではないのですが。ときに、克樹さんの明日の用事はご存じですか?」
「知らない。さっき初めて言われたんだし」
「そうですよね、やっぱり」
どんな意味を持ってるのかわからない灯理の笑みに、アタシは眉を顰めるしかなかった。
「いったい何なの? 灯理」
「明日はですね、ワタシは克樹さんと出かけるのです。中野まで、買い物です」
「何で?!」
そろそろ駅が近くなって、人通りがある道で、アタシは思わず立ち止まってしまう。
「先ほど克樹さんの方から誘っていただいたのです。ふたりきりで行きたいということで」
「克樹ーっ」
思わず携帯端末を取り出したアタシを手で制して、灯理は言う。
「おふたりはつき合っているわけではないのですよね? だったらワタシと克樹さんがデートをしても、何の問題もないですよね?」
「デートって……」
挑発的にも見える灯理の笑みに、アタシは何も言えなくなってしまう。
確かに灯理にも近藤にも、アタシと克樹がエリキシルバトルが終わるまでつき合うのは保留にするって話はしてあった。
だからって、キスまでしたあいつが灯理とデートするなんてのは許せない。
「克樹さんの方から誘っていただいたのですから、野暮なことはしないでくださいね。それではワタシはバスに乗りますので、この辺で」
言って灯理は楽しそうな笑みを浮かべながら歩いて行ってしまう。
克樹に電話をかけて確認しようと思ったけど、携帯端末に表示された時間は、そろそろお店に行かないといけないくらいになってる。
――どういうつもりなのか、確認してやるんだから!
幸い明日はバイトは休み。
中野だったら服とか小物を見にちょくちょく行くから、一度ふたりのことを見つけられれば見失うこともたぶんない。
克樹の真意を確かめるために、アタシは明日ふたりのことを尾けることを、空を仰いで心に決めていた。
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