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第三章 入道グモとワニと禄朗
第三章 1 入道グモ
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* 1 *
少し早めに起きたから、今日は登校までまだ時間があった。
「ねぇお母さん。禄朗のこと、憶えてる?」
「禄朗?」
出勤してもういないお父さんの分の食器を洗ってたお母さんが、キッチンからやってくる。
「うん。佐々木禄朗」
「お隣の佐々木さん? 誰でしたでしょうね。お爺さんは禄蔵さんでしたよね。あそこのお父さんは誠司さんですし……。親戚の方か誰かでしたか?」
不思議そうな顔をしてるお母さんが嘘を吐いてる様子はない。お母さんは嘘を隠せないタイプの人だから、たぶん本当に憶えてないんだと思う。
「……なんでもない」
ちょっと泣きそうな気持ちになりながら、朝食を食べ終えたあたしは席を立つ。
「行ってきます」
「はい。行ってらっしゃい。気をつけてね」
禄朗のことを訊かれたことすら憶えてないみたいなお母さんの声に送られて、あたしは家を出た。
家を出て遠くに霞む山を見てみると、その上に入道グモが出ていた。
まだ本格的な時期じゃないからあんまり大きくないけど、連なる山の上を悠然と、八本の脚をあくびが出るほどの速度で動かして移動していく真っ白な入道グモは、春がもうそんなに遠くなく終わることを教えてくれていた。
いつもと何も変わらない道を通って学校に着いて、教室に入るとクラスの何人かがあたしに目を向けてきた。
「お、おはよう」
挨拶の返事を聞きながら自分の席に座ると、早速やってきたのは沙倉とマリエちゃん。
「なぁ、昨日メールで来てた禄朗って、誰だ?」
「うん。それと曽我フィオナさんだったっけ? 別のクラスの子?」
昨日、夜のうちに学校の友達の何人かに禄朗のこと、それから曽我さんのことを知ってるか訊いてみていた。
いくつか返ってきたメールは、全員知らないというもの。
返事がなかった沙倉とマリエちゃんも、その顔から見ても知ってる様子はなかった。
「うぅん。何でもないの。ゴメンね」
できるだけの笑顔でそう言うけど、ふたりはあたしのことを心配そうな目で見つめてきていた。
――もしかしたら、曽我さんは憶えてたのかも知れない。
あたしのことを睨みつけてきていた彼女。
彼女とあたしの間に、もしくは彼女と禄朗の間に、何かがあった記憶はとくにない。でも接点自体がほとんどない彼女と何かあったのだとしたら、いまはいない禄朗のことしか思いつかない。
禄朗と曽我さんは、一年のときは同じクラスだったから。
――でもその曽我さんも、いまはいない。
教室の机の数は二九。
禄朗と、曽我さんの机は、相変わらず消えてしまったままだった。
「ちょっとゴメンね」
「もうすぐ先生くるぞー?」
「うん、わかってる」
そろそろ司馬遷が来る時間だと思って、沙倉の注意を聞きつつあたしは席を立つ。
ちょうど教室に向かってきていた司馬遷を見つけて、あたしは声をかけた。
「あの、先生。佐々木禄朗って、わかります?」
「がう?」
頭頂部の薄さが昨日よりもさらに進んだように思えるたてがみを揺らして、二本脚で立ってスーツを着込んだ司馬遷ライオンは首を傾げる。
「うちのクラスの、佐々木禄朗です」
さらに首を傾げた司馬遷ライオンが、黒い表紙の出席簿を開いて見せてくれる。
あいうえお順に並んだ名前の中に、佐々木禄朗という名前はなかった。
もちろん、曽我フィオナの名前も。
「ぐるる」
朝のホームルーム開始の鐘が鳴って、司馬遷ライオンが教室に促すようにうなり声を上げる。
――やっぱり、禄朗がいない。
そのことに泣きそうになりながら、あたしは促されるまま教室に入った。
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