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第五章 冬の嵐

164.ママ聖女、才能を見る

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「オムライスの楽しみ方はこれだけではないんですよ」

 私はケチャップをスプーンで掬って少しずつオムライスにかけていく。

「ママ先生、これなに?」

 隣にいたクロが私のオムライスを覗き見ていた。

「じゃーん、クロの完成です!」

 私がオムライスに描いたのはクロの似顔絵だった。

 似顔絵と言っても単純に犬の絵を描いただけだ。

「ママ先生はなんでもできるね!」

 クロは犬の絵でも喜んでくれるらしい。

 本当に優しい子に育っているね。

「学生の時に患者指導で資料を作ったこともあるからね」

 実習の時に股関節の手術をした方を受け持ったことがあった。

 その時に脱臼しやすい姿勢についてイラストを描いて指導したことがあるぐらいだ。

 こういう時に絵が上手なのがメリットだったりする。

「本当にマミさんって器用だね」

「皇太后……ダイアベル先生までそんなことないですよ」

謙遜けんそんしすぎると嫌味になってしまいますよ。まぁ、貴族社会においては謙遜したら命がいくつあっても足りないですからね」

 どこか暗い顔で微笑んでいる皇太后を見て、貴族界が大変な場所なんだと改めて感じる。

 バッカアの妹であるグシャ公爵令嬢も初めて会った時は威圧的だったからね。

 日本とは違うどこか海外のような文化の一つなんだろう。

「しぇんしぇい、オイラも描いたよ!」

「キキも描いた!」

 みんなもオムライスで絵が描けたのだろう。

 一斉に私に見せてきた。

「これは私かな?」

「うん!」

 子ども達の声が重なり合って響く。

 どうやら私を描いてくれたようだ。

 いつも一つ結びに髪の毛を束ねているから、それが一番特徴として出ていた。

「ハムは……もう食べているのね」

「うん! 温かい方が美味しいもん」

 確かにハムの言っていることは正しいだろう。

 一人でモグモグとオムライスを口に入れていた。

 ケチャップをかけた子達から次々とオムライスを食べていく。

「うまっー!」
「うまうま!」

 みんな嬉しそうにオムライスを食べていた。

 オムライスって目で楽しんで、描いて楽しんで、味でも楽しめる万能な料理だからね。

「マミ先生、俺も描いたぞ」

 そんな中、アルヴィンも絵を描いたのだろう。

 私に見せてきた。

「えーっと……これは私ですか?」

「ああ」

 早く褒めろと言わんばかりに私の目を見つめてくる。ただ、褒めても良いのかと思うほど絵は壊滅的な状態だった。

「そんなんじゃママ先生は褒めてくれないよ」

「ええ、私より下手ですからね」

 そんなアルヴィンに対してクロとレナードは冷たかった。

「ふん、お前らよりは俺の方がうまい……」

 クロとレナードはアルヴィンに私の似顔絵を見せびらかすとニヤニヤと笑っていた。

 うん、きっとこの中でアルヴィンが一番絵心がないだろう。

 何というのか、食事中にあまり言いたくはないが私の苦手なあの虫に似ている。

 頭には二本の触覚が生えているし、目も糸目になっている。

「アルヴィンさんにはこうやって見えているんですね」

 少し意地悪に聞いてみた。

「いや、そんなことはない! 俺は美人だと思っているぞ」

「えっ……」

「あっ……」

 一瞬だけ部屋の中が静かになった。なぜか皇太后様まで私をみてニッコリと笑っている。

「あっ、バッカアすごいね!」

「ははは、絵は俺の特技でもあるからな!」

 そんな空気を変えたのはバッカアの絵だった。

 静かに無心で何を描いているのかと思ったが、バッカアも絵を描いていた。

 チラッと覗くとその絵は芸術のレベルをすでに超えている。

 オムライスという小さなキャンバスの上には、私の顔と花が綺麗に描かれていた。

「ははは、絵は貴族の嗜みだからな」

 バッカアはアルヴィンの肩をバシバシと叩いているが、アルヴィンは何も言えないのだろう。

 脳筋のバッカアでも、実は絵が上手だというギャップがあったからね。

 今日はアルヴィンの完敗日になるだろう。

「なんか才能の無駄遣いですね。漫画とか絵本を作ってみたら良さそう」

「漫画? 絵本?」

 紙が貴重なためこの世界には本が多くは存在しない。

 貴族達でも本を持つことがステータスになっていたりする。

 そんな世界に絵本なんて作る人はいないだろう。
 
 日本にいた時には絵本の専門店があったり、大人が買うこともあるぐらい人気だった。

 綺麗なイラストと簡単な言葉で深いメッセージを伝えているからね。

「私の世界では子どもの教育にほとんど絵だけでお話を書いた本があるんです。文字の勉強にもなりますし、子ども達の想像力が養われるんですよね」

 私の言葉を聞いてバッカアは静かに考えだした。

 少し絵本のことが気になったのだろう。

「先生まだ食べないの? お腹が痛いならハムがもらうよ?」

 まだ一口も食べていない私を見て、ハムはオムライスの心配をしていた。

 それだけオムライスが美味しかったってことなんだろう。

「また今度作ってあげるからね」

 そう言って私は久しぶりにオムライスを口に入れる。

 久しぶりに食べたオムライスの味は母との思い出の味とは異なるが、笑みが溢れるほど美味しかった。
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