神水戦姫の妖精譚

小峰史乃

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第一部 第四章 モルガーナ

第一部 天空色(スカイブルー)の想い 第四章 6

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       * 6 *

 何度か背中を見失いながらも、夏姫は通り魔を追いかけ続けていた。
「この辺りにいるはずだけど……」
 執拗に追いかけてくる夏姫を撒くためか、通り魔は木の多い公園へと入っていった。
 完全に日が落ちて、照明がちらほらあるだけの公園は木や茂みで見通しが悪い。
 それでも距離だけはエリキシルバトルアプリのレーダーでわかっていたから、接近されればすぐにわかる。
「出て来なさい! いるのはわかってるんだから!」
 動きのなくなった距離表示に、夏姫は広場になっているところの真ん中に立って声を張り上げる。
 ――わかってるのよ!
 急速に数字を減らす表示に、後ろからだと予測して通り魔のタックルを避けた。
 通り魔から距離を取りつつ、夏姫は言い放つ。
「貴方のやってることは克樹を襲ったとき以外は無駄だったの! エリキシルスフィアを見つける方法を知らなかった貴方は、無駄に人を傷つけてただけなのよ!!」
 フードの下でどんな表情をしているかはわからなかったが、通り魔は落胆しているらしく顔をうつむかせているようだった。
「だから、アタシと戦いなさい! アタシもエリキシルソーサラーなんだから! アタシは、明美にあんなことをしたあなたを、絶対に許さない!!」
 ショルダーバッグからヒルデを取り出して起動し、地面に立たせる。
 戦いに応じる気になったのだろう。通り魔もまた黄色いレインアーマーを被せた自分のドールをスポーツバッグから取り出していた。
「フェアリーリング!」
 夏姫の声に応じて、ふたりの間に現れた光が広場一杯に広がり、戦場を生み出した。
 ――絶対、あなたを倒す!
 決意を新たにしながら、夏姫は自分の願いを込めて唱える。
「アライズ!」
 同時に巨大化した二体のエリキシルドールは、互いに構えを取った。
 ――いくよ、ヒルデ。
 短い時間だったが、PCWに訪れてパーツを教えてもらいながらパーツを組み付けた後、明美の買い物に行く間を使って、店主にもらった慣らし用のアプリで人工筋の慣らしはしていた。
 少し自分でも新しいパーツによって変化したフィーリングも確かめていた。
 相当強いと克樹に話は聞いていたが、完調となったヒルデで、負ける気はしなかった。
 ――でも克樹、早く来てね。
 もし通り魔を倒せたとしても、その後夏姫は自分がどうしていいのか、考えていなかった。そのことは克樹に任せようと思って考えるのをやめて、目の前の敵に集中する。
 じっと見据えた、ビニール製のレインアーマーを被った黄色いドール。
 構えを取ったまま、あちらから仕掛けてくる様子はない。
 ――なら、こちらから仕掛ける。
 これまで主に使っていたネガティブな基本戦闘パターンをポジティブに切り替えて、夏姫は条件に合わせたいくつかの戦闘動作を次々とセミコントロールアプリに指示していく。
 フェンシングに近い半身の構えで、右手に持った剣を敵に近づけていくようにヒルデは滑るような動作で接近していく。
 それに合わせて黄色いドールは、右手を挙げて手首に左手を添えた。
「克樹から聞いてるよ!」
 二メートル半まで近づいたところでヒルデの左手が、腰の辺りで微かに閃いた。
 その動きが見えていたらしい敵ソーサラーは、構えを解いてヒルデの投げた三本のナイフをすべてはじき飛ばしていた。
 左腕の人工筋がエラーを出していて使うことができなかったときはダメだったが、いまはその不具合もない。ヒルデの全力を持って戦うことができた。
「ヒルデは遠近両方で戦闘ができるんだから!」
 本来のピクシードール戦ではほとんどダメージになることがなく、牽制程度にしか使えない投擲武器ではあったが、アライズしているいまならばダメージを与えることができる。
 アライズしてもあまり素材の強度がないらしい敵ドールのレインアーマーは、ナイフを弾くときにわずかに裂け目ができていた。
「行きなさい! ヒルデ」
 間髪を入れずに夏姫はヒルデに新たな指示を出す。
 跳ぶような速度で接近を果たしたヒルデが剣を振るう。
 ――行ける! もう火炎放射の構えを取らせる暇は与えない。
 きわどい動きでかわし続ける敵にクリーンヒットさせることはできないものの、かすめていく剣先はレインアーマーを切り裂いていく。
 ――本当、克樹に戦闘タイプを聞いておいてよかった。
 素早い避け方からして、敵は近接射撃タイプでないのは明らかだった。
 おそらくドールの視点でコントロールしてるだろうソーサラーの目も良い。
 大きく踏み込んでの斜め下からの切り上げも、そこから繰り出す上方からの突きさえもレインアーマーをかすめる程度で避けられてしまう。
 ――でも、このまま押し続けていけばいい。
 リーリエと戦ったときもそうだったが、エリキシルバトルでは武器を持っているか否かは通常のピクシーバトルと違い、大きな差となる。火炎放射器を封じ、このまま絶え間なく攻撃を続けるなら、いつかは身体に命中させられる。
 そう、夏姫は考えていた。
 敵の次の動きを読みながらコマンドを打ち込み続けているとき、夏姫は先ほどまでいた場所に、コートのソーサラーがいないことに気がついた。
「どこに――」
 ヒルデから目を話さないようにしつつ探そうとしたときには、目の前に影が現れていた。
 鳩尾辺りに重くて強い衝撃があった。
 殴られたのだとわかったときには、身体の力が抜けていって、もうどうすることもできなくなっていた。
 ――ゴメン、克樹。あたし、負けちゃった……。
 力が入らなくなった膝が地面につくよりも先に、夏姫の視界は真っ暗になっていった。
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