神水戦姫の妖精譚

小峰史乃

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第一部 第三章 リーリエとエイナ

第一部 天空色(スカイブルー)の想い 第三章 1

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第三章 リーリエとエイナ

       * 1 *

「アタシたちで通り魔を捕まえよう」
 元々そういう性格なのか、昼休みに入ってすぐ僕の教室にやってきた夏姫は、屋上の人目のつかないところまで引っ張ってきたかと思うと、そう言った。
 相変わらずスカートの丈は短いし、黒のストッキングは僕の好みに合わせてくれてるんだろうか、と思うけど、たぶんそんなことではなく、普通に寒さ対策だろう。
 だったらスカート丈を標準のにすればいいのに、などと階段室の影で吹きっさらしではないものの、放射冷却でかなり寒さを感じる屋上で僕はこっそり息を吐いていた。
「やだ。面倒臭い」
「……あんたねぇ」
 僕の答えに呆れたように、夏姫はつり上げていた目尻を落とした。
「わかってるの? 克樹がエリキシルソーサラーだってのはもうあっちはわかっちゃってるんだから、近いうちに絶対もう一回襲いに来るよ」
「僕は学校と用事があるとき以外はあんまり家の外に出ないし、家のセキュリティはリーリエもいるからかなり堅い。アリシアを持たずに早めに家に帰るようにすれば問題ないさ」
「自分が襲われたっていうのに、何とも思わないの?」
 声を抑えつつも激高していた夏姫は、僕の言葉に呆れきったため息を漏らした。
 戦ってみてわかったことだけど、通り魔は相当強かった。
 火炎放射器もさることながら、リーリエの攻撃を防いだあの近接戦能力はかなりの脅威だ。
 少なくともアリシアの第五世代パーツが揃いきった上で、ベンチテストを終えてからでないと再戦なんてしたくなかったし、別に僕が直接襲われるのでなければ、もう一度戦いたいと思える相手でもなかった。
 ――それに、あいつにはあいつの戦う理由があるんだろう。
 どんなものかはわからないが、バトルに参加しているってことは、通り魔は何か願いを持っているということ。火の粉を被らない限りはその願いを邪魔する気にはなれなかった。
「アタシは許せないっ。願いを叶えるためって言っても、関係ない人まで襲うなんて!」
「たぶん僕と同じでレーダーの使い方を知らないんだろう」
「だとしても、せめてピクシーバトルを仕掛けるとか何か別の方法がありそうじゃない」
「エリキシルバトルのことは秘密ってことになってるんだ。レーダーの使い方を知らないんじゃ、手当たり次第にドールを奪ってみるしかないだろう」
「克樹はどっちの味方よ!」
 威嚇するように並びのいい白い歯を見せつけながら夏姫は僕を睨みつけてくるが、取り合うつもりはない。
「いいよ、もうっ。アタシはアタシで、通り魔のこと探すから!」
 強い口調で言って僕に背を向ける夏姫。
「無理するなよ。相手が男で後ろから襲われたらどうにもならないこと、わかってるだろ?」
 ひくりっ、と肩を震わせ、振り返った夏姫は汚いものでも見るみたいな目を向けてきた。
「もちろんわかってる! だから気をつけるよっ。……でも、あいつもエリキシルソーサラーなら、戦って勝って、スフィアを手に入れれば、ママの復活に一歩近づけるもん」
「やるならせめてヒルデの修理が終わってからにしろよ。修理と調整の仕方はPCWの親父に聞けば教えてくれるはずだから」
「克樹は何にもしてくれないんだね!」
 怒ったようにそっぽを向いて、夏姫は行ってしまった。
『いいの?』
 それまで黙っていたリーリエが、イヤホンマイクから声をかけてくる。
「いいも悪いも、仕方ないだろう。夏姫も通り魔も、自分の願いを叶えるために自分ができることをしてるんだ。僕が水を差すようなことじゃない」
『ん……。でも、おにぃちゃんにも、願いはあるんでしょう?』
 エイナによって遮断されていたから、リーリエには僕の願いは知られてないだろうし、話してもいない。願いを叶えるならばリーリエの力を借りるしかないけど、それがどんな内容であるかを話そうとは思っていなかった。
「それよりもお願いしてた情報は出てきたか?」
『ぜんっぜん見つからないっ。情報足りなすぎるよー』
 ショージさんに聞いた魔女の居所。
 SR社にいるのはわかったけど、それだけじゃ会いに行こうにも情報が足りなすぎる。
 リーリエには僕が知る限りの魔女の外見やモルガーナという名前なんかを伝えて、SR社の社員が写っていたりする画像や名簿を探してもらっていたけど、見つけた写真をマッチングするにしても捜索対象の写真一枚ない状況では、有効な情報を得るのは難しいだろうと思っていた。
 ――夏姫も通り魔も魔女に、モルガーナに踊らされてるだけなんだ。
 エリクサーをエサに、それ以上のものを得ようとしてるだろう魔女、モルガーナ。
 僕はあいつによって二度と踊らされたいとは思わなかった。
 ――僕がエリキシルバトルを仕掛けるとしたら、自分で踊ることを決めたときだけだ。
 白い息を吐き出しながら、僕は左手を強く握りしめていた。
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