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第三部 序章 ブレイクポイント
第三部 極炎(クリムゾン)の怒り 序章
しおりを挟む序章 ブレイクポイント
開いたエレベーターの扉をくぐり、このところの暑さのためか、むっとする消毒液の臭いを感じながら、うつむき加減の夏姫はまばらに人がいる待合室を抜ける。
ゆっくりと開く自動ドアが開き切るのを待って、病院の建物から外に出ると、外は薄暗く曇ってきていた。
「よぉ」
扉の脇の壁に背中を預け、空と同じように暗い顔をしている夏姫に声をかけてきたのは、ひとりの男子。
克樹ではない。
背は克樹と同じか、若干高めで、彼よりも少しがっしりしているらしい身体に、袖を折り曲げて縮めたジャケットを羽織る彼は、攻撃的や獰猛といった言葉が似合いそうな顔つきをしていると、夏姫には思えていた。
「話、聞いてきたんだろ?」
「うん。正式なのは、また後日ちゃんと計算して出すって話だったけど」
「いくら請求されたんだ? 見せろよ」
言われて半袖のブラウスにジャンパースカートだけの、夏の制服を身につけた夏姫は、肩に提げた鞄から先ほど渡された紙を取り出し、男子に渡す。
「くっ。またずいぶんな金額を請求されたもんだな」
そこに書かれているのは、夏姫に請求される予定の暫定金額と、請求内容の詳細や、請求の理由。
もし高校をいますぐに辞めて働きに出たとしても、何年かければ返済し終わるのかわからないほどの金額が、そこには書かれていた。
本来は払わなくてもいいのかも知れないとも思うが、法律といった詳しいことはわからない。わかったとしても、支払いを拒絶すれば切り捨てなければならないものがある。
父親の、命を。
「さすがにこれはぼったくりが過ぎるってもんだろう。俺様の方で掛け合って減額するさ」
「本当に? そんなことできるの?」
「できるさ。俺様を誰だと思ってる。しかし、ゼロにはならねぇ。何割かってのがせいぜいだ」
「……そっか」
「それに、これだけの金額なんだ。最初に言ってたあれだけじゃぜんぜん足りねぇよ」
そう言われるだろうことはわかっていた夏姫だったが、覚悟できていたとは言えないその言葉に、表情を曇らせる。
さも楽しそうに歯を見せて笑う彼は言った。
「最初の条件以上の金額については、貸すだけだ。働いて返せ」
「でも、そんな金額……、何年かかるかわからないよ」
「わかってるさ。だから、お前は俺様の召使いになれ。何、悪いようにはしないさ。高校だって行かせてやるし、行きたいんだったら大学にだって行っていい。ただし、貸した分を返し終えるまで、俺様のところにいろ」
その提案が貸してもらう金額に見合うものなのかどうか、夏姫には判断できなかった。具体的な条件もわからない。
猛臣のところにいろと言うのだから、いまの高校も辞めなければならないだろう。克樹たちと次に会えるのは、返済を終えた何年も後になるかも知れない。
そうだとしても、夏姫には選択肢がなかった。父親である謙治の命を救う方法を、彼女は思いつけなかった。
うつむき、顔を歪ませる夏姫。
強く引き結んだ唇を細かに震わせ、しばらくの間押し黙っていた彼女は、意を決したように顔を上げた。
「――わかった。その条件でいい」
「ちゃんと言え。どんな条件をお前は飲むってんだ?」
夏姫の瞳を覗き込むように顔を近づけてきた彼に、夏姫は唇を噛む。
あまりはっきりと言いたくはなかった。
言わなくても同じだと思った。
けれど、求められたからには言わなければならなかった。
「わかり、ました。……アタシは、貴方の召使いになります。それから、アタシのエリキシルスフィアを、貴方に売ります」
「それでいい」
満足したように唇の端を歪ませて笑う男子から、夏姫は目を逸らした。
頭の中に思い浮かぶ顔に、呼びかける。
――ゴメンね、克樹。
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