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3 お出かけ

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 マリーはこのまま死ぬんじゃないかと思うほど脈打つ心臓を心配しつつ、足早に城門近くへ向かう。

 今日はお忍びで城下町に行くのだが、その護衛にエリスがついてくれるのだ。国王が手を回したらしい。

 約束より三十分以上早く待ち合わせ場所に着くと、そこには馬車の御者と語らうエリスがいた。

(っ! 綺麗……)

 深紅の髪は、初めて会った時と違い複雑に編み込まれてお団子になっている。動きを邪魔しない、機能的な髪型だ。お忍びということもあり、仰々しい鎧は身につけておらず、白い麻のシャツに黒いズボンという、ありふれた格好をしている。それでも輝きは衰えず、御者が霞んで見えるほどだ。

 凛とした立ち姿に悶絶していると、エリスはマリーに気づいたようで、すぐに駆けつける。

「姫。迎えにも行かず、すみませんでした」

「い、いいのよ。わたしも楽しみで早く来すぎたわ」

 エリスはふっと口角を緩める。

「私も、楽しみにしておりました。今日は姫にかすり傷一つ負わせないことを誓います」

 エリスは流れるような所作でマリーの手を取り、馬車へと誘導した。

 触れる手の温もりに、またしても脈が速くなる。

(……どうして、どうしてこんなに素敵なんですか! わたし、今日はときめきすぎで死んでしまうかも……)

 荒ぶる胸の内とは裏腹に、そこは王族、内心を全く悟らせない笑みを浮かべてみせる。

「お願いね」

「はい。あぁ、君。予定より早いが、出発しても構わないだろうか?」

「もちろんです! 快適な移動を保障します!」

 馬車には向かい合って座ったが、緊張のあまりがちがちになっていた。

「いつもの銀の御髪も神秘的で美しいですが、その髪色の姫もかわいらしいですね」

「ア、アリガトウ」

 マリーの銀髪は目立ちすぎるので、よくある茶髪のカツラを被っていたのだ。

 せっかくエリスが褒めてくれたのに、気の利いた言葉一つ返せない自分に嫌気が差す。

 その後も何を話したかも定かではないし、きちんと会話ができたのかも怪しい。

 よろよろと降りようとすると、先に降りたエリスが手を差し伸べた。

 にっこり微笑まれると、電流が走ったようにマリーの背筋が伸びる。

(しっかりするのよ、マリー! 見苦しい姿をお見せしてはならないわ)

 そう自分を鼓舞し、エリスの手に自分のそれをのせた。

 エリスのエスコートは完璧だった。

 マリーが段差で躓きかけると、そっと身体を引き寄せて「大丈夫ですか」と耳元で囁いてくれる。

 転けそうになったことより、囁き声で腰が砕けてしまうかと思った。

 しばらく歩いていると、すぐ目の前で、小さな男の子がばたんっと転んだ。手はついたので頭は打ってないが、すりむいて痛そうだ。今にも泣きそうな顔をしている。

 マリーはすぐに駆け出して、男の子に声を掛けた。

「大丈夫? 痛い所を見せてくれる?」

 涙で目は潤んでいるが、男の子は手のひらと、膝を見せてくれた。

「あぁ、赤くなっているわね……エリス、この瓶に水を汲んできて」

 マリーは腰につけていたポーチから透明な瓶を取り出し、エリスに託す。

「しかし、マリー様の傍を離れるのは」

「少しくらい問題ないわ」

「……はっ」

 躊躇いつつも、エリスはその場を離れた。マリーは男の子に話しかけ続ける。

「ちょっと待っていてね。傷を洗ってからでないと処置できないから……。あなた、親は?」

「……ぐすっ、わかんない」

「迷子なのね。後で一緒に探しましょう」

 その時、エリスが戻ってきた。傷口を水で洗うと、マリーはポーチからスライム製絆創膏を取り出し、傷に貼った。粘着力、湿潤性に優れたこれは擦り傷に抜群に効くのだ。

「これでよし、と。自然に剝がれるまで、とっちゃだめよ」

「うん」

 一通り処置を終えると、二人の女性が駆け寄ってきた。

「どこに行ってたの!」

「探したのよ!」

「この子のご家族ですか?」

「「えぇ、親です」」

 息ぴったりな二人に、マリーは笑みをこぼす。

「転んで怪我をしちゃったんですけど、治療はしたので問題ないです。お二人の育て方が良いんですね、痛いのも泣かずに我慢していましたよ」

 マリーの言葉に母親たちは嬉しそうな顔を見せた。「ありがとうございます」とお礼を言うと、三人は手を繋いで帰っていく。

「手際の良い処置、お見事です。姫」

「医療大国の後継ぎだから、あれくらいは流石にね。エリスも手伝ってくれてありがとう」

「いえ……それにしても、仲の良さそうな家族ですね」

「えぇ、彼女たちみたいに、誰もが幸せに生きられる国を守りたいわ」

 そんな決意を改めて胸に刻む。

 道中、小ぢんまりとした花屋に立ち寄った。

 愛らしい花に見惚れている内に、エリスは一本のマリーゴールドをマリーの髪に挿した。エリスは少し眉を下げる。

「本当は、姫の好きなマーガレットの花を贈りたかったのですが……ちょうど盛りを過ぎてしまったらしいです」

「わたしの好きな花を知っていてくれたのね! ふふ、いいのよ。エリスがくれたら何だって嬉しいわ」

 好きな花まで調べてくれるなんて、とても気の利く人だ。マリーのエリスに対する好感度は右肩上がりである。

 多幸感に包まれながら、マリーたちは引き続き街を散策した。

 だが、夢のような一日はあっという間に過ぎてしまった。

 ベッドに入っても寝付けないマリーは、エリスと過ごした時間を思い出しては寝返りを打つということを繰り返した。

 ひとしきりはしゃぎ疲れて眠る頃、窓辺に飾られたマリーゴールドを見たマリーは、働かない頭でふと疑問を覚えた。

(……あれ? わたし、マーガレットが好きだなんて以外に伝えたかしら……)

 しかしその疑問を深く考える前に、意識は夢の中へと旅立った。
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