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第三章:盗賊ライドと不愉快な仲間たち
6、勇者の怒りと戦士の戸惑い、そして白魔導士の……
しおりを挟むガラガラと音を立てて馬車は進む。目的地に向かって。
まだ俺達が平穏な状況に欠伸をかみ殺していたその頃。
とある場所で不穏な空気が流れていたことを、俺は知る由もなかった。
* * *
「くそお! 一体なんなんだよこれは!」
そう言って、宿屋のテーブルを蹴飛ばすのは、勇者ディルド。とかつて呼ばれた男。
かつての容姿と能力を失い、茶髪茶眼に平凡な容姿に戻った男は、蹴飛ばした足の痛みに悲鳴をあげてうずくまった。
「やめとけよディルド。今のお前は大した力のない平凡な一般人なんだからよ」
そう言って苦い顔をするのは、戦士兼武闘家のモンジー。言わずと知れた勇者一行の仲間である。
勇者の弟であるザクスを無能だからとパーティーから追い出して早一年。魔王討伐に鼻息荒くしていたのも遠い昔。今や彼らは魔王城に向かうどころか、離れる選択を強いられている。
「くそ! なんでだ! なんでこんなことになった!」
そう叫んで、今度はテーブルを殴る。当然のように走る痛みに涙を浮かべた元勇者。
涙目で壁にかけられた鏡をチラリと見る。そこにはもう何度も見た、変わり果てたまま変わらない自身の姿が映し出されていた。
「こんなの、こんな姿……まるでザクスじゃねえか! あの無能男そのままじゃねえかあ!」
叫んで、今度は鏡に八つ当たり。そうして破壊された鏡の破片に手を切り血まみれになるディルド。慌ててモンジーが回復薬を手にかけた。瞬時に治るそれは、とても高額なもの。
すっかり勇者の能力がなくなり、ただの冒険者一行になってしまった彼らが、無駄遣いできる物ではないというのに。以前の感覚がまだ抜けていないのだろう。
その様子に冷ややかな目を向ける者がいた。
「なんだよミユ、なにか言いたいことでもあるのか?」
「別に」
血は止まったものの、感じた痛みが消えることはない。
顔をしかめ、睨むように白魔導士に目を向けたら、冷たい返事が返ってきた。だが彼女がディルドから目をそらすことはない。
その冷たい目に、また苛立ちを感じる。
「だったらその目を俺に向けるのはやめろ! 蔑んだような目を向けやがって!」
「誰もあんたなんかを蔑んでないわよ」
「じゃあその目はなんだ!? 俺のことを馬鹿にしてるんだろ!」
「さあね」
「ほら見ろ!」
ギリと歯軋りするも、一般人となり果てた無能者が白魔導士に勝てるはずもない。
「言っとくけど、あんたの容姿、ザクスよりよっぽど劣るよ」
「なんだと?」
「醜いって言ってるのよ」
「この……」
視線だけで人が殺せるのならば、ミユはきっと即死しているだろう。だがディルドにそんな能力はない。だとすれば、そんな視線は意味をなさない。
軽く流してミユは窓の外を見た。
「まったく。いつまでこんなとこに引きこもってるつもり?」
「ザクスを見つけるまでだ!」
「セハも居なくなったし……あたしら、このまま旅を続けても意味無いでしょ」
「だからザクスを見つけるんだよ!」
叫んでまたテーブルを叩く。
その大きな音に身を縮こませたモンジーが、恐る恐るディルドに話しかけた。
容姿が変わり能力がなくなったディルドはモンジーでも簡単に倒せる。だというのに刷り込まれた上下関係は、なかなか抜けない。モンジーの根っこにあるのはその大きな体とは真逆の、ちっぽけな気の弱さだから。ディルドの態度がでかいときだけ、それに便乗してでかかっただけ。
「ど、どうやって見つけるんだよ? もし見つけたとして、どうするんだ?」
「能力を取り返すに決まってんだろ!」
叫んでもう一度テーブルを叩けば、モンジーの体が少し飛び上がった。
「取り返す?」
その言葉に、ミユの眉が少しピクリと動いた。
「ああそうだ! あいつ、どういう力を使ったか知らんが、絶対なにかやりやがった! 最後に会ったあいつの姿覚えてるか? 明らかに変わっていただろう?」
覚えてるかもなにも、そう言いだしたのはミユだ。否定したのはディルドだというのに、虫のいいことを言ってるなと思うのはモンジー。だが彼はそれを口にするほど愚かでは無かった。
「あいつ、絶対俺の能力を吸い取ってやがるんだ! だから取り返す!」
「どうやって奪われたかもわからないのに、どうやって取り返すのよ」
「んなもんどうとでもなる! とにかくあいつに会わにゃあ……。お前らだって、少なからずあいつに能力奪われたんだろ!?」
その言葉にミユもモンジーも小さく体をピクリと反応させた。
そう、この場にいる誰もが気付いている。自身の能力が落ちていることを。明らかに弱くなっていることを、誰もが気付きそれを口にしない。
「取り返してやる! 絶対あいつから俺の能力を……!」
俺の能力。
その言葉に含み笑いをミユが浮かべてることを、二人は気付かない。
気付かれぬまま、彼女は立ち上がる。
「そうね」
と短く言う。
「そうね、取り戻さないと」
「ミユ?」
その含みのある言い方に、モンジーが訝し気な目を向ける。だがそれに気づかないように無視して、ミユは空を見上げた。
綺麗な円を描く満月。
それを見つめて浮かべるミユの笑みが壮絶なものであることを。
彼女が背を向けてるせいで見えない二人は、けして気付かない。
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