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14 帰還
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月明かりに照らされた桜。その間にひっそりと佇む門の前で、鬼さまは夜空を見上げていた。
小鬼たちに手を引かれたわたしは、ふわりと鬼さまの前に着地する。鬼さまはわたしの体を抱えていた。
「おかえり。無事、やりきったようだな」
『……うん』
温かな声に迎えられ、わたしは小さく頷いた。わたしの体にそっと触れると、ふっと吸い込まれるような感覚の後、視界が暗転する。
ゆっくり目を開けるが――鬼さまの顔は歪んで、上手く見えない。
冷たい、大きな手がわたしの頭を撫でる。
「好きなだけ、泣くといい。我慢していいことなんて何もないからな」
「っ! うっ、泣いてなんか、うう」
とめどなく流れる涙に、わたしの感情まで流れ出す。
「怖かったっ! お父さんも、おがあさんもいないのにっ、わたしの、わたしの不幸を心の底から願い続ける人がいるのが……消えてしまえって目で、見られるのがっ」
「ああ。そうだな、味方がいないのは怖い。だがお前は負けなかった」
鬼さまの言葉が、手の感触が、ぼろぼろの心に染み込んでいく。
「だって、わたしが負け、たら、お母さんが悲しむから……ひくっ」
「理由がなんであれ、やり抜ける奴はそうそういない。お前は逃げずに、本当によく頑張った」
しゃくり上げるわたしを落ち着かせるように、鬼さまはわたしを幼児のように片手で抱いて、背中をとんとんと叩いてくれた。
ひとしきり泣いて冷静になってきたわたしは、この状況が恥ずかしくなってくる。
「……なんか、わたし赤ちゃんみたい」
「俺からすればこの町の住民全員赤子のようなものだぞ。別に気にするな」
「わたしは気にする!」
「まぁまぁ。大人しくそこにいろ」
じたばたしても鬼さまの腕はびくともしなくて、わたしは降りることを諦めた。泣き顔を見られたくなくて、首元に顔を埋める。
「……信じないかもしれないけど、わたし、鬼さまの前以外ではきちんとしてるんだよ」
「あー、確かに。昼の小僧たちにはやけに丁寧に接していて驚いたぞ」
「優子さんの敵意剥き出しな態度を傍で見ていると、わたしって、今まで気がつかなかっただけで誰からも嫌われる存在なのかなって思えてきて……人と仲良くするのが怖くなって、与えられる優しさも、素直に受け取りにくくなって……」
「それが他人と一線を引く理由、か」
鬼さまはわたしを引きはがし、高く持ち上げた。
にやにやした鬼さまは、絶対に、碌なことを考えていない。
「それで? 何で俺には不躾な態度をとれるんだ?」
「そんなの、わたしも分かんないよ。最初は殺されるって思うくらい怖くて、でも話してみたら優しいお兄さんみたいな人で、ちょっと意地悪で――鬼さまが何なのか、どう接したらいいのか、よく分からなくなって敬語なんかとれちゃった」
「ふぅん……」
鬼さまは突然わたしから手を放す。
「ひゃっ」
唐突な浮遊感に心臓が飛び出そうなほど驚き――次の瞬間には再び受け止められた。まだ心臓が早鐘を打つ。
「つまり、お前が唯一、素を出せる存在が俺ということだな。なかなか気分が良い」
「ちょっ、鬼さま! 本気でびっくりしたんだけど!」
わたしはぽかぽかと鬼さまを殴った。
鬼さまは余裕の表情でそれを受け止める。
「今後は存分に俺を頼れ。今まで数えきれない数の人間を見守ってきたんだ。お前ひとりが甘えたところで、俺は全く気にしないからな」
「う……人に甘えるの、苦手なんだよね」
「ゆっくりでいい。ゆっくりで。この先、時間はいくらでもあるんだから」
そう言いながら、鬼さまは門をくぐり、屋敷へ帰っていく。
鬼さまの腕に揺られながら、わたしはその心地よさに、眠りについた。
小鬼たちに手を引かれたわたしは、ふわりと鬼さまの前に着地する。鬼さまはわたしの体を抱えていた。
「おかえり。無事、やりきったようだな」
『……うん』
温かな声に迎えられ、わたしは小さく頷いた。わたしの体にそっと触れると、ふっと吸い込まれるような感覚の後、視界が暗転する。
ゆっくり目を開けるが――鬼さまの顔は歪んで、上手く見えない。
冷たい、大きな手がわたしの頭を撫でる。
「好きなだけ、泣くといい。我慢していいことなんて何もないからな」
「っ! うっ、泣いてなんか、うう」
とめどなく流れる涙に、わたしの感情まで流れ出す。
「怖かったっ! お父さんも、おがあさんもいないのにっ、わたしの、わたしの不幸を心の底から願い続ける人がいるのが……消えてしまえって目で、見られるのがっ」
「ああ。そうだな、味方がいないのは怖い。だがお前は負けなかった」
鬼さまの言葉が、手の感触が、ぼろぼろの心に染み込んでいく。
「だって、わたしが負け、たら、お母さんが悲しむから……ひくっ」
「理由がなんであれ、やり抜ける奴はそうそういない。お前は逃げずに、本当によく頑張った」
しゃくり上げるわたしを落ち着かせるように、鬼さまはわたしを幼児のように片手で抱いて、背中をとんとんと叩いてくれた。
ひとしきり泣いて冷静になってきたわたしは、この状況が恥ずかしくなってくる。
「……なんか、わたし赤ちゃんみたい」
「俺からすればこの町の住民全員赤子のようなものだぞ。別に気にするな」
「わたしは気にする!」
「まぁまぁ。大人しくそこにいろ」
じたばたしても鬼さまの腕はびくともしなくて、わたしは降りることを諦めた。泣き顔を見られたくなくて、首元に顔を埋める。
「……信じないかもしれないけど、わたし、鬼さまの前以外ではきちんとしてるんだよ」
「あー、確かに。昼の小僧たちにはやけに丁寧に接していて驚いたぞ」
「優子さんの敵意剥き出しな態度を傍で見ていると、わたしって、今まで気がつかなかっただけで誰からも嫌われる存在なのかなって思えてきて……人と仲良くするのが怖くなって、与えられる優しさも、素直に受け取りにくくなって……」
「それが他人と一線を引く理由、か」
鬼さまはわたしを引きはがし、高く持ち上げた。
にやにやした鬼さまは、絶対に、碌なことを考えていない。
「それで? 何で俺には不躾な態度をとれるんだ?」
「そんなの、わたしも分かんないよ。最初は殺されるって思うくらい怖くて、でも話してみたら優しいお兄さんみたいな人で、ちょっと意地悪で――鬼さまが何なのか、どう接したらいいのか、よく分からなくなって敬語なんかとれちゃった」
「ふぅん……」
鬼さまは突然わたしから手を放す。
「ひゃっ」
唐突な浮遊感に心臓が飛び出そうなほど驚き――次の瞬間には再び受け止められた。まだ心臓が早鐘を打つ。
「つまり、お前が唯一、素を出せる存在が俺ということだな。なかなか気分が良い」
「ちょっ、鬼さま! 本気でびっくりしたんだけど!」
わたしはぽかぽかと鬼さまを殴った。
鬼さまは余裕の表情でそれを受け止める。
「今後は存分に俺を頼れ。今まで数えきれない数の人間を見守ってきたんだ。お前ひとりが甘えたところで、俺は全く気にしないからな」
「う……人に甘えるの、苦手なんだよね」
「ゆっくりでいい。ゆっくりで。この先、時間はいくらでもあるんだから」
そう言いながら、鬼さまは門をくぐり、屋敷へ帰っていく。
鬼さまの腕に揺られながら、わたしはその心地よさに、眠りについた。
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