【完結】違い、埋まらなくとも。

佐藤朝槻

文字の大きさ
上 下
5 / 7
過去編

僕がトモと名乗った日 前編

しおりを挟む
 
摺木するき先輩のパフォーマンス、楽しみだよね」
「今年が最後なんて信じられないよね」

 廊下で前からやってきた女子らが、会話で弾みながら通り過ぎていった。僕も踵を返し、体育館へ向かう。

 摺木先輩とは、この高校で有名な男子生徒だ。
 僕が知っているのは、彼の苗字が「摺木」であること、「先輩」なので高校三年生であることだけだ。
 下の名前は知らないが、他のことはもう少し風の噂で耳にしている。

 まず成績はつねに学年トップであり、この学校の模範的生徒だと言われていること。それだけなら勤勉野郎とバカにされて終わっただろう。

 摺木先輩は文化祭をきっかけに有名になった。
 ダンス部に所属する彼は、一年生のとき選抜メンバーでないため端で踊るだけの、地味な生徒の一人に過ぎなかったようだ。

 にもかかわらず髪を染め、衣装をアレンジして踊ったのだという。それは普段模範的生徒と噂される彼がはじめてみせた一面だった。女子の間でかっこいいと話題になったらしい。

 僕が初めて見たときも、先輩は輝いていた。すでに選抜メンバーとなっていた頃で、センターではなかったものの目立っていた。その年は金に染めていた。

 しかし今年の文化祭は違った。
 体育館内に入ると、先輩はたった一人で舞台上に立ち、全身真っ白な衣装が青い髪を際立たせ、海のようにきらめいていた。

「今年は選抜メンバーじゃないの?」という声が、客席をざわつかせる。

 例年、体育館のライブ会場はダンス部がトップバッターを務める。文化祭の盛り上がりを左右する大事な役目を負っているため、ダンスコンテストに出場経験がある選抜メンバーでパフォーマンスを魅せてきた。

 それが、今年は先輩たった一人のパフォーマンスから始まる。
 ダンス部もずいぶんと彼に信頼を置いているようだ。

 音楽が、始まる。

 客席から動物みたいな奇声があがった。
 何言ってるかさっぱりわからない外国語の歌と、見たことのないダンスを呆然と眺める。

 空気を切るかのごとく乱れる髪、華麗な脚捌きからの蹴り上げられる足。重力すら感じさせない身のこなし。
 彼が動くたびに客席から悲鳴のような叫び声があがった。ステージ下の客席は徐々に蒸せるような熱気を帯びていく。暑さと騒々しさに目が眩んだ。

 最後だからって盛り上がりすぎだろう。
 騒々しい体育館から出ていこうかと考えたときだった。

 先輩は突如、膝から崩れ落ち、膝立ちの姿勢になった。その姿勢になると肩で息をしているのがよくみえた。
 音楽は止まらない。パフォーマンスは続いているようだ。
 オーラのある人間はどんな姿も絵になるんだなぁ。

「頑張れ!」

 のんきに感心していると、客席から声が飛ばされた。それに続き、めいめいに声援を送っている。

 状況が呑み込めない僕は一度首を傾げたあと、身を乗り出すように舞台のほうを見つめる。
 先輩はすぐに立ち上がり、踊りは再開された。そこから終わりまであっという間だった。会場は拍手と喝采に包まれ、彼は笑いながら他の部員と交代して退場していった。

 どうも腑に落ちない。
 なぜ誰も彼も先輩に笑顔を向けるんだろう? 立ち上がってから終わるまで、彼は鬼気迫る表情で踊っていた。僕なら気まずくて話しかけられない。





 文化祭の翌週、先輩のパフォーマンスが好評だったが、すぐに別の噂に上塗りされた。
 というのも、もうじき高校三年生の推薦枠に入る生徒が明らかになるからだ。達先輩が推薦枠を希望したのかどうか、まだ明らかになっていなかった。

 たかが一人の進路選択になぜここまで盛り上がるのか。けして有名人だからだけではない。
 つまりはこういうことだ。
「推薦は逃げ」「これだからできる人間は妬ましい」「全国模試順位四桁が推薦枠を横取りするな」などなど。彼をからかいたいやつらの仕業なのだ。自称進学校の空しい末路である。

 先輩の受験については、僕の所属する漫画研究部でも話題になる。

「摺木先輩と同学年じゃなくてよかったよね」
「なんで?」
「推薦枠を狙うだけでも大変なのに、他のことで悩みたくないじゃん」
「推薦枠とってダンスを本格的に始めるんじゃないかって噂もあるよな」
「え、怪我してるなんて噂なかった?」
「そうだっけ? 詳しくは知らないからなんとも。てか即売会の話始めたいんだけど……。あいつ今日もサボり?」

 扉の前で翻り、僕は逃げるように部室から離れた。こういう、先輩の話題が上がる日はいつも部室に顔を出す気が失せる。

 文武両道な摺木先輩。
 対して平均以下の成績とイラストが描けない漫画研究部部員の僕。
 なんてきれいな対比。哀れだ。
 こういう日は早く家に帰らないと気分が悪くなって嫌なのだ。

 でも、と立ち止まった。

 漫画にも完璧キャラは腐るほどいる。そういうキャラはたいてい苦労人が多い。
 苦労人は苦労しないために努力する。努力しているから秀才になる。秀才になるから周りから信頼と嫉妬を受ける。

 僕は何も長けていないが、深刻な悩みもない。それはそれで嫌じゃない。むしろ、日々苦悩しながら生きるほうがつらい。
 ……この生き方も悪くないか。

 そう自分を慰めると、冬に近づく秋空の下、自転車置き場に向かう。

 自転車置き場近くにあるプール施設に人影が見えた。
 この学校のプール施設は飾り同然の扱いで、水泳部も名前だけ存在するが部員はゼロ。ここに来るのは自転車で登下校している生徒くらいだ。

 まだ部活が終わってないので、普通、この時間に人影はない。僕はグランドの土から駐輪場のコンクリートを踏みいったとたんクラスの人たちが話していたことを思い出す。

 あるじゃないか、恋愛絡みでここを利用する生徒が!
 にやりと唇の端を上げる。

 歯が浮くような雰囲気を台無しにするのもおもしろそうだ。いっそ創作ネタにでもしてやろう。
 僕は堂々と自転車置き場に入り、プール施設のほうに目を向ける。

 男子が女子に詰め寄ったあと、壁に手をついて女子を完全に包囲していた。女子は屋外プールのコンクリート壁を背に見上げている。男子が女子を覆い隠すように距離を縮めた。

 あの距離感はキスしたに違いない。
 慌てて身を屈めて無数の自転車に隠れる。辺りを見回し、僕と彼ら以外には誰もいないことを確認する。

 安堵の溜息が出た。
 はじめは女子が男子の手を掴み拒む態度を示したが、女子も抵抗することをやめたせいか、二度目はより密接に触れ合っていた。

「これ以上はまずいかも」
「……だね。悪い」

 我に返った男子が女子の手を引いて歩きだす。
 その男子が摺木先輩だとわかると、僕は開いた口が塞がらなくなった。

 いつ噂が広まってしまうかわからないのに、有名人のやることはなんとも大胆だ。校則にも過度な男女交際は認められてない。吊り橋効果というやつだろうか。先輩が停学処分受けたら校内がどれくらい騒ぎになってしまうとか、そういうことは考えないんだろうか。

「……なんでそんなこと、僕が気にするんだよ!」

 自分の自転車を軽く蹴り飛ばすと、骨にじんじんと響いた。痛い痛いと言うたび先ほどの光景が脳裏にちらついてさらに苛立つ。

 最悪だ。惨めな気持ちを抱えたことさえも踏みにじられた気分がする。
 創作ネタに使ってやるもんか。人気に拍車がかかるだけだ。教員にばらして処分を受けても同じこと。

 翌週、瞬く間に先輩が推薦受験をしないことが校内に広まった。そのとき僕は、彼女と同じ大学を目指すことにしたんだと理解した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ディスコミュニケーション

テキイチ
ライト文芸
あんないい子を好きにならない人間なんていない。そんなことはわかっているけど、私はあの子が嫌い。 ※小説家になろうでも公開しています。 ※表紙の素敵な絵はコンノ様(@hasunorenkon)にお願いしました。

Forever Friends

てるる
ライト文芸
大学の弓道部のOB会で久々に再会するナカヨシ男女。 彼らの間の友情とは!? オトナのキュン( *´艸`) てゆーか、成長がない^^; こともないか(笑)

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

となりのソータロー

daisysacky
ライト文芸
ある日、転校生が宗太郎のクラスにやって来る。 彼は、子供の頃に遊びに行っていた、お化け屋敷で見かけた… という噂を聞く。 そこは、ある事件のあった廃屋だった~

マキノのカフェで、ヒトヤスミ ~Café Le Repos~

Repos
ライト文芸
田舎の古民家を改装し、カフェを開いたマキノの奮闘記。 やさしい旦那様と綴る幸せな結婚生活。 試行錯誤しながら少しずつ充実していくお店。 カフェスタッフ達の喜怒哀楽の出来事。 自分自身も迷ったり戸惑ったりいろんなことがあるけれど、 ごはんをおいしく食べることが幸せの原点だとマキノは信じています。 お店の名前は 『Cafe Le Repos』 “Repos”るぽ とは フランス語で『ひとやすみ』という意味。 ここに訪れた人が、ホッと一息ついて、小さな元気の芽が出るように。 それがマキノの願いなのです。 - - - - - - - - - - - - このお話は、『Café Le Repos ~マキノのカフェ開業奮闘記~』の続きのお話です。 <なろうに投稿したものを、こちらでリライトしています。>

「世界で1番短い物語」一瞬のあの切なさを閉じ込めて

麻美拓海
ライト文芸
a good story for good life 起承転結で綴る4コマ漫画的な物語 例えば人生のこんな一場面

独身寮のふるさとごはん まかないさんの美味しい献立

水縞しま
ライト文芸
旧題:独身寮のまかないさん ~おいしい故郷の味こしらえます~ 第7回ライト文芸大賞【料理・グルメ賞】作品です。 ◇◇◇◇ 飛騨高山に本社を置く株式会社ワカミヤの独身寮『杉野館』。まかない担当として働く有村千影(ありむらちかげ)は、決まった予算の中で献立を考え、食材を調達し、調理してと日々奮闘していた。そんなある日、社員のひとりが失恋して落ち込んでしまう。食欲もないらしい。千影は彼の出身地、富山の郷土料理「ほたるいかの酢味噌和え」をこしらえて励まそうとする。 仕事に追われる社員には、熱々がおいしい「味噌煮込みうどん(愛知)」。 退職しようか思い悩む社員には、じんわりと出汁が沁みる「聖護院かぶと鯛の煮物(京都)」。 他にも飛騨高山の「赤かぶ漬け」「みだらしだんご」、大阪の「モダン焼き」など、故郷の味が盛りだくさん。 おいしい故郷の味に励まされたり、癒されたり、背中を押されたりするお話です。 

君は妾の子だから、次男がちょうどいい

月山 歩
恋愛
侯爵家のマリアは婚約中だが、彼は王都に住み、彼女は片田舎で遠いため会ったことはなかった。でもある時、マリアは妾の子であると知られる。そんな娘は大事な子息とは結婚させられないと、病気療養中の次男との婚約に一方的に変えさせられる。そして次の日には、迎えの馬車がやって来た。

処理中です...