わたしは平穏に生きたい庶民です。玉の輿に興味はありません!

まあや

文字の大きさ
上 下
7 / 39

7 宣戦布告

しおりを挟む
 サシャはその日一日中、図書館の余韻に浸っていた。

(もうあれだけで、この学園に来たかいがあった……我が人生に一片の悔いなし。いや、読破しないと悔いがありすぎる……)

 三年間で読破できるとは到底思えない蔵書の量だが、陶酔状態のサシャはまともに考えられなかった。

 放課後、誰もいない教室の隅で、借りた『王立学園の歴史』をにやにやしながら読む。

 そんなサシャを現実に引き戻すのは、やはりアルフレッドであった。帰ったと思っていたのに。

「随分かわいらしい顔をしているね、サシャ。そんなに図書館がお気に召した?」

「……ええ、とても」

「そうだ、ちょっと話があるのだけど、いいかな?」

(疑問形だけど、拒否は許さないって雰囲気ね……)

「手短にお願いします」

「せっかくだし、図書館の自習室に行こう」

「? はぁ」

(ここじゃダメなの? まぁ、自習室なら他に人もいるだろうし、二人きりになる心配はないか)

 十歩後ろに下がってついていこうとすると、きらきら王子様スマイルで腕を差し出して来るので、仕方なく横を歩く。

 アルフレッドと並んで歩くと、生徒たちが皆道を開けてくれる。

 ざわざわした空気に、サシャはげんなりした。

(……目立ちたくないのに)

 今日一日、同級生は全くサシャに話しかけてくれなかった。住む世界が違うから。もともと仲良くできるとは思っていなかった。だがこれはずっと話しかけてくるアルフレッドのせいではないかと思う。

 図書館に足を踏み入れ、サシャは恍惚の息をもらす。

 ドーム状の図書館は、赤は歴史、青は自然、紫は魔法、といったように書架の真上にあるステンドグラスの色で分類が分かるようになっている。こんな芸術的な図書館があるのかと初見のサシャは感動した。そして今再び感動している。

 そんなサシャを他所に、アルフレッドはカウンターで職員と何やら話をしていた。

 案内された自習室には誰もいなかった。

「実は、朝のうちに申請して貸し切りにしていたんだ」

 いたずらっぽく笑うアルフレッドに、嵌められた、とサシャは天を仰いだ。

「……殿下にその気がないとはいえ、未婚の男女が二人きりというのは問題が――」

「まぁまぁ、固いこと言わない。ほら座って」

 アルフレッドに促されるまま、向かい合って座る。椅子のクッションは家のベッドよりもふかふかだった。

「それで、話ってなんですか?」

「実はね、君にいい就職先を紹介しようと思って」

「結構です」

 アルフレッドは不思議そうに首をかしげる。

「どうして? 君は王宮に勤めたいのだろう?」

「殿下のコネで官吏になったと知られたら、陰口を叩かれること間違いなしじゃないですか。絶対嫌です。わたしは実力で認められて平穏に働きたいんです」

「……君の主張はわかった。とりあえず話は最後まで聞いてくれ」

「……わかりました」

 アルフレッドはサシャの足元に跪いた。

 尊い方が庶民を見上げるという、あってはならない状況にサシャは慌てる。

「ちょっ、何してるんですか! 万が一誰かに見られたら……」

「サシャ、私の王妃になってくれ」

「は…………はぁ?」

 うっかり不敬な返事をしてしまった。だがそれもこれも意味の分からないことを言う、どこぞの王子様のせいである。

「君の才能は官吏なんかでくすぶらせてはもったいない。私の隣で国を一緒に動かそう」

「……殿下、寝ぼけていらっしゃいますか?」

「全然」

 サシャはまじまじとアルフレッドの顔を見つめた。綺麗な青い瞳は、確かに正気のようだ。正気で頭がおかしいのかもしれないけれど。

「……つまり、殿下はわたしを、王妃という駒として使いたいということですか」

「駒なんてひどい言い草だな。お互いに尊重しあえる相棒として、だよ。でも、さすがサシャ、物分かりがいいね」

 くすくすと笑うアルフレッドを、サシャは複雑な想いで見つめる。

(……別に、恋愛結婚を夢見ているわけじゃないけど……殿下がわたしなんかに好意を抱くとも思えないし……でも、それにしたって)

「王妃なんてわたしの求める平穏から一番遠いです。お断りします」

「頑固だね。……既成事実を作ってもいいんだよ?」

 アルフレッドはサシャの腕をぐいっと引き寄せた。

 サシャは体勢を崩し、アルフレッドの腕の中に納まった。

「……男にこんなふうに捕まったら、君は手も足も出ないだろ?」

 耳元で囁かれる低い声、アルフレッドの体温、花の香りに頭がくらくらする。

 サシャは顔を赤くしつつも、アルフレッドを睨みつけた。

「……そう。君のその目が好きなんだ」

「え……」

 思いがけない言葉に戸惑うと、アルフレッドはにっこり微笑んでサシャを解放する。

「未来の奥さんに嫌われたくないから、手荒なことをするつもりはないよ。ちゃんと君が頷いてくれるように、頑張るつもり。――覚悟してね」

 アルフレッドは優しい手つきでサシャを立たせると、自習室を去っていった。

 取り残されたサシャは、うるさい心臓を抑えながら一人吠える。

「誰が頷くもんか! あの変態王子!」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】6人目の娘として生まれました。目立たない伯爵令嬢なのに、なぜかイケメン公爵が離れない

朝日みらい
恋愛
エリーナは、伯爵家の6人目の娘として生まれましたが、幸せではありませんでした。彼女は両親からも兄姉からも無視されていました。それに才能も兄姉と比べると特に特別なところがなかったのです。そんな孤独な彼女の前に現れたのが、公爵家のヴィクトールでした。彼女のそばに支えて励ましてくれるのです。エリーナはヴィクトールに何かとほめられながら、自分の力を信じて幸せをつかむ物語です。

【完結】引きこもり令嬢は迷い込んできた猫達を愛でることにしました

かな
恋愛
乙女ゲームのモブですらない公爵令嬢に転生してしまった主人公は訳あって絶賛引きこもり中! そんな主人公の生活はとある2匹の猫を保護したことによって一変してしまい……? 可愛い猫達を可愛がっていたら、とんでもないことに巻き込まれてしまった主人公の無自覚無双の幕開けです! そしていつのまにか溺愛ルートにまで突入していて……!? イケメンからの溺愛なんて、元引きこもりの私には刺激が強すぎます!! 毎日17時と19時に更新します。 全12話完結+番外編 「小説家になろう」でも掲載しています。

悪役令嬢だとわかったので身を引こうとしたところ、何故か溺愛されました。

香取鞠里
恋愛
公爵令嬢のマリエッタは、皇太子妃候補として育てられてきた。 皇太子殿下との仲はまずまずだったが、ある日、伝説の女神として現れたサクラに皇太子妃の座を奪われてしまう。 さらには、サクラの陰謀により、マリエッタは反逆罪により国外追放されて、のたれ死んでしまう。 しかし、死んだと思っていたのに、気づけばサクラが現れる二年前の16歳のある日の朝に戻っていた。 それは避けなければと別の行き方を探るが、なぜか殿下に一度目の人生の時以上に溺愛されてしまい……!?

悪役令嬢になりたくないので、攻略対象をヒロインに捧げます

久乃り
恋愛
乙女ゲームの世界に転生していた。 その記憶は突然降りてきて、記憶と現実のすり合わせに毎日苦労する羽目になる元日本の女子高校生佐藤美和。 1周回ったばかりで、2週目のターゲットを考えていたところだったため、乙女ゲームの世界に入り込んで嬉しい!とは思ったものの、自分はヒロインではなく、ライバルキャラ。ルート次第では悪役令嬢にもなってしまう公爵令嬢アンネローゼだった。 しかも、もう学校に通っているので、ゲームは進行中!ヒロインがどのルートに進んでいるのか確認しなくては、自分の立ち位置が分からない。いわゆる破滅エンドを回避するべきか?それとも、、勝手に動いて自分がヒロインになってしまうか? 自分の死に方からいって、他にも転生者がいる気がする。そのひとを探し出さないと! 自分の運命は、悪役令嬢か?破滅エンドか?ヒロインか?それともモブ? ゲーム修正が入らないことを祈りつつ、転生仲間を探し出し、この乙女ゲームの世界を生き抜くのだ! 他サイトにて別名義で掲載していた作品です。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

【完結】名前もない悪役令嬢の従姉妹は、愛されエキストラでした

犬野きらり
恋愛
アーシャ・ドミルトンは、引越してきた屋敷の中で、初めて紹介された従姉妹の言動に思わず呟く『悪役令嬢みたい』と。 思い出したこの世界は、最終回まで私自身がアシスタントの1人として仕事をしていた漫画だった。自分自身の名前には全く覚えが無い。でも悪役令嬢の周りの人間は消えていく…はず。日に日に忘れる記憶を暗記して、物語のストーリー通りに進むのかと思いきや何故かちょこちょこと私、運良く!?偶然!?現場に居合わす。 何故、私いるのかしら?従姉妹ってだけなんだけど!悪役令嬢の取り巻きには絶対になりません。出来れば関わりたくはないけど、未来を知っているとついつい手を出して、余計なお喋りもしてしまう。気づけば私の周りは、主要キャラばかりになっているかも。何か変?は、私が変えてしまったストーリーだけど…

シナリオ通り追放されて早死にしましたが幸せでした

黒姫
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢に転生しました。神様によると、婚約者の王太子に断罪されて極北の修道院に幽閉され、30歳を前にして死んでしまう設定は変えられないそうです。さて、それでも幸せになるにはどうしたら良いでしょうか?(2/16 完結。カテゴリーを恋愛に変更しました。)

処理中です...