狐は月に振り回される

まあや

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第一章

学校での一幕

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 満月に接触するために紛れ込んだ学校は、本人の家に居候している今となっては通う必要もないのだが、黒葉は一応毎日登校していた。どの授業も退屈で眠くてしかたないが、仕留めるチャンスは多い方がいい。
 それに今日は体育がある。体を動かすのは気分がいい。
 こそっと変化で体操服に着替え、体育館に向かう。途中で、女子生徒と一緒に歩く満月の姿が見えた。
 歩きながら髪を結んでいる。露になったうなじに、思わず目を奪われた。
 昨日の嚙みつきたくなる衝動が蘇るが、今は無関係な奴の目があるから、飛びかかるわけにはいかない。
 少し距離を開けて歩いていると、気配を感じた満月が振り返る。ばちっと目が合った。
「あ、黒葉くんだ。男子は今日何するの?」
「知らねぇよ」
「女子はバレーだよね、小雪ちゃん」
 ぶっきらぼうな黒葉の返答は意にも介さず、満月は隣の大人しそうな女子に声をかける。小雪と呼ばれた女子はおどおどしながら、首を縦に振った。
「わたし、バレー好きなんだ。飛んでアタック打ったり、床を滑ってレシーブしたりって普段しない動きができるし」
「わ、私は、すごい冷え性だからバレーは苦手なんです……」
 消え入りそうな声で囁く小雪の手を、満月は流れるような仕草で握った。
「ほんとだ。ひんやりしてる。小さくてかわいい手が腫れたらいけないから、始まる前にこうやって温めよっか」
「ひゃ……」
 小雪の青白い顔に朱がさした。
(……たらしめ)
 呆れながらさっさと抜かしてしまおうと満月の横を通ると、ぎゅっと手が何かに掴まれた。
 細い指が絡みついてくる。
「黒葉くんの手は温かいね」
「ちょ、おいっ、離せ!」
 手のひらが触れ合う感覚は、狐の姿の時に撫でられるのとは全然違って――黒葉の心拍数が上がる。
「なんだか、うちの犬の温もりを思い出すよ」
 その言葉を受け、真顔になった黒葉は無理やり満月の手を払った。
「犬と一緒にするな」
「えー、落ち着くって意味なのにー」
 からからと笑う満月を睨んだ後、黒葉は今度こそ満月を追い越した。

「行っちゃった」
 少し残念そうに満月は呟いた。
 小雪は重たい前髪の隙間から、きらきらした目で満月を見上げる。
「新宮さんは本当にすごいです。彼、近寄りづらい雰囲気があるのにあんなに打ち解けて……」
「黒葉くんはツンツンしてるけど……本当は、とってもかわいいんだよ?」
「確かにさっきの照れ顔はかわいかったです」
 力強く頷く小雪の唇を、満月は人差し指でそっと押さえた。
「黒葉くんのかわいいとこ、皆には内緒ね」
 あんまり人気者になっちゃっても寂しいから、と満月は付け加えた。そんな満月の発言など露知らず、体育館に着いた黒葉は大きなくしゃみをした。
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