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8 入れ替わった新山
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朝、目が覚めると見知らぬ部屋にいた。おかしい。昨日は自分の家で一人、やけ酒を呷っていたはずなのに。
とりあえず起き上がる。と、どたどたと激しい音が部屋の外から聞こえた。
「たけし! 朝練にも出ないから心配したのよ!」
「どこか具合でも悪いのか!」
「兄ちゃんが寝ている間に、すっげー強い女の子が道場破りに来たんだぜ!」
部屋に乗り込んできたのは、全く知らないゴツイ男女と、小学生くらいのがたいのいい男の子。
眼光鋭い三人の顔がぐいっと近づいてきて、俺はその圧に耐えられず、壁際に退いた。
俺はたけしじゃなくて新山渉だし、弟もいない。状況に混乱しつつ、とりあえず誤魔化すことにした。
「そうなんだ。どうにも具合が悪くて……ちょっと外の空気でも吸ってこようかな」
「そうね。いつもと違って覇気もないし、気分転換した方が良さそう」
「無理はするなよ」
三人は俺の言葉に納得してくれたようで、部屋から出ていってくれた。
放心状態の俺は、思わず呟く。
「いったいどうなってんだ? これは夢か?」
にしては布団の手触りとか、知らない人の声とかがリアル過ぎる。
家をうろつきつつ見つけた洗面所で、俺は更に驚いた。
「こいつ……昨日の!」
鏡に映っていたのは、俺の小夜ちゃんに「先輩♡」と呼ばれていた合田とかいう野郎だった。
小夜ちゃんと同じ高校の生徒で、しかも学年が違うにも関わらず小夜ちゃんが認識しているという事実に羨ましいやら妬ましいやらで胸がいっぱいになったのを思い出す。
小夜ちゃんには一目惚れだった。初めてバイトに来た時の「小嶋小夜です。今日からよろしくお願いします」と言って、ぺこりとお辞儀した後のはにかむような笑顔に胸を撃ち抜かれたのだ。小さな体で一生懸命働く姿には和まずにはいられないし、ふと見せる寂しそうな表情にはぎゅっと抱きしめたいという衝動を抑えるので大変だった。
恋した子がまだ高校生で、社会人の自分からアピールするのは気後れすると二の足を踏んでいたところに、バイトを辞めるという衝撃発言。
職場という唯一の接点を失うことに傷心の俺は、合田とやらが羨ましくてならなかった。
(ちくしょう! 俺がこいつだったら、気兼ねなくデートにも誘えるし「先輩」って呼んでもらえるのに)
突然現れたライバルをぎりぎり睨みながら、あの時は心の底からそう思ったものだ。
小夜ちゃんが帰った後、ぼろぼろ泣く俺を見た店長が「お前は見た目だけならイケメン風なのに、つくづく中身が残念だね」と呆れていたが、失恋同然なのだから仕方がないではないか。
もうチャンスが無いかもしれないと、自棄になって家で酒を飲みまくったのも自然の成り行きだった。
(もしかして、俺の念が神様に届いて、今の俺は合田になっているのか?)
なんという神のいたずらか。俺はその場に崩れ落ちた。合田の状態で小夜ちゃんと結ばれてもしょうがないじゃないか!
「母さーん、やっぱりお兄ちゃん変だよ」という合田弟の声はするが、構っていられない。
しばし床を見つめていた俺は、かっと目を見開いた。
何はともあれ、この状況を利用するしかない。高校生という身分であるうちに、小夜ちゃんの好みをリサーチするのだ。学生向けの雑誌を買って読み込んではいたが、やはり本人に好きなものを聞くのが一番だ。元の体に戻ってから完璧なデートをする前準備だと思えばいい。
何事もなかったように立ち上がった俺は、心配そうに見つめる合田母からもらったお小遣いを手に、小夜ちゃんを探すことにした。
もちろん、当てはない。流石に家がどこかまでは知らない。学校や職場からは遠くないだろうが、捜索範囲が広すぎる。
ため息を吐きつつ、とりあえず職場の方へ歩いていると――小夜ちゃんがこちらに向かって走って来ていた。
思わず息をのむ。髪がふわふわ揺れているのも可愛いし、ほのかにシャンプーの香りがするのもドキドキする。体操服姿なのも珍しい。今までそういう話を聞いたことはないが、何か部活に入っているのだろうか。
何はともあれ、まずは挨拶だ。大きく深呼吸して――。
「コ、コンニチハ」
「……こんにちは」
声が裏返ってしまったが、小夜ちゃんは馬鹿にすることもなく挨拶を返してくれる。優しい。何だか今日は無表情で、いつもよりミステリアスな雰囲気だ。
(そんな小夜ちゃんも良い!)
荒ぶる呼吸を抑え、ごほん、と咳払いを一つする。
「さ、小夜ちゃん。お昼食べに行かない? 奢るし、小夜ちゃんの行きたいお店でいいから」
緊張のあまり、何の前置きもなく誘ってしまった。
(こんな誘い方、顔見知りなだけの先輩にされたら断るに決まってんだろ! あんなに練習したのに何やってんだ俺!)
脳内で自分を殴っていると、小夜ちゃんは首を傾げつつも頷いた。
「分かりました。立ち話も何ですし、行きましょうか」
「え」
小夜ちゃんはさっさと激辛ラーメン屋の方へ進んでいく。カフェとかが似合いそうな見た目なのに激辛ラーメンとは、そんなギャップも良い。
男にはもっと警戒心を持った方がいいんじゃないかと心配になりつつも、OKを貰えたのでひとまずガッツポーズをした。
そんな時、酒焼けした男の声が聞こえた。
「新山さん! 思いとどまってください!」
いきなり名前を呼ばれた俺は、思わず飛び上がった。
とりあえず起き上がる。と、どたどたと激しい音が部屋の外から聞こえた。
「たけし! 朝練にも出ないから心配したのよ!」
「どこか具合でも悪いのか!」
「兄ちゃんが寝ている間に、すっげー強い女の子が道場破りに来たんだぜ!」
部屋に乗り込んできたのは、全く知らないゴツイ男女と、小学生くらいのがたいのいい男の子。
眼光鋭い三人の顔がぐいっと近づいてきて、俺はその圧に耐えられず、壁際に退いた。
俺はたけしじゃなくて新山渉だし、弟もいない。状況に混乱しつつ、とりあえず誤魔化すことにした。
「そうなんだ。どうにも具合が悪くて……ちょっと外の空気でも吸ってこようかな」
「そうね。いつもと違って覇気もないし、気分転換した方が良さそう」
「無理はするなよ」
三人は俺の言葉に納得してくれたようで、部屋から出ていってくれた。
放心状態の俺は、思わず呟く。
「いったいどうなってんだ? これは夢か?」
にしては布団の手触りとか、知らない人の声とかがリアル過ぎる。
家をうろつきつつ見つけた洗面所で、俺は更に驚いた。
「こいつ……昨日の!」
鏡に映っていたのは、俺の小夜ちゃんに「先輩♡」と呼ばれていた合田とかいう野郎だった。
小夜ちゃんと同じ高校の生徒で、しかも学年が違うにも関わらず小夜ちゃんが認識しているという事実に羨ましいやら妬ましいやらで胸がいっぱいになったのを思い出す。
小夜ちゃんには一目惚れだった。初めてバイトに来た時の「小嶋小夜です。今日からよろしくお願いします」と言って、ぺこりとお辞儀した後のはにかむような笑顔に胸を撃ち抜かれたのだ。小さな体で一生懸命働く姿には和まずにはいられないし、ふと見せる寂しそうな表情にはぎゅっと抱きしめたいという衝動を抑えるので大変だった。
恋した子がまだ高校生で、社会人の自分からアピールするのは気後れすると二の足を踏んでいたところに、バイトを辞めるという衝撃発言。
職場という唯一の接点を失うことに傷心の俺は、合田とやらが羨ましくてならなかった。
(ちくしょう! 俺がこいつだったら、気兼ねなくデートにも誘えるし「先輩」って呼んでもらえるのに)
突然現れたライバルをぎりぎり睨みながら、あの時は心の底からそう思ったものだ。
小夜ちゃんが帰った後、ぼろぼろ泣く俺を見た店長が「お前は見た目だけならイケメン風なのに、つくづく中身が残念だね」と呆れていたが、失恋同然なのだから仕方がないではないか。
もうチャンスが無いかもしれないと、自棄になって家で酒を飲みまくったのも自然の成り行きだった。
(もしかして、俺の念が神様に届いて、今の俺は合田になっているのか?)
なんという神のいたずらか。俺はその場に崩れ落ちた。合田の状態で小夜ちゃんと結ばれてもしょうがないじゃないか!
「母さーん、やっぱりお兄ちゃん変だよ」という合田弟の声はするが、構っていられない。
しばし床を見つめていた俺は、かっと目を見開いた。
何はともあれ、この状況を利用するしかない。高校生という身分であるうちに、小夜ちゃんの好みをリサーチするのだ。学生向けの雑誌を買って読み込んではいたが、やはり本人に好きなものを聞くのが一番だ。元の体に戻ってから完璧なデートをする前準備だと思えばいい。
何事もなかったように立ち上がった俺は、心配そうに見つめる合田母からもらったお小遣いを手に、小夜ちゃんを探すことにした。
もちろん、当てはない。流石に家がどこかまでは知らない。学校や職場からは遠くないだろうが、捜索範囲が広すぎる。
ため息を吐きつつ、とりあえず職場の方へ歩いていると――小夜ちゃんがこちらに向かって走って来ていた。
思わず息をのむ。髪がふわふわ揺れているのも可愛いし、ほのかにシャンプーの香りがするのもドキドキする。体操服姿なのも珍しい。今までそういう話を聞いたことはないが、何か部活に入っているのだろうか。
何はともあれ、まずは挨拶だ。大きく深呼吸して――。
「コ、コンニチハ」
「……こんにちは」
声が裏返ってしまったが、小夜ちゃんは馬鹿にすることもなく挨拶を返してくれる。優しい。何だか今日は無表情で、いつもよりミステリアスな雰囲気だ。
(そんな小夜ちゃんも良い!)
荒ぶる呼吸を抑え、ごほん、と咳払いを一つする。
「さ、小夜ちゃん。お昼食べに行かない? 奢るし、小夜ちゃんの行きたいお店でいいから」
緊張のあまり、何の前置きもなく誘ってしまった。
(こんな誘い方、顔見知りなだけの先輩にされたら断るに決まってんだろ! あんなに練習したのに何やってんだ俺!)
脳内で自分を殴っていると、小夜ちゃんは首を傾げつつも頷いた。
「分かりました。立ち話も何ですし、行きましょうか」
「え」
小夜ちゃんはさっさと激辛ラーメン屋の方へ進んでいく。カフェとかが似合いそうな見た目なのに激辛ラーメンとは、そんなギャップも良い。
男にはもっと警戒心を持った方がいいんじゃないかと心配になりつつも、OKを貰えたのでひとまずガッツポーズをした。
そんな時、酒焼けした男の声が聞こえた。
「新山さん! 思いとどまってください!」
いきなり名前を呼ばれた俺は、思わず飛び上がった。
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