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5 秘密
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「はぁ。くたびれた……」
家に帰るなり、サシャは自分のベッドに飛び込み――なんてことはせず、裁縫に取り掛かる。サシャは時間を見つけては小物を作り、たまに開かれる市で売っていた。
お金のためなら、少しの時間も無駄にはしないのだ。
「「お姉ちゃん、おかえり~」」
かわいらしい声に、サシャの冷たい美貌も緩む。
「ナナ、ネネ、ただいま。お利口にしてた?」
「「うん‼︎」」
双子の妹は父似のふわふわした栗毛が愛らしい。笑顔もかわいい。一言でいえば天使だ。
二人は針仕事をしているサシャに抱き着いてくる。
「もう、針を持っているときはくっついたらダメって言ってるでしょ」
「だってお姉ちゃんとくっつきたいんだもん」
「お姉ちゃんがいないから寂しかったんだもん」
もう十二歳になるというのに、とても甘えん坊だ。
だがナナは服を作るのが上手で、ネネは驚くほど接客が上手い。甘えている姿からは想像がつかないが、しっかりそれぞれの特技を活かしてお金を稼いでいる、自慢の妹たちだ。
「リンとレンの面倒は見てくれた?」
「もちろん!」
「私たち、お姉ちゃんだもん!」
リンとレンは、これまた双子の、三歳になる弟たちだ。
胸を張る天使たちの頭を、サシャは優しく撫でてやる。
「そう、いい子だね」
天使たちは顔を赤くした。
「「お姉ちゃんの笑顔、今日も眩しすぎる……」」
「?」
ナナとネネはふと何かを思い出したように互いの顔を見合わせ、目をキラキラ……いや、ギラギラさせて尋ねてくる。
「そういえば!」
「王子様と会った⁉︎」
「え……会ったし、お話もしたけど、どうして?」
「お話も⁉︎」
「さすがヒロ――むぐっ」
「ちょっ、ナナ! 何でネネの口をふさぐの!」
「い、いやぁ。ネネに虫が止まってたから」
サシャの厳しい目に、解放されたネネもナナを援護する。
「……ぷはぁ、そ、そうなの! 助かっちゃった。ありがとうナナ!」
「いじめたわけじゃないなら、いいんだけど」
その時、奥の部屋で弟たちの泣き声が聞こえた。
「あら? 喧嘩でもしてるのかしら。見てくるね」
サシャが別室に消えると、双子はこそこそ話を始めた。
「ゲームが始まったみたいね」
「でも、入学式の日は、王子様の姿を遠目から見て、胸の高鳴りを感じるだけじゃなかった? もう接触するなんて」
「そんなこと言ったら、お姉ちゃんの性格からしてゲームとは違うもの。その辺は誤差よ!」
サシャは知らないが、妹たちは前世の記憶を持っていた。
しかも前世の彼女たちは同じ乙女ゲームをプレイしていた。
サシャがヒロインの乙女ゲームを。
貧乏な家に生まれたヒロインは、絶世の美貌と、長く艶やかな赤髪を持つ少女だ。
ある日、通りがかりの子供を持たない貴族の老人が、その美しさからヒロインを養子にしたいと申し出る。
ヒロインはその魅力的な申し出を二つ返事で受け入れ、貴族たちが通う学園に入学し、様々なイケメンと恋に落ちるという物語だ。
よくあるご都合主義的な、どこまでもヒロインに優しいゲームである。悪役令嬢もそれほど酷い目には遭わないし、ヒロインたちが世界の命運をかけた戦いに身を投じることもない。
ナナとネネは話せるようになってすぐ、お互いの前世について打ち明けた。
お互い同じゲームの知識を持っていると知ったとき、どれほど嬉しかったことか。
しかし話しているうちに、知識の違いに気が付いた。
「「あ~、楽しみだなぁ」」
「オルド様との恋」
「リアム様との恋」
二人の間に火花が散る。
「ふふ、しょうがないなぁ。ネネは。オルド様ルートの素晴らしさを知らないなんて」
「こっちの台詞よ。ナナ? リアム様、とぉっても素敵なんだから」
そう、二人は、覚えているルートが違ったのだ。
当然、記憶にある方を推すのは仕方がない。
「でも不安要素はお姉ちゃんね。原作と全然違うもの」
「赤髪は伸ばす度に惜しげもなく『お金になる』って売っちゃうし」
「養子に誘われた時も『詐欺に決まってる』って全く聞き入れなかったし」
「まぁ、育ててくれた家族をあっさり捨てて、よく知りもしない男にほいほいついていくヒロインよりはましだけど……」
「恋愛に全く興味ないしね」
二人の間に束の間の沈黙が降りる。
ネネはぎゅっと拳を握る。
「でもそこは、攻略対象たちの魅力でどうにかなるはずよ!」
「そうね。彼らを信じましょう」
推しが違う二人だが、姉の意見を尊重するという点では一致していた。なぜなら。
「「お姉ちゃんが幸せになれれば何でもいいもの!」」
そう。二人は攻略対象以上に、美しく、気高く、優しい姉が好きで好きで仕方がなかった。
彼女が幸せだというのなら、一つのルートを除けば何でもいい。
「「相手がアルフレッド様でなければ……」」
「ナナ、ネネ。一緒に遊びましょ」
「「はーい!」」
内緒話をやめて、二人は元気よく姉のもとに向かった。
家に帰るなり、サシャは自分のベッドに飛び込み――なんてことはせず、裁縫に取り掛かる。サシャは時間を見つけては小物を作り、たまに開かれる市で売っていた。
お金のためなら、少しの時間も無駄にはしないのだ。
「「お姉ちゃん、おかえり~」」
かわいらしい声に、サシャの冷たい美貌も緩む。
「ナナ、ネネ、ただいま。お利口にしてた?」
「「うん‼︎」」
双子の妹は父似のふわふわした栗毛が愛らしい。笑顔もかわいい。一言でいえば天使だ。
二人は針仕事をしているサシャに抱き着いてくる。
「もう、針を持っているときはくっついたらダメって言ってるでしょ」
「だってお姉ちゃんとくっつきたいんだもん」
「お姉ちゃんがいないから寂しかったんだもん」
もう十二歳になるというのに、とても甘えん坊だ。
だがナナは服を作るのが上手で、ネネは驚くほど接客が上手い。甘えている姿からは想像がつかないが、しっかりそれぞれの特技を活かしてお金を稼いでいる、自慢の妹たちだ。
「リンとレンの面倒は見てくれた?」
「もちろん!」
「私たち、お姉ちゃんだもん!」
リンとレンは、これまた双子の、三歳になる弟たちだ。
胸を張る天使たちの頭を、サシャは優しく撫でてやる。
「そう、いい子だね」
天使たちは顔を赤くした。
「「お姉ちゃんの笑顔、今日も眩しすぎる……」」
「?」
ナナとネネはふと何かを思い出したように互いの顔を見合わせ、目をキラキラ……いや、ギラギラさせて尋ねてくる。
「そういえば!」
「王子様と会った⁉︎」
「え……会ったし、お話もしたけど、どうして?」
「お話も⁉︎」
「さすがヒロ――むぐっ」
「ちょっ、ナナ! 何でネネの口をふさぐの!」
「い、いやぁ。ネネに虫が止まってたから」
サシャの厳しい目に、解放されたネネもナナを援護する。
「……ぷはぁ、そ、そうなの! 助かっちゃった。ありがとうナナ!」
「いじめたわけじゃないなら、いいんだけど」
その時、奥の部屋で弟たちの泣き声が聞こえた。
「あら? 喧嘩でもしてるのかしら。見てくるね」
サシャが別室に消えると、双子はこそこそ話を始めた。
「ゲームが始まったみたいね」
「でも、入学式の日は、王子様の姿を遠目から見て、胸の高鳴りを感じるだけじゃなかった? もう接触するなんて」
「そんなこと言ったら、お姉ちゃんの性格からしてゲームとは違うもの。その辺は誤差よ!」
サシャは知らないが、妹たちは前世の記憶を持っていた。
しかも前世の彼女たちは同じ乙女ゲームをプレイしていた。
サシャがヒロインの乙女ゲームを。
貧乏な家に生まれたヒロインは、絶世の美貌と、長く艶やかな赤髪を持つ少女だ。
ある日、通りがかりの子供を持たない貴族の老人が、その美しさからヒロインを養子にしたいと申し出る。
ヒロインはその魅力的な申し出を二つ返事で受け入れ、貴族たちが通う学園に入学し、様々なイケメンと恋に落ちるという物語だ。
よくあるご都合主義的な、どこまでもヒロインに優しいゲームである。悪役令嬢もそれほど酷い目には遭わないし、ヒロインたちが世界の命運をかけた戦いに身を投じることもない。
ナナとネネは話せるようになってすぐ、お互いの前世について打ち明けた。
お互い同じゲームの知識を持っていると知ったとき、どれほど嬉しかったことか。
しかし話しているうちに、知識の違いに気が付いた。
「「あ~、楽しみだなぁ」」
「オルド様との恋」
「リアム様との恋」
二人の間に火花が散る。
「ふふ、しょうがないなぁ。ネネは。オルド様ルートの素晴らしさを知らないなんて」
「こっちの台詞よ。ナナ? リアム様、とぉっても素敵なんだから」
そう、二人は、覚えているルートが違ったのだ。
当然、記憶にある方を推すのは仕方がない。
「でも不安要素はお姉ちゃんね。原作と全然違うもの」
「赤髪は伸ばす度に惜しげもなく『お金になる』って売っちゃうし」
「養子に誘われた時も『詐欺に決まってる』って全く聞き入れなかったし」
「まぁ、育ててくれた家族をあっさり捨てて、よく知りもしない男にほいほいついていくヒロインよりはましだけど……」
「恋愛に全く興味ないしね」
二人の間に束の間の沈黙が降りる。
ネネはぎゅっと拳を握る。
「でもそこは、攻略対象たちの魅力でどうにかなるはずよ!」
「そうね。彼らを信じましょう」
推しが違う二人だが、姉の意見を尊重するという点では一致していた。なぜなら。
「「お姉ちゃんが幸せになれれば何でもいいもの!」」
そう。二人は攻略対象以上に、美しく、気高く、優しい姉が好きで好きで仕方がなかった。
彼女が幸せだというのなら、一つのルートを除けば何でもいい。
「「相手がアルフレッド様でなければ……」」
「ナナ、ネネ。一緒に遊びましょ」
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