神水戦姫の妖精譚

小峰史乃

文字の大きさ
上 下
47 / 150
第二部 第五章 フレイとフレイヤ

第二部 黒白(グラデーション)の願い 第五章 3

しおりを挟む

       * 3 *


「ただいま」
 何となくそう声をかけて家に入ると、バタバタと足音を立てて二階から近藤が下りてきた。
「大丈夫なのかよ、近藤」
「あぁ。まだ目がかすれた感じになってるが、もうだいたい見える。それよりもっ」
 だいたい大丈夫と言いながら手すりにつかまって階段を下りてきたこいつの言葉を信じる気はないが、充血してるが僕をちゃんと目を向けてきてるくらいだから、見えてきてるのはわかる。
「ほらよ」
 荷物が増えてぱんぱんになってるデイパックからアタッシェケースを取り出し、渡してやる。
 開いて中身を見た近藤は、感極まったみたいに表情を歪ませ、ケースを閉じて胸に抱き締めた。
「ん、よかった……」
「まぁな」
 近藤に釣られたように瞳を揺らしてる夏姫に、小さく息を吐く。
「何笑ってんのよ! 別にいいじゃないっ。アタシも嬉しかったんだから!!」
「何も言ってないだろ。それより近藤、大丈夫だったらベッドは空けてくれ。眠い……」
「いや、オレはもう帰るよ。明日には大丈夫になってるだろうし、もう帰る準備をしてたところなんだ」
「大丈夫なの? 本当に」
「あぁ」
 まだ少し目尻に涙を残しつつも、笑って見せる近藤。
 完調とはいかないだろうが、確かにもう大丈夫そうだった。
『夏姫はどうするのー? もうひと晩泊まってく?』
「んー。アタシも一回帰る。明日また勉強会やるんでしょ? 早めの時間に来るようにする」
『そっかぁ。わかったー』
 何だか残念そうにも聞こえるリーリエの声。
 玄関先で話し込んでた僕は、大きな欠伸を漏らして靴を脱ぐ。
「帰るなら帰るで好きにしてくれ。僕は寝る」
「ん。近藤の家はアタシの家の先だから、途中まで送っていくよ」
「済まない。頼む」
 もうすっかり準備万端らしい近藤が、アタッシェケースを鞄に収めて靴を履いた。
 僕を通り越して階段を駆け上がっていった夏姫を追って、二階に向かう。
 寝室の扉に手をかけたところで、もう帰る準備が終わったのか、奥の寝室から出てきた夏姫とすれ違う。
「終わったね、克樹」
「あぁ」
「今回も、いろいろあったね」
「そうだな」
「今後のことはどうするの? 灯理のこととか、バトルのこととか」
「あんまり考えてない。というか、いまは考えたくない。とにかく眠いんだ」
 灯理は、公園を出た後タクシーで帰宅していった。
 複雑な表情のままだった彼女が、どんなことを考えていて、どんなことを望み、どうしていくのかはいまの僕にはわからない。
 ただ去り際、彼女は「また近いうちに会いに行きます」と言い残していた。
 ――なんかまた、面倒なことになりそうだよなぁ。
 とくに根拠のない不安が、僕の中に去来していて、小さくため息を吐いていた。
「じゃあまた明日。お休み、克樹」
「うん、お休み」
 夏姫のにっこりした笑みに、いまできる精一杯の笑みを返し、僕は寝室に入った。
 デイパックを開け、アリシアとシンシアを納めたアタッシェケースを取り出してロックを解除した。眠気で霞んでいく視界でアリシアの首筋に指を滑らせて起動し、被ったままのスマートギアのディスプレイを下ろして言う。
「リーリエ。アリシアのコントロール権とアライズ権は渡しとく。二体とも充電させておいてくれ」
『わかった、よ? おにぃちゃん?』
 天井から降ってくるリーリエの声は、いまの僕では理解できていなかった。
 ベッドまで、とか、スマートギアを脱がないと、とか思ってる間に、視界が急速に狭まって、頭の中が眠気の波に沈んでいく。
 近藤がシーツを交換して整えてくれたらしいベッドの手前で、僕の意識は途切れてしまった。




『あ、おにぃちゃん!』
 リーリエが声をかけたときには、克樹は這い寄ろうとする格好のまま、ベッドの手前で寝転がってしまっていた。
 しばらくしても動かない彼は、安らかな寝息を立てている。
『もう、おにぃちゃんっ。本当に……』
 苛立ちと呆れを含んだ声音で言い、リーリエは起動済みのアリシアとリンクして床に立たせた。
『あっらぁいず!』
 舌っ足らずな声が響き、アリシアが光に包まれて、百二十センチのエリキシルドールとなる。
 散らばってしまったデイパックの中身をまとめ、シンシアが入っているアタッシェケースも納めて、邪魔にならないよう扉の横の壁に立てかける。
 克樹に近寄ったアリシアは、彼の頭からスマートギアを剥ぎ取り、胸ポケットの携帯端末を取り出して一緒にサイドテーブルの上に置いた。
『本当に、おにぃちゃんったら』
 呟きのような言葉を漏らしながら、小柄なアリシアで克樹の身体を抱え上げ、ベッドの上に寝かせる。掛け布団を肩までかけて、ベッドの上で四つん這いになるような格好で、アリシアの身体を使ってリーリエは克樹の寝顔を間近で眺めた。
『おにぃちゃんは、優しすぎるよ』
 そんな声をかけても、克樹の反応はない。
 夜から午前中まで、平泉夫人の特訓を受けた克樹は、仮眠を三時間ほど取っただけで、完全に寝不足だった。
『おにぃちゃんが優しいのはわかるけど、いまみたいにしてたら、そのうち大変なことになっちゃうかも知れないよ? おにぃちゃんの願いを、叶えられなくなっちゃうかも知れないよ?』
 克樹の顔にかかりそうになる水色のテールを左手で掻き上げて背中に追いやり、アリシアの顔を近づけさせる。
『あたしはずっとおにぃちゃんと一緒にいたいんだ。おにぃちゃんとずっと、最後まで戦い続けていたいんだ。だから、ね? あたしも気をつけるから、おにぃちゃんも、気をつけてよ』
 優しく笑み、克樹の頬を撫でる。
 彼の息がかかるほどにアリシアの顔を近づけさせたリーリエは、言う。
『ね? 知ってる? おにぃちゃん。おにぃちゃんに願いがあるように、あたしにも、叶えたい願いがあるんだよ』
 安らかに寝息を立て、その声に反応がない克樹。
 アリシアの瞳でそれをじっと眺めていたリーリエは、彼の唇に、アリシアの唇を、そっと口づけた。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

底辺エンジニア、転生したら敵国側だった上に隠しボスのご令嬢にロックオンされる。~モブ×悪女のドール戦記~

阿澄飛鳥
SF
俺ことグレン・ハワードは転生者だ。 転生した先は俺がやっていたゲームの世界。 前世では機械エンジニアをやっていたので、こっちでも祝福の【情報解析】を駆使してゴーレムの技師をやっているモブである。 だがある日、工房に忍び込んできた女――セレスティアを問い詰めたところ、そいつはなんとゲームの隠しボスだった……! そんなとき、街が魔獣に襲撃される。 迫りくる魔獣、吹き飛ばされるゴーレム、絶体絶命のとき、俺は何とかセレスティアを助けようとする。 だが、俺はセレスティアに誘われ、少女の形をした魔導兵器、ドール【ペルラネラ】に乗ってしまった。 平民で魔法の才能がない俺が乗ったところでドールは動くはずがない。 だが、予想に反して【ペルラネラ】は起動する。 隠しボスとモブ――縁のないはずの男女二人は精神を一つにして【ペルラネラ】での戦いに挑む。

メトロポリス社へようこそ! ~「役立たずだ」とクビにされたおっさんの就職先は大企業の宇宙船を守る護衛官でした~

アンジェロ岩井
SF
「えっ、クビですか?」 中企業アナハイニム社の事務課に勤める大津修也(おおつしゅうや)は会社の都合によってクビを切られてしまう。 ろくなスキルも身に付けていない修也にとって再転職は絶望的だと思われたが、大企業『メトロポリス』からの使者が現れた。 『メトロポリス』からの使者によれば自身の商品を宇宙の植民星に運ぶ際に宇宙生物に襲われるという事態が幾度も発生しており、そのための護衛役として会社の顧問役である人工頭脳『マリア』が護衛役を務める適任者として選び出したのだという。 宇宙生物との戦いに用いるロトワングというパワードスーツには適性があり、その適性が見出されたのが大津修也だ。 大津にとっては他に就職の選択肢がなかったので『メトロポリス』からの選択肢を受けざるを得なかった。 『メトロポリス』の宇宙船に乗り込み、宇宙生物との戦いに明け暮れる中で、彼は護衛アンドロイドであるシュウジとサヤカと共に過ごし、絆を育んでいくうちに地球上にてアンドロイドが使用人としての扱いしか受けていないことを思い出す。 修也は戦いの中でアンドロイドと人間が対等な関係を築き、共存を行うことができればいいと考えたが、『メトロポリス』では修也とは対照的に人類との共存ではなく支配という名目で動き出そうとしていた。

日本新世紀ー日本の変革から星間連合の中の地球へー

黄昏人
SF
現在の日本、ある地方大学の大学院生のPCが化けた! あらゆる質問に出してくるとんでもなくスマートで完璧な答え。この化けたPC“マドンナ”を使って、彼、誠司は核融合発電、超バッテリーとモーターによるあらゆるエンジンの電動化への変換、重力エンジン・レールガンの開発・実用化などを通じて日本の経済・政治状況及び国際的な立場を変革していく。 さらに、こうしたさまざまな変革を通じて、日本が主導する地球防衛軍は、巨大な星間帝国の侵略を跳ね返すことに成功する。その結果、地球人類はその星間帝国の圧政にあえいでいた多数の歴史ある星間国家の指導的立場になっていくことになる。 この中で、自らの進化の必要性を悟った人類は、地球連邦を成立させ、知能の向上、他星系への植民を含む地球人類全体の経済の底上げと格差の是正を進める。 さらには、マドンナと誠司を擁する地球連邦は、銀河全体の生物に迫る危機の解明、撃退法の構築、撃退を主導し、銀河のなかに確固たる地位を築いていくことになる。

今更気付いてももう遅い。

ユウキ
恋愛
ある晴れた日、卒業の季節に集まる面々は、一様に暗く。 今更真相に気付いても、後悔してももう遅い。何もかも、取り戻せないのです。

処理中です...