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10 解決?
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正座するわたしたちを前に、鬼さまは肩を震わせていた。
「っく、くく……まさか三人の魂が入れ替わっていたとはな」
わたしは唇を尖らせた。
「笑い事じゃないよ。最初は何が何だか分からなかったもん」
他の二人もうんうんと頷く。
「まぁ、そう怒るな。すぐに戻してやるから」
鬼さまはわたしたちに手を繋ぐよう指示すると、目を閉じて何やら呪文を唱え始めた。
空気が変わる。
低く小さな声は何を言っているか聞き取ることができないが、まるで子守唄のような温かさがあり、わたしの意識はふっと遠のいた。
次に意識を取り戻した時、わたしの体は白檀の香りに包まれていた。
「お、目を覚ましたか。なかなか筋が良い」
瞼を開けると、鬼さまの秀麗な顔がすぐ傍に迫っていた。
「うひゃっ⁉︎」
わたしは反射的に張り手をかまそうとしたが、軽々と受け止められた。掴まれた手は儀式前とは違い、白くて細い。元に戻ったようだ。
「せっかく受け止めてやったのに」
「……ごめん、つい」
熱くなった顔を隠して「恥ずかしいから放して」とお願いすると、鬼さまは機嫌よくわたしを畳の上に降ろした。
他の二人はと視線を動かすと、合田先輩はびしっと正座し、新山さんは倒れていた。
「柔道部の君は流石に受け身が上手いな」
「お褒めの言葉、ありがとうございます」
鬼さまはのびている新山さんを呆れ顔で眺めた。
「この優男は鈍いな。彼女の親類とは思えん」
「彼女って?」
「ああ。お前の元バイト先の店長だ。あれは妖力が桁外れに強い化け狸だぞ? 気がつかなかったか」
「え? ええええぇぇぇ⁉︎」
驚愕の声を上げるわたしを、扇で口元を隠した鬼さまが楽しそうに見つめる。
「この町にはな、妖がそこらに紛れ込んでいるんだぞ」
わたしの身近に、妖は存在していたのだ。衝撃の事実にわたしは呆然とするしかなかった。
そんなわたしを置いて鬼さまは合田先輩と気安げに会話している。もしかして、町の住民一人ひとりを認知しているのだろうか。
しばらくして、やっと新山さんが目を覚ました。
「うぅ、何だか後頭部が痛い」
「元に戻ったのだから良いではないか。そうだ。この騒ぎを起こした小鬼どもも捕まえている。皆、目を覚ましたことだし呼ぶとしよう」
鬼さまが指を鳴らすと、しゅんとした小鬼が三匹、双子に連れられてきた。小夜を案内した赤い小鬼の他に、青いのと黄色いのがいる。
「この子たちは、どうしてこんなことを?」
わたしの質問に対して、小鬼が鬼さまに向かって何か喚いている。
鬼さまは真っ直ぐわたしを見つめた。
「お前のことが好きだから、願いを叶えたかったんだと。そこの二人はついでだ」
「願い……」
もしかして、「新山さんみたいに大人だったら」と思ったことだろうか。だとしたら斜め上の叶え方をしてくれたものだ。
ついでとはいえ、他の二人にも何か願いがあったということで。
新山さんを見ると、心当たりがあるのだろう。気まずそうに顔を背ける。
合田先輩は真顔である。
「顧問から柔道部に女子部員を増やせと言われ、君のような働き者の女子部員が入ってくれればいいと思った」
「な、なるほど」
女性になりたいという願望があったわけではないらしい。
と、その時、どこからか飛んできた蝶が鬼さまの扇の上で羽を休めた。鬼さまは目を細める。
「優男、店長からの呼び出しだぞ。『そろそろ酒も抜けただろ? 働いてもらうのは明日からと思ったが今日はえらい繁盛してね。身なりを整えてさっさと出勤しな』だと」
「えぇ⁉︎ そ、そんな……ていうか何で店長が鬼さまと連絡とれるんですか⁉︎」
ショックを受けた様子の新山さんに、鬼さまは「とっとと行かないと後でひどい目に遭うぞ」と追い打ちをかける。
新山さんは慌てて部屋を出ようとして――後ろ髪を引かれるようにわたしの方を向いた。わたしは大きく手を振る。
「新山さーん! また客としてお店に行きますね」
新山さんも軽く手を振り返してくれたが、その背中はどこか寂しげだった。
「俺もそろそろお暇するが、小夜、くんだったか?」
「はい。小嶋小夜です。えっと、どうかしましたか? あ、今回も大変迷惑をかけて申し訳なく思って――」
「いや、入れ替わりの件はいい。それよりも話したいことがある。口出しすべきことではないかもしれないが」
わたしの顔が強張った。合田先輩は鬼さまにちらりと目配せした。
「俺は邪魔か?」
鬼さまの問いかけにわたしは首を横に振った。
「……はぁ。ううん、一緒にいて。どうせ鬼さまはわたしの事情なんて全部知ってそうだし」
「人をストーカーみたいに言うな」
鬼さまに軽く小突かれて、わたしの緊張は少しほぐれた。
「どうぞ、話してください。今日の、わたしたちが合流する前の話、ですよね」
「あぁ」
わたしを眼光鋭く見据えたまま、合田先輩は今日の出来事について語りだした。
「っく、くく……まさか三人の魂が入れ替わっていたとはな」
わたしは唇を尖らせた。
「笑い事じゃないよ。最初は何が何だか分からなかったもん」
他の二人もうんうんと頷く。
「まぁ、そう怒るな。すぐに戻してやるから」
鬼さまはわたしたちに手を繋ぐよう指示すると、目を閉じて何やら呪文を唱え始めた。
空気が変わる。
低く小さな声は何を言っているか聞き取ることができないが、まるで子守唄のような温かさがあり、わたしの意識はふっと遠のいた。
次に意識を取り戻した時、わたしの体は白檀の香りに包まれていた。
「お、目を覚ましたか。なかなか筋が良い」
瞼を開けると、鬼さまの秀麗な顔がすぐ傍に迫っていた。
「うひゃっ⁉︎」
わたしは反射的に張り手をかまそうとしたが、軽々と受け止められた。掴まれた手は儀式前とは違い、白くて細い。元に戻ったようだ。
「せっかく受け止めてやったのに」
「……ごめん、つい」
熱くなった顔を隠して「恥ずかしいから放して」とお願いすると、鬼さまは機嫌よくわたしを畳の上に降ろした。
他の二人はと視線を動かすと、合田先輩はびしっと正座し、新山さんは倒れていた。
「柔道部の君は流石に受け身が上手いな」
「お褒めの言葉、ありがとうございます」
鬼さまはのびている新山さんを呆れ顔で眺めた。
「この優男は鈍いな。彼女の親類とは思えん」
「彼女って?」
「ああ。お前の元バイト先の店長だ。あれは妖力が桁外れに強い化け狸だぞ? 気がつかなかったか」
「え? ええええぇぇぇ⁉︎」
驚愕の声を上げるわたしを、扇で口元を隠した鬼さまが楽しそうに見つめる。
「この町にはな、妖がそこらに紛れ込んでいるんだぞ」
わたしの身近に、妖は存在していたのだ。衝撃の事実にわたしは呆然とするしかなかった。
そんなわたしを置いて鬼さまは合田先輩と気安げに会話している。もしかして、町の住民一人ひとりを認知しているのだろうか。
しばらくして、やっと新山さんが目を覚ました。
「うぅ、何だか後頭部が痛い」
「元に戻ったのだから良いではないか。そうだ。この騒ぎを起こした小鬼どもも捕まえている。皆、目を覚ましたことだし呼ぶとしよう」
鬼さまが指を鳴らすと、しゅんとした小鬼が三匹、双子に連れられてきた。小夜を案内した赤い小鬼の他に、青いのと黄色いのがいる。
「この子たちは、どうしてこんなことを?」
わたしの質問に対して、小鬼が鬼さまに向かって何か喚いている。
鬼さまは真っ直ぐわたしを見つめた。
「お前のことが好きだから、願いを叶えたかったんだと。そこの二人はついでだ」
「願い……」
もしかして、「新山さんみたいに大人だったら」と思ったことだろうか。だとしたら斜め上の叶え方をしてくれたものだ。
ついでとはいえ、他の二人にも何か願いがあったということで。
新山さんを見ると、心当たりがあるのだろう。気まずそうに顔を背ける。
合田先輩は真顔である。
「顧問から柔道部に女子部員を増やせと言われ、君のような働き者の女子部員が入ってくれればいいと思った」
「な、なるほど」
女性になりたいという願望があったわけではないらしい。
と、その時、どこからか飛んできた蝶が鬼さまの扇の上で羽を休めた。鬼さまは目を細める。
「優男、店長からの呼び出しだぞ。『そろそろ酒も抜けただろ? 働いてもらうのは明日からと思ったが今日はえらい繁盛してね。身なりを整えてさっさと出勤しな』だと」
「えぇ⁉︎ そ、そんな……ていうか何で店長が鬼さまと連絡とれるんですか⁉︎」
ショックを受けた様子の新山さんに、鬼さまは「とっとと行かないと後でひどい目に遭うぞ」と追い打ちをかける。
新山さんは慌てて部屋を出ようとして――後ろ髪を引かれるようにわたしの方を向いた。わたしは大きく手を振る。
「新山さーん! また客としてお店に行きますね」
新山さんも軽く手を振り返してくれたが、その背中はどこか寂しげだった。
「俺もそろそろお暇するが、小夜、くんだったか?」
「はい。小嶋小夜です。えっと、どうかしましたか? あ、今回も大変迷惑をかけて申し訳なく思って――」
「いや、入れ替わりの件はいい。それよりも話したいことがある。口出しすべきことではないかもしれないが」
わたしの顔が強張った。合田先輩は鬼さまにちらりと目配せした。
「俺は邪魔か?」
鬼さまの問いかけにわたしは首を横に振った。
「……はぁ。ううん、一緒にいて。どうせ鬼さまはわたしの事情なんて全部知ってそうだし」
「人をストーカーみたいに言うな」
鬼さまに軽く小突かれて、わたしの緊張は少しほぐれた。
「どうぞ、話してください。今日の、わたしたちが合流する前の話、ですよね」
「あぁ」
わたしを眼光鋭く見据えたまま、合田先輩は今日の出来事について語りだした。
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