50 / 150
第三部 第一章 チェイントラブル
第三部 極炎(クリムゾン)の怒り 第一章 1
しおりを挟む第一章 チェイントラブル
* 1 *
「はぁ……」
ローテーブル越しに深いため息を漏らしたのは、ショージさん。
僕はいまショージさんの家に来て、リビングのソファに向かい合って座っていた。
いつもこの家で家事をやっているエルフドールのアヤノは、ここにはいない。
僕が持ってきたデータを印刷した紙を見た瞬間、ショージさんが呼ぶまで部屋に入らないように言いつけていた。
HPT社のフルコントロールシステムであるAHSで稼働するアヤノは、防犯なんかの理由で視覚情報が会社に保存されている。僕が持ってきたデータは、他の誰にも見られるわけにはいかないものだと、ショージさんが判断したんだ。
「これはいったいなんなんだ? 克樹」
しばらくの間、眼鏡型スマートギアに表示した情報と僕が渡したデータを見比べていたショージさんは、紙束をテーブルに投げ出して睨みつけてきた。
「見た通り、シンシアで取ったデータだよ」
「そうなんだろうが、な……」
僕が今日持ってきたのは、ショージさんというコネでHPT社から貸してもらってる、試作モデルの第五世代フルスペックメインフレームを使ったときのデータだ。
シンシアに組み込んであるそれは、スフィアを介して得られる通常の稼働データと同時に、シンシアの身体の各部に取りつけたセンサーから得られた情報を統合してまとめたものだった。
渡されるときに約束していたデータは週一回、これまでに四回、不要な情報なんかを省いてまとめたものをショージさんにデータで送信していた。
いま紙に印刷して持ってきたのは、送信済みのデータから省いていたもの。
シンシアの、アライズ時に得たものだった。
「いったいこれはなんなんだ?」
「……」
脚の上で手を組み、少し身体を乗り出すようにして細めた目で睨みつけてくるショージさんに、僕は返事をしない。
アライズしたときのシンシアのサイズは、百二十センチを少し下回る程度。スケールだけ見れば、現在実用化されてるエルフドールと遜色ないサイズだ。
渡したデータは、ぱっと見にはエルフドールで取得したもののようにも見える。
でもショージさんは、印刷されたデータを見た瞬間にアヤノを退出させた。普通じゃないことに一瞬で気づいていた。
エルフドールとエリキシルドールとでは大きな違いがある。
それは主に、運動性能。
大人の人間と同等どころか、それを超える運動性能を持つエリキシルドールは、同程度の身長の子供と同じか少し劣るくらいの運動性しかないエルフドールとは、移動速度や腕力が大幅に違う。
「最新の人工筋を使っても、第六世代で予想されてるエルフドールの性能でも、こんなデータは出て来やしない。どうやってこのデータを取ったんだ?」
「言えないよ」
不機嫌そうに額にシワを寄せるショージさん。
いまのところ僕はショージさんをエリキシルバトルや、モルガーナとの関わり合いについて説明する気はなかった。
巻き込みたくない、ってのはもちろんある。
それと同時に、バトルのことを知ったショージさんが、どんな風にそれを扱うのか予測がつかないからだった。
バトルのことが広まるのだとしたら、問題は僕だけに留まらない。夏姫たち他のバトル参加者にも関わることだ。それにモルガーナのことだ、もしエリキシルバトルのことを公表なんてしようとしたら、ショージさんに危害が加わらないとも限らない。
それでも僕はこのデータを見せなくちゃならなかった。
直接のデータではないにしても、エリキシルドールの件については、いつかこの家にバックアップシステムがあるリーリエの稼働データから気づかれるだろう。
先に気づかれて問い詰められるくらいだったら、こっちから知らせて、交換条件を持ちかけた方がいいと判断した。
「去年の年末頃からか? お前が何かやり始めたのには気づいてたよ。これはやっぱり、モルガーナが関わってることなのか?」
「……」
「俺はお前の保護者だ。お前の父親と母親はお前がどうなろうとあんまり気にしないかも知れないが、俺はそうじゃない。危ないことをしてるんだったら止める義務も、権利もある」
「……」
ショージさんの呼びかけには答えず、僕はただ沈黙する。肯定も否定もしない。
苛立ってきたらしいショージさんは、眉をひくつかせながら僕から視線を外し、僕が耳につけてるイヤホンマイクに向かって言った。
「リーリエ。お前も何か知ってんだろ? 説明してくれ」
『おにぃちゃんが秘密にしてることだもん。あたしからは何も言えないよー』
「ったく、てめぇらは……」
ひとつ舌打ちしたショージさんは、ため息を漏らしてあらぬ方向に視線を向け、考え込むように顔を歪ませる。
「やめろ、って言ってもやめる気はないのか?」
「うん」
「危ないことなのか?」
「……」
「いまでなくていい。説明できるようになったら、全部話してくれるか?」
「それは――」
真っ直ぐに僕の瞳を見つめてくるショージさんに、僕は即答できなかった。
バトルはそう遠くないうちに、早ければあと数ヶ月くらいで終わる。終わった後、説明できるような状況になっているのか、僕にはわからなかった。
「約束はできないけど、説明できるようになったら」
「そうか、わかった。……ちっ、『貴方も当事者のひとりよ』、か。くそっ」
「え?」
「なんでもねぇよ。それよりも、今日の用事はこれだけじゃないんだろ? 何がほしいんだ?」
「うん。ちょっと待って」
さすがはショージさん、察しがいい。
僕は胸ポケットから携帯端末を取り出して、事前に用意しておいた情報を送信した。すぐに受信して眼鏡のレンズに表示させたショージさんは、呆れたような声を上げた。
「いったい何だよ、こりゃ。ソーサラーの教習所でも開くつもりか?」
「そうじゃないけど、できる?」
「そりゃまぁ、できるにはできるが、時間はかかるぞ」
「うん。ゴメン。お願い」
嫌そうな顔をしながらも、拒否はしないショージさん。
僕が頼みに来たのは、スフィアドールをコントロールするアプリのアドオンモジュール。もちろんエリキシルバトル用の。
かなり特殊で使い道が限定されるものだし、細かいところまでつくり込まないといけないものだから、多少プログラミングの知識と経験がある程度の僕じゃ完成させられなかった。
「それからもうひとつ。この前借りた試作のフルスペックフレーム、あれをもう一本貸してほしんだ。払い下げられるのがあったら、購入でもいいけど」
「アリシアに使うのか? それとも新しいドールでも組み立てるのか? シンシアみたいなセンサー特化型とか特殊なタイプならともかく、普通のバトルピクシーならフルスペックまでは必要ないだろ?」
「でも、必要なんだ」
「んーっ」
頭を掻き、ショージさんはうなり声を上げる。
「もう近々市販モデルが発売されるし、データラインが必要なだけだったらそっちでいいんじゃないのか?」
「強度が足りないんだ」
市販品と試験用とでは主に強度が違う。
データラインなんかはよほど仕様に問題がなければ同じだし、普通のピクシーバトルでメインフレームが破損するなんてシチュエーションはそんなに起こるものじゃないから、市販品の強度で不足することなんてまずない。
でも今後さらにアリシアを、リーリエを強くしようと思ったら、市販品の強度じゃ不足する可能性が出てきていた。
「わかった。再来週には試験もだいたい終わるから、一番状態がいいのを貸してやるよ」
「ありがとう」
礼を言って、僕はさっさとソファから立ち上がる。
これ以上ショージさんと話していたら、どこでボロを出すことになるのかわかりゃしない。
「なぁ、克樹」
「何?」
「お前がいまやってることは、前にうちに来た夏姫ちゃんとか、……あのときの、エイナのライブのこととかも関係してるのか?」
「……」
「はぁ。そっか。わかった。説明できるようになったら、全部話してくれよ」
「うん。説明できるようになるとは、限らないけどね」
ソファに置いてあったデイパックを担いで、僕は険しい顔をしてるショージさんに見送られてリビングを出た。
*
「さて」
ショージさんのとこから自宅に帰ってきた僕は、作業室に入ってフルメッシュチェアに身体を預けた。
デイパックからピクシードール収納用のアタッシェケースを出して開き、アリシアを机の上に立たせると、早速リンクしたリーリエが僕の顔を見つめるように笑みを浮かべさせた。
アリシアに笑みを返して、僕はスマートギアを頭に被る。
今度貸してもらえるフルスペックメインフレームを使った、アリシアの全面リニューアル用パーツを早々に選定しなくちゃならなかった。
『やっぱり、新しい戦法を使うんだ』
「うん。これから先、どんな敵を相手にするかわからないし、いまのままで、戦えるかどうかも予測がつかない」
『そうだね……』
灯理と決着をつけてからは、もう一ヶ月近くが経っていた。
いまのところ新たな敵が現れる様子はない。
でも灯理のときだって前触れなんてなかったんだ、いつ次のエリキシルソーサラーが現れないとも限らない。
エリキシルバトルも中盤戦に入ってそこそこ経ってるんだし、今後現れる相手はそれなりにバトルを経てきた強敵になるだろう。
アリシア、シンシアの性能アップはもちろん、僕とリーリエがもっと強くなる必要がある。それと同時に、普通とは違う手段も考える必要があると感じていた。
何しろエリキシルバトルはスフィアカップのようなルールのある戦いじゃない。それに、最後に戦う相手はどんな奴になるのかもわからない。
平泉夫人にすら手も足も出ない僕とリーリエじゃ、この先勝ち残れるかどうか不安だった。
ショージさんにお願いした新しいアプリも、フルスペックメインフレームも、アリシアの強化と同時に、新しく思いついた戦法のために必要なものだった。
『大丈夫。あたしは絶対に負けないよ』
「頼りにしてるよ、リーリエ」
『うんっ!』
かけられた声にそう答えると、リーリエはアリシアに満面の笑みを浮かべさせた。
0
お気に入りに追加
6
あなたにおすすめの小説

タイムエイジマシン
山田みぃ太郎
SF
「タイムエイジマシン」とは、タイムマシンとエイジマシンが合体したもの。エイジマシンは、どんな年齢にも変身できるという機械。街角にある証明写真をベースに、タイムエイジマシンを発明したのは天才物理学者の茶トラ先生。そして先生と、その友達で小学6年生の主人公イチロウを中心に、次々に巻き起こるいろんな重大事件を、いろんな愉快な仲間たちと力を合わせ、タイムエイジマシンを駆使し、それらを解決していくという作品。本作は東宝×アルファポリス「第10回絵本・児童書大賞」(2018年)における大賞候補作を加筆修正したものです。全121話

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

忘却の艦隊
KeyBow
SF
新設された超弩級砲艦を旗艦とし新造艦と老朽艦の入れ替え任務に就いていたが、駐留基地に入るには数が多く、月の1つにて物資と人員の入れ替えを行っていた。
大型輸送艦は工作艦を兼ねた。
総勢250艦の航宙艦は退役艦が110艦、入れ替え用が同数。
残り30艦は増強に伴い新規配備される艦だった。
輸送任務の最先任士官は大佐。
新造砲艦の設計にも関わり、旗艦の引き渡しのついでに他の艦の指揮も執り行っていた。
本来艦隊の指揮は少将以上だが、輸送任務の為、設計に関わった大佐が任命された。
他に星系防衛の指揮官として少将と、退役間近の大将とその副官や副長が視察の為便乗していた。
公安に近い監査だった。
しかし、この2名とその側近はこの艦隊及び駐留艦隊の指揮系統から外れている。
そんな人員の載せ替えが半分ほど行われた時に中緊急警報が鳴り、ライナン星系第3惑星より緊急の救援要請が入る。
機転を利かせ砲艦で敵の大半を仕留めるも、苦し紛れに敵は主系列星を人口ブラックホールにしてしまった。
完全にブラックホールに成長し、その重力から逃れられないようになるまで数分しか猶予が無かった。
意図しない戦闘の影響から士気はだだ下がり。そのブラックホールから逃れる為、禁止されている重力ジャンプを敢行する。
恒星から近い距離では禁止されているし、システム的にも不可だった。
なんとか制限内に解除し、重力ジャンプを敢行した。
しかし、禁止されているその理由通りの状況に陥った。
艦隊ごとセットした座標からズレ、恒星から数光年離れた所にジャンプし【ワープのような架空の移動方法】、再び重力ジャンプ可能な所まで移動するのに33年程掛かる。
そんな中忘れ去られた艦隊が33年の月日の後、本星へと帰還を目指す。
果たして彼らは帰還できるのか?
帰還出来たとして彼らに待ち受ける運命は?
EX級アーティファクト化した介護用ガイノイドと行く未来異星世界遺跡探索~君と添い遂げるために~
青空顎門
SF
病で余命宣告を受けた主人公。彼は介護用に購入した最愛のガイノイド(女性型アンドロイド)の腕の中で息絶えた……はずだったが、気づくと彼女と共に見知らぬ場所にいた。そこは遥か未来――時空間転移技術が暴走して崩壊した後の時代、宇宙の遥か彼方の辺境惑星だった。男はファンタジーの如く高度な技術の名残が散見される世界で、今度こそ彼女と添い遂げるために未来の超文明の遺跡を巡っていく。
※小説家になろう様、カクヨム様、ノベルアップ+様、ノベルバ様にも掲載しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる