34 / 48
第三章:盗賊ライドと不愉快な仲間たち
11、状況は最悪だということ
しおりを挟むこんなもんだろと呟いて、俺はホッポに触れていた左手を離す。警戒を解くことなく、右手には長剣が握られたまま。
「セハも大じょ……」
「触るな!」
大丈夫か。そう問いかけ伸ばしかけた左手は、パンと叩き落とされた。セハの拒絶によって。
「セハ?」
「あんたなんなの?」
ギロリとセハが睨みつける。鋭い視線に俺は言葉を失った。
「その容姿もだけど、その能力、回復魔法! あんたそんなの使えなかったよね、無職のあんたに使えるわけないよね? でも私は知ってる、その魔法を知ってる。それは、その魔法はディルドの……!」
「シッ!」
俺を拒絶し非難の目を向けるセハに、けれど俺は弁解を口にするより早く静かにしろと指示をする。
それでもなお何かを言いつのろうとするセハの口を、左手でふさいだ。
「むー!?」
「……ザジズとエヴィアはどこだ?」
「む……」
ホッポとセハが居るということは、同じパーティーの二人もいなくてはおかしい。だというのに、二人の姿はどこにも見えなかった。セハを制止しつつ、俺は握った剣を周囲に向けた。
何かを感じる。何かの気配を感じる。それはけして人ではない。
魔物? どんな?
知らず汗が頬をつたう。剣を握る手がジットリと汗をかく。
全身が、何者かの気配に警戒している。
「そうよエヴィア! あの子、私を庇って攫われちゃったのよ!」
慌てて俺の手を払いのけ、セハの顔が蒼白になる。
「攫われたって、なにに?」
「ドラゴンよ!」
その言葉と同時。
咆哮が塔内に響き渡った。1階にいた時に聞いた声だろう。だがあの時は遠かったのに、今聞こえたそれは──その距離は……
「おいザクス、近いぞ」
「言われなくても気付いてるさ」
「え、なにそれ。え、まさか妖精!?」
俺の肩にとまったままのミュセルが、珍しく緊張した顔をして言う。それに答える俺をよそに、ミュセルの存在に目を見張るセハ。
「セハ」
「な、なに?」
妖精どころではないと俺の緊張した声音から理解したのだろう。俺への拒絶もひとまず置いておくことにしたのか、俺の服をギュッとつかんで不安そうに見上げてきた。
周囲へ目をめぐらしながら、俺は聞いた。
「ドラゴンって……ブラックか?」
「……ゴールドよ。黄金みたくキラキラ輝いてるってわけじゃなかったけど、イエロードラゴンとは比較にならない輝きを……なんていうのか、見た目じゃなく魂の輝きがあったわ」
「そうか」
せめてブラックであったならばと思う。
ブラックドラゴンは記録こそ少ないが、過去に何体か倒されたことはある。その少ない経験談も語り継がれている。
だがゴールドドラゴンは倒された記憶などない。圧倒的に数が少ないのだろうか、そもそも存在自体が神話のようにまゆつばだった。見たという話は絵物語でしか存在しない。
ゴールドドラゴンのことで分かることはただ一つ。もし存在するならば、最強のドラゴンであろうということだけ。
対処法なんてわからない。
そもそも人の力で倒せるのかも未知数。
だがセハは見たと言った。確かにゴールドドラゴンを、彼女は見たと言ったのだ。この状況で彼女が嘘をつくとは思えない。
「そのゴールドドラゴンがホッポを倒して、ザジズとエヴィアを?」
「正確には、罠探索しながら先頭を歩いていたザジズが出くわし、ホッポが応戦。ホッポが倒され、ザジズが狙われそうになったのをエヴィアが魔法で防御。そのエヴィアをドラゴンが狙おうとしたので私が黒魔法で応戦。でもって私が狙われそうになったのを」
「またエヴィアが魔法で防御、か?」
頷くセハ。
「しばらく拮抗してたんだけど、ザジズがちょっとパニックになってさ。ダガー片手にヤケクソ気味に飛び掛かったのよ」
「阿呆が。素人かってんだ」
「仕方ないから私も魔法で加勢したんだけど、ドラゴンが私に向かってきて、エヴィアが庇うように前に立って──」
「それから?」
「覚えてない。突き飛ばされた拍子に頭ぶつけて、意識飛んじゃったのよ。気付いたら血まみれのホッポだけが残ってて、二人の姿が……」
「なるほどね」
攫われたのか、それとも既に殺されたか。どちらにしても状況は最悪ということだ。
ジリジリと感じる焼けるように痛いこの気配は、おそらくはドラゴンの気配。そう遠くには行ってないということだろう。下手すれば、まだ同じ階層にいる。ギュッとセハがまた俺の服をつかみ、肩ではミュセルが俺に身を寄せていた。二人もまた、嫌な気配を感じているのだろう。
「セハ、魔力は?」
「さっき使い切ったけど、回復薬飲んだから戻ってる。ただ、全部飲み切っちゃってもうストックはない」
「そうか。魔力の強さはどうだ?」
「は? それは別にいつも通りに……あれ?」
俺の問いに何を聞くのかという顔をしたセハは、直後驚いた顔を見せた。
「なんか、能力が上がってるような……ううん、違う。戻った?」
「というと?」
「あんたが抜けたあと、ディルドだけじゃなく私らの能力もなんか弱った感じがしてたのよ。それが戻った気がする」
「そうか」
それはそうだろう。パーティーを抜けて、セハ達にも分けてた俺の能力は返してもらった。彼女の能力は弱ったのではない、それが本来の彼女の能力なのだ。
そして今、俺は一年ぶりにセハに自身の能力を分けている。
俺一人で対応するには状況が悪すぎる。それならば、俺よりうまく黒魔法を使いこなせるセハに能力を分けるほうが、まだ助かる可能性は残る。
──助かる可能性──
そう考えた自分に苦笑する。
つまり俺は”助からない可能性”を考えているってことだ。
「まったく。だから面倒なことは嫌いなんだよ」
そううそぶく。今更言っても仕方ないことだというのに。けれど後悔してない自分にまた苦笑する。
仕方ないさ、これはあくまで結果だ。俺は自分の意思で選び決めたんだ。誰を責めることもできないし、後悔する必要もない。
もう後悔するような選択はしないと決めたんだ。
ギュッと剣を強く握りしめたその時。
「う──」
「ホッポ!?」
足元でいまだ横たわっていたホッポがうめき声をあげた。慌ててその顔を覗き込むセハ。
自分を呼ぶ声に反応するかのように、ホッポが目を開く。
「セハ?」
「そうよ。良かった、意識が戻って」
「俺は一体──おい!?」
傷はふさがっても流した血は戻らない。頭がぼんやりしてるのだろう、血の気の引いた顔で、ホッポが視線を周囲に巡らした直後。
俺に向けられた目が、大きく見開かれる。血相変えて俺を見るその顔。その目。
その瞳の中に、それが映るのを確認した俺は──
ギイン!!
振り向きざま長剣を振るい、それを受け止めた。
それは寸でのところで──俺の顔面、直撃まであと10cmのところで、止まった。大きな、鋭い爪を、俺は剣で受け止めたのだ。
「グルルルル……」
低い唸り声。
大きな爪、大きな手、大きな牙に大きな瞳。大きな体にその背に生えた大きな翼。
なにより眩しいくらいに輝くその肉体。皮膚が輝いてるのではない。その輝きは体の内側から漏れてるように感じられた。なるほど、”魂の輝き”とはセハもうまいことを言ったものだ。
「よお、ゴールドドラゴン」
剣でどうにか受け止めたが、その力の強さにカタカタと剣が、手が震える。頬を汗がつたい、背に冷たいものが流れた。
どうにか精神を保つためにニヤリと笑みを浮かべ、俺は伝説上でしか語られることのなかったゴールドドラゴンと対峙する。
直後。
ドラゴンが放つ咆哮に、体が、地面が、塔が揺れた。
14
お気に入りに追加
1,150
あなたにおすすめの小説
勇者に全部取られたけど幸せ確定の俺は「ざまぁ」なんてしない!
石のやっさん
ファンタジー
皆さまの応援のお陰でなんと【書籍化】しました。
応援本当に有難うございました。
イラストはサクミチ様で、アイシャにアリス他美少女キャラクターが絵になりましたのでそれを見るだけでも面白いかも知れません。
書籍化に伴い、旧タイトル「パーティーを追放された挙句、幼馴染も全部取られたけど「ざまぁ」なんてしない!だって俺の方が幸せ確定だからな!」
から新タイトル「勇者に全部取られたけど幸せ確定の俺は「ざまぁ」なんてしない!」にタイトルが変更になりました。
書籍化に伴いまして設定や内容が一部変わっています。
WEB版と異なった世界が楽しめるかも知れません。
この作品を愛して下さった方、長きにわたり、私を応援をし続けて下さった方...本当に感謝です。
本当にありがとうございました。
【以下あらすじ】
パーティーでお荷物扱いされていた魔法戦士のケインは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもないことを悟った彼は、一人さった...
ここから、彼は何をするのか? 何もしないで普通に生活するだけだ「ざまぁ」なんて必要ない、ただ生活するだけで幸せなんだ...俺にとって勇者パーティーも幼馴染も離れるだけで幸せになれるんだから...
第13回ファンタジー小説大賞奨励賞受賞作品。
何と!『現在3巻まで書籍化されています』
そして書籍も堂々完結...ケインとは何者か此処で正体が解ります。
応援、本当にありがとうございました!

僕だけレベル1~レベルが上がらず無能扱いされた僕はパーティーを追放された。実は神様の不手際だったらしく、お詫びに最強スキルをもらいました~
いとうヒンジ
ファンタジー
ある日、イチカ・シリルはパーティーを追放された。
理由は、彼のレベルがいつまでたっても「1」のままだったから。
パーティーメンバーで幼馴染でもあるキリスとエレナは、ここぞとばかりにイチカを罵倒し、邪魔者扱いする。
友人だと思っていた幼馴染たちに無能扱いされたイチカは、失意のまま家路についた。
その夜、彼は「カミサマ」を名乗る少女と出会い、自分のレベルが上がらないのはカミサマの所為だったと知る。
カミサマは、自身の不手際のお詫びとしてイチカに最強のスキルを与え、これからは好きに生きるようにと助言した。
キリスたちは力を得たイチカに仲間に戻ってほしいと懇願する。だが、自分の気持ちに従うと決めたイチカは彼らを見捨てて歩き出した。
最強のスキルを手に入れたイチカ・シリルの新しい冒険者人生が、今幕を開ける。

転生者は力を隠して荷役をしていたが、勇者パーティーに裏切られて生贄にされる。
克全
ファンタジー
第6回カクヨムWeb小説コンテスト中間選考通過作
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。
2020年11月4日「カクヨム」異世界ファンタジー部門日間ランキング51位
2020年11月4日「カクヨム」異世界ファンタジー部門週間ランキング52位

豊穣の巫女から追放されたただの村娘。しかし彼女の正体が予想外のものだったため、村は彼女が知らないうちに崩壊する。
下菊みこと
ファンタジー
豊穣の巫女に追い出された少女のお話。
豊穣の巫女に追い出された村娘、アンナ。彼女は村人達の善意で生かされていた孤児だったため、むしろお礼を言って笑顔で村を離れた。その感謝は本物だった。なにも持たない彼女は、果たしてどこに向かうのか…。
小説家になろう様でも投稿しています。
役立たずと言われダンジョンで殺されかけたが、実は最強で万能スキルでした !
本条蒼依
ファンタジー
地球とは違う異世界シンアースでの物語。
主人公マルクは神聖の儀で何にも反応しないスキルを貰い、絶望の淵へと叩き込まれる。
その役に立たないスキルで冒険者になるが、役立たずと言われダンジョンで殺されかけるが、そのスキルは唯一無二の万能スキルだった。
そのスキルで成り上がり、ダンジョンで裏切った人間は落ちぶれざまあ展開。
主人公マルクは、そのスキルで色んなことを解決し幸せになる。
ハーレム要素はしばらくありません。

巻き込まれ召喚されたおっさん、無能だと追放され冒険者として無双する
高鉢 健太
ファンタジー
とある県立高校の最寄り駅で勇者召喚に巻き込まれたおっさん。
手違い鑑定でスキルを間違われて無能と追放されたが冒険者ギルドで間違いに気付いて無双を始める。

少し冷めた村人少年の冒険記
mizuno sei
ファンタジー
辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。
トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。
優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。
異世界召喚されたら無能と言われ追い出されました。~この世界は俺にとってイージーモードでした~
WING/空埼 裕@書籍発売中
ファンタジー
1~8巻好評発売中です!
※2022年7月12日に本編は完結しました。
◇ ◇ ◇
ある日突然、クラスまるごと異世界に勇者召喚された高校生、結城晴人。
ステータスを確認したところ、勇者に与えられる特典のギフトどころか、勇者の称号すらも無いことが判明する。
晴人たちを召喚した王女は「無能がいては足手纏いになる」と、彼のことを追い出してしまった。
しかも街を出て早々、王女が差し向けた騎士によって、晴人は殺されかける。
胸を刺され意識を失った彼は、気がつくと神様の前にいた。
そしてギフトを与え忘れたお詫びとして、望むスキルを作れるスキルをはじめとしたチート能力を手に入れるのであった──
ハードモードな異世界生活も、やりすぎなくらいスキルを作って一発逆転イージーモード!?
前代未聞の難易度激甘ファンタジー、開幕!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる