ヒロインさん観察日記

蒼碧翠

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 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「ふふっ、ごめんなさいね?ソフィリアさん。
 貴女を笑った訳ではなくてよ?
 あまりにも不甲斐ない殿方たちのご様子に、笑いが込み上げてしまいましたの」

 そう言うとアルーセリアは、ヒューグレイムやアルフレッドに視線を流した。

「アルフレッド、わたくしは先程『2年経ってもわからなければ』と申しましたが、聖獣様はそこまで待てなかったようですわよ?」

 アルフレッドに視線を定めると、その瞳に悪戯っぽい輝きを浮かべ楽しそうに、暗に次の行動の決定を聞いてくる。

『あ、ヤバい。これはダメなやつだ』

 アルーセリアの性格を知る者たちは、一様にそう思った。
 ここで対応を間違えると、アルーセリアの中では『無能者』に分類されてしまうのである。
 誰にでも起こりうる事だが、一度下がってしまった評価と言うのは、挽回するのが『とても』どころではなく大変なのだ。

 アルフレッドは無言の圧力を受け、知らずに喉を鳴らして唾を飲んでいた。
 もちろんアルフレッドも、アルーセリアの性格を知っている為、どう答えるのが最適解なのか、ここ最近では一番の高速フル回転で脳を働かせる。
 背中にイヤな汗が流れているのを感じながら、慎重に口を開いた。

「あと1週間、いえ3日時間をください。
 完全、とは言えないでしょうが、せめて本当に聖獣であるかどうかくらいは確認を終わらせます」

 アルーセリアは目を細めてアルフレッドを見ると、にぃっと口唇くちびるを弧に描くと一言。

「ふぅ~ん?」

 もちろん最高ではないが、とりあえずぎりぎり合格はもらえたようであった。
 アルフレッドが密かに安堵の息をついていると、ソフィリアから声がかかった。

「もう、お話終わったのかしら?
 だったら、先程からアリセがスッゴく心配そうに見てるから、座らせて頂いてもいいかしら?
 それに、いつもならお茶をいただいてる時間を過ぎてるから、少しお腹も空いているんですの。
 妊娠してから、一度にあまり量を食べられないせいなのか、悪阻が少しマシになってきたからなのかわからないけど、最近、お腹が空くようになってきちゃって・・・
 こんな、はしたない事言って、ごめんなさいね」

 アルフレッドが周囲に目を向けると、アリセともう1人今日のお付きの侍女が、かなりイライラとハラハラが合わさったような顔をしてソフィリアを見ており、ソフィリアも少し疲れた顔になってきていたので、「気が利かなくてごめんね」と謝りつつソフィリアを椅子までエスコートし、座らせた。
 懐中時計に目をやると、確かにお茶の時間としてはもうかなり遅い時間になっていたので、お茶と軽食を頼もうとすると、ソフィリアとの話を聞いていたらしいカムズがすでにお茶の手配をしてくれていた。
 ソフィリアが着席するのを待っていたかのように、「僕もお母さまと一緒にお茶をいただきたいです」と言いながら、隣にアルフォンソも着席する。
 それを見ていたヒューグレイムとアルーセリアも同じようにテーブルに寄ってきた。
 するとアルフォンソはうれしそうに

「おじいさまとおばあさまも、ご一緒してくださるのですか?」

 と、問われ、二人は少し苦笑を浮かべながらも了承し、着席する。

「一緒にお茶をいただくのはいいけど、アルフォンソ、貴方はピーターを抱いたままですわよ?」

 アルーセリアにそう言われたアルフォンソは、自分がピーターを抱っこしたままでいる事に気付いた。そして、ふと、どうしようかと思った。
 無意識で抱っこしたままではあったのだが、少しだけピーターと一緒にお茶をしたい気もあった。
 でも、片手でピーターを抱っこしたまま、お茶を飲むのはたぶんお行儀的には悪いのであろう事は、なんとなくわかる。
 それにお茶を飲む為に、ピーターを片手で抱っこし続けるのは、自分にはかなり大変な事なのもわかっている。
 でも、こんな機会はこれからそう何回もあるとは思えない。
 だから、ここはやっぱり一緒にいたいけど、抱っこしたままは無理だし、だからと言ってピーターをテーブルに乗せてしまったら、たぶんダメなんだろうなとも思う。
 なのでどうしようかと、悩んでいた。

 アルフォンソが悩んでいるのを、周りの大人たちはもちろんわかっていた。
 アルフォンソは感情がまだ顔に素直に現れるので、日々社交で鍛えられている大人たちがアルフォンソの想いを読むのは、とても容易であった。
 自分たちにもこんな素直な時期があったのだと、懐かしく思い、そしてそんなアルフォンソを微笑ましく見守っていたのである。

 なかなか自分の行動が決められないアルフォンソに、キリエが見かねて声をかけようとするのを、アルーセリアに視線で止められる。
 仕方なくそのままでいると、一生懸命考えていたらしいアルフォンソは、意を決した顔をアルーセリアに向けた。

「おばあさま」

「何かしら?」

「僕、ピーターともいっしょにお茶をいただきたいのです。
 でも、僕だとピーターをだっこしたまま、お茶をのむことはできません。
 それに、ピーターをだっこしたままなのは、お行儀もよくないことなんですよね?
 もちろん、ピーターをテーブルに上げてしまうのも。
 でも、僕はおばあさまもおじいさまもお母さまも、もちろんお父さまも、ピーターといっしょにお茶をしていただきたいのです。
 だから、どうしたらいいのか、おしえてください」

 アルフォンソがアルーセリアに訊ねた事で、キリエは内心『うわ~、ド直球で聞いちゃったよぉ~』と焦っていた。
 が、他の面々は多少の驚きはあったようだが、アルーセリアも含め、好意的にとらえたようであった。
 もちろんこれは、アルフォンソがまだ5歳であり、色々経験が足りていない事が明白で、自分自身では解決出来ない事を素直に認める事が出来たのと、それに対する助言を自ら求める事が出来た事によるものであった。

「そうね、ピーターを抱っこしたままでは、お行儀が悪いわね。もちろん、テーブルに上げるのもね。
 でも、アルフォンソはピーターと一緒がいいのよね?」

 アルーセリアは微笑みを浮かべながら、幼い孫が自分で一生懸命に考えた事について、肯定と確認をしていく。
 一緒がいい、と頷くアルフォンソを見てから、アルーセリアはソフィリアに目を向ける。
 ソフィリアは「大丈夫です」と頷き返す。
 ソフィリアが頷いた事でアルーセリアは自分の侍女を呼んだ。
 が、アルーセリアのこういった行動に慣れている侍女は、アルーセリアがする事を告げる前に行動を開始していたのだった。




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