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第五章 冬の嵐

149.偽聖女、故郷を思い出す

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 私はうどんを持って従者が隔離されている部屋に向かった。

「マロくん、みんなの調子は大丈夫そう?」

「今のところ変わりはないです」

 パッと見た感じでは熱で苦しそうな人はいるが、息苦しそうな人はいなさそうだ。

 マロはしっかりと様子観察ができていた。

「少し食事を持ってきましたが食べますか?」

 私は作ったうどんをマロに渡した。

 なぜ、マロから渡したのか。

 それは従者達が警戒しているからだ。

 私がさっき料理人と言い合いをしているのを他の人達も聞いている。

 その状態で食べさせようとしても、食べてはくれないだろう。

 だから安心させる目的と食欲をそそる目的があった。

 実際にお出汁の匂いにつられて、体を起こしている人が数人いる。

 料理人達は頑なに顔を伏せて、寝ているふりをしていた。

「食べても良いですか? ちょうどお腹が空いていたんです」

 私のことを信頼しているマロはすぐにフォークを手に取ると、うどんを口に入れた。

「あつあつ」

 急いで食べたから卵が熱かったのだろう。

「ふーふーして冷まさないと熱くて食べられないですよ」

 マロもどことなく弟みたいで心配になってしまう。

 それに言われた通りに、ちゃんとうどんを冷まして食べている。

 その姿を見て、私も早く子ども達に会いたいと思った

「食べたことないですけど、スープも美味しくて体がポカポカします」

 そんなマロを見て、私の料理が美味しいものだと気づいた人達はこっちを見ていた。

 彼女達も皇太后の世話をしていた人だから、私のことをよく知っている。

「あっ、すでに皇太后様が食べられているので大丈夫ですよ」

 従者達はたくさん作った皇太后の食事を下膳した後に食べている。

 そのため、いつも毒味をしている女性が近づいてきた。

「毒味していないですけど大丈夫ですか?」

 そういえば皇太后が食べる時に、彼女がいつも先に食べていた。

 うどんを持っていった時に、少し戸惑っていたのは珍しいものを出されたからではなく、毒味がされているのか不安になったのだろう。

 彼女の一言で色々と知らないことを学べた気がする。

 患者と医療従事者という関係があったから、今回は問題にされなかった。

 それに信用してくれた皇太后のためにも、できることはしたいと思った。

「私もいただいてもよろしいですか?」

「今すぐに持ってきますね」

 私はすぐに調理場に戻ってうどんを温めて運んでいく。

 食べられそうな人達は、体を起こして私が来るのを待っていた。

「何もできずにすみません」

「いえいえ、今は治すことだけ考えてくださいね」

 皇太后様の面倒を見れないことが、ここで働く人達にとって精神的な不安要素になっているのだろう。

 そんな人達も温かいうどんを食べて、どこか幸せそうな顔をしていた。

 あと問題なのは料理人達だけだ。

 私は近くの男性に声をかけてうどんを渡した。

「おい、お前は皇太后様の料理人という自覚はあるのか」

 どうやら一人だけ若い料理人がうどんを食べようとしていた。

「僕はまだ見習いなので、美味しい料理が出されたら食べて技術として身につけたいです」

 彼はまだ料理人として働けていないのだろう。

 見習い期間で雑用ばかりしている彼にとって、知らない物を食べる方が優先だった。

 マロの時も思ったが、どうやら若い男性の方が柔軟な頭をもっており、変な意地を張ることが少ないようだ。

 それにみんなが美味しそうに食べていたら、誰だって食べたくなる。

 彼はうどんを一口食べると驚いた顔をしていた。

「味は醤油だけど優しくてホッとする味がしますね。この味はどこから出せるんですか?」

「これはトマトでお出汁をとってますね」

「お出汁……? この色が澄んでいるのもですか?」

 初めてきた時に皇太后が食べていたスープを見た時、肉の油がたくさん出てギトギトだったのを覚えている。

 この世界ではそれが当たり前なんだろう。

 お出汁を全て肉の油で出したら、健康な人や男性なら好むかもしれない。

 ただ、毎日は食べられないからね。

 歳を重ねた皇太后の胃には重く感じることもあるだろう。

「もし、教える機会があれば伝えますね」

「ありがとうございます! 本当に美味しくて……心がポカポカします」

「えっ……大丈夫ですか?」

 彼はその場で涙を流していた。

 泣くほど美味しかったのだろうか。

 泣くとは思わなかった私の方があたふたしてしまう。

「なんか急に両親に会いたくなりました」

 きっと彼は働くためにこの町に来ているのだろう。

 私の母の味が彼の心にも素朴な母の味として、心に響いたようだ。

 私もこの世にいない母に少しだけ会いたくなってきた。
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