ふわふわと、ふわり

月兎 咲花

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≪春≫五月病で春眠暁を覚えないけど、クマはハニトーを食べに行く。

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「おーい、キミト君」
 僕が花遊との待ち合わせ場所に行くとすでに彼女は待っていた。
 珍しいねなんて言葉を掛けながら迎えてくれる。
「おはよう、花遊。ごめんちょっと遅くなった」
 僕らは一緒に登校している。
 彼女の家の方が少しだけ近いので、いつもなら僕が先に来て待っているはずだった。
「花遊じゃなくて、ふわり!!別にいいよ、いつもはキミト君が待っていてくれるから」
 それにしても、私がキミト君を待つなんて珍しいよねと花遊は続けた。
「僕の通学路の先に合流地点があるからなー」
「でも、今日はいつもの時間に来てもキミト君がいなくて少しだけ不安になったよ」
 彼女はちょっとだけ視線を下げて言う。
 が、そう思って僕も彼女の方を見た。
 少し近づいたところで、いきなりガバッと顔を上げて僕の瞳を見つめるものだからびっくりした。
「キミト君に何もなくて良かった」
「心配かけてごめん。それと心配してくれてありがとう」
 笑って彼女を安心させようとした。
「と、こ、ろ、で、なんで今日は遅かったのかな?」
 心配してくれてたかと思うといきなり本題に入るとは恐るべし花遊。
「じ、じつはな・・・・・・」
 僕がもったいぶると、彼女は生唾を飲み込んだ。
「ベッドに捕食されてた」
 彼女は『捕食』というワードに食いついた。
「ベッドに食べられたの!?キミト君のベッドって生きてるってこと?」
 彼女は不思議なものでも見るような目で僕に問うた。
「実はそうなんだよ、異世界から来た魔物をベッドにしていてな・・・・・・」
 異世界・・・・・・、と花遊は呟く。
 その瞬間ハッ、と花遊の顔がなった。
「そんな訳ないでしょっ」
 彼女は朝から頬を膨らませながら怒る。
「私がまじめに心配してたのに」
 どこか花遊の背後からゴゴゴゴゴゴゴという音が聞こえている様だった。
「ごめん、って。別に異世界やら魔物やらは当然嘘だけど。『捕食』されていたのは嘘じゃないぞ」
「へぇー」
 花遊から珍しく、感情の入ってない言葉が出てきた。
「マットレスと布団の間ってなんか口っぽくね」
「んー、そうかなー。そうかもー?」
 花遊は若干はてなを浮かべながら、同意してくれる。
「つまり人間は丸のみ中のポーズで寝てるのだよ!!」
「うふふふふ、キミト君ってやっぱり面白いね。そんな風に考えたことなかったよ」
 彼女は噴き出すように笑った。
「そんな訳で、寝坊しました。ごめんなさい」
 僕は素直に謝った。
「もー、心配したんだからー」
 今度は笑いながらそう言ってくれる。
 僕は彼女のその表情を見て、安心した。
「あれ?でも家を出る前にメッセージは送ってたよな」
 その言葉に彼女は油の差してない機械のように、ギギギ、ギギギと音が聞こえるかの様に顔をこちらに向ける。
「ナニヲイッテッルカヨクワカラナイデス」
 急にカタコトで言う。
「なんで急にカタコトなん?」
 さてはコイツ見てなかったな。
「だから、来るまで返信来なかったんだな」
 そっかー、と返しているとふと花遊の口に汚れが付いてるのに気が付いた。
 僕は彼女の口元に手を伸ばして、その汚れを指で拭ってやる。
「キミト君いきなり何!?」
 ははは、と少し笑って。
「そんなに焦って来なくてもよかったんだぞ」
 指の腹でごしごしと拭ってやる。
 彼女は少し頬を赤くするが、僕が指で拭っているせいかうまく俯けないでいた。
「な、なんのことかよくわからないなぁー」
 照れ隠しなのか、棒読みなのがバレバレだ。
「よし、綺麗になった。学校で笑われなくて良かったな」
「もー、これだっていったい誰の所為だっていうんだよー」
 花遊は頬を膨らませる。
「ごめんごめん、でもそろそろ行かないと遅刻するぞ」
「それもキミト君が寝坊したせいでしょー」
 ぶーぶー、とむくれる彼女を横目に僕は学校へと歩き出した。
 そんな僕に、もー、待ってよーと言いながら隣に並ぶ。
「だってさー、春眠暁を覚えずっていうじゃん」
「わかるー、私もずっと朝は眠いもん!!」
 彼女は僕の睡眠事情に、握りこぶしを両手で作って共感してくれるが。
「花遊、お前のは熊だ」
「くまぁ?」
 目を大きくして僕の言葉に戸惑う。
「私がくまさん、なの?」
「そうそう、なんかはちみつとか食べてそうだしな」
 そういうと彼女は咄嗟に両手で口を覆った。
「え?なんで朝食べたもの分かったの?キミト君エスパー?」
「いや、急にエスパーとか言われても意味わからんぞ」
 僕の方こそはてなを浮かべながら会話のボールを返す。
「だって、朝ごはんのパンにはちみついっぱいかけて食べてきたんだもん。キミト君はそれが分かったんでしょ」
 いやいやいや、待て。僕の話はそこじゃないんだけど。
 そう思ったけど。
「なんか、花遊ぽい好きそうなものなのに急いで食べてきてくれたんだな」
「あうぅ、ち、違うもん。焦ってたからってはちみつ掛け過ぎてお母さんに怒られたりとかしてないもん」
 花遊母に怒られたのか・・・・・・。
 やっぱり熊やん。
「じゃ、なくてだな。花遊のは冬眠だろって言いたかったんだよ」
 僕は少し呆れながら答えてやる。
「むぅ、私そんなに蓄えてないもん!!見てよこの素晴らしきボディーを」
 ふふんと、鼻を鳴らしながらつつましやかな胸を張る。
 僕は目を逸らして、えらいえらいと流すと。
「キミトくぅーん、いま思っていることを、正直に言っていいんだよー」
 と少しだけジトっとした言葉を投げられた。
 僕は目を逸らしたまま、ナンデモアリマセンヨ返した。
「いたっ」
 僕の腰辺りに小さい衝撃が走る。
 彼女の小さな拳がそこには刺さっていた。
「キミト君、私のいかりの鉄拳を食らうのです」
 ボスッボスッという音をさせる様に何度も拳で攻撃してくる。
「降参、こうさーん。参ったからもうやめてくれ」
 僕は顔の高さに両手をを上げて降参のポーズを取った。
 僕の降参のポーズを見ると、彼女はふふんと鼻を鳴らして勝ち誇る。
 そんな彼女を見ながら、声には出さずに小動物だよなぁと心の中で思った。
 彼女はくまさんかー、それはそれでありかもなんて一人で笑っていた。
「そういえばさ、春は春眠暁を覚えずなんて言うけどもうひとつあるじゃん」
 僕は違う話題を切り出した。
「もうひとつ?」
 うーん、なんだろー?と花遊はピンと来ていないようだった。
「いやぁ、ほら五月は憂鬱って言うじゃん」
 僕がここまで言ってようやく。
「5月病ね。あるあるわかる」
 なんて、彼女が返す。
「花遊でもそんなことを思うことがあるんだ、意外だな」
「そうだよ、私でも憂鬱になることがあるんだよ!!」
 花遊は聞いてよと話し始める。
「だってね、今日。キミト君遅いなぁって思ってたらハチミツこぼしちゃったんだよぉぉぉぉ」
 花遊はそういうとがっくりと肩を落とした。
 それでママにめっちゃ怒られた・・・・・・。
「ハチミツってなかなか綺麗に取れないもんなぁ」
「ハチミツこぼしたショックとママに怒られたショックで、今日学校休もうかと思ったもん」
 そうちょっと疲れたように花遊は言う。
「で、結局クマに戻るんだな」
 僕が笑うと。
「今日はくまさんの気分なのかもしれないよー」
 がおーっとまた威嚇のポーズをする。
「たまには一緒に学校サボるか?」
 花遊に思い切った提案をしてみた。
「ちなみにサボってどちらに連れて行ってくれるのかなー?」
 今度は僕が少し考えて。
「朝からハチミツとクマの話ばっかりしてるし、ハニートーストのおいしいカフェとかどうでしょうか?」
「ハニトーのおいしいお店!!実は前にテレビで見ていきたいなってお店あるんだよね」
 彼女は目を輝かせながら前のめりになる。
 「じゃぁ・・・・・・」と続けようとすると。
「でも、学校でみんなとお話したいからサボるのはダメ。私までおさぼりさんになったら誰がキミト君を学校に連れていくのよ」
「花遊は僕の保護者だったのか!?」
 わざとらしく驚くと。
「キミト君を育てるのが私のお仕事なのです、えっへん」
「じゃあ、僕はハニトー食べたいなぁ。帰りにでも行こうか?」
 僕の提案に行くーと食い気味で乗って来た。
「じゃあ、保護者様。ごちそうになります」
 彼女はその言葉にえっ、と急に勢いがなくなった。
「ほ、ほら。私、保護者だけど、友達だし、ふわりだし」
 彼女は狼狽える。
 最後のはよくわからんけど。
「冗談だよ、今日は寝坊したお詫びに僕が連れていくよ」
「ホント?ホントだよね。ちゃんと聞いたからね、約束守ってね」
 目をキラキラさせながら僕の目を見る。
「わかったわかった。ちゃんと連れて行くから」
「わーい、楽しみだなぁ。ふふふ」
 そういえば、とふと疑問に思ったことを聞いてみた。
「ハニトーってみんなでシェアするの?ひとりで一つなの?」
 ほぼパン一斤だけど、どうやって食べるものなんだろう。
「えっ、普通に一人で食べるよ」
 あの大きさを一人で食べるのか・・・・・・。
 前にテレビで見たときのサイズを思い浮かべて、花遊の体を見た。
「どこにあれが入るんだ、四次元胃袋か」
「あははは、四次元胃袋ってなにそれ。女の子は普通に食べちゃうよ」
「あれ、一人で食べるの!?」
 驚いた僕の反応に花遊はクスクスと笑っている。
「甘いものは別腹って言うでしょ、女の子はあれくらいペロリだよ」
「僕は流石に丸々一個食べるのはキツそうなんだよな」
 正直僕はテレビで見て一人で食べるにはしんどいなって思ってたのに、女子ってあれを一人で食べるのかー。
「あれ、キミト君って小食だっけ?」
「いやいや、そんなことないけど。あれはまた別のカテゴリの食べ物じゃない?」
 僕の反論に花遊は小首をかしげる。
「まぁ確かに甘いものは別腹だから?」
「そういうことじゃないけどね!?」
 もうそれでいいか、と思った。
「その花遊が行きたいって言ってるところって、近くにあるのか?」
「確かぁ、帰り道とは反対だったと思う」
「あの方にそんなお店があったんだ」
 僕の記憶ではそんな店はなかった気がしたけど。
「テレビでも言ってたけど、最近できたんだよ。女の子で放課後はいっぱいだって」
「そんなに人気なのか。順番待ちとかえぐそう」
「あはははは、女の子は並ぶ生き物だから。結構待つのは平気なのよ。キミト君は苦手?」
「んー、一人だったら並んでまでって思うけど。花遊となら平気かな」
 話をしていると、ようやく学校の正門に着いた。
「じゃあ、放課後に行こうか。忘れるなよ」
「キミト君こそ約束、忘れないでよね」
「はいはい」
 二人で教室に向かうと。
 僕より先に花遊は教室へ飛び込んでいく。
 僕の前から「おはよー」とクラスメイトに言う元気な声が聞こえてきた。
 眠いなぁと思いながら彼女の後に続いて僕も教室に入った。
 
 これは彼女との眠たげな僕の思い出。
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