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7 宣戦布告
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サシャはその日一日中、図書館の余韻に浸っていた。
(もうあれだけで、この学園に来たかいがあった……我が人生に一片の悔いなし。いや、読破しないと悔いがありすぎる……)
三年間で読破できるとは到底思えない蔵書の量だが、陶酔状態のサシャはまともに考えられなかった。
放課後、誰もいない教室の隅で、借りた『王立学園の歴史』をにやにやしながら読む。
そんなサシャを現実に引き戻すのは、やはりアルフレッドであった。帰ったと思っていたのに。
「随分かわいらしい顔をしているね、サシャ。そんなに図書館がお気に召した?」
「……ええ、とても」
「そうだ、ちょっと話があるのだけど、いいかな?」
(疑問形だけど、拒否は許さないって雰囲気ね……)
「手短にお願いします」
「せっかくだし、図書館の自習室に行こう」
「? はぁ」
(ここじゃダメなの? まぁ、自習室なら他に人もいるだろうし、二人きりになる心配はないか)
十歩後ろに下がってついていこうとすると、きらきら王子様スマイルで腕を差し出して来るので、仕方なく横を歩く。
アルフレッドと並んで歩くと、生徒たちが皆道を開けてくれる。
ざわざわした空気に、サシャはげんなりした。
(……目立ちたくないのに)
今日一日、同級生は全くサシャに話しかけてくれなかった。住む世界が違うから。もともと仲良くできるとは思っていなかった。だがこれはずっと話しかけてくるアルフレッドのせいではないかと思う。
図書館に足を踏み入れ、サシャは恍惚の息をもらす。
ドーム状の図書館は、赤は歴史、青は自然、紫は魔法、といったように書架の真上にあるステンドグラスの色で分類が分かるようになっている。こんな芸術的な図書館があるのかと初見のサシャは感動した。そして今再び感動している。
そんなサシャを他所に、アルフレッドはカウンターで職員と何やら話をしていた。
案内された自習室には誰もいなかった。
「実は、朝のうちに申請して貸し切りにしていたんだ」
いたずらっぽく笑うアルフレッドに、嵌められた、とサシャは天を仰いだ。
「……殿下にその気がないとはいえ、未婚の男女が二人きりというのは問題が――」
「まぁまぁ、固いこと言わない。ほら座って」
アルフレッドに促されるまま、向かい合って座る。椅子のクッションは家のベッドよりもふかふかだった。
「それで、話ってなんですか?」
「実はね、君にいい就職先を紹介しようと思って」
「結構です」
アルフレッドは不思議そうに首をかしげる。
「どうして? 君は王宮に勤めたいのだろう?」
「殿下のコネで官吏になったと知られたら、陰口を叩かれること間違いなしじゃないですか。絶対嫌です。わたしは実力で認められて平穏に働きたいんです」
「……君の主張はわかった。とりあえず話は最後まで聞いてくれ」
「……わかりました」
アルフレッドはサシャの足元に跪いた。
尊い方が庶民を見上げるという、あってはならない状況にサシャは慌てる。
「ちょっ、何してるんですか! 万が一誰かに見られたら……」
「サシャ、私の王妃になってくれ」
「は…………はぁ?」
うっかり不敬な返事をしてしまった。だがそれもこれも意味の分からないことを言う、どこぞの王子様のせいである。
「君の才能は官吏なんかでくすぶらせてはもったいない。私の隣で国を一緒に動かそう」
「……殿下、寝ぼけていらっしゃいますか?」
「全然」
サシャはまじまじとアルフレッドの顔を見つめた。綺麗な青い瞳は、確かに正気のようだ。正気で頭がおかしいのかもしれないけれど。
「……つまり、殿下はわたしを、王妃という駒として使いたいということですか」
「駒なんてひどい言い草だな。お互いに尊重しあえる相棒として、だよ。でも、さすがサシャ、物分かりがいいね」
くすくすと笑うアルフレッドを、サシャは複雑な想いで見つめる。
(……別に、恋愛結婚を夢見ているわけじゃないけど……殿下がわたしなんかに好意を抱くとも思えないし……でも、それにしたって)
「王妃なんてわたしの求める平穏から一番遠いです。お断りします」
「頑固だね。……既成事実を作ってもいいんだよ?」
アルフレッドはサシャの腕をぐいっと引き寄せた。
サシャは体勢を崩し、アルフレッドの腕の中に納まった。
「……男にこんなふうに捕まったら、君は手も足も出ないだろ?」
耳元で囁かれる低い声、アルフレッドの体温、花の香りに頭がくらくらする。
サシャは顔を赤くしつつも、アルフレッドを睨みつけた。
「……そう。君のその目が好きなんだ」
「え……」
思いがけない言葉に戸惑うと、アルフレッドはにっこり微笑んでサシャを解放する。
「未来の奥さんに嫌われたくないから、手荒なことをするつもりはないよ。ちゃんと君が頷いてくれるように、頑張るつもり。――覚悟してね」
アルフレッドは優しい手つきでサシャを立たせると、自習室を去っていった。
取り残されたサシャは、うるさい心臓を抑えながら一人吠える。
「誰が頷くもんか! あの変態王子!」
(もうあれだけで、この学園に来たかいがあった……我が人生に一片の悔いなし。いや、読破しないと悔いがありすぎる……)
三年間で読破できるとは到底思えない蔵書の量だが、陶酔状態のサシャはまともに考えられなかった。
放課後、誰もいない教室の隅で、借りた『王立学園の歴史』をにやにやしながら読む。
そんなサシャを現実に引き戻すのは、やはりアルフレッドであった。帰ったと思っていたのに。
「随分かわいらしい顔をしているね、サシャ。そんなに図書館がお気に召した?」
「……ええ、とても」
「そうだ、ちょっと話があるのだけど、いいかな?」
(疑問形だけど、拒否は許さないって雰囲気ね……)
「手短にお願いします」
「せっかくだし、図書館の自習室に行こう」
「? はぁ」
(ここじゃダメなの? まぁ、自習室なら他に人もいるだろうし、二人きりになる心配はないか)
十歩後ろに下がってついていこうとすると、きらきら王子様スマイルで腕を差し出して来るので、仕方なく横を歩く。
アルフレッドと並んで歩くと、生徒たちが皆道を開けてくれる。
ざわざわした空気に、サシャはげんなりした。
(……目立ちたくないのに)
今日一日、同級生は全くサシャに話しかけてくれなかった。住む世界が違うから。もともと仲良くできるとは思っていなかった。だがこれはずっと話しかけてくるアルフレッドのせいではないかと思う。
図書館に足を踏み入れ、サシャは恍惚の息をもらす。
ドーム状の図書館は、赤は歴史、青は自然、紫は魔法、といったように書架の真上にあるステンドグラスの色で分類が分かるようになっている。こんな芸術的な図書館があるのかと初見のサシャは感動した。そして今再び感動している。
そんなサシャを他所に、アルフレッドはカウンターで職員と何やら話をしていた。
案内された自習室には誰もいなかった。
「実は、朝のうちに申請して貸し切りにしていたんだ」
いたずらっぽく笑うアルフレッドに、嵌められた、とサシャは天を仰いだ。
「……殿下にその気がないとはいえ、未婚の男女が二人きりというのは問題が――」
「まぁまぁ、固いこと言わない。ほら座って」
アルフレッドに促されるまま、向かい合って座る。椅子のクッションは家のベッドよりもふかふかだった。
「それで、話ってなんですか?」
「実はね、君にいい就職先を紹介しようと思って」
「結構です」
アルフレッドは不思議そうに首をかしげる。
「どうして? 君は王宮に勤めたいのだろう?」
「殿下のコネで官吏になったと知られたら、陰口を叩かれること間違いなしじゃないですか。絶対嫌です。わたしは実力で認められて平穏に働きたいんです」
「……君の主張はわかった。とりあえず話は最後まで聞いてくれ」
「……わかりました」
アルフレッドはサシャの足元に跪いた。
尊い方が庶民を見上げるという、あってはならない状況にサシャは慌てる。
「ちょっ、何してるんですか! 万が一誰かに見られたら……」
「サシャ、私の王妃になってくれ」
「は…………はぁ?」
うっかり不敬な返事をしてしまった。だがそれもこれも意味の分からないことを言う、どこぞの王子様のせいである。
「君の才能は官吏なんかでくすぶらせてはもったいない。私の隣で国を一緒に動かそう」
「……殿下、寝ぼけていらっしゃいますか?」
「全然」
サシャはまじまじとアルフレッドの顔を見つめた。綺麗な青い瞳は、確かに正気のようだ。正気で頭がおかしいのかもしれないけれど。
「……つまり、殿下はわたしを、王妃という駒として使いたいということですか」
「駒なんてひどい言い草だな。お互いに尊重しあえる相棒として、だよ。でも、さすがサシャ、物分かりがいいね」
くすくすと笑うアルフレッドを、サシャは複雑な想いで見つめる。
(……別に、恋愛結婚を夢見ているわけじゃないけど……殿下がわたしなんかに好意を抱くとも思えないし……でも、それにしたって)
「王妃なんてわたしの求める平穏から一番遠いです。お断りします」
「頑固だね。……既成事実を作ってもいいんだよ?」
アルフレッドはサシャの腕をぐいっと引き寄せた。
サシャは体勢を崩し、アルフレッドの腕の中に納まった。
「……男にこんなふうに捕まったら、君は手も足も出ないだろ?」
耳元で囁かれる低い声、アルフレッドの体温、花の香りに頭がくらくらする。
サシャは顔を赤くしつつも、アルフレッドを睨みつけた。
「……そう。君のその目が好きなんだ」
「え……」
思いがけない言葉に戸惑うと、アルフレッドはにっこり微笑んでサシャを解放する。
「未来の奥さんに嫌われたくないから、手荒なことをするつもりはないよ。ちゃんと君が頷いてくれるように、頑張るつもり。――覚悟してね」
アルフレッドは優しい手つきでサシャを立たせると、自習室を去っていった。
取り残されたサシャは、うるさい心臓を抑えながら一人吠える。
「誰が頷くもんか! あの変態王子!」
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