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27 怒り

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 目を覚ますと、涙ぐむ中年の男女がいた。

 見慣れた顔は、今世の両親のものだ。

「目を覚ましたのか……良かった、よがっだ」

 縋りつく父に声をかけようとするが、思ったように声が出ない。侍女が水を持ってきてくれたので、それを口に含む。

「わ、たし……」

「ソフィー、あなたは殿下に婚約破棄されたショックで魔力が暴走して、昏睡状態になっていたのよ」

「一週間も寝込んでいたから、もう目覚めないかと気が気じゃなかったんだ……ぐすっ」

 意識がまだ明瞭でないソフィーは視線を横に向け、目を大きく見開いた。美しい黒髪は、すっかり色が抜け落ちて真っ白になっていた。

「髪が……」

 ソフィーの驚きが伝わったのか、母が痛ましげな顔をする。

「お医者さまによると、魔力の暴走の反動で白髪になったんじゃないかって。でも気にすることないわ。あなたは髪が真っ白になっても美しいもの」

「そうだ。命があるのが奇跡なのだから、髪くらい気にするな」

 両親の慰めを聞き流しながら、魔力の暴走により前世の記憶が蘇っていたソフィーは冷静に状況を分析した。

(間違いない。白い髪に紅い瞳。そしてソフィーという名前……今のわたしは乙女ゲームの悪役だわ)

 いきなり思い出した記憶に特に戸惑いはない。あるのはあの馬鹿な元婚約者への怒りだけだ。

「殿下の横暴は許されるものではない。ソフィー、お前が望めば婚約破棄を無効にするよう、陛下にかけあうが」

 娘を気遣う父に、ソフィーは冷たい目を向ける。

(ゲームのわたしは、愛する殿下のために『わたしは身を引きます。お二人には末永くお幸せにと伝えてください』って言うのよね。そして、愛する人が離れたことに絶望して命を絶つ)

 しかし未練があり怨霊化したソフィーは、元婚約者に瓜二つの王子アルフレッドとヒロインの恋を邪魔するのだ。

 ああ、なんて。

(馬鹿馬鹿しいにもほどがある)

 何で裏切った馬鹿の幸せを願わなければならないのか? 復讐の一つもなしに自ら死んでしまうのか。そして死後悪霊になるほどの想いを抱えながら、裏切り者本人ではなくその子どもの恋路を邪魔するなんて、恨みをぶつける先を間違えている。

 ソフィーは体の中の魔力に意識を向ける。この国の民全員が束になっても叶わないほどの力。ここまでの力を持っているのに、なぜうじうじと現世から退場しなければいけないのか。

(こんなくだらないゲームのシナリオなんて――ぶっ壊してやる)

「お父様、わたしは裏切り者の馬鹿殿下とよりを戻すつもりなど毛頭ありません。仮に婚姻関係を結んだとして、アホ殿下の心がわたしにないのなら、わたしに幸せは訪れないでしょう」

 王族に対する不敬な発言に父は明らかに戸惑っているが、娘の怒りももっともだと不問にしてくれた。

「そうだな。陛下にも婚約破棄を了承する旨を――」

「ところでお父様。わたしが魔力暴走で起こした被害はどのようなものですか」

 両親は顔を見合わせて、なぜそんなことを聞くのだろうという表情を浮かべた。

「確か……ダンスパーティーが行われていた会場と、その周辺の建物が破損したと……だが怪我人はほとんどいなかったようだ」

「殿下と新しい婚約者さんは?」

「安心しろ、無傷だ」

 ソフィーは舌打ちした。

「その程度の被害しか出せていないの……?」

 今までのソフィーとは全然違う態度に、気迫に、部屋にいた人たちはじりじりとソフィーから距離をとった。

 怯える周囲に向かって、ソフィーはわざとらしく笑みを浮かべてみせた。

「お父様、お母様、ごめんなさい。まだ魔力が制御しきれないみたいで――あーれー、体が勝手に~」

 ソフィーは風の魔法で窓を割り、それから自分の体を浮かせて自室から脱出した。

 家の者は割れた窓から身を乗り出してソフィーを止めようとするが、宙に浮くソフィーを捕まえられるはずがない。

 ソフィーはひらひらと手を振った。

「今から起きることは、ぜーんぶ魔力が暴走したせいですので……怒らないでくださいね」

 大人しいソフィーでは考えられなかった行動に、両親は唖然とする。

 だがソフィーが見たいのはそんなものではない。

(ただで死んでなるものですか……あの馬鹿二人に、いいえ、このふざけた世界に目にものを見せてやる)
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