七色のエスポワール

ほたる

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7話 叫び

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市瀬と食事デートを終え、帰宅した愛が家の扉を開けると、母親の声が聞こえてきた。

「えー、マジ~?」

「お母さん、ただいま」

「あんたさ、男いんの?」

母親がじろりと愛を見て言った。

「⋯え」

「この前のあいつだよ」

馬場が続ける。馬場はやはり市瀬を良く思っていないらしかった。

「⋯あ⋯いや⋯市瀬さんはただの⋯」

「自分だけ幸せになろうって?」

母親が言った。

「⋯何の話、ですか?」

「自分だけ男と幸せになろうとしてんのかって言ってんだよ!!!」

突然怒り狂う母親に、愛は吃驚した。男と幸せになろうとしているのは、母親も同じである。

「お、お母さん?」

母親はイライラしていた。母親は夜の仕事をしている。仕事で嫌なことでもあったのだろう。

「さっき外に止まってた車からお前が出てきたから。
お前、自分だけデートしてたのか?」

最悪だ。馬場に見られていたのである。しかも、きっと馬場はパチンコで大負けでもしたのだろう。馬場の怒りも最高潮だった。

「違います!
市瀬さんは相談に乗ってくれて⋯」

「相談?
まさか俺のこと話してないだろうな?」

「は、話してないです!
バイトの話とかですよ」

「どうせセックスしてきたんだろ」

「あんたもあいつみたいになるの?
やめてよ!!」

母親が泣き叫ぶ。最早地獄絵図だった。

「何でお父さんが出てくるの⋯」

母親は浮気して出ていった父親を心の底から憎んでいた。そして、汚らわしいと思っていた。愛が父親のように恋人を作るだけで、母親は許せないのだ。

「お前、俺らのこと見下してるんだろ」

「そんなことないです!」

「愛、お前、教育が必要なようだな⋯」

「⋯ひ、教育⋯?」

「罰だ。
おい、こいつを押さえつけろ」

母親は愛を床に押さえつけた。硬い床の冷たい温度が身体に伝わってくる。

「⋯や、やめて、お母さん!」

「今殺してやるからな⋯」

馬場の手が愛の首にかかる。
殺される!
愛は慌てて身をよじって抵抗する。

しかし、馬場の力が強く逃れられない。苦しくて涙が出る。

「死ね!! 死んで詫びろ!!」

愛は馬場の手を掴み必死に抵抗する。だが、馬場の力は強く振りほどけない。だんだん意識が遠のいていく。死ぬのか?たかが市瀬と食事をしてきただけで?それがそんなに悪いことなのか?市瀬と食事をした光景が蘇る。誰かと言葉を交わすことは、愛にとって当たり前じゃなかった。ずっと一人ぼっちで生きてきたのだ。そんな愛を、市瀬は見つけてくれた。見つけて、花に水をやるように優しく温かく接してくれたのだ。作業でしか無かった食事という行為があんなに楽しかったのは、人生で初めてだ。

愛は初めて、『理不尽だ』と思った。こんなことで死にたくなんかなかった。

『困ったことがあったら、俺にすぐ教えて』

『本当になんでも言って欲しい』

市瀬の言葉。

「たす⋯けて⋯」

言うのが遅かった。こんなことになる前に、愛は助けを求めるべきだった。愛は諦めたように笑った。じぶんのせいだ。

「流石にやりすぎなんじゃない?
たぁくん⋯殺したらあたしたちが捕まるじゃん⋯」

「お前はこいつを許すのか?
不快なんだよ。
暗くて何考えてるのか分からなくて愚図で、なんの取り柄もないやつ!
見ててうんざりする!!」

他人から見たら、馬場にこそ取り柄は何一つなかった。傲慢な馬場は、そこに気がついてない。愚か者だった。もしかすると、一種の同族嫌悪なのかもしれない。

「来い!
鍛え直してやる」

愛は自室に連れていかれた。

「脱げ」

愛は黙って服を脱いで全裸になった。愛の体には、馬場が付けた無数の痣や傷が広がっている。

「ふん、汚ぇ体だな」

馬場は吐き捨てるように言った。

「犯してやる」

「え⋯」

愛の顔に絶望の文字が宿る。暴力には慣れていたが、流石に強姦なんて。

「嫌だ⋯嫌だ⋯」

「口答えするな!」

「嫌だ!

何で⋯?

何で僕がこんな目に遭わなきゃいけないんだ⋯!!」

愛は泣きながら、スマホを掴んだ。すると目の前から拳が飛んでくる。

「ふざけんな!
何するつもりだ!!」

痛みと恐怖で震えながらも、愛は近くにあったリモコンを馬場に投げつけた。

そして馬場が怯んでいる間に、急いで自室を飛び出し、トイレへ駆け込んだ。鍵を閉め、持ち込んだスマホで電話をかける。

「遠坂くん?」

市瀬の声だ。愛は市瀬に助けを求めていた。

「⋯市瀬さん⋯助けてください⋯」

馬場はトイレの向こうで、ドンドンとドアを叩いている。

「開けろ!!」

「嫌だ⋯死にたくない⋯」

「どうしたの?

何があったの!?」

「⋯出たら、殺される⋯強姦される⋯」

「⋯待ってて。
警察を呼ぶから、絶対に開けないで」

市瀬が警察に電話をかけている声が聞こえる。市瀬はこんな時でも冷静に状況を伝えていた。電話を終えた市瀬に愛は弱音を零した。

「⋯市瀬さん⋯怖いです」

「大丈夫。
必ず助けに行く。
絶対ドアを開けちゃ駄目だよ」

「⋯はい」

「愛!!
ふざけんじゃねぇぞ!!!」

愛は耳を塞いで蹲って、市瀬と警察の到着を待った。馬場はその間も何度も扉を叩いたり蹴ったりした。もう扉は今にも壊れそうだった。市瀬は電話を繋いだままでいてくれた。

「市瀬さん⋯市瀬さん⋯」

「必ず助けるから」

愛は車でこちらへ向かっているらしい。車であれば十分もかからずに到着するだろう。

でも、愛にとって人生で一番長い十分間だった。
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