27 / 29
27 怒り
しおりを挟む
目を覚ますと、涙ぐむ中年の男女がいた。
見慣れた顔は、今世の両親のものだ。
「目を覚ましたのか……良かった、よがっだ」
縋りつく父に声をかけようとするが、思ったように声が出ない。侍女が水を持ってきてくれたので、それを口に含む。
「わ、たし……」
「ソフィー、あなたは殿下に婚約破棄されたショックで魔力が暴走して、昏睡状態になっていたのよ」
「一週間も寝込んでいたから、もう目覚めないかと気が気じゃなかったんだ……ぐすっ」
意識がまだ明瞭でないソフィーは視線を横に向け、目を大きく見開いた。美しい黒髪は、すっかり色が抜け落ちて真っ白になっていた。
「髪が……」
ソフィーの驚きが伝わったのか、母が痛ましげな顔をする。
「お医者さまによると、魔力の暴走の反動で白髪になったんじゃないかって。でも気にすることないわ。あなたは髪が真っ白になっても美しいもの」
「そうだ。命があるのが奇跡なのだから、髪くらい気にするな」
両親の慰めを聞き流しながら、魔力の暴走により前世の記憶が蘇っていたソフィーは冷静に状況を分析した。
(間違いない。白い髪に紅い瞳。そしてソフィーという名前……今のわたしは乙女ゲームの悪役だわ)
いきなり思い出した記憶に特に戸惑いはない。あるのはあの馬鹿な元婚約者への怒りだけだ。
「殿下の横暴は許されるものではない。ソフィー、お前が望めば婚約破棄を無効にするよう、陛下にかけあうが」
娘を気遣う父に、ソフィーは冷たい目を向ける。
(ゲームのわたしは、愛する殿下のために『わたしは身を引きます。お二人には末永くお幸せにと伝えてください』って言うのよね。そして、愛する人が離れたことに絶望して命を絶つ)
しかし未練があり怨霊化したソフィーは、元婚約者に瓜二つの王子アルフレッドとヒロインの恋を邪魔するのだ。
ああ、なんて。
(馬鹿馬鹿しいにもほどがある)
何で裏切った馬鹿の幸せを願わなければならないのか? 復讐の一つもなしに自ら死んでしまうのか。そして死後悪霊になるほどの想いを抱えながら、裏切り者本人ではなくその子どもの恋路を邪魔するなんて、恨みをぶつける先を間違えている。
ソフィーは体の中の魔力に意識を向ける。この国の民全員が束になっても叶わないほどの力。ここまでの力を持っているのに、なぜうじうじと現世から退場しなければいけないのか。
(こんなくだらないゲームのシナリオなんて――ぶっ壊してやる)
「お父様、わたしは裏切り者の馬鹿殿下とよりを戻すつもりなど毛頭ありません。仮に婚姻関係を結んだとして、アホ殿下の心がわたしにないのなら、わたしに幸せは訪れないでしょう」
王族に対する不敬な発言に父は明らかに戸惑っているが、娘の怒りももっともだと不問にしてくれた。
「そうだな。陛下にも婚約破棄を了承する旨を――」
「ところでお父様。わたしが魔力暴走で起こした被害はどのようなものですか」
両親は顔を見合わせて、なぜそんなことを聞くのだろうという表情を浮かべた。
「確か……ダンスパーティーが行われていた会場と、その周辺の建物が破損したと……だが怪我人はほとんどいなかったようだ」
「殿下と新しい婚約者さんは?」
「安心しろ、無傷だ」
ソフィーは舌打ちした。
「その程度の被害しか出せていないの……?」
今までのソフィーとは全然違う態度に、気迫に、部屋にいた人たちはじりじりとソフィーから距離をとった。
怯える周囲に向かって、ソフィーはわざとらしく笑みを浮かべてみせた。
「お父様、お母様、ごめんなさい。まだ魔力が制御しきれないみたいで――あーれー、体が勝手に~」
ソフィーは風の魔法で窓を割り、それから自分の体を浮かせて自室から脱出した。
家の者は割れた窓から身を乗り出してソフィーを止めようとするが、宙に浮くソフィーを捕まえられるはずがない。
ソフィーはひらひらと手を振った。
「今から起きることは、ぜーんぶ魔力が暴走したせいですので……怒らないでくださいね」
大人しいソフィーでは考えられなかった行動に、両親は唖然とする。
だがソフィーが見たいのはそんなものではない。
(ただで死んでなるものですか……あの馬鹿二人に、いいえ、このふざけた世界に目にものを見せてやる)
見慣れた顔は、今世の両親のものだ。
「目を覚ましたのか……良かった、よがっだ」
縋りつく父に声をかけようとするが、思ったように声が出ない。侍女が水を持ってきてくれたので、それを口に含む。
「わ、たし……」
「ソフィー、あなたは殿下に婚約破棄されたショックで魔力が暴走して、昏睡状態になっていたのよ」
「一週間も寝込んでいたから、もう目覚めないかと気が気じゃなかったんだ……ぐすっ」
意識がまだ明瞭でないソフィーは視線を横に向け、目を大きく見開いた。美しい黒髪は、すっかり色が抜け落ちて真っ白になっていた。
「髪が……」
ソフィーの驚きが伝わったのか、母が痛ましげな顔をする。
「お医者さまによると、魔力の暴走の反動で白髪になったんじゃないかって。でも気にすることないわ。あなたは髪が真っ白になっても美しいもの」
「そうだ。命があるのが奇跡なのだから、髪くらい気にするな」
両親の慰めを聞き流しながら、魔力の暴走により前世の記憶が蘇っていたソフィーは冷静に状況を分析した。
(間違いない。白い髪に紅い瞳。そしてソフィーという名前……今のわたしは乙女ゲームの悪役だわ)
いきなり思い出した記憶に特に戸惑いはない。あるのはあの馬鹿な元婚約者への怒りだけだ。
「殿下の横暴は許されるものではない。ソフィー、お前が望めば婚約破棄を無効にするよう、陛下にかけあうが」
娘を気遣う父に、ソフィーは冷たい目を向ける。
(ゲームのわたしは、愛する殿下のために『わたしは身を引きます。お二人には末永くお幸せにと伝えてください』って言うのよね。そして、愛する人が離れたことに絶望して命を絶つ)
しかし未練があり怨霊化したソフィーは、元婚約者に瓜二つの王子アルフレッドとヒロインの恋を邪魔するのだ。
ああ、なんて。
(馬鹿馬鹿しいにもほどがある)
何で裏切った馬鹿の幸せを願わなければならないのか? 復讐の一つもなしに自ら死んでしまうのか。そして死後悪霊になるほどの想いを抱えながら、裏切り者本人ではなくその子どもの恋路を邪魔するなんて、恨みをぶつける先を間違えている。
ソフィーは体の中の魔力に意識を向ける。この国の民全員が束になっても叶わないほどの力。ここまでの力を持っているのに、なぜうじうじと現世から退場しなければいけないのか。
(こんなくだらないゲームのシナリオなんて――ぶっ壊してやる)
「お父様、わたしは裏切り者の馬鹿殿下とよりを戻すつもりなど毛頭ありません。仮に婚姻関係を結んだとして、アホ殿下の心がわたしにないのなら、わたしに幸せは訪れないでしょう」
王族に対する不敬な発言に父は明らかに戸惑っているが、娘の怒りももっともだと不問にしてくれた。
「そうだな。陛下にも婚約破棄を了承する旨を――」
「ところでお父様。わたしが魔力暴走で起こした被害はどのようなものですか」
両親は顔を見合わせて、なぜそんなことを聞くのだろうという表情を浮かべた。
「確か……ダンスパーティーが行われていた会場と、その周辺の建物が破損したと……だが怪我人はほとんどいなかったようだ」
「殿下と新しい婚約者さんは?」
「安心しろ、無傷だ」
ソフィーは舌打ちした。
「その程度の被害しか出せていないの……?」
今までのソフィーとは全然違う態度に、気迫に、部屋にいた人たちはじりじりとソフィーから距離をとった。
怯える周囲に向かって、ソフィーはわざとらしく笑みを浮かべてみせた。
「お父様、お母様、ごめんなさい。まだ魔力が制御しきれないみたいで――あーれー、体が勝手に~」
ソフィーは風の魔法で窓を割り、それから自分の体を浮かせて自室から脱出した。
家の者は割れた窓から身を乗り出してソフィーを止めようとするが、宙に浮くソフィーを捕まえられるはずがない。
ソフィーはひらひらと手を振った。
「今から起きることは、ぜーんぶ魔力が暴走したせいですので……怒らないでくださいね」
大人しいソフィーでは考えられなかった行動に、両親は唖然とする。
だがソフィーが見たいのはそんなものではない。
(ただで死んでなるものですか……あの馬鹿二人に、いいえ、このふざけた世界に目にものを見せてやる)
0
お気に入りに追加
19
あなたにおすすめの小説
もう死んでしまった私へ
ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。
幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか?
今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!!
ゆるゆる設定です。
好きな人と結婚出来ない俺に、姉が言った
しがついつか
恋愛
グレイキャット伯爵家の嫡男ジョージには、平民の恋人がいた。
彼女を妻にしたいと訴えるも、身分の差を理由に両親から反対される。
両親は彼の婚約者を選定中であった。
伯爵家を継ぐのだ。
伴侶が貴族の作法を知らない者では話にならない。
平民は諦めろ。
貴族らしく政略結婚を受け入れろ。
好きな人と結ばれない現実に憤る彼に、姉は言った。
「――で、彼女と結婚するために貴方はこれから何をするつもりなの?」
待ってるだけでは何も手に入らないのだから。
側妃、で御座いますか?承知いたしました、ただし条件があります。
とうや
恋愛
「私はシャーロットを妻にしようと思う。君は側妃になってくれ」
成婚の儀を迎える半年前。王太子セオドアは、15年も婚約者だったエマにそう言った。微笑んだままのエマ・シーグローブ公爵令嬢と、驚きの余り硬直する近衛騎士ケイレブ・シェパード。幼馴染だった3人の関係は、シャーロットという少女によって崩れた。
「側妃、で御座いますか?承知いたしました、ただし条件があります」
********************************************
ATTENTION
********************************************
*世界軸は『側近候補を外されて覚醒したら〜』あたりの、なんちゃってヨーロッパ風。魔法はあるけれど魔王もいないし神様も遠い存在。そんなご都合主義で設定うすうすの世界です。
*いつものような残酷な表現はありませんが、倫理観に難ありで軽い胸糞です。タグを良くご覧ください。
*R-15は保険です。
マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました
東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。
攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる!
そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。
新しい人生を貴方と
緑谷めい
恋愛
私は公爵家令嬢ジェンマ・アマート。17歳。
突然、マリウス王太子殿下との婚約が白紙になった。あちらから婚約解消の申し入れをされたのだ。理由は王太子殿下にリリアという想い人ができたこと。
2ヵ月後、父は私に縁談を持って来た。お相手は有能なイケメン財務大臣コルトー侯爵。ただし、私より13歳年上で婚姻歴があり8歳の息子もいるという。
* 主人公は寛容です。王太子殿下に仕返しを考えたりはしません。
村娘になった悪役令嬢
枝豆@敦騎
恋愛
父が連れてきた妹を名乗る少女に出会った時、公爵令嬢スザンナは自分の前世と妹がヒロインの乙女ゲームの存在を思い出す。
ゲームの知識を得たスザンナは自分が将来妹の殺害を企てる事や自分が父の実子でない事を知り、身分を捨て母の故郷で平民として暮らすことにした。
村娘になった少女が行き倒れを拾ったり、ヒロインに連れ戻されそうになったり、悪役として利用されそうになったりしながら最後には幸せになるお話です。
※他サイトにも掲載しています。(他サイトに投稿したものと異なっている部分があります)
アルファポリスのみ後日談投稿しております。
婚約破棄された侯爵令嬢は、元婚約者の側妃にされる前に悪役令嬢推しの美形従者に隣国へ連れ去られます
葵 遥菜
恋愛
アナベル・ハワード侯爵令嬢は婚約者のイーサン王太子殿下を心から慕い、彼の伴侶になるための勉強にできる限りの時間を費やしていた。二人の仲は順調で、結婚の日取りも決まっていた。
しかし、王立学園に入学したのち、イーサン王太子は真実の愛を見つけたようだった。
お相手はエリーナ・カートレット男爵令嬢。
二人は相思相愛のようなので、アナベルは将来王妃となったのち、彼女が側妃として召し上げられることになるだろうと覚悟した。
「悪役令嬢、アナベル・ハワード! あなたにイーサン様は渡さない――!」
アナベルはエリーナから「悪」だと断じられたことで、自分の存在が二人の邪魔であることを再認識し、エリーナが王妃になる道はないのかと探り始める――。
「エリーナ様を王妃に据えるにはどうしたらいいのかしらね、エリオット?」
「一つだけ方法がございます。それをお教えする代わりに、私と約束をしてください」
「どんな約束でも守るわ」
「もし……万が一、王太子殿下がアナベル様との『婚約を破棄する』とおっしゃったら、私と一緒に隣国ガルディニアへ逃げてください」
これは、悪役令嬢を溺愛する従者が合法的に推しを手に入れる物語である。
※タイトル通りのご都合主義なお話です。
※他サイトにも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる