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第一章

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ホームルームも終わり三限目になると普段通りの授業が始まった。
今日は火曜で三限目は保健……。

「(テンション下がるなぁ……」

嫌いな授業じゃあ無いが好きでもない。いや、保健大好きって言われても困るだろうけど。
黒板を写しつつ窓の外を眺めると青空の下、上級生が体育をしていた。
夏休み明け早々体育とは……ご愁傷様だ。

「倉科!」

見知らぬ上級生に勝手に同情していると指名された。

「はい」
「俺の授業で余所見とは良い度胸だな」
「……すみません」

不機嫌そうに口元で笑う保健の矢沢忍先生。
忍なんて可愛い名前だが彼はれっきとした男。二人いる保健室の先生の片割れで銀縁眼鏡をかけ襟足を伸ばした髪を一つに束ね、スーツの上に白衣を着たいかにもな先生。
鬼畜かどうかは知らないがホスト俺様系。

「かったりぃのは分かるが俺に見つかったのが運の尽きだな。問3を答えろ」
「はい、“生活習慣病”です」
「チッ……正解だ」

正解なのに舌打ちすんなよ。
それに何故一言一言が芝居がかってるんだ。

「(そういうキャラか?)」

いやまぁこの学園においてはそういうキャラ付けが箔の一つにもなるし、妙なナメられ方をするよりはアリかもしれんが。
ちなみに怪我をして保健室に行くと大概もう一人の優しくて穏やかな先生が手当てをしてくれるらしい。怪我なんか滅多にしないし応急措置はとある理由から自分で出来るから俺はまだ身体測定でしか行ったことないけど。
ちなみに、俺は保健より歴史の先生のが好きだ。オバハンだけど面白い裏歴史とか語ってくれるし。何より本気で歴史が好きならしく授業が楽しい。

それに比べ保健は楽しいともつまらないとも言えない。特に何かしらの熱意があるというワケでもない授業はどうしても暗記するだけの作業になりがちだ。
そんな授業を適当に受け、何となく先生を見ると彼はどうやら藤原が気になったようだった。

「おい、お前。原田の隣」
「うぇ?」

隣から聞こえたとんちきな返事に流石にそれはないだろう、と思いつつ矢沢先生本人が気にしていないらしいので気にしないことにする。

「俺っスか?」
「あぁ、お前だ。噂の転入生」
「む……藤原雪華です。これからよろしくお願いします」
「そうか、覚えておくぜ。怪我した時はいつでも来いよ? 手当てしてやらない事も無いぜ?」

さすが俺様教師。どうせ自分じゃやらないクセに態度だけは偉そうだ。

「(それとも、マジで藤原が気に入ったのか?)」

無いことも無い想像に自分でも少しだけうんざりする。そうだとしたら藤原は相当なイケメンキラーだ。初日に副会長をオトしただけじゃ気が済まないようだ。

「?」

俺様先生に藤原は不快そうな顔をして席についた。
そして、その藤原を凄い形相で睨む生徒がいた。

―――37番・村上雅士

成績容姿共に中の上といった所の中堅どころ、確か矢沢先生の親衛隊に入ってたハズだ。

好きな人がぽっと出の新入生を構うのだからそりゃあ嫉妬くらいするだろう。
まぁ、全ての人間と仲良く出来るワケじゃねぇし、そこまで藤原の面倒見るのはお節介と言う者だろう。

俺は黒板の文字をノートに写し、何気なく意識を授業に戻した。


・・・


「起立、礼」
「「「ありがとうございました!」」」

チャイムの音で午前の授業が終わり俺は昼食をとるためにさっさと食堂に向かった。
藤原の事も気になったがこういう時間に俺以外と交友を深めるのだろう。

食堂につき券を買って適当な所に座って食べ始める。
前回みたいなヘマをしないように少し急ぎ気味。

……だったのに!!
何で副会長どころか会長様が俺の隣で飯食ってんの!?

「お前が噂の倉科だよな?」
「えぇ、まぁ」

昨日よりも早く起こった例の現象に昨日と同じ要領で逃げ切れず静まったら今度は会長がいたって何だよ……。
ニヤリと笑う会長はいつも通りの俺様全開、優雅な手つきでパスタを食べる。

「(意外と可愛いチョイスだな……)」
「前々から会ってみたかったんだよ。あの島咲があんなあからさまに嫌がる相手って奴に」
「そんなんですか」
「そう思ってたら食堂で1人でいるからラッキーだったぜ」
「はぁ……」
「この俺が一緒に食ってやってんだから感謝しろよ?」

そう言って会長はまたニヤリと笑う。
いかにもな俺様キャラで美形な会長はそういう表情がマジで様になる。恐らくわざとやっているのだろう。

しかし、何でこうも短期間で俺様系に二人も会わにゃならんのだ……。
と、少しだけうんざりした気持ちになる。せめてもう少しインターバルというものが欲しい。

「しっかし……。フツーだな」
「……会長達に比べれば親衛隊も無い一般生徒はみんなフツーかと」

フツー。
良いじゃないか、フツーで。出る杭は打たれるこの時代にヘタに目立たずにやれることをやるという事は大切だと思う。

他人の勝手な期待や評価に潰されるなんて真っ平御免だ。
俺は自分のベストを分かってるし、分をわきまえてるつもりだ。

「そうか? 島咲があれだけ嫌ってんだからどんなに嫌な奴かと思ったらお前ってどこをどう取っても平凡じゃねぇか。つか、さっきから俺を“会長”つってるが、俺の名前知ってるか?」
「え? 咲矢会長ですか?」
「いや、下の名前だ」

はて?
そういえば何だっただろうか?
会長は“会長”というイメージしかなく下の名前まで気にした事も無かった。

「すみません、分かりません」
「やっぱか。美姫弥だ、美しい姫に弥生の弥」

美しい姫……。
またまた可愛らしい名前だ。矢沢先生といい会長といい可愛らしい名前には俺様が多いのか?

「美姫弥会長、ですか」
「だーかーら、会長って言われたくねぇの分かんねぇの?」
「え?」

会長、いや、美姫弥先輩は会長職が実は嫌だったのか?

「会長だとそれまでだろ」

美姫弥先輩はパスタを食べながら何気無く言う。

「(こんな場所でそんなこと言ったら周りの奴ら“会長”って呼ばなくなるんじゃないか?)」

そう思ったのは杞憂だった。いつの間にか周りの視線はなくっていて、いつも通りのガヤガヤした食堂になっていた。

「(何だろう? 昨日のは藤原だからだったのか?)」

美形同士の会話であったために昨日は妙な注目を浴びてしまったのかもしれない。しかも副会長が藤原に気があるのを隠す気が無いような行動だったし。

「会長ってのは役職であって俺じゃねぇ」
「……」

確かにそうだ。
会長は“会長”だが美姫弥先輩は“美姫弥”先輩だ。
同じようで確かに違う。

そう考えると俺は先輩に失礼な事をしていたのかもしれない。

「何か……、すみません」
「いや、いい。とりあえずお前は名前で呼べ。」

俺様会長は実は親しみやすいのかも知れない。
なんとなく、この人は嫌いでは無い気がする。俺様生徒会長、とだけ認識していた時は苦手意識があったが、今はそこまで嫌な感じはない。

“キャラ”ではなく“人”だと思うとまた違うものがある。

そんな俺の納得が美姫弥先輩に伝わったのだろうか。先輩はしげしげと俺の顔を見ながら少し唇を尖らせた。

「誠って物分かり良いし、フツーに良い奴だな。島咲はなんで嫌ってんだ?」
「副会長は盲目なんですよ。って、名前知ってたんですか」
「盲目? 名前は苗字共々ジンから聞いた」

俺の発言な美姫弥先輩はよく分からないと怪訝そうな顔をした。

「(ジン先輩、知り合いだったのか……)」

ジン、とは部活の先輩の名前だ。あまり勝手に人の事を教えないでほしいがあの人は情報通だし後輩の俺にそんな気遣いはしないだろう。

どうやら副会長は俺の悪口は言っても藤原の事は言ってないらしい。

「(……なら、あまり言い触らさないほうがいいな)」

そして俺は誰に対してもある程度の気遣いができる男だ。例えソイツが俺の悪口を言っていようとも。

「まぁ、そういう事なんですよ」
「いや、どういう事だよ」

曖昧な言葉で誤魔化そうとする俺に会長が言及する。
まぁ、どんなに聞かれようと答えるつもりは無い。

「気になるなら本人に聞いてみて下さい。貴方の補佐でしょう?」
「はぁ!? アイツが!?」

副会長を出すと美姫弥先輩は本気で嫌そうな顔をした。

「(ん? この人等って仲悪いのか? だから会長だと言われんのが嫌とか?)」
「アイツが補佐とかあり得ねぇし! いっつも人を馬鹿にしたような薄笑い浮かべやがって!!」
「あ、仲悪かったんですね」
「当たり前だ! 表面上は面倒事が起きねぇようにしてっけどあんな奴が俺の補佐とかマジでねぇわ」
「(おいおい、食堂でんなこと言って良いのか? あ、今は注目集めて無いんだった)」

美姫弥先輩の思わぬ本音の暴露に心配になるが、不思議な程に俺と先輩は周囲に馴染んでいた。それこそ普段なら注目を集めるであろう生徒会長が一般生徒の様に騒げる程度には。

「で、んなワケで俺はアイツが嫌いなんだよ」
「それで俺に接触してきたワケですね」

つまりは、副会長へのイヤガラセを企んでたのか。

「あぁ、だが今はフツーにお前と会えて良かったと思うよ。気分を害したら悪いな」
「いえいえ、お気になららずに。じゃ、俺はそろそろ・・・」
「おー、またな」
「あ、はい」

食堂を後にしてドッと冷や汗が流れる。

「(またな、って何だまたな、って)」

何気無く俺は席をたったし、周りからは一切注目を浴びて無いみたいだったが、俺実は大変な事してたんじゃ無いのか?
かの生徒会長相手に名前呼びとか普通なら制裁にあうレベルの案件だ。

そんなことを考えつつ教室へ向かう俺は知らなかった。
俺が出ていった直後に藤原が原田と田中、そしてクラスのムードメーカー兼遊び人ポジションの中島の1年御三家と共に食堂へ赴いた事を。
そして、鉢合わせしてしまったのか待ち伏せしていたのか怪しい副会長と共に食堂へ行ったことを。
そして、もともと食堂にいた美姫弥先輩と出会い、俺の言葉を理解してしまった美姫弥先輩が副会長へのイヤガラセに藤原にキスをしたことを。

その結果、藤原が一瞬にして色々な親衛隊の制裁リストの一番上に君臨した事を……。

そのお陰で、その前に生徒会長と接触していた俺の事は見事に流れてしまったらしい。




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