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8 危機
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「ぎ、ぎぎぎ、ギーヴ伯爵子息、わ、わたしに何か用があるのです、か」
どもりながらも、マーサの顔を立てなければとマリーは精いっぱい言葉を紡ぐ。
「マリー姫。私のことはどうかレオナルドとお呼びください」
マリーの怯え具合など全く気に留めないレオナルドは、答えになっていない返しをする。
助けを求めるようにマーサの方を見遣るが、彼女は恍惚の表情でレオナルドを見つめていた。マリーはあの表情を知っている――恋する乙女の表情を。
レオナルドはじりじりと近づく。にやにやしたその顔が気持ち悪くて仕方がない。
「今日あなたにお越しいただいたのは、――私との結婚を決めていただくためです」
「へ……?」
意味の分からない発言に、マリーの震えは最高潮に達する。マーサががたん、と立ち上がる。
「れ、レオナルド様⁉︎ マリー様をお呼びしたのは新しい薬草を紹介するためだったのでは」
レオナルドはうるさそうにマーサを一瞥する。
「そんなの、嘘に決まっている」
「で、では、マリー様をお連れしたら、私のことを正式に旦那様たちに紹介してくれるというのはっ」
好きだった人の狼狽する姿を、マリーは呆然と眺めた。訳の分からないことばかりで気が遠くなる。
「あぁ。紹介してやろう。――愛人としてな」
マーサはへなへなとその場にへたり込んだ。マリーは恋心を利用した最低な下衆から逃れようと、退路を探す。扉はレオナルドのすぐ後ろなので難しい。窓は――閉まったカーテンを見つけた。
(あそこまで行ければ)
「うるさい蠅が失礼しました。それで、マリー姫――返事を伺っても?」
「……さ、さっきのやりとりを聞いて、頷くわけがない、です」
マリーはカーテンに向かって走る。が、足がもつれて転んでしまう。体が、上手く動かない。
「そろそろ薬が効いてきましたか」
「! あの味は痺れ薬の」
道理で紅茶が変わった味がすると思った。
勝利を確信したレオナルドがどんどん近づくが、マリーはそれでも早足で壁際に向かう。
(毒の類は馴らしているから、ぴりぴりして変な感じはあるけど、動ける!)
何とか追いつかれる前に辿り着き、カーテンを開けると――そこに窓はなく、ただ壁があるばかりだった。
「はははっ、この部屋を出るには扉を使うしかありませんよ、姫。追いかけっこは終わりにして、もっと楽しいことを……ん?」
マリーと同じく痺れ薬を飲んでしまったマーサが、自由の利かない体を精いっぱい動かしてレオナルドの足を掴んだ。
「……マリー様に、手を出さないで」
「邪魔するな、この役立たず!」
レオナルドは何の躊躇もなくマーサの頭を足蹴にした。
「マーサ!」
力なく倒れるマーサ。
(信じられない。何であそこまで乱暴できるの?)
マーサが稼いでくれた数秒を活かしきれず、扉はまだまだ遠い。
レオナルドは好色な顔でマリーに話しかける。
「邪魔者はいなくなりました。僕の胸に飛び込んできたら、優しくしてあげますよ」
「わ、わたしは、男の方が嫌いです!」
レオナルドは鼻で笑った。
「あぁ、姫は女性が好きなんですよね。……馬鹿馬鹿しい。同性同士なんて、子どもを作ることもできないのだから、自然じゃないんですよ。姫も私に身を委ねて下さったら、男の良さが分かります」
マリーの堪忍袋の緒が切れた。
「……自然じゃない? 貴方、それでもこの国の貴族?」
雰囲気が一変したマリーに、レオナルドは一瞬びくつく。
「たとえ異性同士でも、様々な事情で子を持てず、苦しむ人たちがいるわ。そんな人たちを医療で手助けしたり、安心して住める環境づくりをしたりするのが我が国の務め。子どもを持てない人たちは総じて『不自然』と見下すのは倫理に反している。それに」
マリーはきっ、とレオナルドを睨みつけた。
「外野が愛し合う二人の『愛』を否定するのは、間違っている! 誰もが愛する人と家庭を築くことが許されたこの国で、そんな横暴は次期国王である私が許さない!」
激昂するマリーに気圧されていたレオナルドは、舌打ちをして、マリーに飛びかかった。
「ちっ、女のくせに、王族だからって偉そうに指図するな」
のしかかられ、マリーの脳裏に暴漢に襲われた想い出が蘇る。体がぎゅっと強張った。
その反応に気を良くしたレオナルドは、マリーの胸元に手を伸ばす。
「そうそう。大人しく私の言う事を聞けばいいんだ」
マリーは目を瞑った。頬にかかる吐息が気持ち悪い。
瞼の裏に、赤い髪の騎士の姿が浮かぶ。
(助けて、エリス――)
その時、扉が轟音と共に大破した。
「姫、ご無事ですか!」
どもりながらも、マーサの顔を立てなければとマリーは精いっぱい言葉を紡ぐ。
「マリー姫。私のことはどうかレオナルドとお呼びください」
マリーの怯え具合など全く気に留めないレオナルドは、答えになっていない返しをする。
助けを求めるようにマーサの方を見遣るが、彼女は恍惚の表情でレオナルドを見つめていた。マリーはあの表情を知っている――恋する乙女の表情を。
レオナルドはじりじりと近づく。にやにやしたその顔が気持ち悪くて仕方がない。
「今日あなたにお越しいただいたのは、――私との結婚を決めていただくためです」
「へ……?」
意味の分からない発言に、マリーの震えは最高潮に達する。マーサががたん、と立ち上がる。
「れ、レオナルド様⁉︎ マリー様をお呼びしたのは新しい薬草を紹介するためだったのでは」
レオナルドはうるさそうにマーサを一瞥する。
「そんなの、嘘に決まっている」
「で、では、マリー様をお連れしたら、私のことを正式に旦那様たちに紹介してくれるというのはっ」
好きだった人の狼狽する姿を、マリーは呆然と眺めた。訳の分からないことばかりで気が遠くなる。
「あぁ。紹介してやろう。――愛人としてな」
マーサはへなへなとその場にへたり込んだ。マリーは恋心を利用した最低な下衆から逃れようと、退路を探す。扉はレオナルドのすぐ後ろなので難しい。窓は――閉まったカーテンを見つけた。
(あそこまで行ければ)
「うるさい蠅が失礼しました。それで、マリー姫――返事を伺っても?」
「……さ、さっきのやりとりを聞いて、頷くわけがない、です」
マリーはカーテンに向かって走る。が、足がもつれて転んでしまう。体が、上手く動かない。
「そろそろ薬が効いてきましたか」
「! あの味は痺れ薬の」
道理で紅茶が変わった味がすると思った。
勝利を確信したレオナルドがどんどん近づくが、マリーはそれでも早足で壁際に向かう。
(毒の類は馴らしているから、ぴりぴりして変な感じはあるけど、動ける!)
何とか追いつかれる前に辿り着き、カーテンを開けると――そこに窓はなく、ただ壁があるばかりだった。
「はははっ、この部屋を出るには扉を使うしかありませんよ、姫。追いかけっこは終わりにして、もっと楽しいことを……ん?」
マリーと同じく痺れ薬を飲んでしまったマーサが、自由の利かない体を精いっぱい動かしてレオナルドの足を掴んだ。
「……マリー様に、手を出さないで」
「邪魔するな、この役立たず!」
レオナルドは何の躊躇もなくマーサの頭を足蹴にした。
「マーサ!」
力なく倒れるマーサ。
(信じられない。何であそこまで乱暴できるの?)
マーサが稼いでくれた数秒を活かしきれず、扉はまだまだ遠い。
レオナルドは好色な顔でマリーに話しかける。
「邪魔者はいなくなりました。僕の胸に飛び込んできたら、優しくしてあげますよ」
「わ、わたしは、男の方が嫌いです!」
レオナルドは鼻で笑った。
「あぁ、姫は女性が好きなんですよね。……馬鹿馬鹿しい。同性同士なんて、子どもを作ることもできないのだから、自然じゃないんですよ。姫も私に身を委ねて下さったら、男の良さが分かります」
マリーの堪忍袋の緒が切れた。
「……自然じゃない? 貴方、それでもこの国の貴族?」
雰囲気が一変したマリーに、レオナルドは一瞬びくつく。
「たとえ異性同士でも、様々な事情で子を持てず、苦しむ人たちがいるわ。そんな人たちを医療で手助けしたり、安心して住める環境づくりをしたりするのが我が国の務め。子どもを持てない人たちは総じて『不自然』と見下すのは倫理に反している。それに」
マリーはきっ、とレオナルドを睨みつけた。
「外野が愛し合う二人の『愛』を否定するのは、間違っている! 誰もが愛する人と家庭を築くことが許されたこの国で、そんな横暴は次期国王である私が許さない!」
激昂するマリーに気圧されていたレオナルドは、舌打ちをして、マリーに飛びかかった。
「ちっ、女のくせに、王族だからって偉そうに指図するな」
のしかかられ、マリーの脳裏に暴漢に襲われた想い出が蘇る。体がぎゅっと強張った。
その反応に気を良くしたレオナルドは、マリーの胸元に手を伸ばす。
「そうそう。大人しく私の言う事を聞けばいいんだ」
マリーは目を瞑った。頬にかかる吐息が気持ち悪い。
瞼の裏に、赤い髪の騎士の姿が浮かぶ。
(助けて、エリス――)
その時、扉が轟音と共に大破した。
「姫、ご無事ですか!」
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