【完結】現代とりかへばや物語

まあや

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「少し驚かせすぎたか。悪かったな」

「謝るくらいなら、最初からあんなホラーな登場しないでよ」

 ジト目で睨みつけるが、布団に寝かされていて全く格好がつかない。鬼は扇子で口を隠しながら愉快そうに笑った。

「鬼さまになんて口の利き方をする!」

「無礼者! だいたい、寝転がったまま鬼さまと面会するなど不敬だぞ!」

 そう怒鳴るのは、わたしと同じくらいの年頃の少年と少女だ。髪の長さ以外は瓜二つだから、双子だろうか。少年は神主さんが着るような服を、少女は巫女服を身に纏って、鬼さまの後ろに控えている。

「落ち着け。俺は気にしない。この娘が腰を抜かしてしまったのも俺のせいだからな。お前らは少し下がっていろ」

 鬼さまの言葉に、二人は悔しそうな顔で退出した。鬼さまは「悪いな」と小夜に向き直った。

「それにしても、お前もなかなか肝が据わっているな。先ほどまで恐怖で震えていたのに、もうそんな軽口をたたけるようになるとは」

「鬼さまが怖い化け物じゃないって分かったからね」

 あの恐怖の邂逅の後、鬼さまはわたしをお姫様抱っこでここまで運び、布団まで用意してくれたのだ。恐ろし気な見た目と裏腹に気さくな鬼さまに、すっかり警戒心は薄れてしまった。

「それでも鬼を前にしてくつろげる奴はなかなかいないぞ。それに俺はこの町の守り神のような存在だから、誰もが畏怖の念を持って接してくる」

(守り神、ね)

 それなら、わたしのことも守ってほしいものだ。

「わたし、わりと最近この町に引っ越してきたから、鬼さまのことなんて知らなかったよ」

 町について教えてくれる友人もいないし、という言葉は吞み込んだ。

「ほう……道理で」

 鬼さまはまじまじとわたしを見つめる。居心地の悪さを誤魔化すように、わたしは大きく深呼吸すると、上体を起こした。

「なに?」

「いや、お前ほどこの世ならざるものに好まれやすい者なら、記憶に残っていそうなものだと不思議に思っていたのだが……なるほど、新参者であったか」

「は?」

 何やら聞き捨てならないことを言っている。

「わたしが、何に好まれやすいって?」

「異形の者、簡単に言ってしまえば、俺のような鬼や妖とかだな」

「鬼さま以外でそんな変なの見たことないよ」

 わたしが失礼なことを言ったにもかかわらず、鬼さまは可笑しくて仕方がないといったように笑ってくれた。

「この町は、他所より少し異形の者が活発に動いているぞ。……それに、よく見ればお前のその体質は最近強まったもののようだし」

 鬼さまの言いたいことがよく分からない。首をかしげると、鬼さまはすっと真剣な面持ちになった。

「お前、ここ数年の間に近親者を全て失ったのではないか? そして今、悪意に晒されているのでは?」

 図星を指され、身体が固くなる。脳裏に、死に化粧を施され、静かに眠る母の姿がよぎる。

「……どうしてそう思うの?」

「家族や友人といった、近しい者との縁が薄まるほど、人は異形に好かれやすくなる。心に絶望や寂しさを抱えても同じことが起きる。つまり、この世から孤立すると、あの世の者が寄ってくるのだ」

 異形に好かれているかはともかく、身に覚えがあることが多く、わたしは言葉を失った。

 鬼さまは立ち上がると、閉め切っていた障子を開ける。庭には雪も桜もなく、もの悲しさを感じさせる紅葉が風に吹かれていた。

(ここは、秋なんだ)

 今日だけでいくつも季節を飛び越えた気がする。本当に常識が通じないところだ。

「この社はな、普段は人々の目に留まらないのだ。新年の挨拶などには多くの者が訪れるが、それ以外の時は本当に静かなものだ」

 愛しそうに庭の景色を眺めたかと思うと、鬼さまはわたしの傍に腰を下ろした。ふわりと品の良い白檀の香りがする。

「だが時折、お前のように迷い込む者もいる。苦しみ悩み、あの世に引っ張りこまれそうになっている者が、この社に続く道を見つけるのだ」

 穏やかな声を聞きながら、わたしは得心がいった。

(守り神とか言う割に、寂れていたなと思ったけど)

 日常と切り離された、異界。

 まともな人が頻繁に出入りしていい場所ではないからこそ、人目につかないような入口になっているのだろう。

 目の前に、大きな骨ばった手が差し出される。

「今ならまだ引き返せるぞ。お前が望むなら、俺が手を貸そう」

 鬼さまが差し出した手を、わたしは取らなかった。一人で立ち上がり、笑みを浮かべて見せる。上手くできているかは、分からないけど。

「お心遣いありがとう、鬼さま。でも残念、わたしには住むところを与えてくれた叔母さんがいるから、近親者がいないっていう鬼さまの予想は外れているよ。たぶんわたしより苦しんでいる人が他にたくさんいるし、その人たちを助けてあげて」

 わたしはぺこりとお辞儀をすると、ぱたぱたとその場から逃げ出した。

 守ってほしい、と思ったのは事実。ここに迷い込んだのも、きっと今のわたしには助けが必要だから。

 しかし結局は誰かに縋るしかない自分が惨めに思えて、どうしてもその手を取れなかった。わたしの人生は、わたしがどうにかしないと。この選択で落ちるとこまで落ちるなら、それが運命だったのだと、受け入れたい。

(それが、弱いわたしの意地だから)

「助けが欲しくなったら、いつでもここに来るといい」

 鬼さまの声が遠くから聞こえる。振り向いたらきっと、わたしは鬼さまの善意に甘えてしまう。

 だから、振り返ることなく家路についた。
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