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第二章

後編

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倉科は第二性とかそういうこと抜きに特待生制度を利用するためにこの学校に来た。
偶然とは恐ろしいものだ。

アルファの多いアッパークラスの奴等が多く集まる学校は関東にもいくつもあり、後は関西と東北に何か所か、つまりいくらでもあった。その中でベータの教師に薦められベータ枠でこの学校の事を全然知らない隔世遺伝の一般人のオメガが入った。そして、ソレが俺の運命だった。

「(どんな低い確率だ)」

そして、面接のときにそのことを倉科は後から知った。

この学校はアルファが多く、ソレは上流階級にアルファが多いからなのだが……。それに伴い傲慢で理性の無い奴等による性犯罪も多い。

モラルの低い権力者(アルファ)のガキ共。
そして階級の高い奴に迫られれば、低い階級の奴(ベータ)は逆らえない。理性的な同意はいらない。強い奴による搾取。それだけだ。
そして、弱い奴がソレを訴えることもできない。何故ならこの学校において階級が上とはほとんど社会的地位も上ということだからだ。
階級が上ならある程度被害に会うことは無いが逆に此処でアルファとのコネを持つを目的とするベータだっている。過去に地位の低いオメガがソレ目的で入学し、フェロモンを使ったという事件もあったが結果は悲惨なものだった。

「そのことについて、お前はどこまで知っているんだ」
「知っていますよ。全て」

一通り説明を聞いた倉科の表情は苦笑いで、安心するとともに不安になった。

「全部分かった上で此処を選んだのか?」
「そうですね。正直な話、俺にとってこの閉鎖的な学校内での素行の悪さは気になる所ではありません。こういうのもナンですが俺は特別見目が良いわけでも無い上に抑制剤がしっかりと効くタイプです。抑制剤を飲んでさえいれば危険では無いと思います。それなら周りがちょっと乱れていてもこの高校のレベルの高い教育を特待制度を利用して受けられるのと、この学校を卒業したっていうのは将来良いステータスになります」

なるほど、3年間自分の素性は隠し通すつもりなのか。デメリットを超えるメリットを享受できる自信があるらしい。
此処で誰かと関係を持つ気はない、ということか。

「3年間、友達ができても正体は明かさないつもりなのか?」
「……そうですね。抑制剤の服用に全く違和感がないので大きな問題はないかと」
「あぁ……お前、副作用とかないのか? この学校に来てから異常は?」
「まったく無いですね」
「……そりゃよかったな」

倉科の話を聞けば聞くほど、コイツが運命というのはやはり自分の勘違いの様な気がしてくる。一般的に聞く運命というヤツは抑制剤も効かないとか、見れば一瞬で分かるとか、そんな話だったハズだ。

倉科にその素振りは無い。

俺は今いったいどんな顔しているのだろう。
落胆か、安堵か。

「……先生、アルファですよね? あの、もしかして俺のフェロモン漏れてたりします?」
「いや、違う。俺が悪い」

俺の様子がおかしいことに倉科がようやく気付く。俺がもう少し理性的でない男だったらすでに事故になっているだろう。その危機感の無さにも頭痛がする。

「倉科……。正直に話すから聞け」
「はい……」

俺がそう言葉にすれば、倉科は不思議そうな顔こそすれ逃げようとはしない。フェロモンが漏れていたのかと心配する状況で、目の前のアルファに対してその鈍さは致命的だ。

「お前は、俺の運命の番だと思った」
「へ……え、はい?」
「運命の番は知ってるか? どういう仕組みかは正しいことは分からねぇが俺は自分の繁殖にベストな相手がソレだと思っている」
「はん、しょ……く?」
「そうだ。だから、俺にとってお前がベストだと本能が言っている。フェロモンがいっさい漏れてない状況で、ソレを俺は感じた。お前はそうでもねぇみたいだがな」

ふざけた話だが、出来る限り真摯に言ったつもりだ。
これがどう伝わるかは分からねぇ。フツーならこんなことを教師に言われたら逃げるだろう。

「だから、この3年間俺を一番警戒しろ。俺もこんなわけが分かんねぇ事で強姦魔にゃなりくねぇ」
「……は、い」

倉科は俺に言われた言葉を理解しきれないのかまだぽかんとしていて、何度も反芻するように視線を動かした。こうなると学級委員も変えた方がいいのかもしれない……。

しばらくして、倉科は俺の目を真っ直ぐ見ながら口を開いた。

「えっと、運命の相手の話は聞いたことがあります。その解釈は初めて聞きましたけど」

当たり前だ。これは運命なんて不確かなものを否定したい俺の持論だ。
多くのアルファもオメガも、この運命とやらを絶対的なものとしているが。

「まぁ、こういうのもナンですけれど俺はそんなに例の運命の相手っていうのを否定する気はありません。正直、自分もオメガなのでもしかしたらそんなアルファと出会えるかもしれないと夢を見たこともあります。大分前ですが」
「……」

なんだか話の雲行きがおかしい気がする。

「で、ですね? もっと単純に、こう考えるのはどうでしょうか。運命の相手ってのは単に遺伝子的に相性の良い相手であって絶対ではなく、運命の相手に出会わない人は普通に結婚するんですし……。だから、その運命の相手だからって理由で結婚するのではなく運命の相手を好きになるから結婚するのだと」

運命の相手論についてはまぁそんな考え方もありだとは思う。
しかしそこから倉科が何を言いたがっているのかが分からない。

少し顔を赤らめ、うつむいて、一拍置いてまた俺の目を見つめた。

「もし可能性があるなら。その、俺を見ててください。俺は先生のことまだ全然知りませんし、先生もこんな子どもが運命とかいやだと思います。でも、相性が良いことが初めから分かっているならそこまで悪いことにはならないと思います」



「……今まで俺はオメガとして、“雌”として求められたことはありませんでしたから正直かなり戸惑っています。けれど俺を好きになってもらえるならソレはソレでありだと思いますし、もしかしたら俺も先生を好きになれるかもしれない。そのくらいの認識でいいです。俺は特別先生を避けたりとかはしたくありません。ですから、えと……。先生も俺を避けないでください。まずはお互いに知り合うところから始めましょう」

しどろもどろになりながら言い切った倉科は耳まで真っ赤で……まぁ先月まで中学生だったんだ。この状況は突然告白されたようなものなんだろう。
そして答えが出せなくて保留にしたい、ということか。

確かに、もしかしたらという事があるかもしれない。

俺が倉科を好きになる。倉科が俺を好きになる……。相性はいいハズなのだからあるのかもしれない。
好きになったのなら本能だの運命の相手だのいう事もすべては附属品になる……という事か。そうなれば俺も倉科も悪いことにはならない。そうなれば、だが。

「……なるほど。確かに、それもそうだな」

少し、運命というものに囚われ過ぎていたのかもしれない。
しかし、男に求められたのは初めてだというのに倉科はあまり嫌悪感はなさそうだ。玉の輿目的で来たわけではなさそうだが、恋愛に忌避感もないのかもしれない。
目の前の倉科は確かに照れている様子で耳まで真っ赤だった。
その表情を少しだけ可愛いと思ってしまった時点でもしかしたら俺はこいつを気に入っているのだろう。

何よりもの問題は俺が教師でコイツが生徒という事であるが、案外、第二性が絡んでいるのであれば世間は歳の差や役職に寛容であるという事例はいくらでもあった。

・・・

それからほどなくして、俺と倉科は付き合うことになった。

倉科は想像以上にできた生徒で、リーダーシップがあり独立心は旺盛だが教師の指示や場の雰囲気には敏感で指示には的確に従った。しかし部活や私生活では好奇心もあり調べ物をしたり運動に力を入れたりしていて活発。
不思議なくらい非の打ちどころの無い学生だ。
ちなみに部活はいつの間にか俺が顧問を務めるPK・FR部に入っていた。ランニング中の3年生を見てパルクールに興味を持ったらしい。
その時点で俺は教師としてこの倉科誠という人物を評価していたが、その上で俺が個人として、男としてコイツに惹かれたのはたまに見せる嫉妬深さだった。

いったいいつの間に俺にそういった感情を持つようになったのかは分からないが、倉科がソレを口に出すことは絶対にしなかったし、表情にも出にくいが俺が他の生徒の相手をした後はくっついてくることが多いことに気付いてしまったら本当に可愛くて仕方が無くなってしまった。

そして倉科は意外と、ベタベタすることが好きだ。

頼れる学級員としてのキビキビした皮が剥がれ、少し恥ずかしげにすり寄ってくる本性が現れる。ソレがまた愛しくて、まぁつまるところギャップ萌えというやつなのだろう。

「慣れってすげーよな」
「はい?」


会ったばかりの頃は倉科を見れば妙な気分になっていたが、今はもうゼロ距離ですり寄られても全然余裕だ。ソレは倉科に魅力が感じられなくなったとかではなく、むしろ傍にいると安心感の様な温かい気持ちになる感じだ。
単に倉科を手に入れたことによって余裕ができたのかもしれない。

結局、本能には逆らえないという事なのか、情ができたのか。

ちなみに付き合うとはいっても手は出していない。
卒業するまでは手を出さないと決めたのはまぁ大人としてのケジメのつもりだ。
倉科が卒業したら即行籍を入れるつもりなのだけれど。

「どうかしましたか?」
「んにゃ、何でもねぇよ。ただ、俺もお前に慣れたなぁと思って」
「あぁ、そうですね。最初ちょっと怖かったですもん……食べられちゃうんじゃないかって、文字通りの意味で」
「文字通りって……別に取って食う気はなかったよ」
「今でもシてはいませんしね……。キスぐらいならしてもいい気もしますけれど?」
「いや、マーキングして他の奴にお前の存在に見られるのも面倒臭ぇからな。うっかりお前がオメガなんてことが他の奴にバレたらやだからいい。……それとも、シたいか?」

倉科が俺のだと主張したくないわけじゃないが、ベータのフリをしている倉科にアルファの匂いなんてつけたら面白半分でちょっかいを出されかねない。そういう馬鹿はいる。
なら少し我慢をしてでも誰にもバレずに平穏に過ごした方が安全だ。

「そりゃ、付き合ってるんですし。俺も先生のこと男だと思ってるんですからちょっとは触れてみたいとは思いますよ? でも、先生が俺に手を出さない理由を考えれば我慢できないことはありません」

やはり倉科は敏いなぁ。と、もしかしたら惚れたひいき目かもしれないが完璧な模範解答みたいな答えが可愛くて俺の鎖骨あたりに当たる髪をくしゃりと撫でた。

暫くはまだこのままでいいと思える俺は幸せだ。

そして夏が過ぎ、そんな日常は一人のオメガの編入により簡単に崩れてしまうことをこの時の俺はまだ知らなかった。



END
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