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第四章:僧侶ルルティエラは世界を救いたい
3、女心
しおりを挟むどうしたらいいでしょう。
家に戻って開口一番、そうルルティエラに聞かれた。だから俺は「ルルティエラの好きにしたらいい」と答えた。
それ以外どう言えと?
俺は確かにルルティエラの仲間だが、彼女を束縛する権利は俺にない。彼女はあくまで自由だ。パーティーを抜けたいと言うのなら、止める権利は俺にない。だからそう言ったまでだ。
だってのに、どうしてルルティエラは悲し気な顔をする?「そうですか」とだけ言って、昼食も食べずに部屋に閉じこもるんだ。
「なにがあったんだよ?」
先に飯を食ってたライドが、パンを片手に問いかけてくる。
その横ではメルティアスが食べつつ、ミュセルのためにパンを小さく千切っていた。二人は何も言わないが、ジッと俺を見つめてくる。
ライドの正面に座るセハは、何も気にしてないように黙々と食べ続けていた。
俺はセハの横に座って、食べながら先ほどあったことを伝える。
「……で、どうしたらいいって言うから好きにしていいって答えた」
「うわあ……」
なんだよ、どうしてそこでライドは顔をしかめて俺を見る。
メルティアスは相変わらず無表情だ。ミュセルは首をかしげている。
「ザクスは、ルルティエラにパーティーを抜けて欲しいのか?」
そうミュセルに聞かれて、「いや、そんなことは……」と答えると、ますます首を傾げてきた。なんだよ。
「ならば嫌じゃと言えば良いではないか。なぜ好きにしろなぞと突き放すようなことを言う?」
「いや、だってそれは俺が決めることじゃないから。どのパーティーに入るかは、ルルティエラが決めることで……」
と言ったら、またライドが「うわあ」とか言うから、いい加減イライラする。なんだよと睨んでも、奴は何も言わなかった。なんだか腹が立つので乱暴にパンを食いちぎる。本来はスープに付けて食べるやつだから、そのままだとパサパサだ。
「ザクスは女心が分かってないわねえ」
そう言ってスープを口にするのは、セハだ。
「なんだよそれ」
「そのままの意味よ。あんた本当に女心がわかってない」
「つまり?」
「ルルの気持ち、考えなよ」
「考えてるだろ。考えてるから好きにしていいって……」
「それよ!」
俺の言葉を遮るように、セハがパンを俺に突きつけてきた。パンに口をふさがれてムグッと顔をしかめる俺に、セハは薄笑いを浮かべる。
「あんた本当に……昔から人の気持ちに疎いっていうか、他人に興味ない……。強くなってもそこは変わんないのね。そんなんじゃ遅かれ早かれ孤立するわよ」
「別に俺は……」
そこまで言いかけて言葉を切る。
別に俺は? 俺はなんだ? ルルティエラの自由にしたらいいと思う。だが彼女が去るとなったら、どう思うんだ?
孤立しても良いと思った時もある。でも今は? ルルティエラが居なくなり、ライドが居なくなっても平気か? ミュセルは? メルティアスは? 全員が居なくなっても、俺は平気だと言えるのか?
自由にすればいいと思うのに、一人は嫌だなんてそれこそ身勝手ではなかろうか。
でもやっぱり俺の気持ちを押し付けるまねはしたくない。
それにと思う。
「あのヘンディとか言ったか、パーティーのリーダーっぽいやつ。いかにも熱血漢というか、冒険者らしい冒険者だったんだよ」
「つまり?」
先を促すライドに、俺はなんとなく目が合わせづらくて干し肉に手を伸ばした。千切ったパンと共にフォークでぶっ刺し、スープに浸す。口に入れれば何ともいえぬ香りと塩味が口の中に広がった。
「ルルティエラが何に悩んでるのかは大体想像つくんだよ。きっと彼女は俺と違って、僧侶として人々を救いたいと思ってる」
「まあそうだろうな」
「でも俺はそういう思いないからな。淡々と日々を過ごすために、ほどほどのクエストやって稼ぐだけ。俺にとって冒険者の仕事は、あくまで仕事。生きるための術。それ以外にこの能力を使うつもりはない」
「そうだな」
「対して冒険者らしい冒険者なヘンディってやつは、魔王城を目指すと言っていた。つまり世界を平和にしたいって志があるんだよ。ルルティエラの願いと完全一致ってやつだ」
「ふんふん」
「……なら、どっちのパーティーがルルティエラは幸せか、答えは見えてるだろ」
「ふーん」
なんだよその間延びした返事は。ジトリとライドを見ても、奴は完食して食器を片付けるべく立ち上がって俺に背を向けた。その表情はうかがい知れない。
「ルルティエラのことを思うなら、彼女がそう望むなら、あっちのパーティーに行った方がいいと思うんだよ」
「だったらなんでそう言わなかったの?」
「え?」
今度は横からセハに言われて彼女を見れば、紫の目が俺をジッと射抜いた。
「セハ?」
「どうしたらいいのかって聞かれたんでしょ? そのヘンディとかいうやつらのパーティーのほうがいいと思ったんなら、そっちに行けばいいと言えば良かったのに」
「まあそうだけど……決めるのはあくまでルルティエラだろ」
「それってつまり自分では決断したくないっていう逃げよね」
「え……」
ズバッと言われて思わず言葉を失った。
逃げてる? 俺は逃げてるのか?
呆然とする俺を残して、同じく食べ終わったセハも立ち上がった。
相変わらず無言のままのメルティアス達も席を立ち、残された俺はいつまで経っても食べ終わらず、冷えてしまったスープを前に途方に暮れるのだった。
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