神水戦姫の妖精譚

小峰史乃

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第一部 第五章 ガーベラ

第一部 天空色(スカイブルー)の想い 第五章 4

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       * 4 *

「夏姫は下がっていてくれ。これは僕の戦いだ」
「う、うん……。でももし、あいつがまた近づいてきたり、克樹が負けちゃったりしたら、あたしも戦うよ」
「それは僕が止められるようなことじゃない」
 夏姫がヒルデを自分の側まで下がらせたのを確認して、僕は呼びかける。
「リーリエ!」
『ん……。おにぃちゃん? だ、大丈夫なの?』
 アリシアとのリンクを回復させたリーリエが、僕の胸元を見て言う。
『何があったのか、把握できてるか?』
『うぅん。リンクできなくなった後のことは、ぜんぜんわからない。もしかしたらスフィアに動作記録残ってるかも知れないけど』
『わかった。それは後回しにしよう。いまは、あいつとの決着をつける』
『うん!』
 リーリエにコントロールされて立ち上がったアリシアが僕の前に立つ。
 大きく距離を取った近藤もまた、ガーベラを側に立たせた。
「いくぞ」
 そう言った近藤が、ガーベラを前進させる。
 フェアリーリングのほぼ中央で、向かい合った二体のエリキシルドール。
 先に仕掛けてきたのは、ガーベラだった。
 素直で、でも鋭い右の正拳突きを、リーリエはどうにか左腕で流す。
 すぐさま繰り出された左の拳もまた、リーリエはかろうじていなしていた。
 ネットで見つけることができた近藤の戦いは、まさに空手家のそれだった。
 細かく動かせるとは言え、完全に空手に準じた動きを行わせることができるソーサラーなんて滅多にいない。
 腕を動かすだけじゃない。攻撃ときの体重移動、姿勢、それらを次につなげていく連続した動作。
 それを完璧にフルコントロールする近藤は、確かに全国レベルのソーサラーと言って間違いなかった。
 対してリーリエも近藤と同じ格闘タイプ。
 格闘技を習ったことがない百合乃はかなり適当な戦法ではあったけど、リーリエは違う。
 リーリエにはいくつかの格闘戦に関する情報が組み込んであった。
 ほぼ互角かと思われる拳と脚の応酬は、でもリーリエの方に若干の不利が見られた。
 それはたぶん、ドールの性能差だ。
 近藤はどこで仕入れてきたのかわからないが、ガーベラにかなり高い筋力の人工筋を組み込んでいるらしかった。
 重い一撃一撃によって、アリシアのハードアーマーが悲鳴を上げているのが、離れているここからでもわかった。
 アライズしているときはどうなってるのかわからないけど、ピクシードールのハードアーマーはかなり強靱なものであるにしろ、主にプラスチックだ。
 格闘戦型のドールは機敏な動きが必要となるために、ハードアーマーはそんなに分厚いものにしていない。その分受け流すことによってダメージをゼロにすることができる。
 でも同じ格闘タイプのドール同士の戦いとなると、筋力差が徐々に影響してくる。
 ヒルデの真剣対策のために金属製にした両腕の手甲はしばらく保つだろうけど、その他の部分のハードアーマーは、ガーベラの攻撃をまともに何度か受ければ砕かれかねない。
『リーリエ!』
 回し蹴りに続いて繰り出された回転回し蹴りを避けて、リーリエが大きく飛び退く。
『解析の結果は?』
『うん。だいたいわかったよ。使ってるパーツと性能はこんな感じ。コントロールソフトはたぶん、バトルクリエイターのバージョン二か三。あとアドオンソフトがいくつかあるみたい』
 リーリエがスマートギアの視界に表示してくれた内容を確認して、僕は思わず口元に笑みを浮かべてしまう。
 フルコントロール用アプリのバトルクリエイターの最新バージョンは五。
 第四世代初期のバージョンである二や三では、アップデートを施しても第五世代ドールには完全には対応しない。そのことによりほんのわずかだけどもドールの可動範囲に制限が生まれているし、リーリエが解析してくれた結果からもそれは明らかだ。
『決着をつける。全力全開だっ』
『うん!』
 構えを新たにしたリーリエが、様子を見ていたらしいガーベラに向かって突進を開始した。
『疾風迅雷!』
 イメージスピークで叫ぶのと同時に、僕はアリシアの脚に取り付けた人工筋のリミッターを解除して、仕様上の想定を超える電圧をかける。
 僕がアリシアに選んでいるパーツは、フレームこそ強度と剛性を重視した高級なものだけど、人工筋は手頃で一般的なモデルだ。
 でも僕が調べ抜いた上で選んだパーツでもある。
 通常の操作では人工筋には仕様上の最大電圧までしか電気を通せず、安全圏内の電圧で出せる筋力は仕様値に制限される。
 リミッターを外してやれば仕様値以上の筋力を得られるけど、仕様値を超えたさらに上のポテンシャルがどれほどあるかは、パーツによって異なる。
 僕は使われている素材や人工筋の構造を確認して、できるだけポテンシャルの高いものを選んでアリシアに取り付けていた。
 残像を引いたリーリエが、一瞬にしてガーベラに接敵する。
 一度疾風迅雷を見ている近藤はその動きを読んでいたんだろう、ガーベラが前蹴りを繰り出す一瞬――。
『電光石火!』
 疾風迅雷よりも短いコンマ数秒の時間、さらに大きな電圧をかける。
 第五世代パーツへの更新によって、もうスマートギアの高速カメラを通しても見ることができないほどの動きで、前蹴りを避けたリーリエはガーベラの後ろに回り込んでいた。
『疾風怒濤!!』
 ガーベラが振り向くわずかな間に構えを取ったリーリエに、僕はアリシアの全身のリミッターを解除する。
 たぶん人間では制御することは不可能だろう。
 リーリエだけが制御可能なほどの動きで、左右の拳と両脚が次々と繰り出される。
 避けることさえできず、ガーベラはリーリエの攻撃を絶え間なく受ける。
 胸の、肩の、腰の、両腕のハードアーマーにヒビが入り、ワインレッドの装甲が砕けて純白のソフトアーマーが露わになっていく。
『決めろ、リーリエ!』
『うん!』
 おそらく人工筋にも、フレームにもダメージが来ているだろうガーベラの両腕を掴み、リーリエは高く右脚を振り上げる。
『一刀ーーっ、両断んーーーー!!』
 掴んだ両腕を作用点にして振り下ろされた右脚が、ガーベラの左肩に命中する。
 リミッターを解除された人工筋の力を余すことなく使ったかかと落としは、ガーベラの左肩のフレームを砕き、人工筋を引きちぎり、ソフトアーマーをも引き裂いて、左肩を切り落としていた。
「くっ」
 悔しそうにゆがめた口で近藤が「カーム」と唱え、元にサイズに戻したガーベラに走り寄る。
 この期に及んで諦めの悪い近藤の逃走は、首筋に向けられたヒルデの剣によって止まった。
「観念しろ、近藤。お前の負けだ」
 近づいていった僕は、近藤の手からガーベラを奪い取り、スマートギアを引きはがす。
 その下から現れたのは、泣き顔だった。
「く、くーーっ」
 本当に悔しそうな声を上げながら、涙をぽろぽろと地面に落とす近藤は、負けを悟ったように両膝を地に着いた。
「お疲れさま」
 そう言って近づいてきた夏姫に振り向き、僕も「お疲れ」と言って笑いかける。
 胸に手を当てて小さく息を吐いた後、夏姫もまた微笑んだ。
 長かったようで短かった、最初のエリキシルバトルによる騒動は、いまやっと終わりを告げた。
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