上 下
36 / 97
第一章 はじまりの町

36.NPC、みんな社畜です

しおりを挟む
「おい、あいつって鬼畜野郎じゃないか?」

「いや、俺は社畜バイトニストです」

「ヒイイィィィ!?」

 斥候スキルの影響で一般の人よりも耳が良くなったり、隠れて移動できるようになった。

 そのおかげで人にバレることなく、ひっそり職業体験ができる。

 そう思っていたが、実際は違っていた。

 訓練場で鬼ごっこをする姿を見て、一部で俺は鬼畜野郎と呼ばれるほど有名になっていた。

 せめてそこは社畜野郎と呼んで欲しい。

 たまに女性勇者達にファンですって声をかけられることもある。

 今度はハニートラップっていうのも仕掛けて、店の飯を無料で食べる気だろうか。

「なぁ、俺らって勇者の中でも上位に入らないか?」

「ステータスがかなり上がったもんね……」

「私なんて魔法使いなのに、INTよりAGIが高いのよ!」

 後ろにはグッタリしているユーマ達がいる。

 あれから休みなく、毎日走っていたからな。

 勇者達には職業レベルが存在し、魔物と戦うよりも俺と特訓した方が経験値・・・が貯まると言っていた。

 また、ゲームのような考えで話していたから、経験値じゃなくて経験だと注意しておいた。

 それにしても俺だけにしかないと思っていたステータスポイントは、勇者にも存在していた。

 職業レベルってきっと俺の中でのデイリークエストのクリアした数のことだろう。

 俺が魔物を倒しても強くならないからな。

「じゃあ、俺は次に行ってくる」

 俺はそう伝えて冒険者ギルドを後にした。

「そういえば、レイドバトルが始まるらしいぞ!」

「今まで特訓した成果を発揮させないとね」

「ヴァイトさんは、蛇の魔物を……ってもういないか」

 冒険者ギルドでは、何やら違う話題で盛り上がっていたようだ。


 俺はいつものように薬師のデイリークエストをクリアするために、ユリスの元へ向かう。

「こんにちは!」

「ああ、ヴァイトかね」

 ユリスは俺が玄関から入ってくると、誰か確認した後に再び作業に戻った。

 誰かを待っているのだろうか。

「最近どうですか?」

「勇者達がガバガバとポーションを飲むから、老体には酷すぎるわよ」

 見習いから一人前になった勇者達は、再び町の外に出るようになった。

 その結果、町の中でポーション不足が起こった。

 今ポーションを作れるのはユリスと俺。それと勇者のナコだけだ。

 だが、あれからナコの姿は見ていない。

 ユリスが待っていたのはナコなのかもしれない。

 ゴブリンの討伐から帰ってきたナコは、そのままユリスに一言伝えて出て行った。

 今もどこにいるのかはわからないが、同じ勇者であるユーマ達が心配ないとは言っていた。

「そもそも聖職者の才能を持ったやつがおらんのかね?」

「あー、勇者達が教会を見つけられないのもあるかもしれないですね」

 聖職者は基本的に教会にいることが多い。

 自ら教会に行くことがなければ、ナコみたいに聖職者の才能に気づけないのだろう。

 あの時ユーマ達と一緒にいたのも、珍しいナコの聖職者スキルが必要だったらしい。

 俺もここ最近聖職者スキルを覚えたが、体の疲れが一瞬で取れて元気になることを知った。

 ユーマ達にもそれを使って、何時間も走らせたらあいつらもヒィヒィ言いながら笑って喜んでいた。

「そういえば今度は鬼畜と呼ばれているんだってね?」

「なっ、なんでユリスさんが知っているんですか!?」

「ははは、今はその話題で持ちきりだよ。社畜が鬼畜になったって……はぁー」

 ユリスは俺の顔を見てため息を吐いてから、再びポーションを作り出した。

 すり鉢に薬草を入れて、怒りに任せて薬草を潰している。

「この老婆に無理をさせよって! 生産ギルドは私とヴァイトを間違っていないか!」

「あー、そんな日もありますよ?」

 確かにユリスは背中も曲がって老体だろう。

 今日も朝からずっとポーションを作っていると言っていたから、体は疲れているのだろう。

 少し居心地が悪くなった俺は、聖職者スキルを内緒に使って次のデイリークエストに向かうことにした。

 これでもっとたくさんポーションが作れるからな。

 ただ、家を出る時のユリスの顔が怖くて見られなかった。


 次はブギーがいる武器工房に向かう。

「ブギ……」

「おい、材料はまだあるか?」

「ないので今から買いに行ってきます」

「早くしろ!」

 武器工房もなぜか忙しそうにしている。

 勇者達の装備でも作っているのだろうか。

 弟子達も急いで材料を買いに行った。

 俺はひっそりと工房を借りて、いつものようにショートランス型の矢を準備する。

 何度も作っている影響か、簡単に素早く作れるようになった。

 きっと武器職人のスキルが関係しているのだろう。

「うぉ!? ヴァイトいつからいたんだ?」

 作業をしていると、一息ついたブギーが声をかけてきた。

 俺が近くで作業していても気づかないほど、集中していたのだろう。

「また勇者のせいで忙しいんですか?」

「いや、今度は冒険者達からの依頼だ」

 勇者からの依頼だと思ったら、冒険者達からの依頼だった。

 勇者も冒険者ではあるから、それも含まれているのだろうか。

「何かあったんですか?」

「強い魔物が出てきて、武器が破壊されたって話だぞ」

 どうやら武器が破壊されたことで、新調しないと魔物の討伐にいけないから急いでいるらしい。

 武器がないと魔物討伐にはいけないからな。

「外に出た時は気をつけないといけないですね」

「ああ……いや、ヴァイトは知っている魔物だぞ?」

「知っている魔物ですか?」

 俺が知っているのはゴブリンか角の生えたうさぎぐらいのはず。

 奴らが武器を壊すまで強くなったのだろうか。

「この町を襲ったあの大蛇だな」

「だい……じゃ……うぇ!? あの蛇がまた暴れているんですか!?」

 どうやら町を襲った蛇がまた暴れているらしい。

 俺は関わらないように、ひっそり生活しようと心に決めている。

「しばらくは町から出ない方が良いですね」

「ああ、それが一番だな」

 俺はその後もショートランス型の矢を作っていた。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

婚約破棄とはどういうことでしょうか。

恋愛 / 完結 24h.ポイント:14pt お気に入り:35

朝起きたら、ギルドが崩壊してたんですけど?――捨てられギルドの再建物語

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:7pt お気に入り:655

転生少女は異世界でお店を始めたい

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:5,411pt お気に入り:1,719

アイテムボックスを極めた廃ゲーマー、異世界に転生して無双する。

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:28pt お気に入り:2,376

公爵子息の母親になりました(仮)

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:965pt お気に入り:3,319

自由を求めた第二王子の勝手気ままな辺境ライフ

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:2,059pt お気に入り:2,571

処理中です...