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今日は最悪の日だ。本当なら今頃、あの忌々しいガキを売った金であたしは楽しくやっているはずだったのに。
狭苦しい取調室の中、腹が立つほど若くて美人な警官が少し席を外している間に、あたしは机に突っ伏した。
『優子さん』
「⁉︎」
あたしはここにいるはずがないガキの声に、思わず上体を起こす。目の前には、やけに存在感の薄いガキの姿があった。
「……はっ。嫌な夢があったもんだね。あたしをこんなとこにぶちこむきっかけになったガキが出るなんて」
『夢じゃないけど、優子さんがそう思うならそれでもいいです』
ガキは服の裾を掴み、ぎゅっと唇を噛んだ。その姿がどうしても大嫌いな義姉の姿と重なって、あたしを苛立たせる。
「さっさと失せな! あたしゃあんたの顔も、声も大っ嫌いなんだよ!」
『お母さんに似ているから、ですか?』
「……ああそうだ。あたしから幸せを全部奪ったあの女に似ているからだ!」
父の再婚で義姉になった女は、美人で、優しくて、誰からも好かれていた。父でさえ、実子のあたしよりもその女を可愛がった。そんな惨めな状況のなかで、その女だけはあたしを気にかけて――それがより一層惨めだった。
そして好きになった男も、あたしではなく義姉を選んだ。
あたしが欲した愛を、あの女はいとも簡単に享受して、幸せそうに微笑むのだ。
「ははっ、あいつが早死にして清々するね。旦那にも先立たれてかわいそうに」
あたしの口から勝手に憎しみの言葉が零れる。
『お母さんは幸せでした。裕福ではなかったけど、お父さんの忘れ形見であるわたしと過ごせて、そんなに苦しまずに、ころっと死んだんだから』
「うるさい! あいつは不幸だった! あぁ、かわいそうな奴だ! 早くに死んだから娘をあたしなんかに引き取られる羽目になったんだから。どうやったらお前らを不幸にできるかずっとずっとずっとずっと考えているあたしに!」
『……やっぱりそうなんですね』
怨嗟の言葉をぶつけられ続けてもなお、ガキは真っ直ぐあたしを見つめた。
『でもわたしは、優子さんに感謝しています』
「は?」
ありえない言葉に、あたしは呆けたような声しか出せなかった。
『お母さんにね、高校には行っとかないとねって昔から言われてたんです。優子さんはたぶんわたしを孤立させるために、友達から引き離して誰も知り合いのいないこの町に連れてきたんでしょうけど。それでも、高校に行かせてくれてありがたいと思っています。携帯とか持っていなくて、親がいなくても高校に通えるかとか、調べられなかったんで』
あたしの体がわなわなと震える。憎い相手からの感謝の言葉ほど、聞きたくないものはない。
「黙れぇっ! 黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ」
夢なら早く覚めてほしい。そう祈っても、ガキはまだしゃべり続ける。
『優子さんがわたしを苦しめようとしているのは気づいていました。それでも逃げなかったのは、お母さんのもう一つの遺言があったからです』
頼むから、あの女と同じ顔で、醜いあたしを見ないで。
『「受けた恩は必ず返しなさい」って。だからわたしは、優子さんの言うお仕事で、学費とか生活費とかあらかた稼げて、恩を返すまでは何があっても優子さんのところにいようと思っていました。……今の状況では難しいですけどね』
「あ……あ……」
怒りや絶望で言葉も出せなくなっているあたしを煽るように、ガキは笑ってみせた。
『わたし、本当に優子さんに感謝しています! 傷つけようとして連れてきたこの町で、わたし、妖と関わる能力が身についたんです! 鬼――まぁ何だかすごい人いわく、この力をちゃんと使えるようになれば高給取り間違いなしだって! だから、自立して稼げるようになったら、優子さんに今まで借りた恩は耳を揃えて返しますね!』
ガキの言っていることは、あたしにはほとんど理解できなかった。
分かるのは、あたしの復讐は無駄だったと言おうとしていることだけ。
『優子さんのおかげで、わたしはきっと幸せになれます。残念でしたね。優子さんはもう亡くなったお母さんの幸せを傷つけることもできないし、わたしの幸せに手を貸してしまったんですから』
「うぐっぁあああああああああああ」
喉から血が吹き出そうなほどの、獣のような叫びが聞こえる。椅子を倒し、ガキにつかみかかろうとするが、手は虚しく空を掻いた。
ガキは深く頭を下げ、再び顔を上げた時、その頬には涙が流れていた。
『ここまで、ありがとうございました。そして――ざまあみろ!』
ガキの姿は煙のように消え、一人残されたあたしは、狂ったように壁に頭を打ち付けるしかできなかった。
狭苦しい取調室の中、腹が立つほど若くて美人な警官が少し席を外している間に、あたしは机に突っ伏した。
『優子さん』
「⁉︎」
あたしはここにいるはずがないガキの声に、思わず上体を起こす。目の前には、やけに存在感の薄いガキの姿があった。
「……はっ。嫌な夢があったもんだね。あたしをこんなとこにぶちこむきっかけになったガキが出るなんて」
『夢じゃないけど、優子さんがそう思うならそれでもいいです』
ガキは服の裾を掴み、ぎゅっと唇を噛んだ。その姿がどうしても大嫌いな義姉の姿と重なって、あたしを苛立たせる。
「さっさと失せな! あたしゃあんたの顔も、声も大っ嫌いなんだよ!」
『お母さんに似ているから、ですか?』
「……ああそうだ。あたしから幸せを全部奪ったあの女に似ているからだ!」
父の再婚で義姉になった女は、美人で、優しくて、誰からも好かれていた。父でさえ、実子のあたしよりもその女を可愛がった。そんな惨めな状況のなかで、その女だけはあたしを気にかけて――それがより一層惨めだった。
そして好きになった男も、あたしではなく義姉を選んだ。
あたしが欲した愛を、あの女はいとも簡単に享受して、幸せそうに微笑むのだ。
「ははっ、あいつが早死にして清々するね。旦那にも先立たれてかわいそうに」
あたしの口から勝手に憎しみの言葉が零れる。
『お母さんは幸せでした。裕福ではなかったけど、お父さんの忘れ形見であるわたしと過ごせて、そんなに苦しまずに、ころっと死んだんだから』
「うるさい! あいつは不幸だった! あぁ、かわいそうな奴だ! 早くに死んだから娘をあたしなんかに引き取られる羽目になったんだから。どうやったらお前らを不幸にできるかずっとずっとずっとずっと考えているあたしに!」
『……やっぱりそうなんですね』
怨嗟の言葉をぶつけられ続けてもなお、ガキは真っ直ぐあたしを見つめた。
『でもわたしは、優子さんに感謝しています』
「は?」
ありえない言葉に、あたしは呆けたような声しか出せなかった。
『お母さんにね、高校には行っとかないとねって昔から言われてたんです。優子さんはたぶんわたしを孤立させるために、友達から引き離して誰も知り合いのいないこの町に連れてきたんでしょうけど。それでも、高校に行かせてくれてありがたいと思っています。携帯とか持っていなくて、親がいなくても高校に通えるかとか、調べられなかったんで』
あたしの体がわなわなと震える。憎い相手からの感謝の言葉ほど、聞きたくないものはない。
「黙れぇっ! 黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ」
夢なら早く覚めてほしい。そう祈っても、ガキはまだしゃべり続ける。
『優子さんがわたしを苦しめようとしているのは気づいていました。それでも逃げなかったのは、お母さんのもう一つの遺言があったからです』
頼むから、あの女と同じ顔で、醜いあたしを見ないで。
『「受けた恩は必ず返しなさい」って。だからわたしは、優子さんの言うお仕事で、学費とか生活費とかあらかた稼げて、恩を返すまでは何があっても優子さんのところにいようと思っていました。……今の状況では難しいですけどね』
「あ……あ……」
怒りや絶望で言葉も出せなくなっているあたしを煽るように、ガキは笑ってみせた。
『わたし、本当に優子さんに感謝しています! 傷つけようとして連れてきたこの町で、わたし、妖と関わる能力が身についたんです! 鬼――まぁ何だかすごい人いわく、この力をちゃんと使えるようになれば高給取り間違いなしだって! だから、自立して稼げるようになったら、優子さんに今まで借りた恩は耳を揃えて返しますね!』
ガキの言っていることは、あたしにはほとんど理解できなかった。
分かるのは、あたしの復讐は無駄だったと言おうとしていることだけ。
『優子さんのおかげで、わたしはきっと幸せになれます。残念でしたね。優子さんはもう亡くなったお母さんの幸せを傷つけることもできないし、わたしの幸せに手を貸してしまったんですから』
「うぐっぁあああああああああああ」
喉から血が吹き出そうなほどの、獣のような叫びが聞こえる。椅子を倒し、ガキにつかみかかろうとするが、手は虚しく空を掻いた。
ガキは深く頭を下げ、再び顔を上げた時、その頬には涙が流れていた。
『ここまで、ありがとうございました。そして――ざまあみろ!』
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