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2巻

2-2

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「少し席を外しますね」
「俺が護衛しましょうか? 将来騎士団長になる男に守られるのですから、安心してください」

 席を外すと言えば、普通なら理由に気づくだろう。
 何もわからない小学生と話している気分にさせられる。

「きっと聖愛はお花を摘みに行くのだろう。な?」

 察しているだけましだが、はっきり聞く王子も王子だ。
 私は優しく微笑むと、トイレに行くと嘘をついて、その場を離れることにした。
 ひたすら歩き続け、校舎の裏にひっそりと隠れる。

「本当にやってられないわ」
「毎日やってられないよ」

 ボソッとつぶやいたつもりが、声が重なって響いてしまう。
 咄嗟とっさに横を見ると、そこには小柄な女性が立っていた。

「あっ……」

 お互いの時間が止まる。
 しかし、彼女は私が誰なのか気づいてすぐに頭を下げてきた。

「聖愛様、申し訳ありません」

 私は頭を下げられたいわけではない。
 それなのに学園の中では聖女だと知れ渡っているため、こうした扱いを受けてしまう。
 一番の原因はあの男達だろう。

「別に気にしなくていいですよ。私も疲れて逃げ出してきたところなので」

 彼女は首を傾げて私を見ていた。
 私よりも小柄な少女で、オドオドしている。
 どこか二歳年下の妹に似ている気がした。

「不満を吐き出せるところがないと疲れますよね」

 私の言葉に驚く彼女は目の下にクマができていて、疲れているんだなと感じた。
 顔も少しやつれている気がする。
 ただ、その表情一つ一つが妹と似ていた。
 妹は乙女ゲームが大好きで、よく深夜までゲームをして寝不足になっていた。
 あの子がゲームをすすめてくれたからこそ、私はこの世界が乙女ゲームと似た世界だと気づけた。

「今から言うことはただの独り言なので気にしないでくださいね」

 私は思っている不満を彼女の前で呟き出した。

「この世界の男はバカばかりなの? 貴族も自分の地位ばかり気にして。そんな時間があるなら知識をつければいいのよ。女性がそこまで見下される必要はないわ。大体、女も男の顔色ばかり見ていないで自立するべきよ」

 今まで溜まっていた愚痴がどんどん口からこぼれ出る。
 この学園に来た時、私は王子の婚約者に絡まれ、呼び出されては嫌がらせを受けていた。
 別にそこに関しては気にしていなかった。
 むしろ私はヒロインや主人公になるつもりはない。
 あんなにアホな男達の相手はこっちからお断りだ。
 しかし、王子が嫌がらせに気づいてから全てが変わった。
 私自身の力で嫌がらせを解決したかったのに、どんどん変な方向にいってしまった。
 周囲が勝手に動けば動くほど、意味のわからない展開になっていく。
 本当に乙女ゲームの世界に来たように感じるほどだ。

「主席の聖愛さんにも不満があるんですね」
「私は聖女って言われているけど聖女ではないわ! 普段ニコニコしているのも生活するためよ」

 結局私も周りの女性達と変わらないのは事実。
 そうしないとこの世界では生きていけない。
 毎日ニコニコ微笑んで、その場をしのぐのがやっとだ。

「なんか安心しました。私は最近まで平民だったので……」

 どうやら平民だった彼女は、この貴族ばかりの学園では生活しにくいのだろう。

「よかったら私とお友達になりませんか? 普通に話せる人が欲しいんです」
「いいんですか? 私は勉強もできないですし、低ランククラスですよ」

 この学園では学力と魔法技術でクラス分けがされている。
 そんな私は学力、魔法ともにトップクラスのため、Sランククラスに配属されていた。学力テストは日本の小中学生レベルでどうにかなるものだし、魔法は化学を応用したら自由度が増した。
 それも王子の婚約者は気に食わなかったのだろう。

「勉強なら私が教えますよ。むしろ一緒に勉強するのも楽しいかもしれないですね」
「こちらこそよろしくお願いします」

 どこか妹に似ている彼女との触れ合いは、私の中で癒しの時間になりそうだと思った。
 それだけ私の心は疲れ切っていた。

「聖愛、どこにいるんだー!」

 遠くから私を呼んでいる声が聞こえてきた。
 正直めんどくさいがもう行かないといけないだろう。

「じゃあ、殿下が呼んでいるのでまた会えたら話しましょう」

 別れの挨拶をして私は王子のもとへ戻った。
 そういえば、この世界でやっとできた友達の名前を聞くのを忘れていた。
 またすぐに会えることを私は願った。



   第一章 ママ聖女、休みに戸惑う


 私は異世界に来て初めてのお休みをもらった。
 むしろ今まで働いているという感じもしていなかったため、お休みをもらっても特にやることがない。
 毎日子ども達に癒されていたので、それが休みのように感じていた。

「私が手伝うことはない?」
「今日はハムとレナねえでご飯を作るからいいよ!」
「マミ先生は休んでください」

 台所に行くと、ハムとレナードに追い返されてしまった。
 レナードは今日も騎士団から出向する形で私の護衛の任務についてくれている。
 今度は外に出ると、子ども達が元気に走り回っていた。

「クロ! 私と遊ばない?」

 近くにいたクロに声をかける。

「おいちゃと遊ぶ!」
「いっちょにあしょぶ!」

 ちびっこ達が寄ってくるが、それをクロが引っ張って止めている。

「ママ先生は今日お休みの日だから遊べないよ」
「んー」

 ちびっこ達には休みの意味がわからないのだろう。必死に頭を抱えて考えている。

「私は別に――」
「またママ先生が倒れたらどうするんだ?」

 近くにいたトトの声にちびっこ達は気づいたのだろう。

「いやだ!」
「なら今日はオイラ達と遊ぶよ!」
「しぇんしぇい、またあしょんでね!」

 そう言って子ども達はトトとクロのもとへ行ってしまった。
 ここまで私を休ませることが徹底されているとは思いもしなかった。
 だが、まだ諦めるつもりはない。畑作業をしている子達に会いに行こう。

「畑の調子はどう?」
「今日の作業は終わったよ?」

 畑の隣にある日陰で、うさぎっぽい獣人ラビは休憩していた。
 ラビを中心に、普段はハム達齧歯類げっしるい組が畑の管理をしている。
 どうやら本格的に私のやることはないらしい。
 周囲には誰もいないし、各々楽しそうに遊んでいる。

「はぁー、散歩にでも行ってこようかしら」

 今までやることが多くてせわしなかったため、急な休みができると特にやることがない。
 暇を持て余した私は、商店街に行くことにした。


 ♢


「おい、マミ先生を見てないか?」

 俺はレナードに声をかけた。
 今日はマミ先生が休みのため、デートに誘うことにした。
 ただ、さっきから孤児院の中を捜しても全く見当たらないのだ。

「はぁー、アルヴィンってどこまでポンコツなんだ」
「おいおい、お前には言われたくないぞ」
「いい加減動いてくれないと、マミ先生が可哀想だ」
「ああん⁉ マミ先生が可哀想って、どういうことだよ」

 さっきからレナードは俺に文句を言ってくるし、ハムも呆れた目でこっちを見ている。
 ちょうど近場を歩いていたクロに話しかけることにした。

「マミ先生がどこにいるか知らないか?」
「えっ? アルヴィン兄ちゃんが遊びに誘ったんじゃないの?」

 驚いたようなクロの言葉に、俺は言葉に詰まる。
 以前どうやって人と仲よくなれるかクロに相談したら、一緒に遊ぶといいって教えてもらった。
 そこでマミ先生をデートに誘うことにしたのだ。
 ただ、今まで女性を好きになったこともないし、アプローチをしたこともなかった。
 婚約は親の決めた人とするものだとずっと思っていたからな。
 公爵家の三男である俺の価値はそこにしかなかった。
 今まではそう思っていたが、ここに来てからは考えが全て変わった。
 今の状況に俺はどうしたらいいのか、全くわからないのが現状だ。
 いざ、マミ先生をデートに誘おうと思っても一向に見つからないしな。
 本当に俺ってポンコツなんだろうか。
 これでも騎士学園は首席で卒業しているし、騎士団の方ではかなり優秀な方ではあった。
 だが、世の中、そんなにうまくいかないものだな。

「オレ達のところにも来たけど、今日はママ先生とは一緒に遊ばないってちゃんと言ったよ?」

 どうやらクロ達のところにマミ先生が来たようだ。
 それなら俺のところにも来てくれたらよかったのに……
 いや、そんな考えだから手伝いに来る主婦達から怒られるのだろう。
 もっと"積極的なアプローチ"をしなさい。
 最近よく言われる言葉だ。

「先生ならさっき商店街に散歩に行くって言って――」
「出かけてくる!」

 うさぎの獣人ラビがマミ先生の行き先を教えてくれた。
 俺はすぐに靴をいて商店街に向かった。


 ♢


「レナねえ、アルヴィン兄ちゃんは大丈夫かな?」
「くくく、今回もダメだろうね。貴族界ではスマートでモテモテだった男があんな姿になるとは」
「アルヴィン兄ちゃんってモテモテだったんだね。全然想像つかないなあ。今も急いで行ったから、靴を左右反対に履いてたよ」
「はぁー」


 ♢


 特にやることがなかった私は商店街を散歩している。
 いつもは食品の買い物にしか来たことがなかったが、寄り道をしたら思ったよりもお店の種類は充実していた。その中の一つの扉をくぐると、孤児院で見たことのある女性が笑顔で迎えてくれた。

「いらっしゃい……あっ、マミさん!」
「こんにちは!」

 今日私が寄ったのは既製服を扱っている古着屋だ。
 この世界では日本みたいに服をたくさん売っているわけではない。
 まず裕福な人が新しい服を購入する。
 いらなくなったら古着として売りに出す。
 平民がそれを買い、着なくなったらまた売りに出し、さらにそれを貧しい人が買う。
 そういう流れで服は出回っている。
 貴族は基本的にオーダーメイドで購入しているので、この辺はまた平民と感覚が違うのだろう。

「時間が空いたので子どもの服を買いに来ました」

 最近は孤児院の運営資金にも少し余裕が出てきた。
 前は食料が一番の必需品だったが、そろそろ寒くなるのに合わせて服も買っておかないといけない。
 冬を越す準備をするのも初めてだから、何が必要なのかもわからなかった。
 そんな私に彼女は何が必要なのかを以前教えてくれたのだ。

「あっ、これはクロに似合いそうだね」

 灰色に染めてある服を手に取るとクロの着ている姿が目に浮かぶ。
 少し大きいかもしれないが、綺麗に着れたら次の年も使えるだろう。

「この色はトトでこっちはキキかな」

 キキももっと可愛い服を着たいだろう。
 少しでも洋服をアレンジするセンスがあればよかったが、私にそんなことはできない。
 勉強ばかりして服にはずっと無頓着だったからね。
 ただ、子ども達が着る姿を考えていると、服を選ぶのも楽しいと思った。

「そういえばアルヴィンさんとは一緒じゃないんですか?」
「アルヴィンさんですか?」

 なぜか急にアルヴィンの話が出てきた。
 そういえば、今日は一度もアルヴィンを見かけていない。
 いつもは大体子ども達や私の周りにいる気がするのに。

「今日は私一人ですね」

 その言葉に彼女はため息を吐いた。
 私は何かしてしまったのだろうか。

「昨日あれだけみんなで言ったのに……」
「何かあったんですか?」
「あっ、マミさんは気にしなくていいのよ」

 容姿がよくて優しいアルヴィンはたまに主婦達に囲まれている。
 貴族なのに接しやすいのが彼の魅力でもある。
 ただ、彼女達は昔のアルヴィンを知らないから近寄れるのだろう。
 子ども達に初めて会った時なんて、獣人への差別意識もあって随分嫌な感じだったからね。
 その時と比べたら今はだいぶ変わった。
 今となっては、あの無表情でぶっきらぼうなアルヴィンを知っているのは私ぐらいだ。

「ここにお金を置いておきますね」

 たくさんの服をあさの袋に詰めて、背負せおって持ち帰る。
 子ども一人につき一着服を買ったら、数は自然と多くなる。
 はたから見たらサンタクロースのような感じだろう。

「また来ますね」
「はい。あ、いえ、もう少し待って――」

 彼女は何だかあせっているように見えたが、気のせいだろう。
 せっかくだから他のお店にも寄っていくことにした。


 ♢


「いらっしゃ――」
「マミ先生は来てないか?」
「アルヴィン! あなた来るのが遅いのよ!」

 古着屋に入ると、店員の女性は怒った顔をして俺を睨みつけた。

「私がせっかく冬支度の話をしたのに、一人で来て帰ったわよ!」

 昨日主婦の方達からデートプランについてたくさんアドバイスをもらった。
 その中で、きっとマミ先生は自分のことより、子どものことを優先するから、冬支度の準備を一緒にするのはどうかという案が出た。
 そこでマミ先生に服の一着でもプレゼントをすればきっと喜ぶだろうと準備してもらっていたのだ。

「もう、マミさんの服は用意してあるから急いで追いかけなさいよ!」
「ありがとうございます」

 俺はお金を置いてマミ先生を追いかける。
 せっかくのマミ先生の休みなのに、やっぱり中々うまくはいかないな。


 ♢


 服屋さんから出た私は、あるものを探して歩いていた。思っていたより時間がかかりそうだったので、大きな袋は結局知り合いの店の人に預けてある。

「この世界では、牛乳と卵ってどこで売っているのかな?」

 牛乳は高価だと言われているため、商店街で取り扱っている店を見たことがない。そもそも私が買えるのかどうかもわからない。
 ただ、レナードの魔法のコントロール練習も兼ねて、アイス作りをしようと思ったのだ。
 昔は暖房機器の前で食べるアイスが好きだったけど、この世界には暖房機器が存在しない。
 これから秋に向けて寒くなるし、アイスを食べるなら今がちょうどいい機会だろう。
 そういうわけで、探すだけ探してみようと考えたのだ。
 私がキョロキョロしながら歩いていると、いつのまにか貴族街との境目である門まで来ていた。

「そこの者止ま……ママ先生ですか?」

 門番の一人は、私の顔を見るなり胸の前で拳を作り敬礼した。
 もう一人は私が誰かわからないのだろう。
 同僚を見て首を傾げている。

「あっ、この間はご迷惑をおかけしました」

 敬礼をしているのは、この間訓練場で子ども達の相手をしてもらっていた第二騎士団所属の人だった。

「先輩、この人を知っているんですか?」
「ああ、まるで聖女のような人だよ」

 なぜかとんでもないほど過大評価されている気がする。
 聖女は憧れの存在なのか、その言葉を聞いた私のことを知らない門番は目を輝かせていた。

「私はそんな大それた人物ではないですよ」
「何を言ってるんですか! あのバッカアを自分の命をかけて治療していたじゃないですか。あの日から第二騎士団ではあなたの話で持ちきりですよ」

 バッカアとは、第一騎士団に所属している貴族の騎士だ。
 私達に突っかかってきたところを、激怒したレナードさんの氷属性魔法こおりぞくせいまほうで倒され、凍傷寸前になった。その場にいた私は回復属性魔法で彼を治療したが、魔力を使いすぎて倒れてしまった。
 当時は魔力の枯渇がどれだけ危険か知らず突っ走ってしまったのだ。
 きっと魔法について勉強している騎士達からしたら、魔力を使い切るまで治療すること自体が命懸けの行為なのだろう。

「えっ、ひょっとして騎士のみんなが婚約したいと話題になっている人ですか⁉」

 もう一人の騎士は私をジーッと見て何かを考えている様子だ。
 これはこんな"じゃがいも女"が聖女のはずがないと言われるやつだ。

「……素朴そぼくな女性ですね」

 きっと気を遣わせてしまったのだろう。
 騎士の言葉に私は苦笑いしてうつむく。

「そこは気にせずじゃがいも女って――」
「おい、じゃがいも女!」

 やっぱりじゃがいも女だと思っていたのか!
 ただ、自分から言い出したとはいえ、正直に言われると心に刺さるものがある。
 これからはママ先生じゃなくて"じゃがいも先生"って呼ばれる時が来るのかもしれない。
 それにしてもさっきの声、門番の騎士より低い声だった気がする。


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