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第五章 冬の嵐

165.ママ聖女、手土産に驚く

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 食事を終えると皇太后達は子ども達に何かを吹き込んでいた。

 そっと私も後ろから何を話しているのか耳を澄ます。

「私もここで働いたらダメでしょうか?」

「いいよー!」

 まさか本当に孤児院で働く気なのだろうか。

 やっと食料問題をみんなで協力して解決したが、まだアルヴィンのお給料も払えていない状況だ。

 しかも、支援してもらっているのはアルヴィンの実家であるロジャーズ公爵家だ。

 そこに皇太后まで働いたら、孤児院はまた貧乏になるだろう。

「ダイアベル先生は臨時の先生ですよ」

「えー」

 私の意図が伝わったのかはわからない。

 ただ、皇太后には気をつけないといけないだろう。

 いつのまにか子ども達を虜にしていたからね。

 当の本人は子ども達に紛れているが、自分が皇太后だってことを忘れてはいないだろうか。

「そうだよ! ばあば先生はリハビリに来てるんだからね」

「りはびり?」

「この間まで動けないほど寝込んでいたから、毎日遊んだらまた動けなくなっちゃったらどうするの?」

 キキがちびっこ達を説得していた。

 さすが孤児院の天才。

 彼女がいればある程度のことは、うまくまとまる気がする。

「いやだもん……」

 次第にちびっこ達は目を潤ませて、皇太后に抱きついていた。

「ばあば先生また来てね!」

「はあー、浄化されるわ」

 ちびっこ達に囲まれて、皇太后は違う意味で天に召されそうになっていた。

 ちびっこ達は最高級の可愛さに、もふもふさが売りだからね。

 私も見ているだけで癒される。

「本当に元気になったな……」

 皇太后の表情は、風邪の時に見た絶望した姿はなくなっていた。

 あの時は本当に死を覚悟していたのだろう。

「ママ先生が頑張ったもんね」

 そんな彼女を見ていた私をクロが褒めてくれた。

 さすが孤児院のお兄ちゃんリーダーだ。

「ダイアベル先生にはまた来てもらいましょうね」

「はーい!」

 みんなで皇太后を見送るために玄関に向かう。

 その時もちびっこ達に抱きつかれて名残惜しそうにしていた。

「帰りたくないわね……」

 可愛い子ども達に抱きつかれて、離れたくないって言われたら、誰だってそうなるだろう。

 チラチラと私を見つめてくるが、わざと視界に入らないように歩いた。

 最後はジーッと見つめていたが、諦めたのか少し寂しそうに馬車に乗って行く。

 これでやっと問題は片付いただろう。

 安心したのか肺に溜まっていた空気を大きく吐く。

「あっ、忘れてましたわ」

 安心したのも束の間、皇太后は手土産を忘れていなかった。

「今度商会と取引できる証明書をお持ちしますね」

 今後、お米を手に入れる方法をこれで確保できるようだ。

 つい嬉しくて笑みが溢れてしまう。

「それとせっかくならお店を始めるといいわね! 店舗と機材は用意しておくわ。あと、お風呂も欲しいわね」

 どんどんと爆弾を投下する皇太后。

 お風呂は私達も嬉しいが、お店って何をさせるつもりだろうか。

 やっぱり彼女は王族だったことを実感させられる。

 お店を始めるって、そんなこと気軽に決められることではない。ただ、資金源が多いに越したことはない。

 来年度の補助金はもう少し後になるからね。

 それにしても何のお店をやるつもりだろうか。

 私達にそんなことができる気がしない。

「皇太后様、危険なので扉をお閉めください」

「うっ……私のベッドも持っていくわ!」

 最後の言葉が一番の爆弾だろう。

 本当に引っ越してくるつもりなのかな?

 扉が閉まると、すぐに馬車が出発した。

 短い間だったが、本当に楽しかったのだろう。

 皇太后は最後には、笑顔で手を振っていた。

「ばあば先生良い人だったね」

「王族だから気をつけないといけないけどね」

「使えるものは使うべきだ」

「ダイアベル様ほど、味方につけたら怖いものなしですよ」

 貴族であるアルヴィンとレナードだからこそ、王族の権力がどれくらい影響するのか知っている。

 それだけ影響力のある人なんだろう。

 治療中、普通に接していたのは黙っておいた方が良さそうだ。

 だって患者と看護師って対等な関係だからね。

「さぁ、すぐに片付けて寝ましょう」

 孤児院に戻ると子ども達がゾロゾロと付いてきた。

 振り返ると何か話し合っているようだ。

「みんなどうしたの?」

「今日はオレがママ先生と寝るー!」
「じゃあ、オイラも一緒に寝る!」
「キキも!」

「キキは昨日一緒に寝ていただろ?」
「いつも一緒でもいいじゃん!」

 どうやら私と誰が寝るかの話し合いになっていたらしい。

「いや、今日こそ俺と――」

「さぁ、みんなで寝ようかな! 寝る準備でもしようかねー!」

 アルヴィンが変なことを言う前に、私達はすぐに寝ることにした。
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