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第三章:盗賊ライドと不愉快な仲間たち
18、兄弟ゲンカ勃発
しおりを挟む大きな音と共に爆風が襲い来る。思わず顔を覆って次に目を開けた時には、視界が開けていた。
塔の壁が大きく破壊されたのだ。おかげで窓から覗かなくても、兄貴とミユがよく見える。
「なにを……」
「上に登ってこい、ザクス。これより上はドラゴン専用らしくて広々としてるぞ。戦闘にはもってこいだ」
クイと顎で上を指し示す兄貴。
「兄貴と戦う理由はない」
「まあそう言うな、お前だって俺に色々思うところがあるだろ? なあに、ただの兄弟喧嘩さ」
ただの兄弟喧嘩がこんな不穏なものであってたまるか。
「お前が勝てば、許してやるよ」
だがいきなりの許してやる発言に、俺は首を傾げた。
「許すって何を? どちらかと言えば、追い出された俺が許すかどうかの立場だと思うんだが」
「俺の能力を奪ったことに対してだよ」
言われたことに一瞬言葉を失った。そんな俺を見て、ニヤリと兄貴が笑う。
「気付いてないとでも思ったのか? お前が俺から勇者の能力を奪った事くらいとっくに分かってんだよ。でなきゃお前が俺と同じように容姿が変化して、強くなった理由が説明できない」
「……」
どうやら兄貴も、セハと同じ勘違いの方向に推理が働いたらしい。
俺は奪ったのではない。取り返しただけだ。
と説明したところで、きっと目の前の兄貴は納得しないんだろうが。
「俺が兄貴の能力を奪って、俺と兄貴の立場が逆転したと? じゃあ今の兄貴はなんだよ。俺の力はそのままに、兄貴にも勇者の力があるじゃないか」
「まあそこは置いとけ」
「いや置いとくなよ」
そこが肝心だろうが。説明しろと睨めば肩をすくめる兄貴。どうあっても説明はしないと。
と、そこまで考えてふと気になったことを俺は口にした。
「モンジーは? 一緒じゃないのか?」
飛行魔法で浮く二人の周囲には、他に誰もいない。メルティアスの話にも出てこなかった存在を、俺は目で探した。「今まで俺のこと忘れてたの!?」というモンジーの声が聞こえてきそうだ。
だが実際にはモンジーの声は聞こえない。気配もない。
「死んだよ」
「死んだ?」
なんでもないことのように兄貴が言う。俺が訝し気に問い返せばニヤリと笑う。
「あんなでかいだけで無能な男なんぞ必要ない。見ての通り、俺は勇者としての力を取り戻した。俺は一人でも魔王を倒せる。そうだろ、ミユ?」
「ええ」
兄貴はともかくとして、ミユはこんなやつだったろうか? こんな妖艶な笑みを浮かべ、兄貴にしなだれかかるようなやつだったか?
俺の知るミユは、兄貴をあまり好いていなかったような……。
「ミユ!」
俺の思考を止めるように、セハが俺を押しのけて前に立ち、必死に手を伸ばす。
「ねえミユ、一体どうしたのよ? どうしてこんなとこにいるの? モンジーは……本当に死んだの?」
セハの矢継ぎ早の質問に、けれどミユは答えない。浮かべた笑みはそのままだ。
瞬間、ゾクリと嫌な気配を感じた。
「セハ!」
考えるより早く、その伸ばされた腕を体ごと引く。
「きゃあ!?」
直後、彼女の腕があった場所に風が起きた。
「あー惜しい」
「兄貴、てめえ!」
兄貴の手には、剣が握られていた。かつての兄貴らしく、勇者らしく、目にも止まらぬ早さで抜き放たれたそれは、確実にセハの腕を切り落とそうとしていた。間一髪。
俺に腕を引かれ、ギリ無事だった自分の手を、青ざめた顔で見るセハ。呆然としているのは当然だろう。
「てめ……」
何しやがる!
そう叫んで剣を手にしようとして思い出す。そうだ俺の剣は折れていたんだった。武器屋の親父の無精髭を剃ってやると息巻いていたんだっけ。
俺は背後を振り返った。
「おいホッポ」
お前の剣、もう一度貸してくれ。
そう言おうとして振り返ったその瞬間。
「はいそこまでー!」
「!?」
額に痛みを感じて思わず顔をしかめた。
「何すんだ、ライド!」
俺の額にデコピンをしてきたのはライドだった。文句を口にしたら、またデコピンされた。おい!
「まあ落ち着け、ちょっと落ち着け、物凄く落ち着け」
「どっちだよ」
「どっちにしろ落ち着けってことだ。お前、今冷静さを欠いてるぞ」
ライドに言われてしまうほどに俺は冷静では無かったのだろうか。
だが
「お前ね、あんな美男美女相手にガルガル怒るのは良くないぞ。うん、美人大好きな俺は許せないな。お前の兄貴はともかく、見ろよあのミユちゃん。一年前と比べてグッと色っぽさが増してるぞ」
真面目にライドの話を聞いた俺がバカだったと直後に後悔する。
ゴンッとライドの頭からいい音がする。中身がないといい音するよな。
「ちょっと黙ってろ」
横やり入れんなよと一言添えたら、笑い声が聞こえた。兄貴だ。
「ハハ、お前の仲間はどうしようもないバカだな。そんなのとパーティー組んでなんになる? どうだザクス、もう一度俺と一緒にパーティー組まないか?」
「はあ? いきなりなに言い出しやがる。てめえが追い出したんだろうが」
「まあそうなんだがな」
そう言って、面白そうにクックッと笑いながら、兄貴は顎に手をやって俺らを見回した。
「あの時はお前、ビックリするほど弱かっただろ? 職無しだったし」
「俺は今も職無しだよ」
「ギルドの認定職なんてどうでもいい。お前の今の実力は勇者……俺に匹敵するものだ。違うか?」
「……」
「無言は肯定だな」
顎から手を離し、ピッと人差し指で俺を指さす。
「今のお前なら文句なしだ。俺の所に戻ってこいザクス。兄弟で魔王を倒そうぜ」
「今更そんな都合のいい話あるか」
勝手すぎるだろと言えば、また兄貴は笑う。笑って、今度は人差し指を立ててチッチッチと横に振った。
「わかってねえなあ、お前は。今のお前なら俺の実力が理解できるだろ? どうせ俺よりは弱いんだ、なら俺のサポート、引き立て役として俺と共にあるほうがお前を有効活用……」
それ以上は聞いてられなかった。俺は素早く体を動かす。足先に力を込めて一気に前へ──兄貴の前へと詰める。いまだミユの飛行魔法で飛び続ける兄貴に向かってジャンプして。
そして──
ポキッと兄貴の人差し指がいい音を立てて折れた。有り得ない方向に向かって。
「んがっ!?」
間抜けな声を上げて、兄貴が苦悶に顔を歪める。だが逃げることは叶わない。あくまで飛行魔法はミユの管理の下だ、兄貴が好き勝手に動けるものではない。
そしてミユは動かない。俺の行動を黙って見てるのみ。
「何しやがる!」
そう叫ぶ兄貴を尻目に、俺は落ちた。当然だ、塔の三階、兄貴は塔の外を飛んでいる。その兄貴に向かってジャンプしたのだ。飛行魔法を使えない俺は、自然の法則にのっとって落ちるのみ。
だがまあ、勇者の俺がそのまま地面と激突なんてするわけもない。
「風魔法」
呟いて、魔法で強風を起こす。飛べないまでも、地面への衝突の勢いは弱まり、俺はなんなく地面に着地した。
未だ地面に横たえられたままの馬が、視界に入った。
「この馬は、兄貴が殺したのか!?」
一気に遠くなった兄貴に聞こえるようにと大声で問いかける。
だが回復薬を飲んで指を治す兄貴は答えない。
ガチャンと音を立てて、兄貴が投げた回復薬のビンが俺のそばで割れた。
「いいだろう、お前の覚悟はしかと受け止めた! 塔の最上階まで来い、ザクス! 俺がお前を倒したら、俺の配下になれ!」
仲間ではなく配下、そう言って兄貴とミユは上へと飛び、見えなくなった。
「ちっ……」
会話もできねえのかよ。苛立ち舌打ちする俺を兄貴が見ることはない。
大きく壁が壊された塔の三階から、ライドが俺を覗き込み、なにやら口を動かしてるようだが遠くて聞こえなかった。
「このシリアス展開、いつまで続くの……?」
そう言ってるのが聞こえたら、間違いなくその空っぽの頭を殴っていただろう。
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