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第五章 冬の嵐
159.偽聖女、女子会デートをする
しおりを挟む~南颯真視点~
南颯真は、昔から身体が大きいのがコンプレックスだった。物心ついたときにはすでに同年代の子ども達の中で体重が1番重かった。その後も、そんなに食べているつもりはないのに、縦にも横にも身体が大きくなっていった。
母によると、父に似たらしい。
颯真には、1歳年下の弟、拓真がいる。その拓真が生まれて約1年後に、突然父が失踪した。会社の帰りにいつもの電車に乗ったのが、父が目撃された最後の姿だった。生きているのか死んでいるのか分からないまま時間だけが過ぎていった。
父の失踪以来、母は女手ひとつで颯真と拓真を育ててくれた。そして拓真も颯真と同じように身体が大きくなり、全く記憶にない父親にそっくりだと言われるようになっていた。
母は颯真と拓真を保育園に預け、ハローワークに通って『チキン・オア・ジ・エッグ』という会社に事務員として再就職した。
中学校に進学して廊下を歩いていた颯真は、ある日突然、3人の男子に行く手を阻まれた。3人ともヤンキーっぽい雰囲気だったが、全員颯真よりも背が低かったこともあり、特に危機感は覚えなかった。
「お前が南颯真だな?」
オールバックの髪型の男子がそう訊いた。
「そうだけど、きみは?」
「俺は石原伸介だ」
オールバックの男子が偉そうにそう言っても、颯真はピンとこなかった。石原と名乗る男子とその取り巻きが、どうして自分に話しかけてきたのか分からなかった。
「石原くんのお父さんは、『チキン・オア・ジ・エッグ』の社長ッス」
髪をリーゼントにして剃り込みを入れた男子が、苛立ったようにそう言った。
「あ……母さんの会社の?」
「そうだ。お前の母親が働いている会社の社長が、石原くんのお父さんなんだ」
金髪ロン毛の男子がそう言ったが、言っている内容はそれまでの話の繰り返しでしかなく、新しい情報が全く含まれていなかった。
3人とも中学1年生ということもあって顔つきがまだ幼く、気合いの入った髪型が全然似合っていなかった。
石原達は颯真の話を待っている様子だったが、颯真は何を話せばいいのかさっぱり分からなかった。
そのまま時間が過ぎ、休み時間を告げるチャイムが鳴ったので、「じゃあ」とだけ颯真は言って自分の教室に戻った。あの3人と別のクラスでよかった、と思いながら。
その日はもう、石原達が颯真に会いに来ることはなかった。
異変は翌日の放課後にやってきた。帰宅した母親の化粧が崩れ、まるで泣いたような痕跡が残っていたのだ。
「お母さん、どうしたの? 大丈夫?」
颯真は心配になり、自分より頭1つ分は背が低い母親にそう訊いた。
「大丈夫よ。大したことじゃないから。……ねえ、ちょっと聞きたいんだけど、あんたの同級生に石原伸介って子はいる?」
「いるけど、そいつが何かしたのか?」
「ううん。そんなんじゃないわ。さ、ご飯にしましょう」
母親はそう言い、颯真が炊いておいた炊飯器の蓋を開けて、ご飯の残り具合を確認した。弟の拓真の方を見るが、拓真はテレビゲームに夢中になっていて、母親の異変には気付いていない様子だった。
それから颯真が何回母親に訊いても、石原伸介がやったことを教えてくれなかった。
翌日、颯真は自分から石原達の教室を訪ね、僕の母親に何かしたのかと問い質したが、石原達はニヤニヤと笑っているだけで、返事をしなかった。
結局、石原伸介が颯真の母親に何をしたのかは、よく分からないままだった。石原が父親に泣きつき、颯真の母親を会社で冷遇するように仕向けたのではないか――そう推測するのが精一杯だった。
颯真は仲の良い同級生に聞いて回り、根岸智史と岡村章太の父親はそれぞれ『チキン・オア・ジ・エッグ』の幹部であり、石原伸介達3人は幼稚園に上がる前から家族ぐるみの付き合いをしていると判明した。また、石原の祖父は『チキン・オア・ジ・エッグ』の創業者であり、現在は県議会議員を2期務めている最中ということも分かった。さらに石原の大叔父は颯真の住む風花市の市長であった。
とにかく、石原達にはできるだけ関わらないようにしよう。
颯真はそう思いながら中学校生活を過ごした。
1度、石原達3人が佐古良哉という気の弱そうな男子に対し、校舎裏でカツアゲしているのを見かけたことがあったが、颯真は急いで顔を背け、見なかったことにした。
石原達3人のせいで、颯真は確実に歪んでしまった。
しかし幸いにも同じクラスになることはなく、何とか無事に中学校を卒業することができた。
高校でも同じクラスにならなければ、平穏な生活を送ることができる――と思っていたのに、入学式の朝に生徒玄関前に貼り出されていたクラス割の紙には、颯真と石原達3人が同じクラスになってしまったことが記されていた。
絶望しながら入学式を終え、早くも石原達が担任に目をつけられているのを横目に教室に行った。ホームルームで自己紹介の時間がやってきたと思ったら、教室の床に多層構造の魔法陣が出現し、宇宙空間のような場所に飛ばされてしまった。
そこからは怒涛の展開で、颯真は、石原達と見知らぬ男子が言い争っているのを遠巻きに見ていることしかできなかった。
やがて、石原達と一緒に首都に転移する班と、見知らぬ男子と一緒に地方都市に転移する班に分かれることになった。
颯真は絵踏みを迫られた。
頭では地方都市に転移した方がいいと分かっているのに、泣いた痕の残る母親の顔が浮かんで、石原達から離れることができなかった。石原に逆らったら、また母親がひどい目に遭って、あの町に――風花市に住んでいることができなくなる。そう感じてしまった。
同じく首都に転移することになった篠宮翼と高橋寛二にそれとなく話題を振ったところ、2人も颯真と似たような境遇だと判明した。篠宮翼の父親は、『チキン・オア・ジ・エッグ』で営業部の課長をやっているそうだ。高橋寛二の父は、石原伸介の祖父と同じ派閥の県議会議員をやっているそうだった。
やがて、妹尾有希と江住心愛が首都班から離脱するのを、颯真は羨ましく思いながら見送った。
石原達には、首都に転移した後の行動について、これといった作戦はないようだった。実際にその目で首都を見てから行動を決めても遅くない、というスタンスだった。
予選開始時刻がやってきて、颯真達6人は石原伸介の希望により、アルカモナ帝国の首都のど真ん中に転移することになった。
魔法陣が光り、気が付くと、石造りの建物が並ぶ路上にいた。そこは寂れた住宅街のようだった。
ウィンドウ画面について話し合いながら、石原の先導で、石畳の道を適当に歩くことになった。
石原は首都の中で1番栄えている場所に転移したかったらしい。しかし、どうやらザイリック239番と名乗った魔法生命体は、「首都のど真ん中」という石原の希望を、地理的な意味でのど真ん中と受け取ったようだった。日本のど真ん中は岐阜県、という考え方と同じだろう。
しばらく歩いていると、現地の住民達の姿が増えてきた。皆、一様に颯真達6人をじろじろと無遠慮に見ていた。全体的に薄汚れていて、継ぎ接ぎだらけでボロボロの服を着ている人が多く、新品の制服を着た颯真達は物凄く目立っている様子だった。
交差点に出るたびに、人が多い方に向かって歩き続けると、やがて広場に出た。
食べ物の屋台を見つけ、石原伸介は焼き鳥のようなものを欲しがったが、この国のお金を持っていないからと、根岸智史が石原伸介を止めた。そのまま歩き続けると――。
「珍しい服だな」
路上にゴザを敷いて、その上に古着を並べていた男に、そう声をかけられた。
「ああ、ちょうどいい。あんた、こいつの上着を買い取ってくれないか?」
石原伸介はそう訊きながら、颯真の方を指さした。
その場にいた全員に見つめられ、颯真は慌てて上着を脱いで、古着屋の男に手渡した。
「ふむ。これなら上着1枚で2500ゼンってところかな。それでいいかい?」
「ああ」
石原伸介はあっさりと頷いた。石原はさらに、根岸智史と岡村章太と篠宮翼と高橋寛二の上着も同じ値段で売り飛ばした。その代金は全て石原が持ち歩く。
石原伸介は先ほどの屋台に戻り、焼き鳥のようなものを3本購入した。1本は石原伸介自身が食べ、残りは根岸智史と岡村章太の腹の中に収まった。
まだ午前中だったから、颯真自身は何も食べなくても平気だったが、颯真の上着を売って入手したお金で買ったのに、「お前も食べるか」と言われることもないのは、とても嫌な感じがした。
そのまま、石原伸介と根岸智史と岡村章太は色んな屋台の食べ物を買い食いしながら街をうろついた。颯真と篠宮翼と高橋寛二は、黙ってその後をついていくだけだった。
そして――颯真達は、デスゲームの敵対チームらしき集団と遭遇してしまった。
南颯真は、昔から身体が大きいのがコンプレックスだった。物心ついたときにはすでに同年代の子ども達の中で体重が1番重かった。その後も、そんなに食べているつもりはないのに、縦にも横にも身体が大きくなっていった。
母によると、父に似たらしい。
颯真には、1歳年下の弟、拓真がいる。その拓真が生まれて約1年後に、突然父が失踪した。会社の帰りにいつもの電車に乗ったのが、父が目撃された最後の姿だった。生きているのか死んでいるのか分からないまま時間だけが過ぎていった。
父の失踪以来、母は女手ひとつで颯真と拓真を育ててくれた。そして拓真も颯真と同じように身体が大きくなり、全く記憶にない父親にそっくりだと言われるようになっていた。
母は颯真と拓真を保育園に預け、ハローワークに通って『チキン・オア・ジ・エッグ』という会社に事務員として再就職した。
中学校に進学して廊下を歩いていた颯真は、ある日突然、3人の男子に行く手を阻まれた。3人ともヤンキーっぽい雰囲気だったが、全員颯真よりも背が低かったこともあり、特に危機感は覚えなかった。
「お前が南颯真だな?」
オールバックの髪型の男子がそう訊いた。
「そうだけど、きみは?」
「俺は石原伸介だ」
オールバックの男子が偉そうにそう言っても、颯真はピンとこなかった。石原と名乗る男子とその取り巻きが、どうして自分に話しかけてきたのか分からなかった。
「石原くんのお父さんは、『チキン・オア・ジ・エッグ』の社長ッス」
髪をリーゼントにして剃り込みを入れた男子が、苛立ったようにそう言った。
「あ……母さんの会社の?」
「そうだ。お前の母親が働いている会社の社長が、石原くんのお父さんなんだ」
金髪ロン毛の男子がそう言ったが、言っている内容はそれまでの話の繰り返しでしかなく、新しい情報が全く含まれていなかった。
3人とも中学1年生ということもあって顔つきがまだ幼く、気合いの入った髪型が全然似合っていなかった。
石原達は颯真の話を待っている様子だったが、颯真は何を話せばいいのかさっぱり分からなかった。
そのまま時間が過ぎ、休み時間を告げるチャイムが鳴ったので、「じゃあ」とだけ颯真は言って自分の教室に戻った。あの3人と別のクラスでよかった、と思いながら。
その日はもう、石原達が颯真に会いに来ることはなかった。
異変は翌日の放課後にやってきた。帰宅した母親の化粧が崩れ、まるで泣いたような痕跡が残っていたのだ。
「お母さん、どうしたの? 大丈夫?」
颯真は心配になり、自分より頭1つ分は背が低い母親にそう訊いた。
「大丈夫よ。大したことじゃないから。……ねえ、ちょっと聞きたいんだけど、あんたの同級生に石原伸介って子はいる?」
「いるけど、そいつが何かしたのか?」
「ううん。そんなんじゃないわ。さ、ご飯にしましょう」
母親はそう言い、颯真が炊いておいた炊飯器の蓋を開けて、ご飯の残り具合を確認した。弟の拓真の方を見るが、拓真はテレビゲームに夢中になっていて、母親の異変には気付いていない様子だった。
それから颯真が何回母親に訊いても、石原伸介がやったことを教えてくれなかった。
翌日、颯真は自分から石原達の教室を訪ね、僕の母親に何かしたのかと問い質したが、石原達はニヤニヤと笑っているだけで、返事をしなかった。
結局、石原伸介が颯真の母親に何をしたのかは、よく分からないままだった。石原が父親に泣きつき、颯真の母親を会社で冷遇するように仕向けたのではないか――そう推測するのが精一杯だった。
颯真は仲の良い同級生に聞いて回り、根岸智史と岡村章太の父親はそれぞれ『チキン・オア・ジ・エッグ』の幹部であり、石原伸介達3人は幼稚園に上がる前から家族ぐるみの付き合いをしていると判明した。また、石原の祖父は『チキン・オア・ジ・エッグ』の創業者であり、現在は県議会議員を2期務めている最中ということも分かった。さらに石原の大叔父は颯真の住む風花市の市長であった。
とにかく、石原達にはできるだけ関わらないようにしよう。
颯真はそう思いながら中学校生活を過ごした。
1度、石原達3人が佐古良哉という気の弱そうな男子に対し、校舎裏でカツアゲしているのを見かけたことがあったが、颯真は急いで顔を背け、見なかったことにした。
石原達3人のせいで、颯真は確実に歪んでしまった。
しかし幸いにも同じクラスになることはなく、何とか無事に中学校を卒業することができた。
高校でも同じクラスにならなければ、平穏な生活を送ることができる――と思っていたのに、入学式の朝に生徒玄関前に貼り出されていたクラス割の紙には、颯真と石原達3人が同じクラスになってしまったことが記されていた。
絶望しながら入学式を終え、早くも石原達が担任に目をつけられているのを横目に教室に行った。ホームルームで自己紹介の時間がやってきたと思ったら、教室の床に多層構造の魔法陣が出現し、宇宙空間のような場所に飛ばされてしまった。
そこからは怒涛の展開で、颯真は、石原達と見知らぬ男子が言い争っているのを遠巻きに見ていることしかできなかった。
やがて、石原達と一緒に首都に転移する班と、見知らぬ男子と一緒に地方都市に転移する班に分かれることになった。
颯真は絵踏みを迫られた。
頭では地方都市に転移した方がいいと分かっているのに、泣いた痕の残る母親の顔が浮かんで、石原達から離れることができなかった。石原に逆らったら、また母親がひどい目に遭って、あの町に――風花市に住んでいることができなくなる。そう感じてしまった。
同じく首都に転移することになった篠宮翼と高橋寛二にそれとなく話題を振ったところ、2人も颯真と似たような境遇だと判明した。篠宮翼の父親は、『チキン・オア・ジ・エッグ』で営業部の課長をやっているそうだ。高橋寛二の父は、石原伸介の祖父と同じ派閥の県議会議員をやっているそうだった。
やがて、妹尾有希と江住心愛が首都班から離脱するのを、颯真は羨ましく思いながら見送った。
石原達には、首都に転移した後の行動について、これといった作戦はないようだった。実際にその目で首都を見てから行動を決めても遅くない、というスタンスだった。
予選開始時刻がやってきて、颯真達6人は石原伸介の希望により、アルカモナ帝国の首都のど真ん中に転移することになった。
魔法陣が光り、気が付くと、石造りの建物が並ぶ路上にいた。そこは寂れた住宅街のようだった。
ウィンドウ画面について話し合いながら、石原の先導で、石畳の道を適当に歩くことになった。
石原は首都の中で1番栄えている場所に転移したかったらしい。しかし、どうやらザイリック239番と名乗った魔法生命体は、「首都のど真ん中」という石原の希望を、地理的な意味でのど真ん中と受け取ったようだった。日本のど真ん中は岐阜県、という考え方と同じだろう。
しばらく歩いていると、現地の住民達の姿が増えてきた。皆、一様に颯真達6人をじろじろと無遠慮に見ていた。全体的に薄汚れていて、継ぎ接ぎだらけでボロボロの服を着ている人が多く、新品の制服を着た颯真達は物凄く目立っている様子だった。
交差点に出るたびに、人が多い方に向かって歩き続けると、やがて広場に出た。
食べ物の屋台を見つけ、石原伸介は焼き鳥のようなものを欲しがったが、この国のお金を持っていないからと、根岸智史が石原伸介を止めた。そのまま歩き続けると――。
「珍しい服だな」
路上にゴザを敷いて、その上に古着を並べていた男に、そう声をかけられた。
「ああ、ちょうどいい。あんた、こいつの上着を買い取ってくれないか?」
石原伸介はそう訊きながら、颯真の方を指さした。
その場にいた全員に見つめられ、颯真は慌てて上着を脱いで、古着屋の男に手渡した。
「ふむ。これなら上着1枚で2500ゼンってところかな。それでいいかい?」
「ああ」
石原伸介はあっさりと頷いた。石原はさらに、根岸智史と岡村章太と篠宮翼と高橋寛二の上着も同じ値段で売り飛ばした。その代金は全て石原が持ち歩く。
石原伸介は先ほどの屋台に戻り、焼き鳥のようなものを3本購入した。1本は石原伸介自身が食べ、残りは根岸智史と岡村章太の腹の中に収まった。
まだ午前中だったから、颯真自身は何も食べなくても平気だったが、颯真の上着を売って入手したお金で買ったのに、「お前も食べるか」と言われることもないのは、とても嫌な感じがした。
そのまま、石原伸介と根岸智史と岡村章太は色んな屋台の食べ物を買い食いしながら街をうろついた。颯真と篠宮翼と高橋寛二は、黙ってその後をついていくだけだった。
そして――颯真達は、デスゲームの敵対チームらしき集団と遭遇してしまった。
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