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2話 再会
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愛は翌日もアルバイトに勤しんでいた。人付き合いが苦手な愛だが、喫茶店のアルバイトは続けられている。内気な愛はアルバイトの面接もろくに受からなかったが、ここの店主は、愛を採用してくれた。この喫茶店は穴場で、客も多すぎない。落ち着いた雰囲気で、豆には拘っている居心地のよい店だった。店主と奥さんの二人で経営しているが、二人とも良くしてくれる。愛にとって数少ない、大切な場所だった。愛がカップを磨いていると、お客さんが入店してくるのがわかった。
「いらっしゃいませ!」
顔を上げると、そこには見覚えのある顔があった。
「あ……」
「あれ、君は昨日の」
昨日の青年がにこにこと笑っている。
「……え、あ……はい。
昨日はすみませんでした」
「もう、昨日から思ってるけど、どうして謝るの?
君は悪くないでしょ?」
悪くないと言ってくれるが、こう何回もチンピラに絡まれることが続くと、もう絡まれる方もある程度悪いのではないかと思えてくる。情けないシケたツラをしているから、ああいう連中に絡まれるのではないか。逆にこの青年はあまり絡まれないだろう。絡まれるのはきっと、綺麗な女性たちにだ。
「……はい。
あ、お席ご案内します」
このにこにこした青年は何を考えているのか分からない。いい人なのは分かるが、愛はこういう人間とあまり関わったことがないからどうしたらいいか分からなかった。愛が関わる相手は、大抵愛に興味が無く無視をしてくるか、悪意を持っているかの2択である。根暗で鈍臭い愛に対してこんなににこにこ愛想を振りまいて、気遣いをしてくる人間なんてこの人くらいである。青年はコーヒーを注文した。かしこまりましたと言う時に噛んで恥をかいた。青年はかわいいねと笑っていた。ミスを責めたり、バカにしたりしないのはここの店主くらいしか知らなかったから驚いた。
「お待たせ致しました。
ブラックコーヒーでございます」
「ありがとう」
愛がカウンターへ戻ると、店主は笑みを浮かべていた。
「愛くんのお知り合いの方なのかい?
随分男前な方じゃないか」
「……昨日変質者に絡まれていたところを助けて貰って」
「そうなのかい。
それは親切な方だね」
「愛くん、そろそろ上がりだろう?
お話してきたらどうだい?」
「……い、いえ!
だ、大丈夫です!」
丁度彼はコーヒーを飲み終えて店を出ていくところだった。
「美味しかったです。
ご馳走様でした」
「あ、あの」
店主に後押しされ声をかける。が、この先の言葉なんて、考えていない。
「……っ、また、いらしてください」
「うん、また来ます」
ほっと胸を撫で下ろす。もう二度と来るわけないだろうと言われたらどうしようかと思った。いや、中々そんなことを面と向かって言う人はいないのだが、それほどまでに緊張したのだ。
良かったと思って店を出るが、青年も同じ方向らしく、2人揃って歩き出してしまった。き、気まずい。そう思っていると、青年はにこにここちらを見て、
「遠坂くんもこっちなの?」
と聞いた。
「え?なんで……」
「ああ、名前?
ネームプレート見たから」
普通に考えればわかることなのに、愛はつい声に出していた。愛は恥ずかしくて顔が赤くなる。
「……お、お兄さんは……」
名前、なんておっしゃるんですか。恥ずかしくて声まで出ない。
「俺は市瀬。市瀬優希」
「……市瀬さん」
市瀬はふっと笑って言った。
「まさか遠坂くんと再会できるなんて思ってなかった。
嘘、本当は会える気がしたんだよね。
世の中狭いからねー」
「……そう、ですね」
二人で同じ方向へ歩く。いつも一人で歩いている時は、車道を車が走り抜けていくのを見ながら、こちらへ突っ込んでこないかなと思案を巡らす。いつ死んでもよかった。自分なんて、存在価値のない人間で、早く死んだ方がいい。事故で死ねば、同情されて花もたむけられる。だけど、車が今突っ込んで来られたら、市瀬も巻き添いだから困る。
「いやー、いいお店を見つけられてよかったな。
たまたま通り掛かってよかった」
「……気に入って頂けてよかったです」
「俺コーヒーはよく飲むんだけど、今まで飲んだ中で1番美味しかったよ」
「あ、ありがとうございます。
その、僕コーヒーのブレンドとかもしてて、店長が色んなお店の豆を買ってきて、それに合わせて作ったりもするんですよ」
自分の入れたコーヒーを褒められて調子に乗って喋りすぎてしまった。市瀬はそんな愛に引くことも無く、やはりにこにこと笑いながら言った。
「へぇ~、すごいね!
コクがあって美味しかったなぁ」
それから暫く無言の時間が続いた。何か会話をしなければと思うものの、話題がない。
「あ、そうだ。
遠坂くん、携帯持ってる?」
「はい、一応」
「連絡先交換しない?
なんかあった時のためにさ」
市瀬が自分の連絡先を欲しがる理由ってなんだろうか。昨日のように金を集られている所を助けようとしてくれているのかもしれない。
「え、あ、はい」
「ありがとう。
ナンパみたいでごめんね。
でもまた昨日みたいなことになったら大変だから」
やはりそういうことだった。二人はポケットの中からスマホを取り出して、画面を操作する。この人と仲良くなる必要など無いはずなのに、何故かこの人の連絡先を手に入れて喜んでいる自分がいる。きっと、この人の連絡先が欲しくてたまらない女性たちが沢山いるのだろうな。
「よし、完了。
じゃあまたね、遠坂くん」
いつの間にか、市瀬の家の前まで来ていたらしい。愛は大きなタワーマンションを前に絶句した。こんなところに住んでいるのか⋯。
「あっ、あの! 市瀬、さん」
呼び止めてしまってからハッとする。
「ん? どうしたの?」
「ぼ、僕のこと、覚えててくれたのって、どうしてですか?」
そんな事を聞かれても困るかもしれないが、昨日助けた人の顔をそう簡単に覚えているものだろうか。愛は自分の顔を平凡な顔だと認識している。陰気を纏った外見だから目立つのかもしれないとは思うが、これでもバイトの時は明るく努めている。覚えてもらう要素なんてあるだろうか。
「うーん、なんでだろうねぇ。
一目惚れだったからかな?」
「ひ、ひとっ!?」
思わず声が裏返ってしまった。そんな愛の反応を楽しむように市瀬は笑う。
「冗談だよ。
ごめんね、びっくりした?
でも、遠坂くんかわいいから、あながち嘘って訳でもないけど……」
「かわいくないです!」
かわいいなんて、生まれて初めて言われてしまった。嬉しいような、恥ずかしいような、何とも言えない気持ちになる。
「ふふ、そんなにかわいいのに、自覚ないんだね。
またね」
そう言って手を振ると、市瀬はエントランスへと消えていった。
「いらっしゃいませ!」
顔を上げると、そこには見覚えのある顔があった。
「あ……」
「あれ、君は昨日の」
昨日の青年がにこにこと笑っている。
「……え、あ……はい。
昨日はすみませんでした」
「もう、昨日から思ってるけど、どうして謝るの?
君は悪くないでしょ?」
悪くないと言ってくれるが、こう何回もチンピラに絡まれることが続くと、もう絡まれる方もある程度悪いのではないかと思えてくる。情けないシケたツラをしているから、ああいう連中に絡まれるのではないか。逆にこの青年はあまり絡まれないだろう。絡まれるのはきっと、綺麗な女性たちにだ。
「……はい。
あ、お席ご案内します」
このにこにこした青年は何を考えているのか分からない。いい人なのは分かるが、愛はこういう人間とあまり関わったことがないからどうしたらいいか分からなかった。愛が関わる相手は、大抵愛に興味が無く無視をしてくるか、悪意を持っているかの2択である。根暗で鈍臭い愛に対してこんなににこにこ愛想を振りまいて、気遣いをしてくる人間なんてこの人くらいである。青年はコーヒーを注文した。かしこまりましたと言う時に噛んで恥をかいた。青年はかわいいねと笑っていた。ミスを責めたり、バカにしたりしないのはここの店主くらいしか知らなかったから驚いた。
「お待たせ致しました。
ブラックコーヒーでございます」
「ありがとう」
愛がカウンターへ戻ると、店主は笑みを浮かべていた。
「愛くんのお知り合いの方なのかい?
随分男前な方じゃないか」
「……昨日変質者に絡まれていたところを助けて貰って」
「そうなのかい。
それは親切な方だね」
「愛くん、そろそろ上がりだろう?
お話してきたらどうだい?」
「……い、いえ!
だ、大丈夫です!」
丁度彼はコーヒーを飲み終えて店を出ていくところだった。
「美味しかったです。
ご馳走様でした」
「あ、あの」
店主に後押しされ声をかける。が、この先の言葉なんて、考えていない。
「……っ、また、いらしてください」
「うん、また来ます」
ほっと胸を撫で下ろす。もう二度と来るわけないだろうと言われたらどうしようかと思った。いや、中々そんなことを面と向かって言う人はいないのだが、それほどまでに緊張したのだ。
良かったと思って店を出るが、青年も同じ方向らしく、2人揃って歩き出してしまった。き、気まずい。そう思っていると、青年はにこにここちらを見て、
「遠坂くんもこっちなの?」
と聞いた。
「え?なんで……」
「ああ、名前?
ネームプレート見たから」
普通に考えればわかることなのに、愛はつい声に出していた。愛は恥ずかしくて顔が赤くなる。
「……お、お兄さんは……」
名前、なんておっしゃるんですか。恥ずかしくて声まで出ない。
「俺は市瀬。市瀬優希」
「……市瀬さん」
市瀬はふっと笑って言った。
「まさか遠坂くんと再会できるなんて思ってなかった。
嘘、本当は会える気がしたんだよね。
世の中狭いからねー」
「……そう、ですね」
二人で同じ方向へ歩く。いつも一人で歩いている時は、車道を車が走り抜けていくのを見ながら、こちらへ突っ込んでこないかなと思案を巡らす。いつ死んでもよかった。自分なんて、存在価値のない人間で、早く死んだ方がいい。事故で死ねば、同情されて花もたむけられる。だけど、車が今突っ込んで来られたら、市瀬も巻き添いだから困る。
「いやー、いいお店を見つけられてよかったな。
たまたま通り掛かってよかった」
「……気に入って頂けてよかったです」
「俺コーヒーはよく飲むんだけど、今まで飲んだ中で1番美味しかったよ」
「あ、ありがとうございます。
その、僕コーヒーのブレンドとかもしてて、店長が色んなお店の豆を買ってきて、それに合わせて作ったりもするんですよ」
自分の入れたコーヒーを褒められて調子に乗って喋りすぎてしまった。市瀬はそんな愛に引くことも無く、やはりにこにこと笑いながら言った。
「へぇ~、すごいね!
コクがあって美味しかったなぁ」
それから暫く無言の時間が続いた。何か会話をしなければと思うものの、話題がない。
「あ、そうだ。
遠坂くん、携帯持ってる?」
「はい、一応」
「連絡先交換しない?
なんかあった時のためにさ」
市瀬が自分の連絡先を欲しがる理由ってなんだろうか。昨日のように金を集られている所を助けようとしてくれているのかもしれない。
「え、あ、はい」
「ありがとう。
ナンパみたいでごめんね。
でもまた昨日みたいなことになったら大変だから」
やはりそういうことだった。二人はポケットの中からスマホを取り出して、画面を操作する。この人と仲良くなる必要など無いはずなのに、何故かこの人の連絡先を手に入れて喜んでいる自分がいる。きっと、この人の連絡先が欲しくてたまらない女性たちが沢山いるのだろうな。
「よし、完了。
じゃあまたね、遠坂くん」
いつの間にか、市瀬の家の前まで来ていたらしい。愛は大きなタワーマンションを前に絶句した。こんなところに住んでいるのか⋯。
「あっ、あの! 市瀬、さん」
呼び止めてしまってからハッとする。
「ん? どうしたの?」
「ぼ、僕のこと、覚えててくれたのって、どうしてですか?」
そんな事を聞かれても困るかもしれないが、昨日助けた人の顔をそう簡単に覚えているものだろうか。愛は自分の顔を平凡な顔だと認識している。陰気を纏った外見だから目立つのかもしれないとは思うが、これでもバイトの時は明るく努めている。覚えてもらう要素なんてあるだろうか。
「うーん、なんでだろうねぇ。
一目惚れだったからかな?」
「ひ、ひとっ!?」
思わず声が裏返ってしまった。そんな愛の反応を楽しむように市瀬は笑う。
「冗談だよ。
ごめんね、びっくりした?
でも、遠坂くんかわいいから、あながち嘘って訳でもないけど……」
「かわいくないです!」
かわいいなんて、生まれて初めて言われてしまった。嬉しいような、恥ずかしいような、何とも言えない気持ちになる。
「ふふ、そんなにかわいいのに、自覚ないんだね。
またね」
そう言って手を振ると、市瀬はエントランスへと消えていった。
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