神水戦姫の妖精譚

小峰史乃

文字の大きさ
上 下
28 / 150
第一部 第五章 ガーベラ

第一部 天空色(スカイブルー)の想い 第五章 4

しおりを挟む
       * 4 *

「夏姫は下がっていてくれ。これは僕の戦いだ」
「う、うん……。でももし、あいつがまた近づいてきたり、克樹が負けちゃったりしたら、あたしも戦うよ」
「それは僕が止められるようなことじゃない」
 夏姫がヒルデを自分の側まで下がらせたのを確認して、僕は呼びかける。
「リーリエ!」
『ん……。おにぃちゃん? だ、大丈夫なの?』
 アリシアとのリンクを回復させたリーリエが、僕の胸元を見て言う。
『何があったのか、把握できてるか?』
『うぅん。リンクできなくなった後のことは、ぜんぜんわからない。もしかしたらスフィアに動作記録残ってるかも知れないけど』
『わかった。それは後回しにしよう。いまは、あいつとの決着をつける』
『うん!』
 リーリエにコントロールされて立ち上がったアリシアが僕の前に立つ。
 大きく距離を取った近藤もまた、ガーベラを側に立たせた。
「いくぞ」
 そう言った近藤が、ガーベラを前進させる。
 フェアリーリングのほぼ中央で、向かい合った二体のエリキシルドール。
 先に仕掛けてきたのは、ガーベラだった。
 素直で、でも鋭い右の正拳突きを、リーリエはどうにか左腕で流す。
 すぐさま繰り出された左の拳もまた、リーリエはかろうじていなしていた。
 ネットで見つけることができた近藤の戦いは、まさに空手家のそれだった。
 細かく動かせるとは言え、完全に空手に準じた動きを行わせることができるソーサラーなんて滅多にいない。
 腕を動かすだけじゃない。攻撃ときの体重移動、姿勢、それらを次につなげていく連続した動作。
 それを完璧にフルコントロールする近藤は、確かに全国レベルのソーサラーと言って間違いなかった。
 対してリーリエも近藤と同じ格闘タイプ。
 格闘技を習ったことがない百合乃はかなり適当な戦法ではあったけど、リーリエは違う。
 リーリエにはいくつかの格闘戦に関する情報が組み込んであった。
 ほぼ互角かと思われる拳と脚の応酬は、でもリーリエの方に若干の不利が見られた。
 それはたぶん、ドールの性能差だ。
 近藤はどこで仕入れてきたのかわからないが、ガーベラにかなり高い筋力の人工筋を組み込んでいるらしかった。
 重い一撃一撃によって、アリシアのハードアーマーが悲鳴を上げているのが、離れているここからでもわかった。
 アライズしているときはどうなってるのかわからないけど、ピクシードールのハードアーマーはかなり強靱なものであるにしろ、主にプラスチックだ。
 格闘戦型のドールは機敏な動きが必要となるために、ハードアーマーはそんなに分厚いものにしていない。その分受け流すことによってダメージをゼロにすることができる。
 でも同じ格闘タイプのドール同士の戦いとなると、筋力差が徐々に影響してくる。
 ヒルデの真剣対策のために金属製にした両腕の手甲はしばらく保つだろうけど、その他の部分のハードアーマーは、ガーベラの攻撃をまともに何度か受ければ砕かれかねない。
『リーリエ!』
 回し蹴りに続いて繰り出された回転回し蹴りを避けて、リーリエが大きく飛び退く。
『解析の結果は?』
『うん。だいたいわかったよ。使ってるパーツと性能はこんな感じ。コントロールソフトはたぶん、バトルクリエイターのバージョン二か三。あとアドオンソフトがいくつかあるみたい』
 リーリエがスマートギアの視界に表示してくれた内容を確認して、僕は思わず口元に笑みを浮かべてしまう。
 フルコントロール用アプリのバトルクリエイターの最新バージョンは五。
 第四世代初期のバージョンである二や三では、アップデートを施しても第五世代ドールには完全には対応しない。そのことによりほんのわずかだけどもドールの可動範囲に制限が生まれているし、リーリエが解析してくれた結果からもそれは明らかだ。
『決着をつける。全力全開だっ』
『うん!』
 構えを新たにしたリーリエが、様子を見ていたらしいガーベラに向かって突進を開始した。
『疾風迅雷!』
 イメージスピークで叫ぶのと同時に、僕はアリシアの脚に取り付けた人工筋のリミッターを解除して、仕様上の想定を超える電圧をかける。
 僕がアリシアに選んでいるパーツは、フレームこそ強度と剛性を重視した高級なものだけど、人工筋は手頃で一般的なモデルだ。
 でも僕が調べ抜いた上で選んだパーツでもある。
 通常の操作では人工筋には仕様上の最大電圧までしか電気を通せず、安全圏内の電圧で出せる筋力は仕様値に制限される。
 リミッターを外してやれば仕様値以上の筋力を得られるけど、仕様値を超えたさらに上のポテンシャルがどれほどあるかは、パーツによって異なる。
 僕は使われている素材や人工筋の構造を確認して、できるだけポテンシャルの高いものを選んでアリシアに取り付けていた。
 残像を引いたリーリエが、一瞬にしてガーベラに接敵する。
 一度疾風迅雷を見ている近藤はその動きを読んでいたんだろう、ガーベラが前蹴りを繰り出す一瞬――。
『電光石火!』
 疾風迅雷よりも短いコンマ数秒の時間、さらに大きな電圧をかける。
 第五世代パーツへの更新によって、もうスマートギアの高速カメラを通しても見ることができないほどの動きで、前蹴りを避けたリーリエはガーベラの後ろに回り込んでいた。
『疾風怒濤!!』
 ガーベラが振り向くわずかな間に構えを取ったリーリエに、僕はアリシアの全身のリミッターを解除する。
 たぶん人間では制御することは不可能だろう。
 リーリエだけが制御可能なほどの動きで、左右の拳と両脚が次々と繰り出される。
 避けることさえできず、ガーベラはリーリエの攻撃を絶え間なく受ける。
 胸の、肩の、腰の、両腕のハードアーマーにヒビが入り、ワインレッドの装甲が砕けて純白のソフトアーマーが露わになっていく。
『決めろ、リーリエ!』
『うん!』
 おそらく人工筋にも、フレームにもダメージが来ているだろうガーベラの両腕を掴み、リーリエは高く右脚を振り上げる。
『一刀ーーっ、両断んーーーー!!』
 掴んだ両腕を作用点にして振り下ろされた右脚が、ガーベラの左肩に命中する。
 リミッターを解除された人工筋の力を余すことなく使ったかかと落としは、ガーベラの左肩のフレームを砕き、人工筋を引きちぎり、ソフトアーマーをも引き裂いて、左肩を切り落としていた。
「くっ」
 悔しそうにゆがめた口で近藤が「カーム」と唱え、元にサイズに戻したガーベラに走り寄る。
 この期に及んで諦めの悪い近藤の逃走は、首筋に向けられたヒルデの剣によって止まった。
「観念しろ、近藤。お前の負けだ」
 近づいていった僕は、近藤の手からガーベラを奪い取り、スマートギアを引きはがす。
 その下から現れたのは、泣き顔だった。
「く、くーーっ」
 本当に悔しそうな声を上げながら、涙をぽろぽろと地面に落とす近藤は、負けを悟ったように両膝を地に着いた。
「お疲れさま」
 そう言って近づいてきた夏姫に振り向き、僕も「お疲れ」と言って笑いかける。
 胸に手を当てて小さく息を吐いた後、夏姫もまた微笑んだ。
 長かったようで短かった、最初のエリキシルバトルによる騒動は、いまやっと終わりを告げた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

クロラ

方正
SF
何十年、何百年経っても人々は争う事を辞める事は出来なかった。 戦う事が人間の歴史を作っていた。 そして、国家と企業は対立した。古い体制は一度は終結したが、実状は何も変わることはなかった。 それでも時代は進む、今度は資源を巡り争う。結局は時代は繰り返した。 一度は世界はまとまった、地球環境の再生と地球外への移住を目的にまとまったが長くは続くことはなかった。 世界はそれでも、争う事を望んだ。 それでも進歩はあった、戦争は集団で戦う事から個人の戦闘能力に重点を置く戦いに変わった。 戦う事でしか生きる方法を知らないユリとリュウは故郷の東京コロニーを再建するために戦い続ける。 戦闘能力という悪魔のような力で、故郷を元に戻すという事を望み、世界を灰してしまう。 信じる神もいない世界で、彼らは生きる事を選んだ。

創星のエクソダス

白銀一騎
SF
 宇宙の秩序を守るために造られたジーク=アプリコットは妹のルーシー=アプリコットと共に宇宙最強の戦闘集団アル=シオンに所属していた。ある日一人の幼い少女の命を救うため美少女型人工知能のパルタを連れて少女と一緒にアル=シオンから逃亡した。逃亡先での生活に慣れようとした矢先に突然宇宙海賊団に襲われたジークは圧倒的な力で宇宙海賊団を殲滅したが、海賊船にはある星の皇女様が囚われていた。  皇女様の頼みで異世界惑星に来たジーク達は、そこで自分たちを殺そうとしたアル=シオンが暗躍していることを知り、アル=シオンをぶっ潰すために行動を起こすのであった。 タイトルと物語の内容が合っていないのでタイトルを変更しました。 【第一章 完結しました】 ※異世界物語が好きな方は14話から読んで頂ければと思います。 ※この作品は「アルファポリス」「カクヨム」にも掲載しています。

求めていた俺 sequel

メズタッキン
SF
「求めていた俺」の続編。戦いは正念場へと突入する・・・ 桐生は意識を失い病室のベットに横たわっていた。皇楼祭最後の戦いにて、『冥王』の『システムディスターバー』を辛くも攻略することが出来たが、桐生が受けた身体的、精神的ダメージ、疲労は極めて深かった。そして一ヶ月の入院生活を終えたある夜、桐生は謎の黒服の男に追われているクラスメイトの馬場コウスケを自宅に匿うことに。 ・・・この行動が後に桐生の全てを踏みにじった男、祠堂流星との思いがけぬ邂逅を引き起こしてしまう。

どうぞ二人の愛を貫いてください。悪役令嬢の私は一抜けしますね。

kana
恋愛
私の目の前でブルブルと震えている、愛らく庇護欲をそそる令嬢の名前を呼んだ瞬間、頭の中でパチパチと火花が散ったかと思えば、突然前世の記憶が流れ込んできた。 前世で読んだ小説の登場人物に転生しちゃっていることに気付いたメイジェーン。 やばい!やばい!やばい! 確かに私の婚約者である王太子と親しすぎる男爵令嬢に物申したところで問題にはならないだろう。 だが!小説の中で悪役令嬢である私はここのままで行くと断罪されてしまう。 前世の記憶を思い出したことで冷静になると、私の努力も認めない、見向きもしない、笑顔も見せない、そして不貞を犯す⋯⋯そんな婚約者なら要らないよね! うんうん! 要らない!要らない! さっさと婚約解消して2人を応援するよ! だから私に遠慮なく愛を貫いてくださいね。 ※気を付けているのですが誤字脱字が多いです。長い目で見守ってください。

求めていた俺

メズタッキン
SF
聖川東学園に通う自称「平凡な少年」桐生はクラスメイトの敷島悠斗、白石茜、栗山マナトと共につまらない日常を送っていた。そんなある日、学内トイレにて翠色のコートを羽織った謎の男に出会う。一ノ瀬佑太郎と名乗る男はどういう意図からか桐生に 『他人に触れるとその一切の動きを封じる能力』を与える。桐生はこの能力を駆使して、学園界隈で多発している学生襲撃事件の真相の解明及び事件解決に乗り出すことになる。こうして少年桐生の戦いの伝説は始まったのだ。

裏銀河のレティシア

SHINJIRO_G
SF
銀河系の地球と反対側。田舎の惑星に暮らす美少女(自称)は徘徊、グルメ、学校、仕事に忙しく生活しています。

コスモス・リバイブ・オンライン

hirahara
SF
 ロボットを操縦し、世界を旅しよう! そんなキャッチフレーズで半年前に発売したフルダイブ型VRMMO【コスモス・リバイブ・オンライン】 主人公、柊木燕は念願だったVRマシーンを手に入れて始める。 あと作中の技術は空想なので矛盾していてもこの世界ではそうなんだと納得してください。 twitchにて作業配信をしています。サボり監視員を募集中 ディスコードサーバー作りました。近況ボードに招待コード貼っておきます

特殊装甲隊 ダグフェロン『廃帝と永遠の世紀末』 遼州の闇

橋本 直
SF
出会ってはいけない、『世界』が、出会ってしまった これは悲しい『出会い』の物語 必殺技はあるが徹底的な『胃弱』系駄目ロボットパイロットの新社会人生活(体育会系・縦社会)が始まる! ミリタリー・ガンマニアにはたまらない『コアな兵器ネタ』満載! 登場人物 気弱で胃弱で大柄左利きの主人公 愛銃:グロックG44 見た目と年齢が一致しない『ずるい大人の代表』の隊長 愛銃:VZ52 『偉大なる中佐殿』と呼ばれるかっこかわいい『体育会系無敵幼女』 愛銃:PSMピストル 明らかに主人公を『支配』しようとする邪悪な『女王様』な女サイボーグ 愛銃:スプリングフィールドXDM40 『パチンコ依存症』な美しい小隊長 愛銃:アストラM903【モーゼルM712のスペイン製コピー】 でかい糸目の『女芸人』の艦長 愛銃:H&K P7M13 『伝説の馬鹿なヤンキー』の整備班長 愛する武器:釘バット 理系脳の多趣味で気弱な若者が、どう考えても罠としか思えない課程を経てパイロットをさせられた。 そんな彼の配属されたのは司法局と呼ばれる武装警察風味の「特殊な部隊」だった そこで『作業員』や『営業マン』としての『体育会系』のしごきに耐える主人公 そこで与えられたのは専用人型兵器『アサルト・モジュール』だったがその『役割』を聞いて主人公は社会への怨嗟の声を上げる 05式乙型 それは回収補給能力に特化した『戦闘での活躍が不可能な』機体だったのだ そこで、犯罪者一歩手前の『体育会系縦社会人間達』と生活して、彼らを理解することで若者は成長していく。 そして彼はある事件をきっかけに強力な力に目覚めた。 それはあってはならない強すぎる力だった その力の発動が宇宙のすべての人々を巻き込む戦いへと青年を導くことになる。 コアネタギャグ連発のサイキック『回収・補給』ロボットギャグアクションストーリー。

処理中です...