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9 混乱
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わたしは「わたし」を揺さぶった。
「新山さん、貴方は元の体で十分素敵な人です! だから早まらないでください!」
「え」
横で合田先輩が素っ頓狂な声を上げる。だがわたしはそちらを気にする余裕などない。
揺さぶられるがままになっていた「わたし」は、何か言おうと口を開く。
が、その前にわたしの肩を掴まれた。
「えっと、ご、合田くん……だよね? 何で小夜ちゃんを俺だと思ったのかは分からないけど、そんなに気安く触らないで」
合田先輩が、なぜわたしを「合田」と呼ぶのか。わたしは訳が分からず固まった。
わたしは先ほどの言葉を反芻する。「何で小夜ちゃんを俺だと思った」?
「も、もしかして、新山さんですか?」
合田先輩をじっと見つめて、そう尋ねると、合田先輩の姿をしたその人は気まずげに頷いた。
わたしは混乱していた。てっきり新山さんと魂が入れ替わったと思っていたのに、新山さんの魂は合田先輩の体に入っていた。
(じゃあ、わたしの体に入っているのは――)
視線を集めた「わたし」は無表情で右手を挙げた。
「……俺が、合田だ」
予想外の事態に呆然としているわたしと新山さんを眺めながら、合田先輩はお腹を押さえた。
ぎゅ~。
「申し訳ない。腹が減ってしかたがないので、まず腹ごしらえをしても良いだろうか?」
そう言って合田先輩はラーメン屋に入っていくので、わたしたちはついていくしかなかった。
「いらっしゃい! あら、たけしくんじゃないか! その子は彼女かい?」
「え、いや、そんな――」
店員のおばちゃんの元気の良い声にびくっとした新山さんは、もごもごと口ごもる。おばちゃんは右の眉をぐいっと上げた。
「おや? ずいぶんと調子が悪そうだね? うちのご飯でも食って元気だしな!」
「は、はぁ」
たじたじの新山さんに対し、合田先輩は淡々とおばちゃんに声を掛ける。
「奥のテーブル席を使ってもいいですか?」
「もちろん! ゆっくりしていきな」
先輩に促されるままに、カウンターの喧騒から少し離れた席に着く。
合田先輩は大盛激辛ラーメン、新山さんは大盛豚骨ラーメン、わたしは小盛醤油ラーメンを頼んだ。
不慣れな手つきで髪を結んだ合田先輩は、戸惑うわたしたちに一言説明する。
「ここは俺のバイト先だ」
「そ、そうなんですね」
ねじり鉢巻きをして湯切りする合田先輩を想像する。非常にしっくりきた。
すぐに運ばれてきたラーメンを三人は無言で啜った。合田先輩はわたしの一日の食事分よりも多そうな量のラーメンを誰よりも早く完食した。同じ体なのに何でそんなに食べられるのか不思議でならなかった。
合田先輩は少し驚いたような顔をする。
「この体は胃が小さいな。普段は替え玉するんだが」
「……その体は小夜ちゃんのだから、無理させてはダメだよ」
悄然とした面持ちで黙々とラーメンに向き合っていた新山さんが口を挟む。合田先輩も頷いた。先輩は食事中のわたしたちを観察した。自分に見られているようで、わたしは居心地が悪かった。
「……お二人は、この入れ替わりの理由を知っているのだろうか」
「いや、俺は朝起きたらこの体になっていて、びっくりしたよ」
「わたしも。ただ、鬼さま曰く妖の仕業とのことです」
口に出してから、こんな突拍子もないこと信じてくれないかも、とわたしは唾を呑んだ。
「なるほど。鬼さまが言うならそうなのだろう」
「妖のいたずらなんて、俺には縁が無いと思ってたなぁ」
二人は何の疑いもなく信じた。わたしはあんぐりと口を開ける。
「え、信じるんですか? いや、嘘ではないので信じてもらわないと困るんですけど」
「実際、こうして人智を超えたことが起きているからな」
「鬼さまは守り神だし、嘘は吐かないでしょ」
わたしは改めて、この町は今まで住んでいた町とは常識が異なると実感した。
「では、鬼さまならこの事態を解決できるんだな?」
「は、はい。体を持ってくれば、元に戻すって……」
「じゃ、ご飯を食べ終わったら社に行こうか。新年以外で行くなんて新鮮だけど、緊張するね」
最初の混乱は嘘のようにとんとん拍子で話が進み、わたしたちはついに社に向かうことになった。
「新山さん、貴方は元の体で十分素敵な人です! だから早まらないでください!」
「え」
横で合田先輩が素っ頓狂な声を上げる。だがわたしはそちらを気にする余裕などない。
揺さぶられるがままになっていた「わたし」は、何か言おうと口を開く。
が、その前にわたしの肩を掴まれた。
「えっと、ご、合田くん……だよね? 何で小夜ちゃんを俺だと思ったのかは分からないけど、そんなに気安く触らないで」
合田先輩が、なぜわたしを「合田」と呼ぶのか。わたしは訳が分からず固まった。
わたしは先ほどの言葉を反芻する。「何で小夜ちゃんを俺だと思った」?
「も、もしかして、新山さんですか?」
合田先輩をじっと見つめて、そう尋ねると、合田先輩の姿をしたその人は気まずげに頷いた。
わたしは混乱していた。てっきり新山さんと魂が入れ替わったと思っていたのに、新山さんの魂は合田先輩の体に入っていた。
(じゃあ、わたしの体に入っているのは――)
視線を集めた「わたし」は無表情で右手を挙げた。
「……俺が、合田だ」
予想外の事態に呆然としているわたしと新山さんを眺めながら、合田先輩はお腹を押さえた。
ぎゅ~。
「申し訳ない。腹が減ってしかたがないので、まず腹ごしらえをしても良いだろうか?」
そう言って合田先輩はラーメン屋に入っていくので、わたしたちはついていくしかなかった。
「いらっしゃい! あら、たけしくんじゃないか! その子は彼女かい?」
「え、いや、そんな――」
店員のおばちゃんの元気の良い声にびくっとした新山さんは、もごもごと口ごもる。おばちゃんは右の眉をぐいっと上げた。
「おや? ずいぶんと調子が悪そうだね? うちのご飯でも食って元気だしな!」
「は、はぁ」
たじたじの新山さんに対し、合田先輩は淡々とおばちゃんに声を掛ける。
「奥のテーブル席を使ってもいいですか?」
「もちろん! ゆっくりしていきな」
先輩に促されるままに、カウンターの喧騒から少し離れた席に着く。
合田先輩は大盛激辛ラーメン、新山さんは大盛豚骨ラーメン、わたしは小盛醤油ラーメンを頼んだ。
不慣れな手つきで髪を結んだ合田先輩は、戸惑うわたしたちに一言説明する。
「ここは俺のバイト先だ」
「そ、そうなんですね」
ねじり鉢巻きをして湯切りする合田先輩を想像する。非常にしっくりきた。
すぐに運ばれてきたラーメンを三人は無言で啜った。合田先輩はわたしの一日の食事分よりも多そうな量のラーメンを誰よりも早く完食した。同じ体なのに何でそんなに食べられるのか不思議でならなかった。
合田先輩は少し驚いたような顔をする。
「この体は胃が小さいな。普段は替え玉するんだが」
「……その体は小夜ちゃんのだから、無理させてはダメだよ」
悄然とした面持ちで黙々とラーメンに向き合っていた新山さんが口を挟む。合田先輩も頷いた。先輩は食事中のわたしたちを観察した。自分に見られているようで、わたしは居心地が悪かった。
「……お二人は、この入れ替わりの理由を知っているのだろうか」
「いや、俺は朝起きたらこの体になっていて、びっくりしたよ」
「わたしも。ただ、鬼さま曰く妖の仕業とのことです」
口に出してから、こんな突拍子もないこと信じてくれないかも、とわたしは唾を呑んだ。
「なるほど。鬼さまが言うならそうなのだろう」
「妖のいたずらなんて、俺には縁が無いと思ってたなぁ」
二人は何の疑いもなく信じた。わたしはあんぐりと口を開ける。
「え、信じるんですか? いや、嘘ではないので信じてもらわないと困るんですけど」
「実際、こうして人智を超えたことが起きているからな」
「鬼さまは守り神だし、嘘は吐かないでしょ」
わたしは改めて、この町は今まで住んでいた町とは常識が異なると実感した。
「では、鬼さまならこの事態を解決できるんだな?」
「は、はい。体を持ってくれば、元に戻すって……」
「じゃ、ご飯を食べ終わったら社に行こうか。新年以外で行くなんて新鮮だけど、緊張するね」
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