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第六章 春の準備

176.ママ聖女、帰ってきた貴族

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「しぇんしぇい、ふりふりしていい?」

「溢さないように気をつけてね」

「やったー!」

 ここ最近、子ども達は天然酵母作りに興味津々だ。

 特にちびっこ達は容器を持って、ダンスのようにふりふりとしている。

 それに合わせて尻尾が動いている姿に、私は興味津々なんだけどね。

「獣人って何でこんなに可愛いのかしらね」

「マミ先生って本当に子どもが好きなんですね」

「子どもが好きというよりは、あの子達が好きですね」

 商店街にいる子どもを見ても元気だなーぐらいにしか思わないのは、我が子かどうかの差なんだろう。

「だいぶ発酵してきたね」

「はっこう?」

「このぶくぶくしているのが発酵だよ」

「わぁー、おいしいのかな?」
「きっとおいしいよ」
「しぇんしぇいがつくるんだもん」

 中で少しずつ発酵して、ガスが発生している姿を見て、何ができるのか気になっているようだ。

「これを使ったら美味しいパンができるから待っててね」

「ぱあああああん!」

 美味しいパンと聞いて、ちびっこ達の顔も明るくなった。

 食べたことのないパンを想像して、再び天然酵母の入った容器を振っていた。

 容器を振るのは中に入っている果物を均等に発酵させるためだ。

 ガスが発生して泡ができているのは、発酵している証拠だからね。

「ママ先生、バカ兄とアホ姉が来てるよ!」

「はぁー」

「追い返してきましょうか?」

「レナードさん、ありがとうございます。私が行くので大丈夫ですよ」

 クロはグシャ公爵家の兄妹が遊びに来たことを伝えに来てくれた。

 雪が止んで少しずつ暖かくなったら、再びバッカアと妹のアンフォ令嬢が遊びに来るようになった。

 彼女も気温が暖かくなったタイミングで自分の領地から帰ってきた。

 アンフォ令嬢は子ども達からアホねぇと呼ばれているが、本人は特に気にしていないらしい。

 むしろバッカアの時のように喜んでいる。

 そもそも家名で呼ばれることが多い貴族は、愛称で呼ばれることが珍しい。

 普通なら不敬罪になりそうな気もするが、心が広い人達なんだろうってことにしておいた。

 さすがにただのバカとアホ……なはずはないよね?

 玄関で待っている二人に会いに行く。

「お姉様、今日はこのドレスを持ってきましたわ!」

「いや、マミイモはこっちの方が良いだろ!」

 アンフォとバッカアは私に綺麗なドレスを渡そうとしてくる。

 ただ、どちらも色が奇抜だし、私は舞踏会にでも行くのかしら。

「おい、マミ先生が困ってるだろ」

「なら、お前はどうなんだ?」
「そうよ! この間渡した真っ白なドレスを見てお姉様引いていたわよ!」

「そっ……それは……」

 実はこの間アルヴィンに白いドレスを渡された。

 まるでウエディングドレスのような白いドレスに、私はつい突き返してしまった。

「前にも伝えましたが、働くのにドレスは着れないですからね」

 きっとプロポーズなら受け取っていたかもしれない。

 ただ、今はお店の制服を考えている段階だからね。

「とりあえずこれは受け取りなさい!」
「そうだ、俺のもやる」

 結局、二人ともドレスを強引に押し付けてくるから、ドレスばかりが増えている。

 孤児院にドレスって中々不釣り合いだし、荷物が増えちゃうから困ってしまう。

「きっとどこかで必要になるから持っておいた方が良いと思いますよ」

「本当ですか?」

 貴族の女性で一番しっかりしているレナードが言うなら正しいのだろう。

「ありがとうございます。でもこれで最後・・にしてくださいね」

 何度も渡されたら申し訳なくなってしまう。

 今回が最後と言ったから、次からは大丈夫だろう。

「仕方ないわね。次は何にしようかしら」
「ああ、今度は違うのにするな」

 この二人は本当に理解しているのだろうか。

 私に貢いで何が楽しいのかわからない。

 せっかくいただけるなら、子ども達のためになるものにしてほしいな。

「くっ、俺のは受け取ってくれなかったのに」

 一方、隣でアルヴィンは落ち込んでいた。

「アルヴィンさんにはいつも手伝ってもらってるので、私がお返ししないといけないぐらいですよ」

 せめて日常で使いやすい服なら受け取るんだけどね。

「そうか……。なら今度出かけないか?」

「どこかに行きたいところがあるんですか?」

「いや……マミ先生が行きたいところならどこでも――」

「それなら洋服屋に行きたいわね。子ども達の制服も準備しないとね」

「へっ……」

 アルヴィンはなぜか驚いた顔をしている。

 てっきりお店で使う制服の話をしていたから、それを買いに行くのかと思っていた。

「あっ! せっかくならドレスを着て貴族街に行くのはどうかしら?」

 アンフォはプレゼントしたドレスを着るのはどうかと提案してきた。

 私にあのフリフリしたドレスを着ろって言うのだろうか。

 単純にドレスを私に着させたいだけなのかもしれない。

「おっ、それはいいな! 子ども達も連れていくか?」

 それにバッカアも提案にのってきた。

「あんたは相変わらずバカね。子どもを連れて行ったら、どうなるかぐらい考えなさいよ」

「可愛いからいいんじゃないか?」

 うん、やっぱりバカだな。

 子ども達の可愛さを理解しているのは褒めてあげても良いぐらいだ。ただ、貴族街って言ったら獣人嫌いの集まりだからね。

 バッカアって貴族の中でも、思ったより獣人に対しての拒否感はなかったから、忘れているのだろう。

 普通は模擬戦すらもやらないのに、初対面でクロと戦っていたぐらいだもんね。

「せんせーい!」

「はーい! ちょっと台所に行きますね」

 私は子ども達に呼ばれて台所に向かう。

 このままだとみんなで洋服屋に行くのかな?

「ってかお前達も来る気か?」

「ダメなのかしら?」
「別にいいだろ?」

「少しぐらい気を使えよ!」

「って言ってますわよ? お兄様」

「いや、あれはお前に言ってないか?」

「はぁー、もうあなた達と話していると疲れてくる。とりあえず、アルヴィンはもう少ししっかり伝えなさい」

「そうだぞ! 結局何が言いたかったんだ?」

「それはお兄様がバカだから……」

「はぁん!?」

「ごめんなさい」

「俺はデートがしたかったんだよ!」

「あら!?」
「はぁん!?」

「はぁー、マミ先生のいないところで言っても意味がないわよ」

 私には聞こえなかったが、玄関では楽しく騒いでいる貴族達がいた。

───────────────────
【あとがき】

グシャ令嬢ってアンフォで合ってたかな?
違っていたらコソッと教えてください笑

そして、2巻の書影が刊行ページに記載されました。
なので、ここでも2巻の書籍を公開しておきます!

詳しい話は物語の上のページで確認していただけると嬉しいです!
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