七色のエスポワール

ほたる

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8話 寄り添い

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先に来たのは警察だった。
警察はドアを開け、家の中に侵入してきた。

「んだよ!!離せ!!」

「なんであたしもなのよ!!」

二人は警察に連行されたのか、辺りが静かになった。

「大丈夫か?警察だ!」

警察が扉を叩く。震えて出てこられない愛に訴える。

「両親はパトカーで連行した。
もう大丈夫だ」

愛は怖くて扉を開けられない。パニック状態だった。暫く泣いて震えていると、またとんとんと扉を叩かれた。

「遠坂くん、出ておいで。
大丈夫。
誰もいないよ」

「市瀬さん⋯」

愛が扉を開くと、そのまま抱き締められた。

「怖かったね。
もう大丈夫。
よく頑張ったね」

愛はしゃくりあげながら、市瀬に抱き締められていた。市瀬は愛が落ち着くまで愛を抱き締め、背中をさすってくれた。

「寒いよね。
洋服取ってこようか」

「やだ⋯離れないで⋯」

愛は市瀬にしがみついて離れない。

「⋯うん、離れないよ」

市瀬は愛を抱き抱えて、愛の自室から洋服を回収した。

「怖い⋯」

市瀬の腕の中で、愛はそう零した。

「誰もいないよ。
大丈夫」

市瀬は愛を落ち着かせ、回収した服を着せてくれた。

「こんなに痣だらけになって⋯」

市瀬は愛の身体を見て、顔を歪めた。愛の体には新しい傷だけでなく、古い傷跡も残っている。おまけに、満足に食事も摂れていなかったから、骨と皮だけの身体は痩せこけていた。

「痛かったね。
辛かったね。
もう大丈夫だよ」

愛は人生で一番泣いた。市瀬の服が汚れることも気にせず、わんわん泣いた。


漸く落ち着きを取り戻した頃、愛は警察署へ出向いて、事情聴取を受けた。市瀬も同行し、ずっと傍で手を繋いでいてくれた。愛は日常的に暴力があったことを伝えた。愛が正直にありのまま話すのを隣で聞いていた市瀬は、時折そのあまりの惨さに顔を強ばらせた。

「⋯市瀬さん、助けてくれてありがとうございます」

帰り道。市瀬の車に乗り込みながら、掠れた声で愛は言った。

「⋯遠坂くんが無事でよかった」

「⋯また⋯迷惑かけちゃいましたね」

「迷惑なんかじゃないよ。
でも、本気で焦った⋯。
こんな思い、もう二度としたくないな⋯」

「すみません⋯」

「遠坂くん、俺と一緒に暮らそう?」

「⋯え⋯」

「俺、

遠坂くんが好きなんだ」


愛は目を見開いた。予想だにしなかった言葉に、思わず市瀬を見上げる。

「⋯付き合って欲しいし、ずっと一緒にいて欲しい。
俺が一生かけて遠坂くんを守るから、遠坂くんは、俺の傍にいて欲しい」

「⋯僕なんかでいいんですか。
僕、生きてる価値もないのに」

「そんなこと言わないで。
遠坂くんは生きる価値がない人間なんかじゃ決してない。
君がいるから俺は生きていられるんだ。
愛と一緒にいるといつも楽しいし、心が安らいで落ち着くよ。
愛じゃないとだめなんだ」

愛は涙が溢れた。こんな自分をこんな風に想ってくれる人がいたなんて。

「ごめんなさい。
僕、誰かに守って貰えるような存在じゃないのに。
今までだって、誰にも必要とされなかったのに」

「愛は俺に必要なんだ。
だから、俺のことも頼って。
お願いだよ」

愛は市瀬の言葉に、こくりと小さく首を縦に振った。

「ありがとう。
愛が生きていてくれるだけで嬉しい。
俺の傍で生きてくれたらもっと嬉しいんだけどな」

愛は胸の奥がぎゅっと締め付けられるように苦しくなった。市瀬とならきっと幸せになれる。

愛はずっと認めることを拒んでいた自分の気持ちを正直に認めて、真っ直ぐに伝えようと思った。


「市瀬さん⋯僕も⋯市瀬さんのことが好きです。

市瀬さんといると、安心します。

怖い思いも、寂しい気持ちも、市瀬さんといると、忘れられる」

「⋯愛」

「一緒にいても、いいですか」

「もちろん」

「これからも⋯よろしくお願いします」

「こちらこそ、よろしくね」

愛は市瀬に抱きついた。市瀬は優しく愛の頭を撫でてくれた。

二人は暫く抱き合っていた。
愛と市瀬は恋人同士になった。
愛は市瀬の家で暮らすことになった。

市瀬の家に着くと、相変わらず大きな家で圧倒されてしまった。これから、一緒に幸せになろうねと市瀬に言われて、愛は嬉しくてたまらなくなった。
市瀬の家は中まで広く、綺麗で、愛は落ち着かない。それでもソファーの上で市瀬と手を繋いでくっついているだけで、幸せでいっぱいになった。

「嬉しい。
愛のことずっと好きだったんだよ」

「そうだったんですか!?」

「初めて会った時、なんてかわいい子なんだろうと思って」

「ひ、一目惚れってことですか?」

「うん。そうかも」

愛は照れ臭くて笑ってしまった。市瀬も照れて少しだけ頬を赤らめていた。

「あー、可愛いなぁもう! 
食べちゃいたいな」

「ふぇ? た、食べるんですか!?」

「冗談だよ」

市瀬は愛の体を引き寄せると、抱きしめてきた。

「キスしてもいいかな」

「は、はい」

愛は目を閉じた。

すると唇に柔らかいものが触れた。
凄く凄く幸せだった。
好きな人とするキスってこんなに幸せなんだ。愛は感極まって思わず涙を零した。

「愛?
もしかして嫌だった!?」

「ちが⋯っ、幸せでどうしていいか分からなくなって⋯」

愛は必死に涙を拭ったが、後から後から出てきてしまう。市瀬は困った顔をしていたけれど、優しい笑顔を浮かべて愛の涙を指先で掬った。

「これからもっと幸せになるんだから、少しずつ慣れていこうね」

愛は真っ赤な顔で、こくりと小さく頷いた。
市瀬は愛のあまりの可愛さにノックアウトされていた。────可愛いな。お嫁さんにしたい。いやもうお嫁さんか。

「めーぐ⋯俺のこと、下の名前で呼んで欲しいな」

「⋯は、恥ずかしいです⋯」

「めぐは恥ずかしがり屋さんでかわいいね」

さっきから市瀬は砂を吐くような甘い言葉ばかりかけてくる。

「⋯優希さん?」

「え⋯」

「優希さん、好き」

愛は市瀬の首に腕を回して抱きつくと、耳元で囁いてみた。こうすれば真っ赤な顔も見られずに済むから。市瀬は驚いた表情をしていたが、すぐに満面の笑みになって愛の頭を撫でた。

「もう、何でそんなにかわいいの。
俺も愛が好き。
大好き」

二人の間に穏やかな空気が流れる。市瀬が愛のことを好きだと言ってくれたことが本当に嬉しい。こんな日が来るなんて夢みたいだ。愛は生まれて初めて、生きていて良かったと思えた。

愛は市瀬の胸に顔を埋めた。市瀬は愛を抱き寄せ、愛の肩に顔を埋めるようにして、幸せそうに目を細めた。

「ずっと大切にするよ」
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